学位論文要旨



No 124318
著者(漢字) 小板橋,恵美子
著者(英字)
著者(カナ) コイタバシ,エミコ
標題(和) 下肢障害のある人の居住支援に関する研究 : 脊髄損傷者の住宅確保を中心として
標題(洋)
報告番号 124318
報告番号 甲24318
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6956号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福島,智
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 大西,隆
 日本女子大学 教授 沖田,富美子
内容要旨 要旨を表示する

近年のわが国においては、障害のある人の雇用促進、障害者スポーツの振興、高等教育への進学機会の拡充がはかられるなど、障害のある人の社会活動への参加がいっそう進められている。障害のある人の社会活動の促進は、就職や転勤、進学に伴う住宅の住み替え機会の増加をもたらすと考えられ、バリアフリー化された住宅の供給が一層求められている。障害のある人の住まいとしては自宅、施設、そして中間的形態であるグループホームやシルバーハウジングなどがあるが、わが国の既存住宅はバリアが多く、障害のある人が自宅としての住宅を確保することは容易なことではない。このような困難は民間の賃貸住宅において大きく現れると考えられる。というのは、わが国における障害のある人の住宅は公的住宅によって対応してきた経緯があり、住宅改善をせずに入居できる民間賃貸住宅は限られている。そして、これに加えて、障害のある人に対する家主らによる入居拒否が行われているなど、民間賃貸住宅においては、たとえ空き家があったとしても、これらのバリアにより障害のある人は入居できないという問題があるからである。

障害のある人の住宅確保をめぐる問題に関しては、苦労した体験として当事者によって語られ、一部の研究者や国が障害のある人の住宅難の問題や住宅支援の必要性を論じてきた。しかしながら、障害のある人がどのように住宅を選択し確保しているのか、そして居住支援上どのような課題があるのかといった研究は、十分になされているとはいえない。障害のある人の住宅確保が主要な研究テーマとならなかった理由として、(1)わが国の住宅問題としての量的不足は解消されているために、住宅を確保することに注意が払われなくなったこと、(2)住宅の取得・水準は収入に依存するため、住宅確保の問題は障害のある人に限ったことではなく、どこまでが障害要因なのか、明らかにしにくいこと、(3)障害のある当事者にとって、住宅の確保の問題は一時的な「悩み」や「困難」にすぎず、その後に続く生活をどのように組み立てるかの方が重大な問題として位置づけられてきたこと、(4)特に民間の賃貸住宅においては、それが私的財産であるために、その扱いは所有者に任されるととらえられていること、(5)入居拒否をはじめとする入居における不等な扱いは差別につながるために、その実状を当事者から調査することは「寝た子を起こす」ことになりかねないととらえられたことなどが考えられる。すなわち、研究者にとっても、障害当事者にとっても意識化されにくい、また積極的には扱いにくい問題であったととらえられる。

本研究の目的は、下肢障害のある人の居住支援における諸課題を明らかにすることである。今回は、下肢障害のある人の民間賃貸住宅居住に焦点をあて、住宅確保における問題の所在およびその構造について、わが国の住宅政策から明らかにし、下肢障害のある人の円滑な住宅確保を支援するための課題について考察する。

具体的には、下肢障害のある人の住宅確保上の問題として、(1)入居・購入あっせん契約締結における制約の存在、(2)生活上のニーズに応じた住宅選択の困難さ、(3)障害のある人の民間賃貸住宅居住を推進する住宅政策の未整備などの問題を扱い、検討を行っている。

本研究は序論(1章~2章)、本論(3章~7章)、結論(8章)の3部で構成されている。

第1章では、研究の背景と目的、構成を示した。

第2章では、わが国における肢体不自由の人の生活、および住宅の実状について整理している。また住宅設計上の配慮事項を整理し、下肢障害のある人の住宅では、段差の解消、通行幅員の確保をはじめとする移動保障を優先した計画が必要であることを示した。

第3章では、青・壮年期にある主として脊髄損傷による下肢障害のある人の住宅の実態を示すとともに、下肢障害のある人が不動産業者等から懸念事項を提示された経験を分析することにより、住宅売買・あっせん契約締結における障壁の所在について検討した。その結果、下肢障害のある人の持ち家率は高く(81.5%)、民間賃貸住宅居住者は1割にも満たないことが示された。そして、不動産業者等との入居・あっせん契約においては、不当な取り扱いが存在しており、しかもその多くが民間賃貸住宅の契約締結時に表出していること、入居にあたっての住宅改善の必要性およびその可否は契約締結上の障壁となっていること、さらに身体障害があることそのものも未だ障壁となっていることを明らかにした。

