学位論文要旨



No 124317
著者(漢字) 大谷,亘
著者(英字)
著者(カナ) オオタニ,ワタル
標題(和) 新規メソ構造シリカ複合体の機能
標題(洋) Functions of Novel Mesostructured Silica Composites
報告番号 124317
報告番号 甲24317
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6955号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
 東京大学 助教授 金原,数
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

メソポーラスシリカは直径数nmの規則正しく並んだ孔を有するシリカである。孔径がゼオライトと比較して大きく分子に近いサイズであり、数nmから数十nmの間で制御可能であること、かつ均一で周期構造を形成していること、および広い表面積をもつこと、など材料として魅力的な要素を数多く備えている。このような点から、その機能性材料への応用はこれまでに多くの研究者によって幅広い分野で研究されてきた。

メソポーラスシリカは規則正しく自己組織化した棒状ミセルをテンプレートとして合成される。そこで予め両親媒性分子に機能性部位を付与し、これをテンプレートとしてシリカを合成することで機能性分子が細孔内に集積したメソ構造シリ力複合体を合成することが可能である。この手法の最大の利点は、得られる複合体において機能性官能基が配向しながら集積していることが保証される点、および集積状態が均一である点である。この利点を活かすことにより、当相田研究室では過去にテンプレート重合の重合場としてメソ構造シリカを利用することを検討している。[1]

本研究では機能性分子が配向した状態で集積することによって発現する現象および機能に着目し、機能性部位を付与したテンプレートを用いる手法による新規機能性メソ構造シリカ材料の合成および応用を検討した。

【実験・結果・考察】

1.水素結合を介した一次元カラム状集積体をテンプレートとしたメソ構造シリカの合成

自己集合体の固定化は超分子化学における重要な課題である。カラム集合体の固定化は緻密に制御された構造を安定化し、修飾や加工のようなさらなるプロセスを可能とする。近年、一次元に自己組織化する両親媒性分子は、メソポーラスシリカのような無機ナノ構造体合成のテンプレートとして用いられている。このような一次元集合体をテンプレートとして用いることで、一次元超分子集積体をメソ細孔内に固定化および配向させることができ、新規機能材料の創製が可能である。例えば、オリゴエチレングリコール鎖に置換したトリフェニレンに基づいたカラム状電荷移動集合体を用いた例、メタロフタロシアニン、ヘキサ-ペリ-ベンゾコロネンといったディスク状分子のπ-πスタッキングを介した集積体を用いた秩序性ポーラスシリカの合成が報告されている。これらはいずれも相互作用としては弱い部類に入り、超分子相互作用の代表格で強い結合力を有する水素結合を介して形成される集積体をテンプレートとした例はない。

筆者は両親媒性側鎖を有するベンゼントリカルボキシアミド(1)が水素結合を介して形成する一次元集積体をテンプレートとして、ヘキサゴナル構造を有するメソポーラスシリカ1-MSを調製した。IRスペクトルから複合体において、1が分子間水素結合を形成していることが確認された。また温度上昇時のIRスペクトルの変化およびDSC測定の結果、複合体中の集積体は明確な相転移点を有さないことがわかった。このことから、一次元集積体がメソ細孔内に閉じこめられていることが示された。さらにTGAの結果から、焼成後のメソポーラスシリカが十分な表面積を有していると見積もることができた。

2.白金錯体のメソ細孔への集積化

集積した金属錯体が、興味深い物性を示すことが近年注目を浴びている。伝導性、磁性、光機能などの分野において、錯体の金属同士が直接もしくは配位子を介して相互作用することで、新たな物性を発現することが可能だからである。その集積方法は配位子や金属の種類に大きく依存しているが、今後集積させる配位子および金属のバリエーションを増やすためにはその種類によらない簡便な集積方法の開発が望まれる。そこでメソ構造シリ力合成のテンプレートとして両親媒性の官能基をもつ金属錯体を用いることで、錯体をメソ細孔内に集積すると同時に、シリカの周期構造に沿って配列することによりその配向をより精密に制御できるのではないかと考えた。

本研究では、両親媒性側鎖を有するビピリジン(2)を合成し、それを配位子とする2種の白金錯体Pt(2)Cl2(3)およびPt(2)2・2BF4(4)を合成した。錯体3および4が形成するミセルをテンプレートとしてメソポーラスシリカを合成したところ、周期構造の生成がXRDにより確認された。さらにIRおよびUV-Visスペクトルから、メソ細孔内に各錯体が均.に充填されていることが確認された。さらに錯体3をK2[Pt(CN)4]と混合して、一次元集積体(5)を得た。得られた一次元集積体4をテンプレートとしてメソポーラスシリカを合成した。この操作により、5をシリカ壁によって孤立化し、周期的なメソ構造に沿って配向させることに成功した。

