学位論文要旨



No 124396
著者(漢字) 岩田,圭弘
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,ヨシヒロ
標題(和) レーザー共鳴イオン化質量分析法と関連分野への応用
標題(洋) RESONANCE IONIZATION MASS SPECTROMETRY AND ITS APPLICATION TO RELATED FIELDS
報告番号 124396
報告番号 甲24396
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5294号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 後藤,彰
 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 教授 山本,明
 東京大学 准教授 長谷川,秀一
内容要旨 要旨を表示する

レーザー共鳴イオン化質量分析法(RIMS) はレーザー共鳴イオン化による元素の選択性と質量分析による同位体識別をセットにした微量元素分析手法であり、原子番号Z と質量数A を決定することで特定の原子のみを検出するものである。この方法では同重体による干渉が無いことから誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS) 等他の分析法に比べてS/N 比改善につながるとともに、加速器質量分析法(AMS) のような大掛かりな装置を必要とせず手軽に行える点で大きなメリットがある。

しかしながら、RIMS の研究はCa やSr の同位体分析など特定の分野に限られている。そのため、本論文において、半導体ウエハの表面汚染評価技術への応用を提案した。また、共鳴イオン化に線幅の狭いCW半導体レーザーを用いることで、原子の超微細構造観測への利用についても考察した。

これらを実証するため、実験では分析対象としてウエハ表面の代表的な金属不純物の一つであるカリウムを取り上げ、波長405nmの外部共振器型半導体レーザーと波長808nm高出力(ファイバー出力で約50W) レーザーを用いて共鳴イオン化を行い、四重極質量分析計(QMS) により質量分析を行った。試料には炭酸カリウム(K2CO3)を使い、700-900℃ 程度まで加熱して得られるカリウム原子ビームに対して、図1 に示すスキームを用いて共鳴イオン化を行った。図2 にカリウム同位体(39)K, (40)K, (41)K の4 2S(1/2) 基底状態の超微細構造を示す。

図3 に示す測定セットアップのもとRIMS 検出を行い、検出効率~10(-6) を得た。RIMS の特徴としてバックグラウンドを大幅に軽減できているため、既存の手法と比較して半導体ウエハの表面汚染評価への有用性が大きいと判断した。分析対象によって外部共振器型半導体レーザーの波長、もしくは波長可変幅の広いOPO レーザー等を使い分けることで、あらゆる元素の汚染評価に対応できると考えられる。RIMS を用いた表面汚染評価は、国際リニアコライダー(ILC) 用ニオブ超伝導空洞の加速電場向上のための表面不純物分析にも有効と考えられる。

また、共鳴励起用の405nmレーザー周波数をスキャンさせることでカリウム各同位体4s(1/2)基底状態の超微細構造を観測した(図4)。図4 で各同位体の共鳴イオン化シグナルの相対的な周波数のずれが405 nm 線における同位体シフトを示している。非対称ガウシアンによるfit も図示している。シミュレーションからスペクトルの非対称性は途中に挟んでいるオリフィスの軸からのずれに起因することが示された。超微細構造の分裂幅に文献値を用いて、405 nm 線における(40)K,(41)K 同位体シフト207±13 MHz, 451±10 MHz が得られた。前者については、著者の調査した限りこれまでに実測例はない。

図1: カリウム共鳴イオン化スキーム

図2: カリウム同位体(39)K, (40)K, (41)K の4 2S(1/2) 基底状態の超微細構造

図3: RIMS 測定セットアップ

図4: 405 nm レーザー周波数のスキャンによるカリウム各同位体4s(1/2) 基底状態の超微細構造測定(一例)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章とアペンディックスからなる。第1章はイントロダクションであり、本研究の主眼であるレーザー共鳴イオン化質量分析法(RIMS)の応用の現状について概観しながら、研究の動機および目的について述べている。第2章では、RIMSの原理と構成について一般的な説明を詳細に行い、高感度・高同位体分離度というRIMSの特徴について述べている。第3章では、本論文の2つの主題であるRIMSの半導体ウエハの表面汚染評価技術への応用および原子の超微細構造観測への利用における有用性について、他の手法と比較しながら述べている。第4章では、カリウム原子に対する共鳴イオン化確率および予想されるスペクトルについて計算機シミュレーションを行っている。第5章では、実験装置について詳述している。第6章でRIMSを用いたカリウム原子に対する予備実験について述べ、第7章ではその本実験で求めたRIMSシステムの全検出効率、同位体分離度等について詳細に議論している。第8章では、結論とRIMSの応用の可能性について述べている。アペンディックスでは、本研究のきっかけとなった原子炉ニュートリノ実験について述べて、本編の参考としている。

RIMSはレーザー共鳴イオン化による元素の選択性と質量分析による同位体識別をセットにした微量分析手法であり、特定の原子のみを検出するものである。この方法では同重体による干渉がないことから誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)等他の分析法に比べてS/N比改善につながるとともに、加速器質量分析法(AMS)のような大掛かりな装置を必要とせず手軽に行える点で大きなメリットがある。しかし、RIMSの研究はCaやSrの同位体分析など特定の基礎研究分野に限られている。そのため本研究では、このメリットを生かした半導体ウエハの表面汚染評価技術への応用を提案した。また、共鳴イオン化に線幅の狭いCW半導体レーザーを用いることで、原子の超微細構造観測への応用についても考察した。

これらを実証するため、実験では分析対象としてウエハ表面の代表的な金属不純物の一つであるカリウムを取り上げ、波長405 nmの外部共振型半導体レーザーと波長808 nm高出力レーザーを用いて共鳴イオン化を行い、四重極質量分析計(QMS)により質量分析を行った。その結果、検出効率 ~10(-6)、検出限界 ~4x108個を得、既存の手法のICP-MSに比べて2桁低い検出限界値が得られることがわかった。このことから、既存の手法と比較して半導体ウエハの表面汚染評価への有用性が大きいと判断した。他にも、国際リニアコライダー(ILC)用ニオブ超伝導空洞の加速電場向上のための表面不純物分析等にも有効と考えられる。また、共鳴励起用の405 nmレーザー周波数をスキャンさせることでカリウム各同位体4s1/2基底状態の超微細構造を観測し、405 nm線における(40)K,(41)K同位体シフト207±13 MHz, 451±10 MHzを得た。(40)Kに対する測定はこれまでに報告がなく今回初めて得られたものである。

RIMSという手法自体は新しいものではないが、本研究は実証実験によってRIMS装置システムの検出感度を実際に測定し既存の装置と比較検討することで表面汚染評価へのその有用性を示し、また存在度の非常に小さい同位体の超微細構造を観測するのに有効であることを示したという点で評価に値する。

本論文は箕輪 眞と井上慶純との共同研究であるが、RIMSの半導体ウエハの表面汚染評価技術への応用の提案は論文提出者が行ったものであり、その実証実験のための装置システムの設計・組立て、実験をするにあたっての計算機シミュレーション、データ取得や解析結果の検討も、共同研究者の協力を得ながら論文提出者が主体的に行ったものである。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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