学位論文要旨



No 124357
著者(漢字) 田上,優子
著者(英字)
著者(カナ) タガミ,ユウコ
標題(和) シロイヌナズナにおけるマイクロRNA経路の遺伝学的及び分子生物学的解析
標題(洋) Genetic and molecular analysis of microRNA pathway in Arabidopsis thaliana
報告番号 124357
報告番号 甲24357
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第880号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,雄一郎
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 准教授 塩見,美喜子
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]

生命における重要なRNA分子としてメッセンジャーRNA、トランスファーRNAそしてリボソームRNA等が古くから知られていた。これらはDNAの遺伝情報の橋渡しやタンパク質の翻訳に重要な機能を持つ。一方、近年20塩基程度の小分子RNAが遺伝子発現制御において鍵となることがわかってきた。主に遺伝子の負の制御を行うRNAサイレンシングと呼ばれるこの機構は広く真核生物に保存され、トランスポゾンやウイルスなど外来の核酸の抑制や内在性の遺伝子発現制御を行う。

こうした遺伝子制御機構の一つにマイクロRNA(miRNA)経路がある。内在性の遺伝子(MIR gene)から転写・切断を受け生成したmiRNAが別の遺伝子の発現制御を行う機構である。植物では特に、標的遺伝子となるもので発生や分化に関わるとされる転写因子が多く、miRNA経路の正常な制御は非常に重要である。

これまでにモデル植物シロイヌナズナを用いたmiRNAの生成過程の研究が行われてきた(図1)。転写によってできたmiRNA前駆体(pri-miRNA)は内部に二本鎖構造を持つ。この部分においてRNase IIIタンパク質DICER-LIKE1(DCL1)が二段階の切断を行うことによりmiRNA/miRNA*二本鎖が生成される。DCL1に結合し活性を補助すると考えられているタンパク質にHYPONASTIC LEAVES1(HYL1)がある。HYL1は二本鎖RNA結合ドメインを持ち、相同タンパク質は広く動植物に保存されている。HYL1を欠損した変異体植物ではmiRNAの蓄積が減少し、葉が細く、その縁が上向きにカールするといった特徴的な表現型を示す。本研究ではmiRNA経路に関与する因子のさらなる理解を得るため、hyl1変異体に別の変異を導入し表現型が復帰する変異体、hyl1サプレッサーを得て解析を行った。

[結果と考察]

(1) hyl1サプレッサーのスクリーニングと新規dcl1-13変異の発見

hyl1-2種子をEMS変異原処理し、約38,000個のM2芽生えから表現型が野生型様に復帰した22個体をスクリーニングした。そのうち1個体について解析を進めたところ、hyl1抑圧変異の原因は優性であることがわかった。さらにマップベースクローニング法によって原因遺伝子は1番染色体の上腕端440 kb以内に存在することを見出した。この領域にはHYL1に結合してmiRNAの生成を担うDCL1が存在することから、DCL1コード領域周辺のゲノム配列を確認した結果、DCL1遺伝子の1183番目のグアニンがアデニンに置換していた。この変異を持つDCL1遺伝子をhyl1変異体に形質転換すると表現型が野生型様に復帰したことから、hyl1サプレッサーの原因であることが証明された。この新規dcl1-13変異はDCL1のRNAヘリカーゼドメインにおける395番目のグルタミン酸からリシンへとアミノ酸置換(E395K)を引き起こすと思われる(図2)。得られたhyl1サプレッサーはいずれもこの変異を有していた。DCL1のヘリカーゼドメインはこれまで機能がほとんど未知であったが、本研究からその重要性が示唆された。さらに興味深いことに本研究により、全生物のDicerタンパク質において初めて優性の変異体が得られた。

