学位論文要旨



No 124328
著者(漢字) 金,彦叔
著者(英字)
著者(カナ) キム,オンスク
標題(和) 知的財産権の国際的保護と法の抵触
標題(洋)
報告番号 124328
報告番号 甲24328
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第226号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大渕,哲也
 東京大学 教授 石黒,一憲
 東京大学 准教授 原田,央
 東京大学 教授 中谷,和弘
 東京大学 教授 川出,良枝
内容要旨 要旨を表示する

インターネットなどの通信技術の発達や経済のグローバル化による情報の取引の爆発的な拡大に伴い、知的財産権に関する議論が一層活性化している中、世界は、国内産業保護の観点から自国の知的財産法の保護水準を高めると同時に、国際的にも、その保護をより一層強化するのが妥当な結論であるかのように動いているといっても過言ではない。

本論文は、最近の知的財産権法制を取り巻くかかる環境の変化が、我々が今まで築いてきた「法の抵触論」的視座や抵触法における方法論的秩序を揺るがすような状態を招いている現実において、最近の知的財産権の更なる国際的権利拡張の動きが、はたして既存の抵触法的秩序の中で何処まで容認できるものなのかを問うものである。このような「法の抵触論」的分析を行うことは、抵触法的体系を明確にするという意味でも、知的財産権制度の意義・本質を再認識するという意味でも、有意義なものであると筆者は信じている。

法の抵触論的分析にあたっては、知的財産権法制を取り巻く現実認識やその問題点の提示が、まず重要となる。そこで、本論文第1部では、最近の知的財産権の更なる国際的保護強化の背景やアメリカ・日本を先頭とするプロパテント政策の実態を検討するとともに、各国知的財産法制度のハーモナイゼーション論の実質法的問題点を明らかにした。それを踏まえて、抵触法的見地から、最近のかかるハーモナイゼーション論が抱えている根本的な問題、すなわち、ハーモナイゼーションのために締結されている条約自体の抵触法的位置づけ問題や知的財産権の実質法上の属地主義に対する新たな直視の必要性、知的財産法のいわゆる「域外適用」をどう考えるべきか、という問題を指摘し、抵触法的構造の中での妥当な解決の必要性やその方向性を提示した。これらの問題に対する動態的な抵触法的考慮なしには、真のハーモナイゼーションなるものは達成できないであろう。しかしながら現実においては、条約から明確にもたらされる知的財産権の実質法上の属地主義については、その存在意味を失ったという議論までがなされており、それとともに、強い保護法の輸出、他国国内法への干渉という形でのハーモナイゼーションが展開されており、さらには、他国における知的財産権の"権利状況"を無視したまま、知的財産法のいわゆる「域外適用」のための試みが行われているのである。本論文は、このような問題点を直視した上での抵触法的分析であり、抵触法的な枠をはめてからの国際的保護こそが各国の知的財産権制度の本質を守ることにもつながる、ということを明らかにすることをその目的としている。

かかる抵触論的分析のためには、まず、分析の枠となる抵触法的方法論を明確にする必要がある。知的財産権と関連して、「実質法的価値」を重視しようとする現実においては、とくにそうである。方法論的出発点をどこにおくべきかを考える際に重要なのは、抵触法学において守るべき基本的価値を直視することである。その抵触法の基本的価値とは、各国法制度間で優劣をつけることなく、「各国法の本質的平等」の観念から、国際的な生活関係を営む私人の権利義務関係を明確にする、ということであり、それを守るためには、各国法に対する実質法的価値判断を極力排除し、「各国法の本質的平等」の観念を実践しようとする、サヴィニー的伝統的方法論の現代的価値を再確認しなけらばならない。

サヴィニー的伝統的方法論によって説かれている、実質法的正義と区分されるところの「抵触法的正義」というのは、国際的生活を営む個人に最も密接な関係を有する法秩序を探っていくための「内部的な革新」を常に要求するものであり、そのためには、「抵触法的利益衡量」に基づく解釈論的実践が必要である。本論文は、現実における対立する方法論的混乱を克服し、伝統的抵触法方法論の現代的意義を直視し、その内部的発展を極めることを、もう一つの目的としており、それが本論文の方法論的出発点であるといえる。