第4章では、下肢障害のある人の住宅における住宅改善の実施状況および住宅選択におけるニーズを分析している。その結果、特にバリアフリー化をはかりたい場合には持ち家を選択する傾向があること、仕事や活動に従事したり、家族からの独立を目指す場合は借家が選択されること、そして、下肢障害のある人の生活にとってバリアフリー化された住宅は不可欠であるが、それは多額の自己資金を要する持ち家という自助努力によることを示した。さらに、第3章も踏まえて、下肢障害のある人の高い持ち家率は、伝統的な家族主義の存続や自助努力を強いるわが国の福祉環境の投影であることが示唆されること、下肢障害のある人から、民間賃貸住宅は自立や社会参加を支えるための住宅としての役割が期待されていることを述べた。

第5章は、「建物・住戸へのアクセスおよび住宅内での移動上の物理的バリアを解消し、障害を理由とした入居拒否・契約締結拒否等を行わない民間賃貸住宅(バリアフリーな民間賃貸住宅)」に居住する車いすユーザ5名を対象として、民間賃貸住宅居住と生活の変化に関する事例分析を行っている。その結果、バリアフリーな民間賃貸住宅は自立をはかり、受傷後の自分自身の可能性を見出す場となっていることが示された。また、民間賃貸住宅における住宅改善は、障害のある人に種々の負担をもたらしていることを明らかにし、バリアフリーな民間賃貸住宅を確保することが生活意欲の向上につながることも示した。

第6章は、下肢障害のある人の民間賃貸住宅居住を促進させるための方策について検討するために、「構造体に影響しないかぎりにおいて、入居者がその身体状況によって必要とする住宅改修の実施を妨げず」、そして「建物、住戸、居室へのアクセスが段差フリーで行うことができ」、かつ「障害の有無にかかわらず入居を受け入れる」バリアフリーに関する配慮がなされた民間賃貸住宅(以下、便宜的に「バリアフリーマンション」と記す)事業について事例分析を行っている。その結果、障害のある人のバリアフリーマンション居住に対する需要はあり、民間賃貸住宅事業として成立することを確認した上で、供給時に具備すべきバリアフリー化要件、および社会的支援策を明らかにした。

第7章では、住宅供給政策における民間賃貸住宅の位置づけについて整理をした上で、民間賃貸住宅への入居の困難に対して提供されている支援施策についての検討を行っている。具体的には、平成18年度から予算化された国による「あんしん賃貸支援事業」と、「川崎市居住支援制度」を制度化した川崎市の居住支援施策を取り上げ、効果を分析した。特に川崎市の制度は、家主に対する支援を行い賃貸の不安を解消することが、障害のある人等の入居機会の制約の解消につながるとした点で先進的な制度であることを確認した。そして、今後、障害のある人の民間賃貸住宅居住を促進させるための支援施策上の課題として、住宅改造の可否や障害のある人の自立生活に関する情報提供、居住支援を行うものに対する公的な支援が必要であること等をあげた。

そして、第8章では、各章を総括し、下肢障害のある人の住宅確保における問題の所在およびその構造について、わが国の住宅政策から考察し、下肢障害のある人の円滑な住宅確保を支援するための課題について述べ、結論としている。わが国は、第二次世界大戦以後の持ち家主義政策を中心とした住宅政策、土地神話・地価高騰の元で自助努力による住宅供給を進めた結果、民間賃貸住宅の質は抑えられ、住宅は私有資産であるという認識が根強く残っている。本研究では、障害のある人が自立し、社会参加をする上で民間賃貸住宅には大きな役割があることを確認したが、民間賃貸住宅では物理的バリアと入居制約という二重のバリアが存在していること、そしてこの二重のバリアはわが国の住宅政策の結果であることを指摘した。すなわち、下肢障害のある人の民間賃貸住宅居住の困難さは、バリアフリー化された住宅の量的不足にあるとともに、それを解決するための住宅改善を私有財産の改変と見なす現行の政策によりもたらされていることを指摘した。

また、持ち家に関しては、下肢障害のある人の持ち家率の高さも以上のような住宅政策の結果であり、しかも障害のある持ち家居住者の中に大きな住宅格差、生活格差をもたらしている。加えて、民間賃貸住宅居住のバリアを回避するための持ち家により生活の困窮度が高まる方向へ移行してしまう可能性も指摘した。その上で住宅確保における支援にいては社会的資産として住宅を位置づけるとともに、障害のある人の本来あるべき権利としてあらゆるバリアの解消策を講じることを基本とし、具体的な課題として、下肢障害のある人が必要とする住宅改善を拒まない仕組み作りや、従来の賃貸借システムの再構築の必要性、民間賃貸住宅のバリアフリー化促進策の早急な整備などについて述べた。

