学位論文要旨



No 124319
著者(漢字) 園田,哲理
著者(英字)
著者(カナ) ソノダ,テツリ
標題(和) オーグメンティドリアリティのための頭部搭載型プロジェクタに関する研究
標題(洋)
報告番号 124319
報告番号 甲24319
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6957号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 准教授 広田,光一
 東京大学 講師 川上,直樹
内容要旨 要旨を表示する

(本文)本研究は、ユーザーに対してウエアラブルな頭部搭載型プロジェクタを使用することで、オーグメンティドリアリティ(AR)における視覚提示を実現することを目的とした。現状のウエアラブルARディスプレイとして用いられているSee-Through HMDにおいては、実物体とバーチャル物体の前後関係・遮蔽関係の矛盾、輻輳・調節矛盾に課題があり、原理的にこれを解決するRPTを用いた頭部搭載型プロジェクタ(HMP)が開発されてきた。近年、プロジェクタは急激に小型化が進み、画像提示性能も向上してきており、今後画像提示装置として重要な位置を占めることが予想される。しかし、従来のHMPにおいてもハーフミラーによって顔が覆われており、対面コミュニケーションでの用途や、実視界が重要である環境での使用に制限があった。また、ハーフミラーの使用によって映り込みによる画質の低下や、広視野角化に際して装置の大型化が避けられない問題があった。

本研究では、上記の諸問題を解決するため、ハーフミラーを使用しない光学系を持つフルオープン型HMPを提案した。提案したフルオープン型HMPについて、小型・軽量で広視野角を有するという要求性能を実現するための設計案を複数示し、最適な案の検討を行った。広視野角には投影光学系の短焦点化が不可欠であり、主に複数のレンズを組み合わせる手法、球面ミラーを使用する手法について短焦点化手法を考案し、比較を行った。比較した結果、複数のレンズの組み合わせによる手法による短焦点化が有効であると判明した。

上記の検討結果を基にして設計を行い、重量500g、水平視野角32° の性能を持つ試作機X'talVisorを実装した。さらに、RPTの従来光学系を持つHMPと比較実験を行い、製作したX'talVisorが提示画像の輝度、コントラスト、空間解像度の点で優れた性能を有することを示した。左右両眼で視差を与える立体画像の提示においても、提示するバーチャル物体とスクリーンがほぼ同じ距離にある状態では、クロストークは無視できる範囲内にあり、問題なく画像提示できることを実験により示した。

また、フルオープン型であるX'talVisorの特徴を活用するために、応用に関する提案を行った。

第一の応用として、X'talVisorが持つ装着者の顔が見えるという特徴を生かし、テレイグジスタンスによる遠隔コミュニケーションに向けたディスプレイの提案を行った。本提案では、X'talVisorを用いて遠隔地のコミュニケーション相手を、カメラを内蔵した目の前の人型スクリーンに投影し、臨場感のある立体画像として対面コミュニケーションを可能としている。本提案を具体的なものとするために、実際に動作するアプリケーションを製作し、デモンストレーションを行った。

第二の応用として、X'talVisorを常時装着し、現実環境内、もしくはユーザの身体に直接装着したスクリーンをディスプレイとして、情報の入出力を行うユビキタスコンピューティングへの応用を提案した。本提案では、スクリーンとする再帰性反射材の裏側に触覚センサを装着し、スクリーンの形状を問わずに実物体に画像を提示しながら、ユーザからの入力操作も可能としている。また、スクリーン位置のトラッキングには、スクリーン上に目立たない形でランダムドット状の点群を配置し、この点群の移動を検出する方法を提案した。第一の応用と同様に、本提案をより具体化するために、実際に動作するアプリケーションの製作を行った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「オーグメンティドリアリティのための頭部搭載型プロジェクタに関する研究」と題し、7章からなる。近年、実世界にコンピュータで得られた情報を加えて実世界を増強するオーグメンティドリアリティ(拡張現実、AR)の研究開発が進められている。AR のための機器としては、See-Through HMD (透視式頭部搭載型ディスプレイ、ST-HMD )と、HMP(頭部搭載型プロジェクタ)があるが、提示における実世界と情報世界との遮蔽矛盾を解決し、かつ、提示機器で使用者の顔を隠してしまわないフルオープン方式は実現されていなかった。本論文では、再帰性投影技術(RPT)を用いたフルオープン型HMP を提案し、その設計法を明確にし、実機を構成して、提案法の有効性を実証したものであり、AR 応用への道を拓いている。

第1章「序論」は緒言で、本研究の背景となるAR の概念について触れ、AR 環境を視覚的に実現するためのディスプレイについて、従来研究を示しながら述べ、機能要求を定義している。特に、ウエアラブルでAR 環境を実現するST-HMD やRPT によるHMP などのAR ディスプレイにおける、遮蔽矛盾や狭隘な視野、使用者の顔が機器により隠されてしまうなどの問題解決の必要性について考察し、遮蔽矛盾無く提示可能でかつ使用者の顔を隠さないフルオープン型のAR機器を構築する方式を提案し、その設計指針を導いて行くという本研究の目的と立場と意義とを明らかにしている。