このような本論文の基本的方法論から、まず第2部においては、法の選択と適用の場面における知的財産権の国際的保護強化に関する抵触法的分析を行った。具体的には、まず、法の選択と適用問題を考える際には、サヴィニー的方法論が私法的法律関係にのみ妥当なものであるという、画一的な公法・私法峻別論は克服されるべきであるということを、その前提におく必要があるであろう。そして、国際私法規定による硬直的な連結にならないように、当事者自治の原則や「特徴的給付」の理論の場合も含め、準拠法選択上の一般条項としての「最も密接な関係の原則」に基づいて、準拠法選択は、個別事案に応じて、個別的・具体的に判断しなければならない。また、性質決定と関連しては、性質決定の段階において、準拠法選択上の事案の分断がなるべく生じないような解釈論上の工夫が必要であり、性質決定の対象を、「法律関係」よりも「実際の紛争事実関係」に着目する必要もある。さらに、外国法の解釈の際にも、事案の国際性を勘案した外国法の動態的解釈という「抵触法的利益衡量」が必要となるということである。これらのことが、伝統的な方法論の「内部的革新」につながるのである。

他方、かかる方法論からは、国際裁判管轄の決定や外国判決の承認執行という抵触法的問題についても、上記の、「抵触法的正義」を実現するための「抵触法的利益衡量」は必要となる。すなわち、かかる「抵触法的利益衡量」は、国際裁判管轄の決定においては、管轄原因の決定の際の抵触法的価値判断や、「特段の事情」論という形で、また、外国判決の承認執行の場面においては、承認執行制度の本質からもたらされるところの、外国法の承認執行に対する承認国の訴訟政策上の考慮と関連して、承認執行の要件の判断や当該外国判決の国内的効力の範囲などの問題についての承認国自身の抵触法上の価値判断という形で現れるのである。これらに関する分析は、第3部において行った。

以上のような方法論を踏まえて、知的財産権における抵触法的観点を論ずる際に、まずもって明確しなければならないのが、知的財産権の属地主義の原則が抵触法的問題にどのように影響するか、ということである。この点につき、本論文第2部・第3部は、侵害事件、不正競争行為、契約事件、職務発明および職務著作といった知的財産権の具体的事案に対する抵触法的分析を行い、抵触法的分析の枠内での国際的保護の範囲を提示しているが、そこから導き出される、抵触法ルールとしての「保護国法主義」と属地主義の原則との関係の基本構造は、以下のようなものである。すなわち、法の「選択」の段階において、条約から明確にもたらされる知的財産権の属地主義の原則は、各国における条約の国内的受容の程度との関係で、属地主義と関連した条約規定が自動執行性を有する規定として、法廷地において絶対的強行規定として適用されている国においては、属地主義からもたらされる「保護国法への連結」という抵触法ルール(つまり、抵触法上の属地主義)が絶対的に影響する、ということである。ただし、具体的な「保護国」が何処なのかという具体的プロセスについて条約は明確な言及をしていないため、その具体的な保護国法は、当該紛争事実との関係で、各国の国際私法ルールに従って、事案に応じて柔軟に決定されることになる。また、法の「適用」の段階においても、権利の属地的独立性から他国の知的財産法秩序への介入が(条約上)不可能、つまり、他国での知的財産権に対する"権利状況"を考慮することなしに、自国の知的財産法に基づいて他国での行為に対して差止等を認めてはいけない、という意味での実質法上の属地主義の原則は、準拠法としての保護国法の解釈適用の際に考慮されることになる。これは侵害行為の一部が他国で行われたとされる場合やユビキタス(ubiquitous)侵害の場合にも基本的に同様である。さらに、かかる実質法上の属地主義の原則は、当事者による準拠法の事後的変更を制限したり、属地主義の原則に反する外国法については、公序の発動を待つのではなく、まさにこれが直接適用され、当該外国法が適用されないことになるのである。その反面、不正競争防止法において保護されている属地的性格を有しない知的財産(例えば、営業秘密)、契約関連事件、また職務発明および職務著作に関する事案は、知的財産権の属地主義が及ばない事柄として、通常の抵触法的処理の枠組の中で処理すればよい。

