学位論文要旨



No 124391
著者(漢字) 阿部,大介
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ダイスケ
標題(和) 新型密度依存有効相互作用とその不安定原子核への応用
標題(洋) New type of density-dependent effective interaction and its applications to exotic nuclei
報告番号 124391
報告番号 甲24391
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5289号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任准教授 板垣,直之
 東京大学 教授 酒井,秀行
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 准教授 上坂,智洋
内容要旨 要旨を表示する

近年の実験技術の進展により、多種多様な不安定原子核が生成可能になった。それに伴い安定核領域では観測されてこなかったエキゾティックな原子核の現象が確認されるようになってきた。それらの現象を説明する数々の理論が誕生し、原子核構造に対する理解は大いに深まりつつある。

そのような理論の中でも特に成功しているのが平均場理論である。原子核を構成する核子それぞれによって生じたポテンシャルの中を、核子は各自自由に運動するという描像をもつ平均場理論では、実験結果を再現するように現象論的に決定した有効相互作用によって核図表の広い範囲に渡り系統的な研究が可能である。

この論文の目的は、そのような平均場理論の枠組みの中で、従来の形式とは異なる新しい密度依存有効相互作用を提案し、その応用として不安定原子核の現象や特性について明らかにすることである。特に、最急降下法による粒子数射影されたHartree-Fock-Bogoliubov 法に基づき議論を行う。

Skyrme 型相互作用[1] やGogny 型相互作用[2] に代表される従来の密度依存有効相互作用は、これまで安定原子核を中心に多くの成功を収めてきた。デルタ関数とその微分項で構成され簡便さに特徴を持つSkyrme 型とガウシアンで構成された中心力を持つことで適切な対相関を実現出来るGogny 型は、非相対論的な平均場理論の範囲で数多くの研究成果を残している。

しかし、それら従来の相互作用では説明できない実験結果が蓄積されてきており、この事実は不安定原子核に対する正確な予言能力を期待できないことに繋がる。これには幾つかの理由が存在する。1 つには、Skyrme 型・Gogny 型双方ともに提案されてからすでに30 年近くも過ぎており、最近の理論研究を反映されていない部分が存在することである。例えば、従来の有効相互作用では、重陽子の四重極モーメントの説明において現れ、非常に基本的な相互作用でもあるテンソル力が含まれていない。また、両者ともにデルタ関数型のスピン軌道力を利用しているために、適切なアイソスピン依存性を取り込むことが不可能になっている。当時には数値計算上の制約により、極端に簡略化した形式を採用していることもあるが、現在の計算機の能力からしてそれはすでに時代遅れである。不安定原子核においてはアイソスピンは、安定原子核と比較して大きいことが多いので両者の効果は無視できない可能性がある。

もう1 つの理由としては、分数ベキの依存性を持つ密度依存力により病的な数値計算結果が生じることが挙げられる[3]。射影を行う際に、一般には複素数になりうる射影中の混合密度の分数ベキには不定性も生じることになり、これは整数ベキへ変更する強い動機付けとなる。しかし、そもそも分数ベキを使う理由は、整数ベキだと核物質の非圧縮率が非常に高くなってしまい、これを抑制し適切な値を得るためである。そのため整数ベキに戻るためには、核物質の幾つかの特徴について再現をあきらめるしかなくなる。

これらの弱点を克服するために、次のような特徴を持つ新型の密度依存有効相互作用を我々は提案する。第一に、適切な対相関を実現するために、中心力はGogny 型と同様にガウシアンで構成する。第二に、スピン軌道力もガウシアンにより構成し、デルタ型では実現出来なかったアイソスピン依存性を取り込む。これにより、幾つかの研究により示唆されているCa やPb におけるアイソトープ・シフト[4, 5] の再現を試みる。第三としては、さらに有限レンジのテンソル力を組み込む。従来の有効相互作用では説明できなかった実験結果が、多くの場合これだけで再現することが可能になり、非常に有用である。また、不安定原子核においては、スピン軌道力との競合も期待することが出来る。最後に、密度依存力の分数ベキを整数ベキに変更する。ただし、デルタ型関数からのガウシアンのような有限レンジ型への変更をしない。有限レンジへの変更は、さらに対相関の効果を考慮に入れる必要があり、議論を複雑になるのを防ぐためである。このような変更点を踏まえたうえで、パラメータは核物質の特性と閉殻原子核の結合エネルギーを再現できるように再設定する。