(2) dcl1-13変異の生体内における影響 -HYL1の有無による影響の違いについて-

dcl1-13変異がどのようにhyl1変異を抑圧したのか知るために、hyl1サプレッサー(すなわちhyl1-2 dcl1-13二重変異体)の表現型解析を詳細に行った。ヘテロ接合体とホモ接合体のサプレッサー(hyl1-2 dcl1-13/DCL1及びhyl1-2 dcl1-13/dcl1-13)を比較したところ、ホモ接合体でより表現型が回復することがわかり、dcl1-13変異によるhyl1表現型の抑圧は半優性であることが示唆された。サプレッサーにおけるmiRNAの蓄積量を調べたところ、やはり半優性にmiRNAの蓄積量は増加した。さらにmiRNA前駆体の蓄積量と切断位置を調べた結果、hyl1サプレッサーではmiRNAの切断が促進され、さらに切断位置が正常に戻ることがわかった。

次にこれまでに報告されている他のdcl1変異にも同じようにhyl1サプレッサー効果があるかを調べた。同様にヘリカーゼドメインにミスセンス変異を持つdcl1-7とhyl1-2の二重変異体の作成を試みた。しかしこの二重変異体は致死であったため、hyl1サプレッサー効果はdcl1-13変異に特異的であることが示唆された。

さらにdcl1-13変異の特徴を知るため、hyl1サプレッサーからhyl1変異を除いたdcl1-13変異体を作成し解析した。ここまでの結果からdcl1-13変異はmiRNAの生成を促進する効果があると考えられるため、dcl1-13変異体では野生型に比べmiRNAの蓄積量が増加すると予想されたが、実際には逆に減少していた。つまりdcl1-13変異はHYL1が無いときにはmiRNAの生成を促進するが、HYL1があるときには逆に減少させる効果があることが示唆された(図3)。dcl1-13変異はmiRNAの蓄積量が減少するhyl1以外の変異体、se及びhst変異体の表現型を抑圧しなかったことからも、その効果のHYL1依存性が強く示唆された。

以上のことから、dcl1-13変異はhyl1変異体で不在となったHYL1の機能を補いmiRNAの生成を促進し、その結果hyl1の表現型が野生型様に復帰したと考えられる。つまりDCL1のヘリカーゼドメインはHYL1と機能的に関連があることが強く示唆された。またHYL1の有無によってdcl1-13変異はmiRNA生成に対して逆の効果があるという興味深い事実が明らかとなった。

(3) dcl1-13変異による影響の分子基盤

次に、ここまでに示してきたdcl1-13変異の影響について、その原因の分子メカニズムの解明を試みた。まず細胞内局在を調べたところ、野生型DCL1は核質及び核内のドット状構造に局在するのに対し、DCL1(E395K)は核質のみに局在しドット状の局在は見られなかった。さらに野生型DCL1では核小体へは局在しないのに対し、DCL1(E395K)はその局在が観察された。

ヘリカーゼドメインの立体構造モデルから、395番目のグルタミン酸はドメインの外側に突き出すように位置すると予測されたため、この側鎖はなんらかの他の物質との相互作用に関係しており、酸性のグルタミン酸から塩基性のリシンへと変化したことによってこの相互作用が変化したのではないかと推測された。

いくつかのヘリカーゼについて、in vitroでATPase活性、RNA結合活性、unwinding活性があることが示されている。そこでDCL1のヘリカーゼドメイン(図2, RNA helicase)を精製し、これらの活性の検出を試みたがいずれも検出できず、DCL1の基質であるmiRNA前駆体との結合能は二本鎖RNA結合ドメイン(図2, dsRBD)にあることが確かめられた。

次に、共免疫沈降法によってDCL1とHYL1との結合能を調べたところ、DCL1(E395K)は野生型と同程度の結合能を持つことが示された。またその結合はDCL1の二本鎖RNA結合ドメイン(図2, dsRBD)が担っていたため、in vitroでの結合能にdcl1-13変異が与える影響は小さいことが示唆された。しかしながら、BiFC法によって生細胞内でのHYL1との結合能を調べたところ、DCL1(E395K)はHYL1との結合能が弱く、特に核内のドット状構造における結合が弱いことが示唆された。

以上の結果からdcl1-13変異の影響を説明すると、HYL1存在下でmiRNA生成が減少する理由として、dcl1-13変異によって核内での局在が異常になることによりHYL1との結合が弱まったため、と考えられる。しかしながら、HYL1非存在下のmiRNA生成促進メカニズムは依然未解明である。最近ヒトのDicerについて、ヘリカーゼドメインによる自己活性阻害効果が報告された。このような阻害効果がシロイヌナズナDCL1にもあり、dcl1-13変異によりその効果が取り除かれるのかもしれない。今後さらに、HYL1によるDCL1活性化メカニズム、及びDCL1のヘリカーゼドメインの役割についてより詳細な解明が期待される。

図1 miRNA生成過程

図2 dcl1-13変異はDCL1のヘリカーゼドメインにおけるミスセンス変異を引き起こす

図3 dcl1-13変異のmiRNA生成に対する効果

審査要旨 要旨を表示する

近年20塩基程度の小分子RNAが、真核生物での遺伝子発現制御において重要な枠割りを果たすことが明らかとなった。こうした小分子RNAが関わり、遺伝子の負の制御を行う機構の一つにマイクロRNA(miRNA)経路がある。内在性の遺伝子(MIR gene)から転写・切断を受け生成したmiRNAが別の遺伝子の発現制御を行う。植物では特に、標的遺伝子となるもので発生や分化に関わるとされる転写因子が多く、miRNA経路の正常な制御の理解は非常に重要である。

転写によってできたmiRNA前駆体(pri-miRNA)は内部に二本鎖構造を持つ。この部分においてRNase IIIタンパク質DICER-LIKE1(DCL1)が二段階の切断を行うことによりmiRNA/miRNA*二本鎖が生成される。DCL1に結合し活性を補助すると考えられているタンパク質にHYPONASTIC LEAVES1(HYL1)がある。HYL1は二本鎖RNA結合ドメインを持ち、相同タンパク質は広く動植物に保存されている。HYL1を欠損した変異体植物ではmiRNAの蓄積が減少し、葉が細く、その縁が上向きにカールするといった特徴的な表現型を示す。DCL1やHYL1といった遺伝子産物の詳細な機能を解析することは、真核生物の遺伝子発現制御の理解にとっても重要である。

本論文提出者はまず第一章で、miRNA経路に関与する因子についての理解を深めるため、hyl1変異体に別の変異を導入し表現型が復帰するサプレッサー変異体を単離し、その解析を行った。hyl1-2種子にEMS変異原処理を施し、約38,000個のM2芽生えから表現型が野生型様に復帰した個体を複数得た。解析を進めたところ、hyl1抑圧変異の原因は優性であることがわかった。遺伝学的マッピングによって、原因遺伝子は1番染色体の上腕端440 kb以内に存在することを見出した。この領域にはHYL1に結合してmiRNAの生成を担うDCL1が存在することから、DCL1コード領域周辺のゲノム配列を確認した。するとその結果、DCL1遺伝子中の1183番目のグアニンからアデニンへのアミノ酸置換をもたらす置換を見いだした。この変異を持つDCL1遺伝子をhyl1変異体に形質転換すると表現型が野生型様に復帰したことから、hyl1サプレッサーの原因であることが証明された。このdcl1-13と名づけた新規変異はDCL1のRNAヘリカーゼドメイン中、395番目のグルタミン酸からリシンへのアミノ酸置換(E395K)を引き起こす。しかも得られたhyl1サプレッサーはいずれもこの変異を有していた。本研究からDCL1のヘリカーゼドメインの重要性がはじめて示唆された。と同時にDCL1-HYL1の相互作用の重要性が改めて明らかとなった。全生物のDicerタンパク質において初めて優性の変異体が得られた。

