学位論文要旨



No 124358
著者(漢字) 田邉,千晶
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,チアキ
標題(和) APPαセクレターゼであるADAM19の活性調節機構
標題(洋)
報告番号 124358
報告番号 甲24358
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第881号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 久保田,俊一郎
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 村田,昌之
 東京大学 准教授 坪井,貴司
内容要旨 要旨を表示する

〈背景と目的〉

アルツハイマー病(AD)は、アミロイドβタンパク質(Aβ)の脳内の蓄積により生じる老人斑を特徴とする神経変性疾患である。Aβは、アミロイド前駆体(APP)から、βセクレターゼとγセクレターゼによる連続的な切断によって生じる。一方、Aβ非産生経路ではαセクレターゼがAβ配列中を切断するため、Aβを産生しない。

αセクレターゼとして、ADAM ( A Disintegrin And Metalloprotease ) ファミリーに属するADAM9、ADAM10、ADAM17が同定されている。私は、ADAM19の過剰発現によってαセクレターゼ活性が上昇し、発現抑制によってαセクレターゼ活性が減少することを修士課程において示した。それを受けて博士課程では、ADAM19とAPPの結合を共免疫沈降法によって示し、ADAM19がAPPを直接基質として認識しているかを明らかにすることを目的とした。また、αセクレターゼ経路の生理機能を明らかにするためには、APP以外の基質に対する作用を考慮する必要がある。ADAM9、10、17にはAPPの他にも多くの基質が存在するが、ADAM19の基質は比較的わずかしか見つかっていない。また、ADAM19の活性を調節する因子も明らかになっていない。そこで、まず、ADAM19の新たな相互作用分子を探索することが必要であると考えた。ADAMがどのような分子認識機構で基質特異性や結合特性を決めているのか、現在のところ全く明らかになっていない。そこで私は、ADAM19の分子認識機構や活性調節メカニズムを明らかにすることを第二の目的とした。

最後に、αセクレターゼを活性化する物質の探索を試みた。近年、脂質とAPPプロテオリシスとの関連について様々な報告があり、膜の脂質組成や流動性が、酵素と基質の反応効率に重要であることが示唆されている。そこで、PUFA(polyunsaturated fatty acid)または中鎖脂肪酸であるカプリル酸をアシル基としてもつトリグリセリドの、APPプロテオリシスに対する影響を検討し、酵素活性を変化させる脂質化合物を見つける研究を行った。

〈結果と考察〉

共免疫沈降法による結果から、ADAM19とAPPは相互作用することが示された。しかし、APPのαセクレターゼ切断部位近傍アミノ酸配列に対する抗体(6E10)での免疫沈降では、ADAM19が共沈してこなかった。これらの結果と、αセクレターゼ切断において、APPの膜近傍のαへリックス構造が重要であるという報告から、ADAM19は、APPの細胞外側の膜近傍配列を接合面としてAPPと結合していることが示唆された。修士課程において示した結果とあわせて、ADAM19が新たなαセクレターゼとして機能していることが示唆された。αセクレターゼを活性化したときにAPP以外の基質への副作用が懸念されるが、ADAM10過剰発現マウスとADモデルマウスとかけあわせた結果、認知機能の欠陥が緩和できたという報告から、αセクレターゼを活性化することがAD治療として有効であると期待される。今回、ADAM19がαセクレターゼとして機能することが明らかとなり、その活性化のターゲットとなる標的が増えたといえる。

次に、ADAM19の新たな基質、あるいは活性調節因子をみつけるため、酵母two-hybrid systemを用いて、ヒト胎児脳cDNAから、ADAM19の細胞外ドメインに相互作用するタンパク質を探索した。その結果、CRIP2(cysteine-rich protein 2)、TESK1(testis-specific kinase 1)、VAMP2(vesicle-associated membrane protein 2)が候補として得られた。それらは、ADAM19のディスインテグリンドメインやシステインリッチドメインという、メタロプロテアーゼドメイン近傍の配列を認識して結合していた。

