学位論文要旨



No 124372
著者(漢字) 簑原,誠人
著者(英字)
著者(カナ) ミノハラ,マコト
標題(和) その場放射光光電子分光による酸化物へテロ接合界面のショットキー障壁高さ変調に関する研究
標題(洋) Modulation of Schottky barrier heights at transition metal oxide heterointerfaces using in situ synchrotron radiation photoemission spectroscopy
報告番号 124372
報告番号 甲24372
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第895号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 松尾,基之
 東京大学 教授 宮坂,力
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 教授 田畑,仁
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、その場放射光光電子分光による酸化物へテロ接合界面のショットキー障壁高さ変調について述べたものである。ペロブスカイト型酸化物ヘテロ接合に基づく酸化物デバイスでは、従来の半導体デバイスでは得られなかった特有の新規機能が発現する。そのような酸化物デバイス開発において、特性を決定づける上で重要なパラメーターであるショットキー障壁高さや仕事関数の値を詳細に決定することは、デバイス設計の指針を得る上で非常に重要となる。これまでに電気特性測定等から、界面のショットキー障壁高さや仕事関数が見積もられているが、報告ごとに値に大きなばらつきが生じている。このことは、特異な電子状態が発現していると考えられる酸化物界面に対して、従来の接合モデルを用いることの妥当性の低さに起因している。したがって、ショットキー障壁高さや仕事関数の値を実験的に決定することが必要不可欠となる。また、これらの値は表面や界面の状態に強く影響されやすいため、試料を大気に曝すことの無い「その場(in situ)」評価が重要である。そこで本研究は、その場放射光光電子分光測定により、ペロブスカイト型酸化物ヘテロ接合におけるバンドダイアグラムを決定し、界面構造がショットキー障壁高さに対して与える影響について解明する事を目的として行われた。

本論文は以下の5章に大別して論じている。

第1章では、ペロブスカイト型酸化物を用いたデバイス応用例を挙げ、そのような酸化物デバイス研究における、その場放射光光電子分光を用いた界面研究、特に酸化物へテロ接合界面のショットキー障壁高さに焦点を当てた当研究の位置づけと目的が示されている。

第2章では、本研究で用いた実験手法とその原理、およびバンドダイアグラム決定方法について述べられている。特に、本研究で用いた「in situ レーザー分子線エピタキシー-光電子分光複合装置」については、薄膜作製からその場光電子分光測定に至る実験手順について詳細な説明がなされている。

第3章では、La(0.6)Sr(0.4)MnO3(LSMO(x=0.4))/Nb doped SrTiO3(Nb:STO)およびSrRuO3(SRO)/Nb:STOヘテロ接合の界面電子状態を明らかにするため、両者のショットキー障壁高さおよびバンドダイアグラムを、その場放射光光電子分光測定によって決定した実験結果について論じている。この両者は同様の界面構造を構成するヘテロ接合であるにも関わらず、界面スピン偏極率の振る舞いが異なるといった違いを有している。界面スピン偏極率が保持されているSRO/Nb:STOへテロ接合界面においては、ショットキー・モット則に基づく理想的なショットキー障壁が形成されていることが明らかとなった。一方、界面スピン偏極率の劣化した層(dead-layer)を有するLSMO(x=0.4)/Nb:STOヘテロ接合界面においては、ショットキー・モット則より見積もられる理想値よりも増大したショットキー障壁が形成されることを見出した。この現象は、従来の半導体デバイスにおけるフェルミレベルピニングでは説明できないことから、「界面ダイポール」が形成されることによってショットキー障壁高さの増大が起こったものと結論づけた。

第4章では「界面ダイポール」起源解明のため、「電荷不連続」と「格子不整合」の制御を行ったLSMO(x=0.4)/Nb:STOヘテロ接合におけるショットキー障壁高さおよびバンドダイアグラムを、その場放射光光電子分光測定によって決定した実験結果について論じている。その結果、以下のような「界面ダイポール」に関する知見を得た。

A. 終端面制御による電荷不連続順序の制御

電荷不連続の順序が界面ダイポールに与える影響について調べるため、終端面を制御したLSMO(x=0.4)/Nb:STOヘテロ接合について、その場放射光光電子分光測定を行った。その結果、LSMO(x=0.4)/TiO2終端化Nb:STOヘテロ接合では、界面ダイポールによるショットキー障壁高さの増大が見られたのに対し、SrOを一層挿入することにより極性を反転させたLSMO(x=0.4)/SrO終端化Nb:STOヘテロ接合では、理想値よりもショットキー障壁高さが低下することが明らかとなった。このことは終端面制御により、界面ダイポールによるショットキー障壁高さの変調方向が逆転することを示している。

B. La:Sr組成比制御による電荷不連続および格子不整合の大きさの制御

電荷不連続および格子不整合の大きさが界面ダイポールに与える影響について調べるため、La:Sr組成比を系統的に変化させたLa(1-x)SrxMnO3/Nb:STOヘテロ接合について、その場放射光光電子分光測定を行った。その結果、界面ダイポールは電荷不連続と格子不整合を有する組成において形成され、特にLSMO(x=0.4)において極大値を取ることが明らかとなった。一方、格子不整合を持たないLSMO(x=0.1)、および電荷不連続を持たないLSMO(x=1.0)(SrMnO3)においては界面ダイポールが形成されないことを見出した。このことは、ヘテロ接合界面における電荷不連続と格子不整合の両方が、界面ダイポール形成に関与していることを示している。