以上の特徴を持つ新しい四つの密度依存有効相互作用GT3a, GT3b, GT3c, GT3d を使って原子核の結合エネルギーや対相関エネルギーの振る舞いを調べてみる。すると従来の相互作用では見られなかった興味深い振る舞いを観察することが出来る。例えば、SnアイソトープやPb アイソトープの結合エネルギーを見ると、異なったアイソスピン依存性を反映して、パラメータを合わせるのに利用した原子核から離れるにつれて異なった振る舞いをする。これは、不安定原子核領域において結合エネルギーや中性子分離エネルギーの予言能力の違いを示唆するものである。またCa アイソトープでの陽子密度分布の変化をアイソスピン依存性が大きくなる範囲では実験結果を再現することが可能であり、これは他の研究による示唆と一致する。しかし、完全に実験結果を再現する極限では、他の物理量が大きく歪むことになり、全てをこれで説明できないことが判明した。

エネルギー準位への影響にに注目すると、Sb アイソトープにおける陽子h11=2 軌道とg7=2 軌道の間のエネルギーギャップの変化が最も顕著な違いを示した。実験結果[6] では、中性子の増加とともにギャップは広がる傾向にあるが、従来の相互作用では再現することが不可能であった。しかし、テンソル力を含めることによりその傾向と大きさをほぼ再現することが出来た。さらに中性子過剰領域での振舞いは大きく異なる。これはテンソル力以外にも中性子スキンの効果が現れるためであり、両者の競合は観察することが可能である。また同様のことがBi アイソトープの陽子i13=2 とh9=2 のエネルギーギャップでも観察することが出来て、新しく導入したテンソル力とスピン軌道力の重要性を確認出来る。

しかしながら、整数ベキを用いた結果では実験結果の再現があまり成功せず、この点に関しては未だ解決すべき問題点である。分数ベキの場合には、従来のSkyrme 型やGogny型の有効相互作用より一層現実的で便利な相互作用を組み立てることが出来たこととは対照的な結果である。射影法を行う場合には整数ベキが必要であることは変わりないので、このような状況を踏まえて、これから我々が行える解決策の1 つに、さらに多くの高次のベキ乗項を追加することである。これにより整数ベキ密度依存の信頼性ある結果を得られることが期待されるが、今回の我々の研究で行った球形核では、分数ベキでもそれほど深刻な病的計算結果を見ることはなかったので、変形核領域の計算を実行するまでに整数ベキでの計算は必要ないとも結論できる。