審査要旨 要旨を表示する

従来、障害のある人がどのように住宅を選択し確保しているのか、そして居住支援上どのような課題があるのかといった研究は十分になされてこなかった。そこで、本研究では、下肢障害のある人を中心に居住支援における諸課題を、当事者への調査研究とわが国の住宅政策の分析の両面から行うことを目的とした。

第1章で研究の背景と目的を示した上で、第2章では、わが国における下肢障害のある人の生活、および住宅の実状について分析し、住宅設計上の配慮事項を検討した。その結果、下肢障害のある人の住宅では、段差の解消、通行幅員の確保をはじめとする移動保障を優先した計画が必要であることを示した。

第3章では、青・壮年期にある主として脊髄損傷による下肢障害のある人の住宅の実態を示すとともに、下肢障害のある人が不動産業者等から懸念事項を提示された経験を分析することにより、住宅売買・あっせん契約締結における障壁の所在について検討した。この検討のために、障害者団体の協力を得て、同団体が把握している脊髄損傷による下肢障害のある人を対象に質問紙調査を行い、2901票を配布し、808票の回答を得た。高齢者要因を除外する意味で、このうち、18歳以上65歳未満の人の回答、590票を分析対象とした。その結果、1)下肢障害のある人の持ち家率は高く(81.5%)、民間賃貸住宅居住者は1割にも満たないことが示された。そして、2)不動産業者等との入居・あっせん契約においては、不当な取り扱いが存在しており、しかも、3)その多くが民間賃貸住宅の契約締結時に表出していること、4)入居にあたっての住宅改善の必要性およびその可否は契約締結上の障壁となっていること、さらに、5)身体障害があることそのものも未だ意識上の障壁となっていることを明らかにした。

第4章では、下肢障害のある人の住宅における住宅改善の実施状況および住宅選択におけるニーズを分析した。その結果、1)特にバリアフリー化を図りたい場合には持ち家を選択する傾向があること、2)仕事や活動に従事したり、家族からの独立を目指す場合は借家が選択されること、そして、3)下肢障害のある人の生活にとってバリアフリー化された住宅は不可欠であるが、それは多額の自己資金を要する持ち家という自助努力によることを示した。さらに、第3章での調査結果も踏まえて、4)下肢障害のある人の高い持ち家率は、伝統的な家族主義の存続や自助努力を強いるわが国の福祉環境の反映であることが示唆されること、5)下肢障害のある人から、民間賃貸住宅は自立や社会参加を支えるための住宅としての役割が期待されていることを述べた。

第5章では、実際にバリアフリーな民間賃貸住宅に居住する車いすユーザ5名を対象として、民間賃貸住宅居住と生活の変化に関する事例分析を行った。その結果、バリアフリーな民間賃貸住宅は自立を図り、受障後の自分自身の可能性を見出す場となっていることが示された。

第6章では、民間の「バリアフリーマンション」の経営について、事例分析を行った。その結果、障害のある人のバリアフリーマンション居住に対する需要はあり、民間賃貸住宅事業として成立することを確認した上で、供給時に具備すべきバリアフリー化要件、および社会的支援策を明らかにした。

第7章では、わが国の住宅供給政策における民間賃貸住宅の位置づけについて分析した上で、民間賃貸住宅への入居の困難に対して提供されている支援施策についての検討を行った。

第8章では、各章を総括し、民間賃貸住宅では物理的バリアと入居制約という二重のバリアが存在していること、そしてこの二重のバリアはわが国の住宅政策の結果であることを指摘した。また、持ち家に関しては、下肢障害のある人の持ち家率の高さも以上のような住宅政策の結果であり、しかも障害のある持ち家居住者の中に大きな住宅格差、生活格差をもたらしている。加えて、民間賃貸住宅居住のバリアを回避するために過度の経済的負担を伴いながら持ち家を取得することによって、結果的に生活の困窮度が高まる傾向があることも指摘した。その上で住宅確保における支援においては、1)社会的資産として住宅を位置づけるとともに、2)障害のある人の権利としてあらゆるバリアの解消策を講じることを基本としつつ、3)下肢障害のある人が必要とする住宅改善を拒まない仕組み作り、4)従来の賃貸借システムの再構築の必要性、5)民間賃貸住宅のバリアフリー化促進策の早急な整備の必要性を述べて結論とした。

審査の結果、本研究は、下肢障害という居住における深刻な困難を抱えている障害者について、実態調査研究と政策分析の両面から考察した先駆的な知見であり、今後高齢者の居住問題への展開も含め、発展が期待される重要な研究成果であると認められるため、学位授与に相当するという合意がなされた。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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