No | 124369 | |
著者(漢字) | 白肌,邦生 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シラハダ,クニオ | |
標題(和) | 日本の製造業における技術組織活性化マネジメントの研究 | |
標題(洋) | Active Technical Organization Management for Japanese Manufacturing Companies | |
報告番号 | 124369 | |
報告番号 | 甲24369 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第892号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 現代は高度技術社会と呼ばれるほど,科学技術が我々の日常生活を支え,将来生活の姿までをも提案していく力を持つ時代になっている.その直中にあって製造業界の企業は,技術開発の戦略的資源たる技術系人材の活用を進め,技術を扱う組織としての技術組織を活性化させていくことが技術経営上の課題であるといえる. 組織の活性化に関し,従来研究は組織の活性状態を「組織のメンバーが,相互に意思を伝達し合いながら,組織と共有している目的・価値を,能動的に実現していこうとする状態」と定義した.この定義はバーナードの組織成立の必要十分条件を基にしていることが特徴であるが,技術組織はバーナードの条件が示唆するような,組織目標に技術系人材が一丸となって取組むといういわば「組織」で仕事を行う側面だけでなく,高い個人の動機付けに裏付けられた創造性発揮により新しいアイデアやモノを発明・発見していくという,いわば「個人」で仕事をする側面も重要である.したがって,組織メンバー同士が互いに依存してはいるが個々の独自性あるいは自律性は失っていない「ルース・カップリング」という組織論の関係性概念を技術組織の活性状態の定義に導入し,技術組織が活性状態にあることを,「個々の目的を持つ技術系人材それぞれが,組織と共有した目的を,創意をもって能動的に実現していこうとする状態」と定義した.そしてその状態を実現していくことを技術組織活性化と定義した. 技術組織活性化のためには組織の運営に直接的なかかわりをもっているミドル・マネジメントの役割が特に重要である.実際,近年導入が著しい目標管理制度の中で部下への目標理解や創造性の発揮を促すことや,我が国技術系人材のキャリア意識が変化するなか,優秀な技術系人材を業務に動機付け組織的に活用するために,マネジャーは部下のキャリアビジョンや好奇心を刺激し満足させていくことが求められている. これらマネジャーへの技術組織活性化に関する要請の根底には上司・部下のコミュニケーションの課題が存在するものの,激しい競争環境のなかでマネジャー層への業務負荷が大きくなってきているため,マネジャーの部下へのコミュニケーションを介したモチベーションへの配慮がますます難しくなってきている.したがって,効果的かつ効率的にコミュニケーションを実現し技術組織活性化を目指すために,どのようなステップで技術組織を活性状態にしていくべきなのか,いわゆる技術組織活性化プロセスの理解と,効果的なマネジメント方策の構築が必要である. そこで本研究では,企業における技術組織の活性化プロセスをモデル化し,そのモデルに基づいた技術組織活性化マネジメントの方策を提案およびその有効性を検証することを目的とする. 序論に次ぐ第2章では,本研究の背景となる,技術組織活性化における課題について述べた.現代のわが国製造業の技術組織は,研究開発マネジメントおよび人事制度の変化が背景となり,組織の戦略的目標達成をより求められるようになってきた.そのため,「上司・部下の関係性」の視点,即ちミドル・マネジメントを介した活性化の必要性が高まってきた.そこで,技術組織活性化の定義から,技術系人材の「能動的業務遂行」と「自律的業務遂行」に関して企業の研究開発のマネジメント実態を調査したところ,モチベーション向上のためのコミュニケーション,効果的な創意の引き出し,キャリアを中心としたビジョン構築,およびこれらに関するマネジメント手順,について課題があることを明らかにした. 第3章では,技術組織活性化に関する先行研究を,組織活性化研究と技術系人材の人材マネジメントの観点からレビューした.代表的な組織活性化研究は,いかにして組織を活性状態にしていくかに関してのいわゆるマネジメント視点に立脚した研究は十分ではないこと,および,活性化を組織の発展的変化として捉え論じた研究は組織理論には十分な蓄積がないことを示した.また技術系人材の行動論と研究開発リーダーシップ論では,創意に基づくアイデア生成など技術系人材に特徴的な行動に関して,既存の行動モデルでは説明できていないこと,および,ビジョン構築などに関する技術系人材への効果的な働きかけについて,具体的な手法の議論が不十分であったことを示した. 