さらに一次元集積体([Pt)bpy)2][Pt(CN)4])nは485nmの光で励起すると、610nmに強い発光を生じること、また水中で光増感反応を起こして水素を発生することが報告されている。得られた複合体は集積体が孤立化、配向した状態にあり、メソ細孔の配向を制御することで新たなフォトニクス、触媒材料へつながることが期待される。

3.メソポーラスシリ力細孔内に共有結合を介して固定化されたペプチド含有ミセル集合体の触媒作用二両親媒性空間設計の重要性

ミセル集合体の触媒作用は、水中における有機物質の変換を促進させるのみならず、酵素反応のモデルとしても多くの注目を集めてきた。酵素と同様に、ミセルは基質となる有機物を疎水性内部空間に捕集・濃縮することができる。ミセルの表面に集合した複数の官能基問の相互作用により、基質の活性化が期待される場合もある。ミセルは非共有結合により形成されるため、触媒活性官能基の導入は容易である。一方で、この利点に対し、ミセルの熱動力学的性質は触媒という観点からは不利な点である。実際、非高分子両親媒性分子から成るミセルの安定性は、極性、イオン強度、温度といった環境的要因に大きく依存している。さらに、一般の両親媒性分子は有機溶媒中ではミセルを形成しないことも触媒という観点からは不利である。これらの解決すべき問題と関連して、両親媒性ポリマーや重合可能な両親媒性分子が「固定化」ミセルの前駆体として、大きな可能性を秘めていると考えられてきた。

今回、筆者はミセル触媒の固定担体としてメソポーラスシリカを用いるという新たな戦略を提案する。メソポーラスシリカは棒状ミセルを型剤として水熱合成によりアルコキシシランを縮合させ、得られるシリカ/有機物ナノ複合体を高温で焼成することによって調製される。最近Aidaらより、ペプチドおよび縮合可能なアルコキシシリル基を頭部に有する両親媒性分子(6)をナノ複合体(6-MS)の水熱合成に用いる研究が報告されている[2]。この複合体において6から成るペプチド含有棒状ミセルはシリカ細孔の内部に共有結合を介して固定化されている。

本研究において筆者は、シリカと縮合可能なアルコキシシリル基を有するアミノ酸含有両親媒性分子6をテンプレートとして調製した、メソ構造シリカ/有機物複合体6-MSはエタノール中、25℃ においてシクロヘキサノンのようなケトンのアセタール化の触媒として働くことを見出した(50%、12時間)[3]。一方、未修飾のメソポーラスシリカを用いた場合には、反応は全く進行しなかった。対照的に、後処理によって固定化ミセルのC16アルキル鎖を除去した場合には触媒作用を示さなかったことから、疎水性内部領域の重要性が示唆された。同様の条件下でシリ力壁に固定化されていない両親媒性分子7を用いたところ、メソポーラスシリカの有無にかかわらず、アセタール化に対する触媒能は低いものであった(有:7%、無:2%、24時間)。またシリカとの縮合部位を持たない両親媒性分子7をテンプレートとして調製したメソ構造シリカ/有機物複合体7-MSもほとんど触媒能を持っていなかった(1%、24時間)。これらの結果から、ペプチド棒状ミセルを共有結合によってシリカ空孔内に固定化することが触媒作用にとって重要であることが示された。ペプチドを持たないアンモニウムイオン両親媒性分子8を用いて調製した複合体8-MSは中程度の触媒活性を示したが、アセタールの収率は6-MSを触媒として用いた場合と比較して低かった(12%、24時間)。この結果から、ペプチド部位が有効な触媒として働いていることがわかった。表面に1を担持したアモルファスシリカは6-MSと比較して触媒活性が低かった(5%、24時間)。

【総括】

本研究では機能性両親媒性分子をテンプレートとして合成したメソ構造シリカ複合体において、機能性分子が配向した状態で集積することに着目し、(1)超分子ポリマーの配向・孤立化、(2)金属錯体の集積・配向、(3)触媒機能について検討した。その結果、この手法によって合成される複合体が幅広い分野で応用できることを示した。

[1] a) T. Aida and K. Tajima, Angew. Chem. Mt. Ed., 40, 3803 (2001).b) M. lkegame, K. Tajima and T. Aida, Angew. Chem. Mt. Ed., 42, 2154(2003).[2] Q. Zhang, K. Ariga, A. Okabe, and T. Aida, J. Am. Chem. Soc., 126, 988(2004).[3] W. Otani, K. Kinbara, Q. Zhang, K. Ariga, and T. Aida, Chem. Eur. J., 13,1731 (2007).

Figure. 1 Structure of 1

Scheme 1. Synthetic scheme of an amphiphilic ligand (1) and Pt complexes (2, 3).

Scheme 2. Schematic representation of synthesis of mesostructured silica composites 6-MS-8-MS with amphiphiles 6-8.