つぎに、かかる実質法上の属地主義の原則は、知的財産訴訟における国際裁判管轄の決定にどのような影響を及ぼすのか。この点につき、かかる属地主義の原則は、属地的独立性を意味する実体法上の原則であって、国際裁判管轄決定の場面においてまで、知的財産権の登録国などに管轄を限定させるような硬直的なものではない、ということに注意すべきである。したがって、属地主義を理由に権利の有効性について(または侵害も含めて)登録国の専属管轄を認める必然的理由はないのである。実際に問題となるのは、裁判管轄ではなく、有効性(または侵害)をどこの国の法により判断するかという準拠法の問題である。このような点を踏まえて考えると、国際的な知的財産訴訟において併合管轄、合意管轄や保全処分としての域外的差止命令の管轄、不法行為地管轄、債務履行地管轄を考える際は、属地主義の原則による知的財産権の特殊性にこだわることなく、通常の国際裁判管轄の決定における抵触法的価値判断に従い、個別的に裁判管轄を決定すればよいのである。これは、ユビキタス侵害の場合にも、同様である。他方、外国判決の承認執行の場面においては、承認国の属地主義の原則に違反する外国の域外的差止命令について、条約の直接適用により、それを承認国においてはダイレクトに承認しないとすることができる。

以上を踏まえて、最近の知的財産権の国際的保護強化の動きをみてみると、そこには、知的財産の実質法上の属地主義に反する形での、内国法への干渉、域外適用の試みが随所に見られており、不当であるといわざるをえない。しかし、国によって抵触法的方法論が異なっており、条約の国内的受容関係もお互いに異なる点からして、このような状況につき、すべての国において同じことが言えるとは必ずしもいえない。このような事実を踏まえた場合、知的財産権の国際的保護強化のための知的財産法制度のハーモナイゼーション論を考える際には、各国間で異なる抵触法的方法論、条約の国内的受容関係、条約規定の自動執行性の有無の判断、各国における具体的な準拠法選択ルールの差などに関する動態的な考察が、まずもって必要となるのである。それなしの"現実的必要性"による一方的な保護強化や方法論的妥協によるハーモナイゼーションは、正当化されないというべきであろう。

この点と関連して、本論文は、最近の、知的財産権の更なる国際的保護強化やその執行の確保に対する要求から、知的財産権のための独自の抵触法ルールをつくろうとする国際的な動きの中で提案されている、アメリカ法律協会の一連の原則(Principle)、ドイツのマックスプランク知的財産権研究所の提案、そして、日本・韓国側の提案について、その各提案の特徴と問題点を分析し、共通のルールの模索可能性を探ってみた。かかる提案は、英米法系や大陸法系における抵触法的方法論の調和均衡をはかることをその目標としているにもかかわらず、欧米による提案は、欧米におけるそれぞれの抵触法方法論上の基本的なアプローチを依然として優先しており、その一方で、日韓による提案は、その両方法論を同時に意識した規定ぶりとなっている。このような状況において、各国共通の抵触法的統一ルールが、将来的に提案されうるとは、そう簡単には断言できないであろう。しかも、知的財権に限局化された形で、かかる統一ルールづくりが必要であるかは、そもそも疑問である。かりに、そのような統一ルールが提案されたとしても、条約の解釈のズレや各国における条約の国内的受容の程度の差からして、各国における当該ルールの抵触法的位置づけが問題となるのである。

