学位論文要旨



No 124367
著者(漢字) 岩澤,全規
著者(英字)
著者(カナ) イワサワ,マサキ
標題(和) 銀河中心領域における大質量ブラックホール連星の進化
標題(洋) Evolution of Supermassive Black Hole Binaries in Galactic Center
報告番号 124367
報告番号 甲24367
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第890号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 准教授 小河,正基
 国立天文台 教授 牧野,淳一郎
 国立天文台 教授 吉田,春夫
 東京大学 准教授 蜂巣,泉
内容要旨 要旨を表示する

現在、多くの銀河中心領域において106-109M◎の大質量ブラックホール(SMBH)が存在すると考えられている。このSMBHを持つ銀河同士が衝突し合体した場合、SMBHは力学的摩擦により銀河中心へ沈みSMBH連星系を形成する。この連星が重力波放出により合体する事が可能ならば、銀河の合体によってSMBHは成長する事が出来る(合体説)。この合体説を用いることで現在観測的に知られている「大きな銀河程、大きなSMBHを持つ」(Magorrian et al. 1998; Marconi & Hunt, 2003)という関係は説明される。しかし、SMBH連星の合体はタイムスケールの点から現実的ではないとされてきた。

最初のSMBH連星についての論文(Begelman, Blandford & Rees 1980)によると、SMBH連星は星と相互作用をする事によって、連星間の距離を縮めて行くがやがてloss-coneの内側に有る星が少なくなり、連星の進化は遅くなって行く(loss-cone depletion)。loss-cone内に星を供給するメカニズムとして星同士の相互作用による2体緩和による効果が考えられるが、このタイムスケールを見積もるとハッブルタイムより長くなってしまう。

loss-cone depletionが実際に起こるかどうかを調べるため、NV体シミュレーションが行われて来た。理論的には、進化のタイムスケールはNに比例するはずだが、シミュレーションではその様な関係は得られていなかった。しかし、近年Makino & Funato (2004)は、長時間、大粒子数(100万体)のシミュレーションを行い、進化のタイムスケールがNに比例し、理論的予測と無矛盾であると結論した。Berczik, Merritt & Spurzem (2005)も粒子数が40万体程度のシミュレーションを行い同様の結果を得ている。つまり、星との相耳作用と重力波放出の効果を考えただけでは、一旦loss-cone内の星が無くなってしまうと、SMBH連星は宇宙年齢内には合体出来ないと言うことが分かった。

過去に行われたほとんどのN体シミュレーションでは、SMBHを等質量、銀河を軸対称としていた。しかし、多くの銀河はある程度非軸対称構造を持っていると考えられており、SMBHが等質量という事もありえない。そこで、本研究では、非軸対称銀河中でのSMBH連星の進化、SMBHが非等質量の場合のSMBH連星の進化について調べた。

1.三軸不等銀河中でのSMBH連星の進化

銀河が非軸対称構造を持つ場合、軸対称の場合と異なり、星の軌道角運動量が保存しなくなるため、box orbit, chaotic orbit等と呼ばれる中心を通る事の出来る軌道(centrophilic orbit)を持つ星の割合が大きくなると考えらる。このため、SMBH連星がエネルギーを与える事の出来る星の割合が増え、loss-cone depletionが起こらず、SMBH連星の進化が球対称の場合とは異なり、進化の時間スケールが緩和時間に依存しない可能性がある(Merritt & Poon 2004)。しかし、中心にSMBHがある非軸対称銀河では、SMBHに星が散乱される事でcentrophilic orbitが壊され、銀河が軸対称性になる可能性があり(Hozumi & Hernquist2005)、SMBH連星の進化がどの様になるかは分からない。

そこで、非軸対称銀河中でのSMBH連星の進化をN体シミュレーションによって調べた。一般に非軸対称銀河の分布関数は知られていないので、球対称モデルをcold collapseする事で銀河モデルを作った(van Albada 1982)。出来た銀河中にSMBHを2つ置きシミュレーションを行う。比較の為、密度分布がほぼ同じ軸対称モデルでもシミュレーションを行った。

その結果、非軸対称銀河中では、centrophilic orbitの星が連星の進化に大きく影響している事、その為、loss-cone depletionが起こらず、SMBH連星の進化が銀河の緩和時間では決まらない事が分かった。さらに、SMBHの影響で銀河は徐々に軸対称になってしまうが、centrophilic orbitの星は銀河が軸対称になった後には、非常に角運動量が小さく、離心率が高い、loss-cone領域内の星になる割合が高い事が分かった。その為、銀河が軸対称になってしまった後も、loss-cone depletionが起こりにくい事が分かった。

2.質量の異なるSMBH連星の進化

近年のN体シミュレーションから、質量が異なるSMBH連星の場合はloss-cone depletionにより軌道長半径の進化は減速するが、SMBH連星の離心率は非常に高くなる事が分かった(Matsubayashi et al. 2007)。離心率が上がると、重力波による合体の時間スケールは(1-e2)3.5(eはSMBH連星の離心率)に比例し、非常に離心率依存性が高い為、非常に短い時間スケールで合体する。しかし、何故、離心率が上がるのかは分かっていなかった。

質量の異なるSMBH連星のN体シミュレーションを行い、SMBH連星の軌道進化と周りの星の変化を調べる事で、何故、離心率の成長が起こるのかを解明できた。銀河モデルは、中心にはSMBHを置き、密度分布はρ∝r-4/7となるようにした(Bahcall & Wolf, 1976)。中心から少し離れた所に中心SMBHの1/1000の質量のBHを置き、円運動になるように初期速度を与えた。