まず、VAMP2については、過剰発現の系において共免疫沈降法によってADAM19との結合が確認され、免疫染色による共局在も確認された。しかし、VAMP2はADAM19の基質ではなかったが、ニューログリオーマ細胞にVAMP2を過剰発現させるとアポトーシスが誘導されることがわかった。また、カスパーゼ3活性を測定すると、ADAM19の結合部位と考えられるVAMP2の細胞外3残基を欠失させたものよりも、全長のVAMP2を発現させたときにカスパーゼ3の活性化が見られた。ADAM19の自己切断により分泌される分泌型ADAM19は、VAMP2と顆粒状に共局在することから、分泌型ADAM19がVAMP2と結合することによって、脂質ラフトに輸送されるのではないかと考えた。そこで、COS-7細胞にADAM19-V5と、メタロプロテアーゼ不活性型変異E346AをもつADAM19EA-V5をHA-VAMP2と共発現させた結果、ADAM19の活性依存的にVAMP2の脂質ラフト局在が増加する傾向がみられた。ADAM19によるAPP切断は、非脂質ラフトで起こるが、分泌型ADAM19は脂質ラフトへと運ばれ、おそらく全長型ADAM19とは異なる機能を脂質ラフト中でもつのではないかと考えられる。全長型ADAM19は、APPのα切断によりsAPPαを分泌し、sAPPαが神経保護作用へと働くが、分泌型ADAM19がVAMP2によって脂質ラフトへ運ばれることによって、神経保護作用の逆であるアポトーシスを誘導しているのではないかと考えられた。

次に、CRIP2について調べると、過剰発現の系で共免疫沈降法によりADAM19との結合が確認された。CRIP2は膜タンパク質ではないが、心臓や脳において細胞表面に発現しているという報告があり、膜タンパク質であるADAM19に結合することによって細胞表面に局在している可能性が示唆された。また、内在性のCRIP2とADAM19の局在を観察した結果、CRIP2は細胞の伸展する際の仮足に強く発現していた。しかし、その部位にADAM19はあまり発現しておらず、ゴルジ体において共局在していることが観察できた。また、ADAM19がCRIP2を細胞外に分泌する機能をもつことが明らかになった。分泌されるCRIP2の生理機能に関してはこれからの問題であるが、ゼブラフィッシュにおいてWnt3aがCRIP2の発現誘導し、心臓の神経堤細胞の発生に機能しているという報告と、Wntシグナルが活性化することでAβの神経毒性が抑えられるという報告から、CRIP2が神経保護作用を持っている可能性を考えている。これらのADAM19の相互作用分子の探索においては、残念ながら新しい基質はみつからなかったが、結合するタンパク質の生理機能が明らかになった。

最後に、サントリー株式会社が合成した種々の脂質をA172細胞に添加し、αセクレターゼ活性を上昇させる物質を探索した。その結果、sn-2位にアラキドン酸と側鎖にカプリル酸をもつトリグリセリドである8A8が、αセクレターゼ活性を約18%上昇させた。また、Aβ40生成を約22%抑制した。添加後4時間で作用したことから、脂質の組成が変化したことが考えられた。そこで、脂質ラフトを単離し、APPプロセシングに関わる酵素の局在への影響を調べた結果、8A8処理によって脂質ラフトの量が減少し、αセクレターゼであるADAM17とADAM19が脂質ラフトから非脂質ラフトへと局在変化していた。以上の結果より、8A8はαセクレターゼを活性化する脂質として有用であると考えられた。

