学位論文要旨



No 124386
著者(漢字) 五十嵐,亮
著者(英字)
著者(カナ) イガラシ,リョウ
標題(和) 幾何学的フラストレーションを持つ古典系での特異な相転移
標題(洋) UNCONVENTIONAL PHASE TRANSITIONS IN CLASSICAL SYSTEMS WITH GEOMETRICAL FRUSTRATION
報告番号 124386
報告番号 甲24386
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5284号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川島,直輝
 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 教授 榊原,俊郎
 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 准教授 加藤,岳生
内容要旨 要旨を表示する

We investigate effects of geometrical frustration of a classical model in this thesis. A. 4-state ferromagnetic Potts model with a special type of frustration on a three dimensional diamond lattice has been proposed as a minimum model for explaining the strange structural phase transition observed in β-pyrochlore KOs2O6. We find that the model undergoes unconventional phase transition; the half of the spins order in a two dimensional hexagonal-sheet-like structure, while the remaining half stay random. And the ordered sheets and the random sheets stack one after another.

The phase transition of the present model is of the first order, which is the same as in the KOs2O6 systems. However, experimentally no symmetry breaking change is observed. Nevertheless, this kind of unconventional phase transition is interesting from the statistical mechanical point of view, since various anomalous features can be observed in the low temperature phase. For example, there remains a residual entropy. These peculiar features give new interesting issues which is caused by geometrical frustration.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は特殊な相互作用をもつ離散自由度(4状態ポッツスピン)系に対して数値シミュレーションを用いて解析を行い,部分的秩序状態への1次転移を観測した結果を報告したものである.とくに秩序状態において,秩序化した部分としていない部分が空間的によく分離されるという一般的でない性質をもっていることが特徴になっている.

本論文は4章からなる.第1章では,本論文で研究の対象としている3次元ダイアモンド格子上の離散自由度モデルを考察する契機となった実験的研究が解説され,第2章ではそこから提案された過去の理論的モデルを概観し,第3章では解析に用いられた非ボルツマンサンプリング法に基づくモンテカルロシミュレーション法について述べられている.最後に第4章において計算結果が紹介され,そこから導かれる相転移と秩序状態の描像が議論されている.

まず,第1章ではβ-パイロクロア型超伝導体Kos2O6に関する過去の実験結果が解説され,この物質に含まれるK原子がOs-Oで構成される一種の「かご」に閉じ込められた特異な構造を持つこと,更に比熱と抵抗率に異常がみられる一次転移が観測されており,この転移温度が外部磁場に弱くしか依存しないことなどが紹介されている.第2章では,この現象を理解するために,KunesとPickettによって提案されたモデルが紹介されている.すなわち,まずK原子間の相互作用を無視して1サイト問題と考えたときの低エネルギーにあらわれる4状態によって相互作用のある場合をも記述するという方針が述べられ,次に,相互作用の非対角成分が無視できると仮定して,一種の古典的4状態ポッツモデルを導いている.相互作用は強磁性的な項J1の他に,両端のスピンがともに2点間を結ぶベクトルと平行であるときにエネルギーを上げる項J2からなる.これは一種のフラストレーションである.フラストレーションが存在する場合にはモンテカルロシミュレーションなど数値的な手法による解析が一般には困難になるが,第3章ではこれを克服するための手法について述べられている.具体的には拡張アンサンブル法の一種であるwang-Landau法が解説されている.

第4章が本論文中のオリジナルな部分である.第4章で扱われるのはJ2を無限大とした極限とJ2/J1=10の場合の2つのケースである.単位胞512個,4096スピンからなる系のWang-Landau法によるモンテカルロシミュレーションを行い,エネルギー密度,比熱,エントロピーなどが温度の関数として精度よく計算されている.計算結果をみると,J2無限大,有限の場合ともに,J1のオーダーの有限温度でエネルギー密度に不連続な変化がみられ,これに対応して比熱はするどいピークをもっていることが観測された.これは1次転移を示唆するものであるが,さらに転移温度において,エネルギーのヒストグラムを計算した結果,1次転移の明らかな特徴である2ピーク構造が観測されている.さらにこの1次転移においては,モデルの回転対称性も同時に破れていることを明確に示す結果も得られている.また,J2が有限の場合にエントロピーを計算すると絶対零度での残留エントロピーがほぼlog 4/3であることを明らかにしている.一方,スナップショットやエネルギー密度などから,秩序状態はすべてのスピンが同じ向きを向いている秩序面と一見無秩序に見える無秩序面が交互に積み重なった構造であることが分かり,上記の残留エントロピーは無秩序面からの寄与であると推定している.

本論文で扱われたモデルの提案者であるKunesとPickettも計算を行っているが,論文提出者の計算に比べると小規模であるうえ,秩序相の性質や相転移の詳細が明白になるほどの規模・精度に渡る報告は行われていない.この理由は明らかではないが,フラストレーションからくる計算上の困難をwang-Landau法によって克服できているために本論文ではより大規模で系統的な計算が可能になったものと推測できる,自発的対称性の破れや転移温度の大きさなどに関しては,KOs2O6に関する実験事実を説明するには至っていないが,フラストレート系モデルにおける空間的に分離された形での部分的秩序化は現象自体として興味深く,将来他の研究を触発する可能性を持っている.また,関連物質において将来類似の転移が見つかる可能性も期待できる.

なお,本論文は指導教員の小形正男氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となってモデルを選び,数値的解析を行い,さらにその結果を考察したものであり,論文提出者の寄与が十分なものであると判断する.

以上によって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク