学位論文要旨



No 124348
著者(漢字) 金,志
著者(英字) KIM,JIYOON
著者(カナ) キム,ジユン
標題(和) メタステレオタイプの内容と意味 : 日本人が韓国人に対して持つメタステレオタイプ
標題(洋) Content and implications of meta-stereotypes : The meta-stereotype of the Japanese about how they are viewed by Koreans
報告番号 124348
報告番号 甲24348
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第871号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 繁桝,算男
 東京大学 教授 里見,大作
 東京大学 教授 長谷川,寿一
 東京大学 教授 丹野,義彦
 東京大学 准教授 石垣,琢磨
内容要旨 要旨を表示する

Chapter 1. 研究の背景

人は,自分が属していない集団(外集団)の成員と接触する際,何らかの緊張や不安を感じることが多い。集団間不安と呼ばれるこの状態は,異なる集団同士の接触によって自分や相手が不快な思いをするかもしれないという否定的な結果の予期が原因で惹起するとされてきた(Stephan & Stephan,1985)。近年ではさらに,この集団間不安を生起させる要因として,「自分の集団(内集団)が外集団成員にどのように思われているか」というメタレベルの社会的認知が検討され始めた(e.g., Vorauer, Main, & O'Connell, 1998)。このメタレベルの社会的認知はメタステレオタイプ(meta-stereotype)と称され,「自分が外集団をどのように思うか」という一般的なステレオタイプ的認知(アザーステレオタイプ;other-stereotype)とは区別された概念である(図1)。

メタステレオタイプとアザーステレオタイプのどちらが否定的な集団間関係の維持により貢献する要因であるかを考えた場合,前者は後者よりも重要な役割を果たしていると考えられる。例えば,外集団成員と接触することでアザーステレオタイプは変容し易いが(Locksley, Borgida, Brekke, & Hepburn, 1980),メタステレオタイプは変容しにくいこと(Sigelman & Tuch, 1997),さらには,メタステレオタイプの認知が否定的な集団間関係の維持に影響していることが確認されている(e.g., Plant & Devine, 2003)。また,外集団成員との相互作用に対する期待は,アザーステレオタイプではなく,メタステレオタイプが関係していることが示されている(Vorauer, Hunter, Main, & Roy, 2000; Vorauer et al., 1998)。これらの点を踏まえて本論文では,日本人が韓国人に対して抱くメタステレオタイプを対象とし,集団間関係においてメタステレオタイプがどのような意味をもつのかを明らかにしようとした。日本と韓国は地理的に近接し,古くからさまざまな接触がある。その中でも不幸な歴史的出来事は,現在も続いている領土問題や歴史認識の問題を含む葛藤の原因になっている。このような背景のある二つの集団の成員が接触する際には,まずは不信が先行し,否定的なメタステレオタイプに注意が向き易いとされる(Frey & Tropp, 2006)。従って,日韓の集団間関係を考える際には,特にメタステレオタイプが重要な役割を果たしていると考えられる。

Chapter 2. 日本人が韓国人に対して持つメタステレオタイプの内容と正確さ

Chapter 2 では,メタステレオタイプの内容と正確さに関する調査研究を報告した。 Study2.1 では,日本人が韓国人をどのように思うか(韓国人アザーステレオタイプ),及び,日本人が韓国人にどのように思われていると思うか(韓国人メタステレオタイプ)を調査した。その結果,メタステレオタイプには否定的な内容が肯定的な内容より多く含まれ,日本人大学生は自分達が韓国人に否定的に思われると感じていることが確認された。これは,他のさまざまな集団を対象としたメタステレオタイプの先行研究と同様の結果であり,日本人の持つ韓国人メタステレオタイプの内容も否定的な傾向にあることが確認された。

Study 2.2 では,日本人が持つメタステレオタイプが正確であるかどうか,すなわち,日本人の持つメタステレオタイプが,韓国人が実際に持っている日本人アザーステレオタイプに一致するかどうかを調べるために,日本と韓国の大学生を対象にStudy 2.1 と同様の調査を行った。同じ文脈の中での一般化を試みるために,韓国人が日本人に対して持つメタステレオタイプの正確さも確認した。日本人回答者に対しては研究2.1 と同一の調査を行い,韓国人回答者に対しては,韓国人が日本人をどのように思うか(日本人アザーステレオタイプ),及び,韓国人が日本人にどのように思われていると思うか(日本人メタステレオタイプ)を尋ね,日本人が持つ韓国人メタステレオタイプと韓国人が持つ日本人アザーステレオタイプ,及び,韓国人が持つ日本人メタステレオタイプと日本人が持つ韓国人アザーステレオタイプを比較した。その結果,韓国人が持つ日本人アザーステレオタイプは肯定的な内容が多く含まれていたのに対し,日本人が持つメタステレオタイプは否定的であり,両者の内容が大きく異なることが明らかになった。韓国人が持つメタステレオタイプの場合も同様の結果が得られており,自分の集団に向けられているステレオタイプに関しては,実際外集団成員が思っているより否定的に認知していることが両集団を通して確認された。

Chapter 3. メタステレオタイプと集団間不安との関係

Chapter 3 では, 日本人を調査対象とする 2 つの研究において,日本人回答者が持つ韓国人メタステレオタイプと,彼らが韓国人との接触を想像して抱く不安の程度との関係を調べた。Study 3.1 では,まず,対人相互作用文脈において,相互作用の相手が韓国人であった場合には,同じ相手が日本人であった場合に比べ,より高い不安を感じることを確認した。さらに,否定的な韓国人メタステレオタイプを抱いているほど,韓国人との接触に対して不安を高く感じていることが明らかになった。

この相関関係は Study 3.2 において追試された。Study 3.2 ではさらに,集団間不安がアザーステレオタイプとメタステレオタイプのどちらにより関係しているかを調べた。その結果,集団間不安は,韓国人にどのように思われているかというメタステレオタイプに強く関係し,アザーステレオタイプとは関係しないことが示された。この結果は,アザーステレオタイプではなく,メタステレオタイプが外集団成員との接触に対する否定的な期待と関係していることを示した先行研究(e.g., Vorauer et al., 1998)を支持する結果である。

Chapter 4. メタステレオタイプが集団間態度に及ぼす影響

Chapter 4 では,外集団にどのように思われているかによって,外集団に対する印象が影響されるか否かをアザーステレオタイプとの比較を通じて確認した。まず,Study 4.1 では,メタステレオタイプとアザーステレオタイプのそれぞれが,韓国人に対する潜在的な態度に関係するかどうかを調べた。質問紙法などの顕在的測度を用いた場合の回答は,社会的望ましさや自覚などの回答者側の要因によって歪むことが多く,一般的なステレオタイプ研究では,潜在的に測定した場合と顕在的に測定した場合で全般的に低い相関が報告されている(e.g., Hofmann, Gawronski, Gschwendner, Le, & Schmitt, 2005)。しかし,メタステレオタイプの測定は外集団が内集団をどのように思っているかを推測することであるため,社会的望ましさの影響を受けず,顕在的に測定しても素直な回答を得ることができるとされる。さらに,他者から自分が受けた評価は,その他者に対して自分がどのような態度を持つかに影響するが(e.g., Frey & Tropp, 2006; Harvey, Kelley, & Shapiro, 1957),この個人間の文脈において得られた知見を集団間の文脈に当てはめると,外集団から内集団が受けた評価の認知(i.e., メタステレオタイプ)も,外集団に対する態度に影響すると考えられる。研究4.1 ではこの仮説に一致した結果が得られた。具体的には,潜在連合テスト(IAT; Greenwald,McGhee, & Schwartz, 1998)を用いて外集団に対する態度を潜在的に測定した結果,否定的なメタステレオタイプを多く持っているほど,外集団に対して否定的な態度を持つことが示された。この関係は,アザーステレオタイプでは得られなかった。

Study 4.2 では,肯定的または否定的メタステレオタイプの情報が外集団の成員に対する評価に影響しているかをアザーステレオタイプの影響と比較し検証した。外国人イメージを調査した結果として,架空の韓国人メタステレオタイプまたは韓国人アザーステレオタイプを実験参加者に提示した。このとき,メタステレオタイプとアザーステレオタイプの内容が操作され,それぞれの内容が,肯定的である条件と否定的である条件が設けられた。実験参加者は,架空のステレオタイプの内容に対し,それが自分の集団(アザーステレオタイプ条件では外集団)に当てはまるか否かを評定した。その後,この実験を実施した韓国人女性に対する印象を尋ねた。その結果,韓国人女性に対する評価は,肯定的なメタステレオタイプを伝えた場合に高く,否定的なメタステレオタイプを伝えた場合に低かった。肯定的なメタステレオタイプの効果は,架空のメタステレオタイプの内容を自分の集団が実際に持っていると実験参加者が判断した場合にのみ見られた。肯定的メタステレオタイプは,それが妥当であると判断された場合に限り,集団間態度に良い影響を与えることが示されたのである。否定的なメタステレオタイプは,妥当性の判断とは関係なく否定的な評価につながっていた。アザーステレオタイプが肯定的であるか否定的であるかは,韓国人女性の評定には影響していなかった。

Chapter 5. 総合考察

偏見と差別の低減を試みる従来の研究の多くが,ある集団の人々が他の集団の人々をどのように思うか(i.e., アザーステレオタイプ)を検討するものであった。それに対し,本論文では,自分の集団が他の集団の人々にどのように思われているかに関する認知(i.e., メタステレオタイプ)に焦点をあて,アザーステレオタイプよりもメタステレオタイプが集団間関係に強い影響を与えることを確認することで,集団間関係においてのメタステレオタイプの重要性を主張した。