[1] J. S. Bell and T. H. R. Skyrme, Phil. Mag. 1 (1956) 1055.[2] J. F. Berger, M. Girod, and D. Gogny, Nucl. Phys. A 428 (1984) 23c.[3] M. Anguiano, J. L. Egido, and L. M. Robledo, Nucl. Phys. A 696 (2001) 467.[4] M. Anselment et al., Nucl. Phys. A 451 (1986) 471.[5] E. Caurier et al., Phys. Lett. B 522 (2001) 240.[6] J. P. Schiffer, et al., Phys. Rev. Lett. 92 (2004) 16.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、原子核の平均場理論、Skyrme力やGogny力を用いたHartree-Fock-Bogoliubov(HFB)計算のそれぞれの違いや特性についてごく簡潔に述べられている。第2章は論文提出者が論文の中で実行している、粒子数射影を施したHFB計算についての理論的方法論についてかなり細かくレビューされている。原子核には種種の模型が存在するが、軽い原子核から重い原子核に至るまでを統一的かつ微視的に記述するためには、今のところ平均場理論を用いるのがほとんど唯一の方法であり、HFBはその有力な手法である。ここでは、HFBにおける核子の一粒子状態の作成、準粒子への変換、self consistentな解法、粒子数射影など、HFB計算に必要な枠組みが丁寧に解説されている。第3章は、このようなHFB計算に用いる核子間有効相互作用の比較と新しい相互作用の提案である。原子核のHFB計算において最もスタンダードな相互作用はSkyrme力などδ関数的なものであり、これを用いることで原子核のエネルギーを密度汎関数として表すことが可能となる。しかしながらδ関数はゼロレンジであり、相互作用する核子がもつスピンやアイソスピンの組み合わせに制限がついてしまう。そのため、最近理論・実験共に大いなる進展をみせつつある中性子過剰核の構造分析においては、有限のレンジを持った、ガウス型などの相互作用を用いることが望まれる。ガウス型の相互作用として一般的なものにGogny力が存在しているが、Skyrme力やGogny力においては、原子核において極めて強いとされている原子核のテンソル相関(Tensor力)が、通常の中心力の中に繰りこまれている。東京大学の原子核理論グループでは、このテンソル部分をあらわに取り扱ったGogny力の提案をここ数年試みてきたが、今回の論文でGT3という相互作用のパラメータを新たに提案し、それを広い原子核領域へと適用している。GT3はさらにaからdまでの4つのパラメータセットに細分化されるが、bからdにおいては核力のスピン・軌道部分(spin-orbit力)を中心力同様に有限レンジへと拡張し、cとdにおいてはさらにそのアイソスピン依存性について提案を行っている。この点が理論として本論文の最もオリジナルな点である。新しい有効相互作用の作成は大変な作業であり、それを構築し妥当な結果を得るに至った論文提出者の功績を審査委員全員が評価した。

第4章が新しく提案した相互作用の原子核系への適用である(核物質に対する適用は前の章で行われている)。ここではO,Ca,Ni,Sn,Pbの同位体を取り上げ、物理量としては結合エネルギー、ペアリングギャップ、核半径、一粒子エネルギーなどを系統的に計算し、分析を試みている。特に、CaやPb同位体の結果の中性子数の依存性は、これまでの平均場理論で用いられる相互作用と比較して有意な進展がみられる。また、論文申請者の提案したパラメータセットの中でも、スピン・軌道力を有限レンジにした場合が最も実験との合いが良く、中性子過剰核を研究する上で相互作用のスピン・アイソスピン依存性の適切参取り扱いが重要であることを示している。この章の物理的議論は指導教官である大塚教授との共同研究に負う部分が大きいと考えられるが、計算コードの作成から結果の分析に至るまで、論文提出者の果たした役割は十分に大きいと評価し得る。同様のことは論文目録中に書かれたものについても言える。

第5章がまとめと結論である。これまで行ってきた結果のまとめと共に、論文提出者の考察が述べられている。そこで重要なのが、相互作用の密度依存性についてである。原子核系は結合エネルギーの飽和性という特徴的振る舞いを示し、核子密度の1/3乗に比例した有効斥力が実験を良く再現することが知られている。しかしながら、近年の粒子数射影を行ったHFB計算においては、密度の分数べきに比例した有効核力がしばしば破たんをきたすことが指摘されつつある。論文提出者らはこの問題を解決すべく、核力の密度依存性を密度の整数べきで展開する試みを行ってきた。その研究は本論文以降へと引き継がれていくこととなるが、同時に球形に近い原子核においては、密度の分数べきの相互作用もそれほど深刻な問題を引き起こさないことを結論している。この論文は研究は共同研究に基づいているが、本人の寄与が十分あり、博士号を授与するのに十分な内容であると審査員一致で判定した。

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