第2章は、「フルオープン型HMP の構成」と題し、既存のST-HMD における問題点を解決する方式として、使用者の瞳孔径より小型のフルミラーを目の前に配置するフルオープン型HMP を提案している。フルオープン型HMP の光学系では、スクリーンとする再帰性反射材が、光線の入射方向を中心として投影光を再帰反射しつつ、ある程度の拡散反射を持っている必要がある。この入射方向に対するオフセット角を持った反射特性は、オフセット角が1[deg]になるまでに反射光の輝度が急激に減少する。ハーフミラーを用いるRPT 光学系、提案のフルオープン型HMP の光学系、頭部側面からの投影による光学系の3 つを構成し、画像投影による比較を行ったところ、提案法であれば、ハーフミラー光学系と遜色がないが、頭部側面からの投影では鮮明な映像が得られず、従って、顔の側面から投影するというような安易な方法では目的が達成できず、提案方式の光学系が必要であるとしている。

第3章は「フルオープン型HMP の設計検討」と題し、フルオープン型HMP において、小型軽量で、かつ広視野角を実現するための投影光学系について種々の設計方式を示し、比較を行っている。ここで目標とする視野角は、上方の実視野角で42.4[deg] 、提示視野角は水平45[deg]、垂直34[deg]とし、比較設計方式としては、実視野角の確保の点から3 案、提示視野角の確保の点から4 案、両方の視野角の確保を目指した2 案の計9 案を示し比較している。その後、前述の比較で好成績であった2 案について、実際に実験装置を作成し比較投影実験を行い、結果、組合せレンズによる光学系の短焦点化の方式が最も効果的であるとしている。

第4章は「フルオープン型HMP "X'TALVISOR" の実装と評価」と題し、第3 章において比較基準とした光学系を用いた試作機X'talVisor1 と、視野拡大のための方式として最終選択した組合せレンズによる光学系の短焦点化方式に基づいて設計し試作したX'talVisor2 を比較している。

X'talVisor1 は提示視野角が水平26.2[deg]、垂直19.8[deg]であるのに対して、X'talVisor2 は水平32.5[deg]、垂直26.2[deg]と提示視野角が向上している。なお、X'talVisor2 では画像素子の交換により、本来の設計値である水平45[deg]、垂直34[deg]の提示視野角を達成可能である。次に、従来のハーフミラーを用いた光学系によるHMP を基準として、X'talVisor1 とX'talVisor2 を比較すると、投影輝度は、RPT ハーフミラー光学系が最大2.8[cd/m2]に対して、X'talVisor1 では最大12.5[cd/m2]、X'talVisor2 では最大12.3[cd/m2]と向上、コントラスト比は、RPT ハーフミラー光学系に対して、X'talVisor1 では最大+2.7[dB]、X'talVisor2 では最大+16.9 [dB]と、特にX'talVisor2 で著しい改善が確認されている。空間解像度については、RPT ハーフミラー光学系が視力換算で0.06 相当に対して、X'talVisor1 が0.51、X'talVisor2 が0.33 での画像提示が可能であることが示されている。さらに、X'talVisor2 の視差による立体画像の提示性能について検証するために、提示画像、実物体双方の指標を用いて、被験者による奥行き知覚実験を行い、実験の結果、被験者個人による差が大きいものの、視差画像が融像している場合には被験者全体で弁別閾が200[mm]程度、被験者によっては100[mm]以内であり、十分に実用にたえるとしている。

第5章は「テレイグジスタンスへの応用」と題し、提案したHMP を、遠隔地の相手と臨場感を伴ったコミュニケーションを可能とする相互テレイグジスタンスに応用している。本応用例では、再帰性反射スクリーンで構成されたダミーボディに対して、遠隔地の相手の立体画像を投影することで、臨場感のある対面コミュニケーションをとることが可能となるというものである。X'talVisor を使用しているため、使用者の顔が、実際の顔としてダミーボディに投影されるため、ダミーボディが使用者であるかのような感覚がダミーボディを見る人に生じる。顔がみえ表情もわかるので自然なコミュニケーションが可能となる。なお、ダミーボディ内には1 対のカメラを備えており、使用者は、このダミーボディの中にいるような臨場感をもってテレイグジスタンスが可能となり相互テレイグジスタンスが成立する。

第6章は「ユビキタスコンピューティングへの応用」と題し、もう一つの応用の方向性として、場所や形状を問わずあらゆる場所に配置可能な実世界指向インタフェースであるユビキタススクリーンへの応用を提案している。ユビキタススクリーンは、画像を投影する再帰性反射スクリーン、ユーザの入力を検出する触覚センサ、スクリーンの位置姿勢をトラッキングする赤外線画像認識マーカの機能を統合し、安価かつ高機能な情報入出力装置としての機能を持つ。提案したユビキタススクリーンの実現可能性を示すために、スクリーンをバーチャルなピアノとして演奏することができるデモンストレーションの実装を行い動作を確認している。

第7章「結論」は結語で、本論文の結論をまとめ、今後を展望している。

以上これを要するに、本論文では、提案したフルオープン型HMP について小型軽量で広視野角の達成を目標として、そのための設計法を明確に示し、その設計法に基づいた試作機を実装し有用性を示して、今後のオーグメンティドリアリティのためのディスプレイ機器の設計論への道を拓いたものであって、システム情報学、特にバーチャルリアティ学に貢献するところが大である。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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