本論文の研究から,日本人が持つ韓国人に対する認知において,(1)メタステレオタイプの内容は実際よりも否定的になりやすく,(2)これによって,否定的な集団間関係が形成・維持されていること,(3)メタステレオタイプの内容を操作することで,外集団に対する態度が変化することが明らかになった。これらの結果から,メタステレオタイプを正確に把握することが偏見の低減につながる可能性があることが示された。

図1. アザー・メタステレオタイプの概念

審査要旨 要旨を表示する

メタステレオタイプとは、外集団の人々が内集団に対してどのようなイメージを持っているかについての認知である。ステレオタイプと偏見に関するほとんどの研究は、人が外集団の人々に関してどう思うか(i.e.アザーステレオタイプ )について、その集団間相互作用に対する影響を検討してきたが、そのような認知だけでなく、自分の集団が外集団の人々にどのように思われているかに関する認知であるメタステレオタイプも集団間関係に影響を与えている。しかし、メタステレオタイプはどのように形成され、どのような影響を持つかに関しては研究されていない部分が多い。本博士論文は、集団間関係におけるメタステレオタイプの重要性に着目し、集団間不安、及び集団間態度とメタステレオタイプとの関係を、日本人が持つ韓国人に対するメタステレオタイプを中心に調べたものである。

本博士論文の第1章では、メタステレオタイプの概念が説明され、関連した先行研究が紹介された。さらに、関連概念であるスティグマ、及びステレオタイプ脅威とメタステレオタイプ研究との区別に関して説明されている。

第2章ではまず、研究2.1で本論文の対象集団である日本人が韓国人に対して持つメタステレオタイプの内容を調べた。同じ方法で調べた韓国人に対するアザーステレオタイプと比べ、韓国人に対するメタステレオタイプにはネガティブなものが多く含まれ、日本人は、自分達が韓国人に否定的に思われていると認知する傾向があることが確認された。研究2.2では、日本人が持つメタステレオタイプが正確であるかどうかを調べるために、韓国人が実際日本人に対してどのように思っているかとの比較を行った。その結果、日本人は、韓国人が持つ日本人に対するアザーステレオタイプと比べ、より否定的なメタステレオタイプを持っていることが明らかにされた。自分の集団が否定的に思われていると認識すると、集団間の接触に否定的な結果をもたらすため、正確に自分の集団がどのように思われているかを認知することは、集団間関係において大きい意味を持つ。本研究は、ある集団が特定の外集団に対して持つメタステレオタイプの内容が正確であるか歪んでいるかという点について、直接的な比較検討を行ったという点で評価できる。さらに、研究2.2は審査を経て英文誌に掲載済である。

第3章では、メタステレオタイプと集団間不安との関係を検討した。集団間不安は、集団間の相互作用をするときに経験する不安であり、集団間不安を経験することで集団間関係が悪化することが示されてきた。この集団間不安を引き起こす要因のひとつはメタステレオタイプであると考えられる。本章の研究3.1ではまず、日本人が韓国人との接触に対し集団間不安を感じていることを確認し、その程度が韓国人に対するメタステレオタイプが否定的である程度と関係していることを確認した。研究3.2では、韓国人に対するメタステレオタイプと集団間不安との関係がもう一度確認され、その関係の程度は韓国人がどのような特性を持っているかに関するアザーステレオタイプの認知と集団間不安との関係より強いことが示された。

第4章では、研究4.1で、メタステレオタイプが否定的である程度と外集団に対する態度との関係を示すために、潜在的な方法で韓国人に対する好き嫌いの個人差を測定し、これが韓国人に対するメタステレオタイプの評定と関係するかを調べた。これまでの先行研究は、アザーステレオタイプと態度の関連を研究するものであったが、本論文提出者は、新しくメタステレオタイプと態度との関連を問題とし、アザーステレオタイプ以上に、メタステレオタイプが集団に対する態度と関連が強い可能性を示している。研究4.1は英文誌に採択されている。

最後に研究4.2では、メタステレオタイプに関連する情報を操作するために、日本人参加者に韓国人が日本人に関して否定的、または肯定的な印象を持っているとの情報を与え、外集団成員に対する印象評価への影響を調べた。その結果、提示された内容に対し、操作された条件にそって韓国人を評価している場合があることが確認されたが、同様な結果はアザーステレオタイプの操作からは見られなかった。本研究は、限られた場面で外集団の個人に対する評価を測定していたため、メタステレオタイプの影響として一般化するにはさらに多様な場面でデータを追加する必要はあるが、肯定的なメタステレオタイプ関連情報を提示することが偏見の低減につながる可能性があることを示唆している点で評価することができる。

本博士論文は、メタステレオタイプに関する研究の蓄積が乏しい中、日本人が韓国人に対して抱くメタステレオタイプを取り上げ、メタステレオタイプと集団間相互作用との関連を調べることで、集団間関係におけるメタステレオタイプの重要性を示している点で意義がある。集団間関係改善への介入という実際場面に直接的な示唆を与えたいという社会的貢献を念頭に置いた基礎研究は、メタステレオタイプ研究を発展させるために非常に重要な視点であると評価できる。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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