No | 124354 | |
著者(漢字) | 笹川,俊 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ササガワ,シュン | |
標題(和) | ヒト立位時の姿勢制御における足関節および股関節ストラテジー | |
標題(洋) | Ankle and hip strategies in postural control during human standing | |
報告番号 | 124354 | |
報告番号 | 甲24354 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第877号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ヒトの立位姿勢は、高い位置にある身体重心が狭い支持面内に保持されているため、力学的に不安定であるという特徴を有する。立位時における中枢神経系 (CNS) は、視覚系、前庭系、固有感覚系からの求心性情報を統合し、特定の筋を適切に活動させることにより骨格系を制御しているものと考えられている (Kuo et al. 1998)。 立位時の姿勢制御に用いられるストラテジーは、足関節ストラテジーと股関節ストラテジーとに大別される。前者は、足関節周りの運動のみを用いて姿勢を制御するストラテジーであり、主に静的な状況において用いられる。後者は、股関節周りの運動により姿勢を制御するストラテジーであり、主に身体に大きな外乱が加えられた際に用いられる。それら2つのストラテジーをCNSが支持面の状態、外乱の大小などに応じて適宜使い分けることにより立位姿勢を効果的に制御しているとされる (Horak and Macpherson 1996)。 これまで多くの研究者が上記2つのストラテジーの背景にある神経生理学的、バイオメカニクス的メカニズムについて解明を試みてきたが、その全容は未だ明らかにされていない。そこで、本論文では、足関節ストラテジーにおける能動メカニズム(実験1)、股関節ストラテジーが顕著となる状況下での姿勢制御システムの定常特性(実験2)、および静的立位時の全身キネマティクスに対する股関節周りの運動の影響 (実験3) を検討することで、立位姿勢の制御メカニズムに対し新たな知見を提供することを目的とした。 実験1:静的立位時の足関節ストラテジーにおける能動メカニズム 静的立位時の身体はしばし足関節を回転中心とした1セグメントの倒立振子として近似される (Winter et al. 1998)。その際の身体重心は、足関節よりも前方に位置するため、振子には常に重力による前傾トルクが負荷されており、姿勢の保持には足底屈トルクの発揮が要求される。この足底屈トルクは、筋、腱、結合組織などの機械的な粘弾性によって受動的に供給されると同時に、CNSにより調節された筋収縮によって能動的にも供給される (Loram and Lakie 2002)。後者は、その時系列パターンから持続的な成分と間欠的な成分とに分類することができる (Bottaro et al. 2005)。実験1では、これら足底屈トルク発揮における能動メカニズムについて、詳細に検討することを目的とした。 被験者 (n=8) は、上り斜面 (toes-up)、傾斜なし (level)、および下り斜面 (toes-down) の3種類の支持面上で立位姿勢を保持した。本実験設定において、足底屈筋群の受動トーヌスは、toes-up > level > toes-downの順で小さくなる。立位姿勢保持時の足底屈筋群における表面筋電図 (EMG) を分析したところ、EMGの平均振幅は、toes-up < level < toes-down の順に大きくなった。これは、足関節の底屈にともなう受動トーヌスの減少を、筋の能動的収縮による発揮トルクの増大が補った結果であると解釈できる。さらに、3条件間でEMGの活動パターンについて周波数領域で検討したところ、EMGの持続的な成分はtoes-up < level < toes-down の順に大きくなった。一方、間欠的な成分に関しては、条件間で差がないことが明らかとなった。これらの結果は、CNSが足底屈筋群の持続的な筋力発揮の強度を適切に調節することにより、受動トーヌスの大小に関わらず立位時における筋トーヌスを一定レベルに維持し、結果的に間欠的な筋力調節に対する依存度を一定に保つ制御方策を採用していること示唆するものといえる。 実験2:股関節ストラテジーが顕著となる状況下での姿勢制御システムの定常特性 股関節ストラテジーに関する先行知見によると、支持面に対する外乱が小さい場合には、足関節ストラテジーが、外乱の大きさがある閾値を超えた場合には、股関節ストラテジーが用いられる (Runge et al. 1999) ことが指摘されている。しかし、先行研究は特定の外乱に対する一過性の応答として股関節ストラテジーを評価しているにすぎない。そこで実験2では、股関節ストラテジーが顕著となる状況下での姿勢制御システムの定常特性について探ることを目的とした。