学位論文要旨



No 124390
著者(漢字) 穴田,貴康
著者(英字)
著者(カナ) アナダ,タカヤス
標題(和) 超高エネルギーガンマ線で発見されたパルサー星雲のX線による研究
標題(洋) An X-Ray Study of the Pulsar Wind Nebulae Discovered in the Very High Energy Gamma-Ray Band
報告番号 124390
報告番号 甲24390
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5288号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 吉越,貴紀
 東京大学 教授 高橋,忠幸
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 准教授 瀧田,正人
 東京大学 教授 坪野,公夫
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

宇宙線は宇宙空間を飛び交う高エネルギー放射線である。1912年にHessが気球実験により宇宙線を発見して以来、その加速機構、加速現場については未だ議論が続いている。銀河系内の加速現場としては超新星残骸において形成される強い衝撃波が有力な候補であると考えられ、knee(~10(15.5)eV)以下のエネルギーの宇宙線が説明できるのではないかと考えられているが、まだ明確にはなっていない。宇宙線の加速源の探索には超高エネルギー(VHE)ガンマ線(>100GeV)の観測が有効である。相対論的な速度にまで加速された陽子は周辺の原子核と衝突して中性パイ中間子を作り、その崩壊時にVHEガンマ線を放射する。一方相対論的電子は宇宙マイクロ波背景放射を逆コンプトン散乱し、VHEガンマ線を生成する。このような背景があり、VHEガンマ線の観測は近年急激に進んだ。

2004年以降、ナミビアにあるH.E.S.S.チェレンコフ望遠鏡によりVHEガンマ線帯域の銀河面探査が継続して行われている(図1:Aharonian et al.2005,Science,307,1938;Aharonian et al.2006,ApJ,636 777)。その結果、銀河面近傍に沿って多数のガンマ線天体が発見された。その数は現在までにおよそ40個に上る。驚くことに、それらのうち大部分は他波長での対応天体が存在せず、精力的な探索が継続して行われている。そのうち16天体については放射源の近くにパルサーまたはパルサー星雲が見つかっているため、粒子加速現場としてパルサー星雲が近年世界の注目を集めている。VHEガンマ線帯の放射が高エネルギー電子によるマイクロ波背景放射の逆コンプトン散乱だとすると、加速された電子からはシンクロトロン放射によって電波から硬X線の電磁波が放射される。X線では銀河系全体が見渡せるため、VHEガンマ線未同定天体としてのパルサー星雲の観測にはX線が非常に有効である。パルサー星雲での粒子加速機構を明らかにするには系統的な解析が必要であるが、現状は個々の天体の解析にとどまっている。そこで我々は、そのガンマ線放射がパルサー星雲起源ではないかと思われている未同定天体について、その対応候補天体をX線観測データを用いて系統的に調べることによりパルサー星雲の総合的な性質を明らかにした。このような研究は世界で初めてである。

超高エネルギーガンマ線で発見されたパルサー星雲のX線観測による系統的な解析

我々はH.E.S.S.望遠鏡による銀河面探査で見つかったVHEガンマ線天体のうち、対応天体がパルサー星雲と考えられている16天体に着目した。VHEガンマ線源とパルサー星雲の関係を調べるには、個々のパルサー星雲の性質も詳細に調べる必要がある。そこで、そのうち2天体(HESS J1837-069、HESS J1809-193)については「すざく」で新たに観測を行い、詳細な解析を行った。他の14天体についてはチャンドラやニュートン等のアーカイブデータを解析した。また、比較としてVHEガンマ線が有意に検出されていないパルサー星雲を10天体解析した。

解析の一例として、我々が「すざく」で新たに観測したHESS J1837-069のX線イメージを図2に示す。TeV放射領域内に明るいX線源(AX J1838.0-0655)があることがわかる。この天体は数年に渡りX線の光度やスペクトルの形に変化がなく、さらにパルサーの証明であるX線パルスが検出された。この天体がパルサー星雲であることを初めて明確に示した(Anada et al.2008,arXiv:0810.3745)。

次に、VHEガンマ線で発見されたパルサー星雲の特徴を調べるため、パルサー星雲を特徴づける物理量(パルサーのspin-down luminosity、X線スペクトルのベキ)をH.E.S.S.望遠鏡で検出されていないパルサー星雲のそれと比較した。その結果、両者の間には統計的に有意な差が見られなかった。また、パルサーの年齢とX線の光度の相関にも違いがないことが分かった。更に、VHEガンマ線放射の重心とパルサー位置のオフセットからパルサーのkick velocityを見積もったところ、電波観測から決定された平均のkick velocityと大差ないことがわかった。これらの観測事実から、H.E.S.S.望遠鏡で検出されたパルサー星雲は、検出されていないパルサー星雲と物理学的な特徴に違いのない普通のパルサー星雲であることが分かった。