その結果、以下の二つのメカニズムでSMBH連星の離心率が上がる事が分かった。1.軽いSMBHの軌道は離心率があれば、軌道の時間平均をとることで、非軸対称ポテンシャル場を作ると考える事が出来る。非軸対称ポテンシャル中では星の角運動量が保存しないので、角運動量はカオス的に変化する。この為、星の軌道の向きが頻繁に入れ替わる(SMBH連星に対して星の軌道が、順行→逆行軌道、逆行→順行軌道と変化する)。2.一般に順行軌道の方が不安定であり、選択的にSMBH連星から弾き飛ばされやすい。

星の軌道が逆行→順行軌道へ変化する事で、バックリアクションとしてSMBH連星は角運動量を失う事になる。この順行軌道へと変化した星が、選択的にSMBH連星に弾き飛ばされる事により、SMBH連星の角運動量は、この星によって抜かれたことになる。星の軌道が順行→逆行軌道へ変化する場合は、バックリアクションとしてSMBH連星は角運動量を得る事になるが、逆行軌道の星はSMBH連星に弾き飛ばされにくく、再び軌道の向きを変える(逆行→順行軌道)事が多い。この為、統計的には、SMBH連星は角運動量を失い、SMBH連星の離心率は高くなる事が分かった。

質量比が1:10程度までのSMBH連星では、離心率が上がる事が分かっており(安,2008修士論文)、このメカニズムは多くのSMBH連星に対して有効に働くと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

多くの銀河、特に巨大楕円銀河はその中心に巨大ブラックホールを持つと考えられており、またそのブラックホールの質量と楕円銀河本体の質量、あるいは恒星の速度分散といった、銀河全体の構造パラメータの間に良い相関があることが知られている。これらの相関は、楕円銀河がより小さな銀河同士の合体によって成長し、その時に中心にある巨大ブラックホール同士も合体した、と考えると自然に説明される。しかしながら、1980 年代になされた理論的な予測では、楕円銀河同士の合体で形成されるブラックホール連星系の進化はゆっくりしたもので、宇宙年齢程度の間に合体することは困難とされていた。大規模シミュレーションでも理論予測を支持する結果が得られていた。これは、「Last parsec problem」と呼ばれ、巨大ブラックホール形成の理論の主要な困難の一つと考えられてきた。

論文提出者は、この連星ブラックホールの進化の問題について、従来の理論モデルやシミュレーションでは十分に考慮されていなかった効果を考えると合体のタイムスケールが大幅に短くなることを見いだし、また、その短くなるメカニズムを解明した。審査委員会はこれらの点を高く評価した。

第1 章は序論であり、以上のような研究の背景や従来の研究の問題点をまとめ、本研究の目的と意義を述べている。

第2 章では、3 軸不等銀河におけるブラックホール連星の進化についての研究結果がまとめられている。従来は、単純化のため親銀河は球対称と仮定されていた。この場合には、巨大ブラックホール連星が近くの星を3 体相互作用ではじき飛ばしてしまうと、新たな星がブラックホールに近づくには親銀河の2 体緩和のタイムスケールが必要になる。しかし、巨大楕円銀河は通常3 軸不等な楕円体で近似できる。この場合には軌道角運動量が保存しないため、星は2 体緩和によらずにブラックホール連星に近づくことができる。一方、中心ブラックホールがあると3 軸不等性は維持できず、急速に軸対称になる、という研究もあり、何が起こるかは明らかでなかった。論文提出者は現実に近い構造をもった親銀河内でのブラックホール連星の進化の大規模シミュレーションを行ない、確かに親銀河が軸対称に近づくが、それでも連星の進化は十分に速くなることを見いだした。これは、軸対称になった後でも、非常に小さい角運動量を持つ星が多数を占めるためであるとわかった。この結果は新しくかつ重要なものであり、恒星の軌道の解析と分類により、進化が速まるメカニズムを明らかにしたことは高く評価できる。

第3 章では、質量比が大きな連星ブラックホールの進化のメカニズムについてまとめられている。これについては、2007 年にMatsubayashi et al. が、軌道長半径の進化は遅くなるが、離心率が急激に1 に近づくために重力波による合体タイムスケールは短くなり、容易に合体できる、という結果を得ていたが、離心率が上がる、すなわち連星が角運動量を失うメカニズムは解明されていなかった。論文提出者は、連星が以下のプロセスで角運動量を失うことを見いだした。連星の軌道が完全な円軌道でなく、多少とも離心率があると、連星系が作るポテンシャルが軸対称でなく3 軸不等になる。このため、連星の近くの星は角運動量が保存しなくなり、近点が連星に近付いて連星と相互作用する。相互作用の結果、系から脱出できる星がでてくるが、その散乱断面積は軌道角運動量が連星と同じ向きの場合が逆向きの場合より大きいので、平均すると脱出する星は連星から角運動量を奪う。論文提出者は連星の進化と、その回りの星の軌道進化を詳細に調べることで、上のプロセスが起こっていることを確認した。この角運動量減少のメカニズムは新しく見いだされたもので、連星ブラックホール合体が現実に起る可能性を高めるものとして極めて重要な貢献であると判断した。

以上を要するに、本論文は銀河中心における巨大ブラックホール連星の進化という重要な研究分野に対して、従来考慮されていなかった親銀河の3 軸不等性や連星の質量比を考慮すると進化が速くなること、また連星の質量比がある場合については、連星自体が作るポテンシャルの非軸対称性が本質的な役割を果たすことを示すという大きな貢献をしたものである。また、これらの研究については論文提出者の主導のもと行われたことを確認した。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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