なお、データの分析に際しては姿勢動揺における時間的ダイナミズムに着目するため、Collins and DeLuca (1993) により提唱されたstabilogram-diffusion analysis (SDA) 法によるフラクタル解析を用いた。 被験者 (n=5) は、十分に長い支持面 (normal) および前後方向に短い支持面 (8 cm) (short) 上で立位姿勢を保持した。結果、short条件ではnormal条件に比べて股関節ストラテジーが顕著になり、足圧中心 (CoP) 動揺が有意に増大した。両実験条件におけるCoP動揺についてSDA法によるフラクタル解析を行った結果、normalおよびshortの両条件ともに約0.6秒以下の時間間隔ではCoPが持続性の性質を、それ以上の時間間隔では反持続性の性質を示すことが明らかになった。また、short条件では短い時間間隔においてCoPが高いランダム性を示すのに対し、長い時間領域においては高い安定性を示すことが明らかになった。これらの結果より、股関節ストラテジーは、短い時間間隔における繊細な姿勢制御には不向きであるが、長い時間間隔においては、十分な安定性を供給し得ることが示唆された。 実験3:静的立位時の全身キネマティクスに対する股関節周りの運動の影響 静的立位時における身体は、足関節周りに回転する1セグメントの倒立振子として近似されることが多い (Winter et al. 2001)。これに反し、近年では、たとえ静的立位時においても股関節周りの運動が無視できないとする報告が散見される (Aramaki et al. 2001)。しかしながら、こうした報告の多くは、足関節および股関節の各関節周りの運動におけるコーディネーションの検討に留まっている。そこで、実験3では、静的立位時における股関節周りの運動が、全身のキネマティクスに与える影響について検討した。 被験者 (n=10) は、フォースプレート上で静的立位姿勢を保持した。静的立位時における足関節および股関節角度変位を、高精度CCDレーザーセンサーを用いて計測した後、それらのデータを時間微分することで、両関節における角速度および角加速度を求めた。角度変位、角速度、角加速度の各時系列について、足関節と股関節との間で相互相関関数を計算したところ、角度変位においては両関節の間に有意な相関はみられなかったものの、角加速度においては両関節の間に強い負の相関関係が認められた。この結果は、足関節もしくは股関節における角加速度のみを単独で調節する場合に比べ、両関節の角加速度を互いに逆位相で組み合わせた方が、静的立位姿勢制御に動員される筋群の努力度を軽減できるとする理論モデルによる予測 (Kuo and Zajac 1993) と合致するものであった。次に、身体重心の加速度を、足関節および股関節における角加速度の線形結合として推定し、フォースプレートにより測定した身体重心加速度の実測値 (ACCact) との比較を行った。その結果、身体を1セグメントの倒立振子として仮定し、足関節の角加速度のみを用いて身体重心加速度を推定した場合、推定値はACCactを大きく上回ることが明らかになった。一方、身体を2セグメントの倒立振子と仮定し、足関節および股関節、両方の角加速度を用いて推定した場合には、推定値はACCactと良く一致した。これらの結果は、足関節と逆位相で調節された股関節周りの運動が、静的立位時における身体重心のキネマティクスに対し、大きな影響を与えていることを示すものといえる。 総括 本論文では、ヒト立位姿勢の制御メカニズムについて、足関節ストラテジーおよび股関節ストラテジーという2つの視点から3つの実験を行った。その主な知見は以下のようにまとめられる。 実験1では足関節ストラテジーにおける能動メカニズムについて検討した結果、CNSは、受動トーヌスの大小とは無関係に、足底屈筋群における筋トーヌスを常に一定に保つ制御方策を採用していることが明らかになった。実験2では、股関節ストラテジーが顕著となる状況下での姿勢制御システムの定常特性について検討した。その結果、股関節ストラテジーは短い時間間隔では高いランダム性を示すものの、長い時間間隔では十分な安定性を供給し得ることが示された。実験3では、静的立位時の全身キネマティクスと足関節および股関節の各関節周りの運動におけるコーディネーションとの関連について検討した結果、全身キネマティクスに対し、足関節と逆位相で調節された股関節周りの運動が大きな影響を与えていることが明らかになった。これら一連の結果には、姿勢制御システムの時間応答性および姿勢制御に動員される筋群の努力度の最小化いう制約が密接に関与していることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本論文「Ankle and hip strategies in postural control during human standing:ヒト立位時の姿勢制御における足関節および股関節ストラテジー」は、ヒト立位姿勢の制御メカニズムについて新たな知見を提供することを目的として行われた研究の成果をまとめたものである。ヒトの立位姿勢は、高い位置にある身体重心を狭い支持面内に保持しなければならないために不安定であり、姿勢の制御には高度な制御システムが要求される。