第4章では,技術組織活性化を組織発展の動的プロセスとして論じた研究が不足している背景から,個々人のミクロ的活動と集団のマクロ的変化との関係を,「多様な目的」・「共通の手段」・「共通の目的」・「多様な手段(分業)」の順で説明したWeickの集団発展モデルを,Lockeのパフォーマンスモデルを基に改良した技術系人材のパフォーマンスモデルに基づき「多様な目的」・「共通の目的」・「多様な手段」・「共通の手段」とフェーズ順序を変更することで,技術組織活性化プロセスモデルを構築した.次いで,そのプロセスの効果的な進行を目的に,技術組織活性化のための4つのマネジメント行動:(1)個人ビジョンの創造および引き出し,(2)個人ビジョンと組織目標のすり合わせ,(3)アイデア創造促進および行動スタイルの変更,(4)取り組みの評価,を示した.この4つの行動をマネジャーが効果的に部下に対して実践していくために,技術系人材のパフォーマンスモデルに基づいた活性診断手法を作成し,部下の活性状況に応じて活性化に向けた効果的なコミュニケーションを企業の目標管理サイクルにおけるフォーマル面談で実践することを目的とした活性化方策を提案した. 第5章では,技術組織活性化プロセスモデルに基づき作成した活性化マネジメント方策の効果を分析し,マネジメント方策としての有効性および有用性を検証することを目的に,日本の大手自動車会社のガソリンエンジン開発組織においてアクションリサーチ手法に沿って方策を適用し効果を分析した.同手法の初期段階においては,合意できる目標を産学双方で共有し,産業側に窓口となる人材を定義して連絡体制を構築し,秘密保持契約を結ぶことで,長期的な信頼関係を企業と築いた.事前診断から判明した,部下の成功実感の希薄さや上司部下のコミュニケーションの不足などの当時の課題を克服すために,ガソリンエンジン開発部門のマネジャー19名の協力のもと,部下計124名に対し,年度中盤に行われる目標達成のためのフォロー面談において,活性化方策を実施した.その結果,活性化方策は技術組織活性化に向けてマネジャーがとるべき4つのマネジメント行動の実現に大きく貢献し,組織を活性状態にしたことが明らかになった. 第6章では,マネジメント方策の有効性を長期的に検証することを目的に,2007年度および2008年度を通じてディーゼルエンジン開発部門においてアクションリサーチを行った.当該組織では,技術系人材がビジョンの保有や目標への意義理解が不足していることから,個人ビジョンと組織目標とのすり合わせをすることで,組織目標への意義理解を促進させることを目的に,マネジャー9名の協力のもと,その部下63名に対して活性化方策を適用した.その結果,60%を超える部下の目標への意義理解が進んだ.また,マネジャーの一部には,本方策の核となる4つのマネジメント行動に意義を見出し,自律的に学習しマネジメントスタイルを変更する者も現れた.2008年度は,同一組織において組織メンバーの積極的行動意識や,手順書作成を通じた広義の情報共有意識の改善を目的とし,マネジャー6名の協力の下その部下計58名に対して年次目標設定後の面談にて活性化方策を適用した.その結果,積極的行動や情報共有の意識が高まったことがフィードバックアンケートからわかった. 第7章では,これまで日本の大手自動車会社において実施してきた一連のアクションリサーチの結果から,まず,本活性化方策の技術組織活性化に与えた総合的な影響について分析した.マネジャーは活性診断手法の使用により,部下個々の心理的・行動的課題を理解することができ,予め部下にシートを通じて問いかけた項目に関し活性診断結果を基に議論することで,効果的に活性化のための4つのマネジメント行動を実践出来た.これが総じて組織として不十分だった活性化プロセスの各フェーズの充実化を促進し,技術組織活性状態を築くことが出来たと考えられ,共分散構造分析を用いてこのロジックを定量的に評価したところ,本活性化マネジメント方策の導入は,強く技術組織の活性状態の形成に影響することを明らかにした.次いで,活性化した組織がどのような組織的パフォーマンスを出したかを明らかにすることで,本方策の有効性について述べた.活性状態にあるテリトリーは高い研究開発成果を残していることがわかり,一方で不活性であるテリトリーは業務進捗に不安があることを示した.最後に本活性化方策の他技術組織適用について考察した.これまでの知見をベースに改良していくことが主体となる製品開発だけでなく,例えば一見本方策適用が適していないと考えられる基礎研究組織,階層性の緩い組織などにも,マネジャーによる活性化のための4つのマネジメント行動の効果的実践は重要といえ,方策の微修正によって技術組織活性化の効果を得られる可能性があることを述べた. 第8章では,本研究で得られた成果を総括するとともに,今後の課題について述べた. 本研究の意義は,大きく分けて3点ある.第1は組織の活性化をプロセスとして捉え,技術組織を対象に理論的にそのプロセスモデルを構築,提案したことである.第2は,アクションリサーチを通じて,プロセスモデルから導き出した技術組織活性化マネジメント方策が,実際に企業の組織活性化に大きく貢献したことである.第3は,技術組織活性化というテーマの中には,技術系人材の動機付け,技術成果の評価のあり方,キャリアコーチングおよび研究開発推進のコーチング,情報共有,など様々な重要テーマがあり,これら関して具体的にマネジャーはどう取り組んでいくのが有効なのか,その指針を示したことであると考える. | |