我々は非熱的X線放射の空間的な広がりを系統的に求めるため、パルサー周辺の2keV以上のイメージを作り、パルサーを含む領域の表面輝度の断面図を描いた。パルサー星雲からの放射はパルサー本体と薄く広がったパルサー星雲の2成分ある。「すざく」のイメージは明るいパルサーからのX線が望遠鏡の角度応答により半径1分角程度に広がってしまう。パルサー本体からのX線の影響を除くため、パルサーから半径1分角のX線は無視した。「すざく」と手法を揃えるため、空間分解能に優れたチャンドラ、ニュートンに関しても同じ幅の領域を無視した。裾の薄く広がった成分をガウシアンでフィッティングし、その幅の3σをパルサー星雲の広がりと定義した。

求めたX線の広がりをHESSチームの論文から引用したVHEガンマ線の広がりと比較した。VHEガンマ線の広がりの系統誤差はまだきちんと評価されていないものの、X線の広がりよりもVHEガンマ線の広がりの方が大きいという傾向が見られた(図3)。また、パルサーの年齢に対する放射領域の広がりをプロットすると、非熱的X線の放射領域もVHEガンマ線の放射領域も、パルサーの年齢とともに100kyr近くまで広がっていくことが判明した(図4)。パルサー星雲のX線放射域のサイズがパルサーの年齢にこのように依存していることを明らかにしたのは本研究が初めてである。

パルサー星雲の非熱的放射の広がりの解釈

パルサーからは電子、陽電子対から成る相対論的速度のパルサー風が噴き出している。パルサー風による圧力が外圧と釣り合う場所に衝撃波が生じる。その衝撃波面をtermination shockと呼ぶ。VHEガンマ線やX線を放射する高エネルギー粒子はその衝撃波面で加速されると考えられている。加速された粒子は、徐々に加速域から離れていくが、そのプロセスには2通りある。乱流磁場による拡散と移流による流れである。広がりのスケールをΔとすると、前者はΔ~(Kt)(1/2)、後者はΔ~Vadvtで表わせる。ここでKは拡散係数、Vadvは移流速度、tは加速後の経過時間である。

電子がシンクロトロン放射によりエネルギーを失うタイムスケールはτ(loss)=124(Ee/1TeV)(-1)(B/10μG)(-2)kyrである。ここで、Eeは電子のエネルギー、Bは磁場である。宇宙マイクロ波背景放射を逆コンプトン散乱し、1 TeVのVHEガンマ線を生成するのに必要な電子の平均エネルギーは約20TeV、一方シンクロトロン放射により2keVのX線を放射するのに必要な電子の平均エネルギーは100×(B/10μG)(-1/2)TeVである。従ってガンマ線を放出している電子よりもX線を放出している電子の方がエネルギーが高く、寿命τ(loss)が前者は数十kyrのオーダーであるのに対し、後者は数kyrでエネルギーを失ってしまう。本研究で対象としたパルサーの年齢は10kyrを超えたものが多い。すなわちガンマ線はパルサーが若い頃に加速された電子による放射を、X線は比較的最近加速された電子による放射を見ていることになる。これは、パルサー星雲のX線の光度はパルサーが年をとるにつれ減衰していく一方で、TeVガンマ線の光度はパルサーの年齢に依らずほぼ一定であるという観測事実ともconsistentである(Mattana et al.2008,arXiv:0811.0327)。

このことから、X線を放射するような高エネルギーの電子はシンクロトロン放射により急速にエネルギーを失い、長い時間をかけて広がれないため、空間的な広がりが抑えられていると考えられる。これによりVHEガンマ線のサイズよりもX線のサイズの方が小さいことが説明できる。ところがX線放射領域は電子の寿命である数kyrよりはるかに長い時間(~100kyr)広がり続けており、このシナリオに矛盾する。

時間とともにX線放射域が広がり続けるということは、拡散もしくは移流の度合いが時間とともに変わるということ、つまりtermination shockの性質が変わることを意味する。これを反映させるため、拡散係数Kと移流速度Vadvに時間変化を仮定した。拡散係数はK=ξ(rgc)/3と書ける。ここでξは磁場の乱流度の逆数(B/δB)2、rgは粒子のジャイロ半径である。一方移流速度はV(adv)→(σ/1+σ)c(r→∞)と書ける(Kennel & Coroniti, 1984, ApJ, 283, 694)。ここでσは粒子の巨視的な運動エネルギーの流れに対する磁気流体のエネルギーフラックスの比を表わす。このξとσは、年齢の若いCrabではそれぞれの値が1、0.003と求められている。この値を初期値としてξとσの時間発展を調べた。その結果、観測データを説明するには、ξもしくはσ(あるいは両方)が時間とともに大きくなり、~100kyrでは各々~200、~0.03になっていないといけないことが明らかになった。パルサーの年齢とともにξもしくはσが増大することは、以下のように解釈できる。パルサーの年齢とともにパルサー風の勢いが弱まり、乱流度が小さくなる、すなわちξは大きくなる。一方パルサー風の勢いが弱まると粒子の巨視的な運動エネルギーは小さくなり、σが大きくなると考えられる。この結果を図示すると図5のようになる。このようなパルサー星雲の進化を観測的に示した研究は世界でも類を見ない、全く新しいものである。

図1:H.E.S.S.望遠鏡による銀河面探査で得られたTeVガンマ線帯(1-10TeV)のイメージ。上段は銀経-10°-30°、下段は銀経310°-350°。

図2:「すざく」によるHESS J1837-069周辺のX線イメージ(0.4-10keV)。黄色の等高線はH.E.S.S.望遠鏡によるexcess map、十字はHESS天体の重心を表している。

図3:X線放射領域(2-10keV)の典型的な大きさとVHEガンマ線(1-10TeV)のそれの相関図。常に後者の方が大きくなっている。

図4:パルサーの年齢に対するX線放射領域の広がり(左)とVHEガンマ線放射領域の広がり(右)の相関図。

図5:パルサ山星雲の進化のシナリオ。上図はパルサーの年齢とともに拡散係数が大きくなっていくことを示し、下図は移流速度が大きくなっていくことを示している。両者のどちらか、あるいは両方がパルサー星雲で起きていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章は序論であり、本論文の動機と構成を示しでいる。第2章では本論文の背景である宇宙線物理学について概説し、また、主題であるパルサー及びパルサー星雲の物理についてまとめている。第3章では本論文で論じる観測データを取得した4つのX線観測衛星、「あすか」、「すざく」、「チャンドラ」、「ニュートン」に搭載した検出器の概要を述べ、それらの性能を比較している。第4章ではTeVガンマ線望遠鏡H.E.S.S.で観測された16個のTeVパルサー星雲に関するX線データの解析方法と結果を述べている。第5章では解析結果をまとめると共に、16個のパルサー星雲の性質に関する系統的な議論を展開し、第6章で結論を述べている。また、付録AではX線とTeVガンマ線の多波長スペクトルを用いた放射モデルの解釈について、付録Bではパルサー星雲のX線で見た空間的広がりの系統誤差について詳細な検討を述べている。

TeVガンマ線望遠鏡H.E.S.S.が2004年以降に行った銀河面探査において、およそ40個のTeVガンマ線天体が発見された。既知のものを含めた総計およそ80個のTeVガンマ線天体のうち16天体については、近傍にパルサーまたはパルサー星雲が存在する。本論文はこれら16天体についてX線観測データを集め、TeVガンマ線データ、パルサーの物理量と共に系統的な解析を初めて行い、TeVパルサー星雲の総合的な放射機構モデルを構築したものである。

論文提出者は上記16天体のうち2天体、HESS J1837-069、HESS J1809-193について「すざく」衛星で新たに観測を行い、データを詳細に解析した。その結果、HESS J1837-069のTeV放射領域内にある明るいX線源AXJ 1838.0-0655から70.5ミリ秒周期のX線パルスを検出し、この天体がパルサー星雲であることを明示した。他の14天体については「チャンドラ」衛星等のアーカイブデータを解析し、また、比較のためTeVガンマ線が検出されていないパルサー星雲10天体のX線データも解析した。パルサー星雲を特徴づける物理量を両サンプル間で比較したところ統計的に有意な差は認められず、従って、H.E.S.S.で検出されたTeVパルサー星雲は標準的なパルサー星雲であると結論づけている。

論文提出者は更に、16天体の非熱的X線放射(2keV以上)の空間的広がりを系統的に評価し、TeVガンマ線(1TeV以上)のそれと比較した。その結果、X線の広がりよりTeVガンマ線の広がりの方が大きいという傾向を得た。X線がシンクロトロン放射で、TeVガンマ線が宇宙背景放射の逆コンプトン散乱で生成されると仮定すると、前者の親の電子の方がエネルギーが高く、短命である(電子の寿命は、X線放射に寄与する電子の場合は数千年、TeVガンマ線の場合は数万年)。従って、X線の広がりがより若い電子の分布を反映しているという放射モデルで上記の傾向を説明できる。

また、論文提出者はパルサーの年齢に対する放射領域の広がりの変化を調べ、X線、TeVガンマ線の放射領域がパルサーの年齢と共に10万年近くまで広がっていく傾向を初めて明らかにした。特に、X線の広がりの時間発展は上記の短命な電子だけでは説明できないため、この傾向は電子の拡散あるいは移流の度合いが時間変化していることを示唆する極めて興味深い結果である。論文提出者はこのデータに拡散の場合は拡散係数、移流の場合は移流速度が時間と共に増大するモデルを適用し、いずれの場合においてもパルサー星雲の進化を説明することに成功した。

以上本論文は、H.E.S.S.で見つかったTeVパルサー星雲について新しいX線観測結果に基づき独創的な視点により多くの知見を提供しており、高エネルギー天体物理学において重要な貢献をもたらしている。

なお、本論文第4章のHESS J1837-069に関する研究は、海老沢研、堂谷忠靖、馬場彩との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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