立位時の姿勢制御に用いられるストラテジーは、足関節ストラテジーと股関節ストラテジーとに大別される。前者は足関節周りの運動を用いて姿勢を制御する方策であり、主に静的な状況において用いられ、後者は股関節周りの運動により姿勢を制御する方策であり、主に身体に大きな外乱が加えられた際に用いられる。これら2つのストラテジーを外的および内的環境に応じて適宜使い分けることにより、ヒトは、立位姿勢を効果的に制御しているとされる。これまで多くの研究者が立位姿勢制御の背景にあるメカニズムについて解明を試みてきたが、その全容は未だ明らかにされていない。本論文は、ヒト立位姿勢の制御メカニズムについて、神経生理学およびバイオメカニクス的観点から検討した研究の結果をまとめたものであり、その内容は身体運動科学における研究の新しい方向を示すものとして注目される。本論文は3 つの実験結果に基づき構成されており、その主な内容は以下のようにまとめられる。 【実験1】静的立位時の足関節ストラテジーにおける能動メカニズム 静的立位時の身体は、足関節を唯一の回転中心とした倒立振子として近似され、足底屈トルクの調節が姿勢の制御において重要となる。足底屈トルクは、足底屈筋群の受動トーヌス(受動メカニズム)および同筋群の能動的な筋収縮(能動メカニズム)によってもたらされ、後者は、さらに持続的な成分と身体動揺に応じた間欠的な成分とに分類される。実験1 では、被験者を3 種類の斜面上(toes-up, level, toes-down)に立たせることにより、足底屈トルク発揮における受動メカニズムの貢献度を変化させ、静的立位姿勢制御における能動メカニズムについて詳細に検討した。その結果、受動トーヌスが大きい(小さい)toes-up (toes-down) 条件において、足底屈筋群の筋活動レベルが最低(最大)であることが明らかとなった。また、筋活動における持続的な成分は、toes-up (toes-down) 条件において最小(最大)であった。一方、間欠的な成分には、斜面の条件による差異は認められなかった。本実験により得られた知見から、静的立位時の足底屈トルク発揮において、受動および能動メカニズムが相補的な関係にあること、中枢神経系が持続的な筋力発揮の強度を適切に調節することにより、受動トーヌスの大小に関わらず筋トーヌスを常に一定レベルに保つ制御方策を採用していることが示唆された。 【実験2】股関節ストラテジーが顕著となる状況下での姿勢制御システムの定常特性 股関節ストラテジーに関する従来の研究は、大きな外乱に対する制御システムの一過性の応答として、股関節ストラテジーの過渡的な側面のみを検討してきた。そこで実験2 では、股関節ストラテジーが顕著となる状況における姿勢制御システムの定常特性について検討した。被験者には、十分に広い支持面 (normal) および前後方向に狭い支持面 (short) の上で立位姿勢を保持させ、その間の足関節と股関節の角度変位、および足圧中心位置(CoP) を測定した。その結果、short 条件では、股関節ストラテジーが顕著になった。また、CoP の軌跡についてフラクタル解析を適用したところ、両条件ともに約0.6 秒以下の時間間隔ではCoP が持続性の性質を、それ以上の時間間隔では反持続性の性質を示すことが明らかになった。また、short 条件では、短い時間間隔においてCoPが高いランダム性を示すが、長い時間間隔においては比較的高い安定性を示すことが明らかになった。これらの結果より、股関節ストラテジーは短い時間間隔における繊細な姿勢制御には不向きであるが、長い時間間隔においては十分な安定性を供給し得ることが示唆された。 【実験3】静的立位時の全身キネマティクスに対する股関節周りの運動の影響 静的立位時の身体は、足関節を唯一の回転中心とした1 セグメントの倒立振子として近似し得るとする考えに対し、最近では、たとえ静的な状況においても股関節周りの運動は無視できず、身体は2 セグメントの倒立振子として振る舞うとする報告が散見される。そこで、実験3 では、静的立位時の全身のキネマティクスに対し、股関節周りの運動が及ぼす影響について検討した。静的立位時における足関節と股関節の角度変位を測定し、両関節間における運動のコーディネーションを調べたところ、角度変位においては、両関節間に相関が認められなかったものの、角加速度においては、両関節周りの運動が逆位相で調節されていることが明らかになった。また、身体を1 セグメントの倒立振子として近似した場合に比べ、2 セグメントの倒立振子と仮定した場合の方が、全身のキネマティクスをより正確に記述し得ることが同時に示され、本実験の結果から、たとえ静的状況下においても、全身のキネマティクスに対し、股関節周りの運動が大きな影響を及ぼすことが示唆された。 以上のように、笹川俊氏の論文は、ヒト立位姿勢の制御メカニズムに対し、新たな知見を提供するものであり、身体運動科学の分野における意義は非常に大きい。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。 | |
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