αセクレターゼ活性化物質はいろいろと報告されている。PACAPがαセクレターゼを活性化するという報告があるように、ADで影響を受けやすい脳の部位において神経伝達物質や神経ペプチドに対するGタンパク質共役受容体を活性化することも、αセクレターゼを活性化することにつながるといわれている。今回、8A8というグリセロール骨格のsn-2位にアラキドン酸をもつ化合物が、穏やかにαセクレターゼ活性を上昇させ、Aβ40を減少させる効果があることを明らかにした。8A8のカプリル酸が加水分解されるとできる2AGはカンナビノイドCB1受容体の内在性リガンドであり、カンナビノイドCB1受容体もGタンパク質共役タンパク質である。また、8A8処理によって脂質ラフトの量が減少した結果から、脂質ラフトに存在するコレステロールなどの脂質に作用し、非脂質ラフトで主に機能するといわれるαセクレターゼの活性が上昇したのだと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)は、アミロイドβタンパク質(Aβ)の脳内の蓄積により生じる老人斑を特徴とする神経変性疾患である。Aβは、アミロイド前駆体(APP)から、βセクレターゼとγセクレターゼによる連続的な切断によって生じる。一方、Aβ非産生経路ではαセクレターゼがAβ配列中を切断するため、Aβを産生しない。

αセクレターゼとして、ADAM ( A Disintegrin And Metalloprotease ) ファミリーに属するADAM9、ADAM10、ADAM17が同定されている。本論文提出者は、ADAM19の過剰発現によってαセクレターゼ活性が上昇し、発現抑制によってαセクレターゼ活性が減少することを修士課程において示した。これを受けて、本論文では、ADAM19とAPPの結合を共免疫沈降法によって示し、ADAM19がAPPを直接基質として認識しているかを明らかにすることを目的とした。共免疫沈降法による結果から、ADAM19とAPPは相互作用することが示された。しかし、APPのαセクレターゼ切断部位近傍アミノ酸配列に対する抗体(6E10)での免疫沈降では、ADAM19が共沈してこなかった。これらの結果と、αセクレターゼ切断において、APPの膜近傍のαへリックス構造が重要であるという報告から、ADAM19は、APPの細胞外側の膜近傍配列を接合面としてAPPと結合していることが示唆された。修士課程において示した結果とあわせて、ADAM19が新たなαセクレターゼとして機能していることが示唆された。

また、αセクレターゼ経路の生理機能を明らかにするためには、APP以外の基質に対する作用を考慮する必要がある。ADAM9、10、17にはAPPの他にも多くの基質が存在するが、ADAM19の基質は比較的わずかしか見つかっていない。また、ADAM19の活性を調節する因子も明らかになっていない。そこで、まず、ADAM19の新たな相互作用分子を探索することが必要であると考えた。ADAMがどのような分子認識機構で基質特異性や結合特性を決めているのか、現在のところ全く明らかになっていない。そこで本論文提出者は、ADAM19の分子認識機構や活性調節メカニズムを明らかにすることを第二の目的とし、酵母two-hybrid systemを用いて、ヒト胎児脳cDNAから、ADAM19の細胞外ドメインに相互作用するタンパク質を探索した。その結果、CRIP2(cysteine-rich protein 2)、TESK1(testis-specific kinase 1)、VAMP2(vesicle-associated membrane protein 2)が候補として得られた。それらは、ADAM19のディスインテグリンドメインやシステインリッチドメインという、メタロプロテアーゼドメイン近傍の配列を認識して結合していた。

まず、VAMP2については、過剰発現の系において共免疫沈降法によってADAM19との結合が確認され、免疫染色による共局在も確認された。VAMP2はADAM19の基質ではなかったが、ニューログリオーマ細胞にVAMP2を過剰発現させるとアポトーシスが誘導されることがわかった。また、カスパーゼ3活性を測定すると、ADAM19の結合部位と考えられるVAMP2の細胞外3残基を欠失させたものよりも、全長のVAMP2を発現させたときにカスパーゼ3の活性化が見られた。ADAM19の自己切断により分泌される分泌型ADAM19は、VAMP2と顆粒状に共局在することから、分泌型ADAM19がVAMP2と結合することによって、脂質ラフトに輸送されるのではないかと考えた。そこで、COS-7細胞にADAM19-V5と、メタロプロテアーゼ不活性型変異E346AをもつADAM19EA-V5をHA-VAMP2と共発現させた結果、ADAM19の活性依存的にVAMP2の脂質ラフト局在が増加する傾向がみられた。ADAM19によるAPP切断は、非脂質ラフトで起こるが、分泌型ADAM19は脂質ラフトへと運ばれ、おそらく全長型ADAM19とは異なる機能を脂質ラフト中でもつのではないかと考えられる。全長型ADAM19は、APPのα切断によりsAPPαを分泌し、sAPPαが神経保護作用へと働くが、分泌型ADAM19がVAMP2によって脂質ラフトへ運ばれることによって、神経保護作用の逆であるアポトーシスを誘導しているのではないかと考えられた。