審査要旨 | 本論文は,我が国の製造業における技術組織の活性化の過程と方法を実証的に解明したものである.高度技術社会の現代では,技術開発の戦略的資源である技術系人材の活用を進め,技術を扱う組織である技術組織の活性化が望まれている.実際,産業の現場ではその実現に向けて試行錯誤が続けられている.しかし,技術経営論においては,組織の活性化の分析や測定の研究は多いものの,活性状態をいかに達成させるかというマネジメント視点の研究は十分でなかった.このような状況の中で,この研究課題に取り組んだ本論文の意義は高く評価される. 本論文は8章からなる.第1章は序論であり,技術組織の活性状態を「個々の目的を持つ技術系人材それぞれが,組織と共有した目的を,創意をもって能動的に実現していこうとする状態」と定義し,研究の背景と目的を述べている. 第2章では,現代の技術組織における活性化の必要性を述べ,活性化に向けたマネジメントの課題を企業の研究開発実態を調査することで明らかにしている.特に,マネジャーは部下とのコミュニケーションを通じて効果的に組織を活性化させることが重要であり,そのためには技術組織が活性状態に至るプロセスおよびマネジメント方法の理解が必要であることを明らかにしている. 第3章では,組織活性化研究に関する先行研究をレビューし,組織メンバーの意識・行動変化に基づく組織の変化として組織活性化を捉えた研究が不十分であること,および技術組織の活性化マネジメントの研究が不足していることを示している. 第4章では,技術組織が活性状態に至る過程をモデル化し,活性化マネジメントの方法を提案している.活性化プロセスモデルの構築においては,個々人のミクロ的活動と組織のマクロ的変化との関係を説明したWeickの集団発展モデルを吟味し,その欠点が,技術組織活性化に必要な組織メンバーの能動的・創造的活動を明示的に扱っていない点にあることを明らかにして,それを含ませた技術組織活性化プロセスモデルを新たに提案している.次いで,そのプロセスモデルに基づき,活性化プロセスの促進のために必要な4つのマネジメント行動として,1. 個人ビジョンの引き出し,2. 個人ビジョンと組織目標のすり合わせ,3. 試行の奨励,4. 取り組みの評価,を導出している.さらに,それらを効果的に実践するために,新たに開発した活性診断手法を用いて部下とのコミュニケーションの過程を支援するというマネジメント方策を提案している.従来は,このように実際のマネジメントに活用できる研究は少なく,独自性が高いものと考える. 第5章および第6章では,提案したマネジメント行動と方策とからなる方法を日本の大手自動車会社技術組織に提案・適用し,その有効性を確認している.第5章では,ガソリンエンジン開発プロジェクト部門において,提案方法を124名の技術系人材に半年間適用し,適用後のアンケート結果と,別途行われている社内モラルサーベイの結果から,高い組織活性化効果が得られたことを明らかにしている.さらに第6章では,本方法の有効性を長期的に確認することを目的に,ディーゼルエンジン開発部門において121名の技術系人材に本方法を2年間に渡って適用し,マネジャーの自律的なマネジメント改善行動による持続的な組織活性化の実現を含め,高い組織活性化効果が得られたことを明らかにしている. 第7章では,本研究で実施してきた一連のマネジメント方法適用の結果を総合的に分析し,活性化プロセスモデルに基づく本マネジメント方法は技術組織の活性化に効果があり,組織のパフォーマンスを高める効果ももたらしたことを,共分散構造分析で定量的に明らかにし,さらに,マネジャーを集めて実施したグループディスカッションの定性データを用いて確認している. 第8章は結論であり,本研究で得られた結果が要約されている. 以上のように本論文は,技術組織活性化プロセスモデルを構築することで活性化のためのマネジメント方法を具体的に提案し,それを実際に企業の技術組織で適用し有効性を明らかにしたもので,技術経営学分野の研究成果として高く評価できる.したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する. | |
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