審査要旨 要旨を表示する

構造中に分子スケールの細孔をもつマイクロポーラス、メソポーラス固体は、吸着剤や触媒担体、あるいは金属や半導体クラスターの固定化容器、さらには次世代のエレクトロニクス・フォトニクス材料への応用が期待されるナノ材料を構築する場として有望な物質である。特にメソポーラスシリカは表面積が極めて大きく1000 m2 g-1を上回ること、用いる界面活性剤のアルキル鎖長に応じて2-10 nmの間で細孔径が制御できること、さらに細孔径が均一であること、規則正しい蜂の巣状の周期構造を有することといった特徴を持つ。構造および表面特性を精密に制御可能であるという点において、従来のメソポーラス物質とは一線を画し、極めて魅力的な素材である。本論文では、まずメソポーラスシリカ合成のテンプレートとなる両親媒性構造体として、これまでに適用がほとんど報告されていない超分子相互作用を介して形成される集積体を用いることで、新規有機無機複合材料を創製することを目的とした研究成果について述べている。さらに後半では機能性テンプレートにシリカとの縮合部位を導入することで、触媒活性という新たな機能を複合体に付与した研究成果について述べている。

緒論では、まずメソポーラスシリカの生成機構および特性に関して総括的に説明している。次にメソポーラスシリカを有機物質によって修飾する各種手法に関して、その特長と欠点に関して詳細に解説している。その中でも機能性両親媒性分子をテンプレートとして用いたメソ構造複合体の合成について、本法が極めて効率的なメソポーラスシリカの機能化を可能にし、新しいタイプの複合体の開発へと展開できる可能性を明示している。

第1章では、水素結合を介して一次元カラム状集積体を形成する分子に両親媒性側鎖を導入することで、カラム状集積体を棒状ミセルとして、それをテンプレートとして用いたメソ構造シリカの合成に関して述べている。赤外吸収スペクトルによる観察から、得られた複合体内において分子間で水素結合が形成されていることが確認され、一次元集積体は各メソ細孔内で孤立化および配向していることを示している。さらに温度可変赤外吸収スペクトルの測定により、メソ細孔内に取り込まれた分子の運動が制限されていることを明らかにした。これまでに水素結合を介した超分子集積体をテンプレートとしてメソ構造シリカを合成した例はなく、代表的な超分子相互作用を利用して機能性テンプレートの幅を拡げることに成功しており、その意義は大きい。

第2章では、金属間相互作用を有する白金錯体の一次元集積体をテンプレートとしたメソ構造シリカの合成に関して述べている。具体的にはビピリジンに両親媒性側鎖を導入し、これを配位子とする両親媒性白金錯体を調製した。まず単核錯体をテンプレートとしてメソ構造シリカを合成することで、酸条件下での錯体の安定性に関して検討し、メソポーラスシリカ合成の条件において錯体が安定であることを確認した。さらに両親媒性白金錯体とテトラシアノ白金酸カリウムを等量混合することにより、目的とする一次元集積体を得ることに成功した。最後に得られた両親媒性一次元集積体をテンプレートとすることで、一次元白金集積体とメソポーラスシリカとの複合体をフィルムとして得ることに成功した。ここで用いた錯体は太陽エネルギーの化学エネルギーへの変換という機能が注目されている一方で、フィルムとして加工した例がほとんどなく、フィルム化と配向性の制御を同時に成し遂げたという点で、極めて興味深い結果と言える。また金属間相互作用を有する一次元集積体をメソ細孔内に取り込んだ例としても初めてであり、近年金属間相互作用により発現する機能が続々と発見されていることを考慮に入れると、この手法により新たなフォトニクス、エレクトロニクス材料の創製の可能性を提示したと言える。

第3章では、シリカと縮合可能なアルコキシシリル基を有するアミノ酸含有両親媒性分子をテンプレートとして調製したメソ構造シリカ/有機物複合体が、穏和な条件下、シクロヘキサノンのようなケトンのアセタール化の触媒として働くことを述べている。複合体の断面図を見ると、細孔の一本一本は疎水性内部領域、親水性外殻部およびシリカ壁から成る同軸構造を有していることがわかる。疎水性および親水性の領域は、それぞれ疎水的、親水的な基質の取り込みを促進し、その界面に配置されたペプチドが触媒として有効に働いていることが各種対照実験により明らかになった。メソ構造シリカを用いることで基質の捕集、触媒活性点の配置、および協同触媒作用といった酵素に不可欠な要素をあらかじめ組み込んだ触媒をデザインできるということを実証している。さらにアミノ酸部位の変換や金属イオンの取り込みにより、より高機能な触媒開発の可能性を提示しており、その意義は大きい。

結論と展望では、本論文の総括と展望を述べている。

以上、本論文では、機能性部位を有する両親媒性分子をメソポーラスシリカ合成のテンプレートとして用いるというアプローチを深く掘り下げることにより、それに基づいた新規機能性有機無機複合体の合成とその機能発現に成功している。これらの成果は、今後のナノ材料工学、特にナノ空間を利用する有機無機複合材料の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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