次に、CRIP2について調べると、過剰発現の系で共免疫沈降法によりADAM19との結合が確認された。CRIP2は膜タンパク質ではないが、心臓や脳において細胞表面に発現しているという報告があり、膜タンパク質であるADAM19に結合することによって細胞表面に局在している可能性が示唆された。また、内在性のCRIP2とADAM19の局在を観察した結果、CRIP2は細胞の伸展する際の仮足に強く発現していた。しかし、その部位にADAM19はあまり発現しておらず、ゴルジ体において共局在していることが観察できた。また、ADAM19がCRIP2を細胞外に分泌する機能をもつことが明らかになった。分泌されるCRIP2の生理機能に関してはこれからの問題であるが、ゼブラフィッシュにおいてWnt3aがCRIP2の発現誘導し、心臓の神経堤細胞の発生に機能しているという報告と、Wntシグナルが活性化することでAβの神経毒性が抑えられるという報告から、CRIP2が神経保護作用を持っている可能性を考えている。これらのADAM19の相互作用分子の探索においては、残念ながら新しい基質はみつからなかったが、結合するタンパク質の生理機能が明らかになった。

最後に、αセクレターゼを活性化する物質の探索を試みた。近年、脂質とAPPプロテオリシスとの関連について様々な報告があり、膜の脂質組成や流動性が、酵素と基質の反応効率に重要であることが示唆されている。そこで、PUFA(polyunsaturated fatty acid)または中鎖脂肪酸であるカプリル酸をアシル基としてもつトリグリセリドの、APPプロテオリシスに対する影響を検討し、酵素活性を変化させる脂質化合物を見つける研究を行った。サントリー株式会社が合成した種々の脂質をA172細胞に添加し、αセクレターゼ活性を上昇させる物質を探索した。その結果、sn-2位にアラキドン酸と側鎖にカプリル酸をもつトリグリセリドである8A8が、αセクレターゼ活性を約18%上昇させた。また、Aβ40生成を約22%抑制した。添加後4時間で作用したことから、脂質の組成が変化したことが考えられた。そこで、脂質ラフトを単離し、APPプロセシングに関わる酵素の局在への影響を調べた結果、8A8処理によって脂質ラフトの量が減少し、αセクレターゼであるADAM17とADAM19が脂質ラフトから非脂質ラフトへと局在変化していた。以上の結果より、8A8はαセクレターゼを活性化する脂質として有用であると考えられた。

αセクレターゼ活性化物質はいろいろと報告されている。PACAPがαセクレターゼを活性化するという報告があるように、ADで影響を受けやすい脳の部位において神経伝達物質や神経ペプチドに対するGタンパク質共役受容体を活性化することも、αセクレターゼを活性化することにつながるといわれている。今回、8A8というグリセロール骨格のsn-2位にアラキドン酸をもつ化合物が、穏やかにαセクレターゼ活性を上昇させ、Aβ40を減少させる効果があることを明らかにした。8A8のカプリル酸が加水分解されるとできる2AGはカンナビノイドCB1受容体の内在性リガンドであり、カンナビノイドCB1受容体もGタンパク質共役タンパク質である。また、8A8処理によって脂質ラフトの量が減少した結果から、脂質ラフトに存在するコレステロールなどの脂質に作用し、非脂質ラフトで主に機能するといわれるαセクレターゼの活性が上昇したのだと考えられた。

以上の研究成果によって、ADAM19がAPPαセクレターゼとして機能することが明らかとなり、ADの治療におけるαセクレターゼ活性化の標的が増えた。また、ADAM19の相互作用分子であるCRIP2やVAMP2の新たな生理機能が示唆された。そして、αセクレターゼ活性化に関わる脂質を明らかにした。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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