C. 面方位変化による電荷不連続有無の制御

電荷不連続の有無が界面ダイポールに与える影響を調べるため、(110)面方位Nb:STO基板を用いたLSMO (x=0.4)/Nb:STO(110)ヘテロ接合について、その場放射光光電子分光測定を行った。その結果、(110)ヘテロ接合においては、LSMO(x=0.4)/TiO2終端化Nb:STO (001)へテロ接合とほぼ同じ大きさのショットキー障壁が形成されていることが明らかとなった。しかしながら(110)表面は、その終端構造がよく定義されていないことから、界面ダイポールの大きさついては、表面をよく定義した実験が必要であると結論づけた。

以上の結果より界面ダイポールは、「格子不整合」と「電荷不連続」が協奏的に寄与することにより形成されたものと結論づけた。

第5章では、本論文の総括について述べられている。

以上、本論文は酸化物へテロ接合界面において形成されるショットキー障壁高さが、界面の終端構造や、基板と薄膜の格子不整合、あるいは電荷不連続の違いによって変調されることを見出したものである。つまり、従来は考慮されていなかった界面構造が、接合特性に重要な役割を果たしていることを実験的に示したものである。本研究より得られた知見は、酸化物へテロ接合に基づくデバイス応用において、界面構造制御により望みのショットキー障壁高さを得られるといった設計指針を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、高度情報化社会の実現に不可欠な新しい高機能エレクトロニクスデバイス開発の一環として、酸化物を用いたへテロ接合界面を利用したデバイスを研究対象として採り上げ、界面におけるショットキー障壁高さ変調をその場放射光光電子分光によって詳細に解析したものである。

ペロブスカイト型酸化物は超伝導や超巨大磁気抵抗などさまざまな新奇物性が発現しており、従来の半導体デバイスでは得られなかった新機能を利用した新しいデバイス開発が可能である。しかしデバイス開発において重要なパラメーターであるショットキー障壁高さや仕事関数の値については、これまでに電気特性測定等から見積もられている値に大きなばらつきが生じている。したがって、ショットキー障壁高さや仕事関数の値を「その場(in situ)」で実験的に決定することが必要不可欠となる。そこで本研究は、その場放射光光電子分光測定により、ペロブスカイト型酸化物ヘテロ接合におけるバンドダイアグラムを決定し、界面構造がショットキー障壁高さに対して与える影響について解明することを目的として行われた。

本論文は以下の5章に大別して論じている。

第1章では、ペロブスカイト型酸化物を用いたデバイス応用例を挙げ、そのような酸化物デバイス研究における、その場放射光光電子分光を用いた界面研究、特に酸化物へテロ接合界面のショットキー障壁高さに焦点を当てた当研究の位置づけと目的が示されている。

第2章では、本研究で用いた実験手法とその原理、およびバンドダイアグラム決定方法について述べられている。

第3章では、La(1-x)SrxMnO3(LSMO(x=0.4))/Nb doped SrTiO3(Nb:STO)およびSrRuO3(SRO)/Nb:STO ヘテロ接合の界面電子状態を明らかにするため、両者のショットキー障壁高さおよびバンドダイアグラムを、その場放射光光電子分光測定によって決定した実験結果について論じている。この両者は同様の界面構造を構成するヘテロ接合であるにも関わらず、界面スピン偏極率の振る舞いが異なるといった違いを有している。界面スピン偏極率が保持されているSRO/Nb:STO へテロ接合界面においては、理想的なショットキー障壁が形成されているが、界面スピン偏極率の劣化した層を有するLSMO(x=0.4)/Nb:STO ヘテロ接合界面においては、理想値よりも増大したショットキー障壁が形成されることをはじめて見出した。この現象は、従来の半導体デバイスにおけるフェルミレベルピニングでは説明できないことから、「界面ダイポール」が形成されることによってショットキー障壁高さの増大が起こったものと結論づけた。

第4章では「界面ダイポール」起源解明のため、「電荷不連続」と「格子不整合」の制御を行ったLSMO(x=0.4)/Nb:STOヘテロ接合におけるショットキー障壁高さおよびバンドダイアグラムを、その場放射光光電子分光測定によって決定した実験結果について論じている。その結果、LSMO(x=0.4)/TiO2 終端化Nb:STO ヘテロ接合では、界面ダイポールによるショットキー障壁高さの増大が見られたのに対し、SrO を一層挿入することにより極性を反転させたLSMO(x=0.4)/SrO 終端化Nb:STO ヘテロ接合では、理想値よりもショットキー障壁高さが低下することが明らかとなった。このことは終端面制御により、界面ダイポールによるショットキー障壁高さの変調方向が逆転することを示している。

一方、界面ダイポールは電荷不連続と格子不整合を有する組成において形成され、特にLSMO(x=0.4)において極大値を取ることが明らかとなった。格子不整合を持たないLSMO(x=0.1)、および電荷不連続を持たないLSMO(x=1.0)(SrMnO3)においては界面ダイポールが形成されないことから、ダイポールは界面1層で形成され、その大きさは電荷分離量Q と格子不整合による電荷分離距離d の積で表されるというコンデンサーモデルで説明できることを見出した。

第5章では、本論文の総括について述べられている。

本研究より得られた知見は、酸化物へテロ接合に基づくデバイス応用において、界面構造制御により望みのショットキー障壁高さを得られるといった設計指針を与えるものである。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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