「法の抵触」が常に存在する現実世界において、我々としてなすべきことは、知的財産権に限局化された場面において、かかる方法論的妥協をするのではなく、各国法の基本的平等と「抵触法的正義」の実現という抵触法的価値を重視する伝統的方法論の現代的意義を再認識し、その内在的発展を極めていくことに尽きる。これが、各国の知的財産権制度の本質を守ることにもつながるのである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、プロパテント政策という言葉で象徴される、最近の内外における知的財産権の保護強化の流れの、基底に潜む矛盾や問題点を丹念にえぐり出しつつ、最も広い意味での抵触法(conflict of laws)の理論的視座からの体系的批判を加え、国際的な知的財産権保護の真の在り方を問うものである。その射程は、職務発明・職務著作やインターネット上のいわゆるユビキタス侵害を含めた、各種の準拠法問題や国際民事手続法上の諸問題はもとより、TRIPS協定や、現在作成中の「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)」、更には、最近のAmerican Law Institute (ALI)等による各国制度の平準化への種々の試みをも含めた、国際的な制度ハーモナイゼーション論と、その実際上の狙い、そして効果の分析等にまで及んでいる。

本論文の長所としては以下の点を挙げることができる。第一に、内外の文献・判例や一次資料をこれだけ丹念に読み込んで網羅し、しかも、これほどまでに広汎かつ最新の問題にまで踏み込んで分析した文献は、日本では初めてである、という点がある。意外に思われるであろうが、知的財産立国を目指す日本において、例えば国際知的財産保護の基本たるパリ条約・ベルヌ条約からもたらされるいわゆる属地主義の本質についてすら、従来は、海外での論議とのインタフェイスを欠く、混乱した議論が、知的財産法・国際私法の双方の分野でなされて来ていた。本論文は、そうした日本固有の混乱した理論状況を丹念に克服しつつ、他方でそこで得られた視座を、既に若干例示した最新の理論的諸問題にも強く反映するものとなっている点で、大いに評価される。

第二に、知的財産権の国際的保護をあくまで素材としつつも、著者の視点は、それによって伝統的な牴触法の方法論の、更なる純化・発展を目指すという方向に、明確に向けられており、そして、その試みがかなりの程度成功していると思われることも、大きな長所として挙げられる。とくに最近の日本では、サヴィニー的な国際私法の方法論はもはや過去のものだとする、安易な議論も散見される。しかし、本論文が知的財産の場合を具体的な素材として、説得的に議論を展開しているところから強く示唆されるのは、決してそうではなく、今まさにサヴィニー的・伝統的な方法論を堅持することによってこそ、一国法制度の押し付けや問題の通商問題化を避けつつ、各国法制度の平等を強く意識した上でのグローバルな問題処理が可能となることである。400字換算で1300枚余りの長大な本論文を貫く、著者のこの点での強い自覚の念と議論の一貫性は、高い評価に値するものと言える。

第三に、個別的論点における議論の仕方の多面性も、評価すべき点である。例えば、平成18年の特許法等の改正により、日本からの「輸出」も「侵害」とされることにはなった。筆者は、この改正を、パリ条約等の属地主義の原則との関係で正面から論ずる日本の文献の不存在を問題視しつつ、知的財産権保護の基本とされる「インセンティヴ論」との関係でも、この改正には問題のあったことを述べる。だが、それだけではない。従来「輸出」も米国特許の侵害として来た米国特許法271条(f)について、最近削除の動きがあり、そこではまさに、従来のままでは製造拠点を米国から外国に移すインセンティヴが与えられてしまうとの点が、同項削除に向けた批判の中心にあったことも、併せてそこで、説得的に示されている。米国の制度を模倣するならば、そこまで見据えた検討がなされるべきだった、というのが筆者の言いたいことである。このような、問題の全体的コンテクストを深く捉えた上での多面的で説得的な議論が本論文の随所でなされている点も、もとより評価すべき点である。

もっとも、本論文にも短所がない訳ではない。第一に、長所の第一、第二として挙げた点の裏返しとなるが、揺るぎのない基本枠組は本論文でしっかりと提示されているものの、個別により一層場面を限定した解釈論的展開が筆者の立場においてどうなるのかについて、必ずしも明確とは言えない面がある。第二に、通商問題にまで議論を広げる過程で、インセンティヴ論等への言及はあるものの、そこで検討されているのは法学者の著作のみであり、経済分析への直接かつ内在的な言及がない点も、惜しまれる。だが、これらの短所も、本論文の価値を大きく損なうものとは言えず、むしろ、筆者の今後の研鑽に期待すべきかと思われる。

以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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