第二章ではdcl1-13変異によるhyl1変異を抑圧する機構を知るために、hyl1サプレッサー(hyl1-2 dcl1-13二重変異体)の表現型解析を詳細に行った。表現型についてヘテロ接合体とホモ接合体のサプレッサー(hyl1-2 dcl1-13/DCL1及びhyl1-2 dcl1-13/dcl1-13)とを比較すると、ホモ接合体でより野生型に近く、ヘテロ接合体ではその中間であることがわかり、dcl1-13変異によるhyl1表現型の抑圧は半優性であることが示唆された。その表現型は、miRNAの蓄積量の復帰、miRNA前駆体がプロセッシングを受ける度合いと切断位置の正確さと対応していた。miRNAの生成が、正常な形態形成に重要であることを裏付けるものとなった。さらに従来のdcl1変異にはhyl1サプレッサー効果がなく、dcl1-13変異に特異的であることが示唆された。第一章でも示されたように今回の変異体以外に、サプレッサー変異は見いだされておらず、遺伝的にはこの変異は究極のものに近いと想像され、本研究でこうした変異体が見いだされたことは特筆に値する。

hyl1変異を除き、変異としてdcl1-13のみをもつ変異体を作成し解析した。このdcl1-13変異体では野生型に比べmiRNAの蓄積量が増加すると予想されたが、実際には逆に減少していた。つまりdcl1-13変異はHYL1が無いときにはmiRNAの生成を促進するが、HYL1があるときには逆に減少させる効果があることが示唆された。dcl1-13変異はmiRNAの蓄積量が減少するhyl1以外の変異体、se及びhst変異体の表現型を抑圧しなかったことからも、その効果のHYL1依存性が強く示唆された。

dcl1-13変異はhyl1変異体で不在となった際に、HYL1の機能を補いmiRNAの生成を促進し、その結果hyl1の表現型が野生型様に復帰したと考えられる。DCL1のヘリカーゼドメインはHYL1との機能的な大きな関連性が強く示唆された。その機構についての考察を、第三章において解析を続けた。

まず細胞内局在を調べたところ、野生型DCL1は核質及び核内のドット状構造に局在するのに対し、DCL1(E395K)は核質のみに局在しドット状の局在は見られなかった。さらに野生型DCL1では核小体への局在は確認できないのに対し、DCL1(E395K)では確認された。

ヘリカーゼドメインの立体構造モデルから、395番目のグルタミン酸はドメインの外側に突き出すように位置すると予測されたため、この側鎖がなんらかの他の物質との相互作用に関係しており、酸性のグルタミン酸から塩基性のリシンへと変化したことによってこの相互作用が変化したと推測された。

大腸菌で発現したDCL1のドメインタンパク質をもちいた生化学的なin vitro解析ではDCL1の基質であるmiRNA前駆体との結合能が二本鎖RNA結合ドメインにあることが確認できたが、ヘリカーゼドメインにはその差が見いだされなかった。共免疫沈降法によってHYL1との結合能を調べたところ、DCL1(E395K)は野生型と同程度の結合能を持つことが示された。一方でBiFC法によって生細胞内でのHYL1との結合能を調べたところ、DCL1(E395K)はHYL1との結合能が弱く、特に核内のドット状構造における結合が弱いことが示唆された。HYL1との結合はDCL1の二本鎖RNA結合ドメインが担っているので、in vitroでの結合能にdcl1-13変異が与える影響は小さいことが示唆された。総合すると、HYL1存在下でmiRNA生成が減少するのは、dcl1-13変異によって核内での局在が異常になることでHYL1との結合が弱まったため、と考えられる。一方で、ヘリカーゼドメインによる自己活性阻害効果がdcl1-13変異により取り除かれる可能性も示唆され、HYL1によるDCL1活性化メカニズム、及びDCL1のヘリカーゼドメインの役割についての非常に興味ある知見を提供した。

以上、本論文における研究は遺伝子発現制御において非常に重要なmiRNAの生成機構に関わる因子について真核生物全体のなかでも非常に重要な知見をあたえ、今後の研究にあらたな視野をあたえたと判断する。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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