学位論文要旨



No 124401
著者(漢字) 岸下,徹一
著者(英字)
著者(カナ) キシシタ,テツイチ
標題(和) X線を用いたガンマ線連星系における非熱的放射機構に関する研究
標題(洋) X-ray Investigation of Non-thermal Emission Processes in Gamma-ray Binaries
報告番号 124401
報告番号 甲24401
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5299号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,正樹
 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 准教授 上坂,友洋
 東京大学 講師 中澤,知洋
 東京大学 教授 須藤,靖
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

ガンマ線連星は、最近あいついで発見されたTeV ガンマ線で明るい銀河系内の天体であり、極めてコンパクトな宇宙の高エネルギー粒子加速器と目されている。X 線で輝く連星、X 線連星は、X 線天文学の初期から研究が盛んに行われてきた。X 線連星では、中性子星あるいはブラックホールに分類されるコンパクト天体が、通常の星と連星系を形成し、星風の一部がコンパクト天体に重力的に降着することで熱的に放射する成分でX 線放射が説明されてきた。ところが最近、このX 線連星の中から、LS5039、LS I+61 303、Cygnus X-1、PSR B1259-63 の4つの天体からTeV ガンマ線が検出され、これらはガンマ線連星と呼ばれるようになった。TeV ガンマ線放射は、連星系で10(12) eV ものエネルギーに達する粒子加速が起きていることを意味し、非熱的放射源を新しく要求する。

連星系における伴星が大質量星の場合、コンパクト天体の周りには、星表面からの放射による強い光子場が形成される。この光子が紫外から可視光に分布する場合、高エネルギーにまで加速された電子は、これらの光を逆コンプトン散乱(e± + γ → e'± + γ') で叩きあげることによってGeV/TeV ガンマ線を作り出すとともに、作り出された高エネルギーガンマ線はγγ → e+e- の過程により強く吸収を受ける。たとえ、電子加速(注入) レートが一定であったとしても、観測されるガンマ線は逆コンプトン散乱が持つ角度依存を反映して変動するはずであり、さらに、吸収の光子密度依存から、観測されるガンマ線フラックスは変動が予想される。ガンマ線連星は、連星系であるが故に、内在する加速器とその環境を観測的に探ることができる天体として、H.E.S.S. 望遠鏡によって初めてTeV ガンマ線フラックスが軌道周期と同期していることが発見されて以来、重要な位置を占めることとなった。

TeV ガンマ線を生み出す高エネルギー電子は磁場中でシンクロトロンX 線を放射する。X 線の帯域では光子場による吸収が効かないため、磁場と電子加速レートが一定であった場合は、X 線に変動は見られないはずである。また、ガンマ線とX 線の二つの領域で非熱的なスペクトルを比較することで、加速電子の性質と放射領域の磁場に制限を付けることが可能である。従ってX 線観測はガンマ線連星系を研究する上で非常に重要な役割を果たす。しかし、従来行われてきたX 線観測は、連星系の軌道周期に対して、非常に限られた期間の観測しか行われてこなかった上、高いエネルギーの電子からの放射を反映する硬X 線領域では、観測装置の感度が低く、スペクトルの観測すら十分に行われていない。

本研究では、X 線天文衛星「すざく」によるガンマ線連星系の観測的研究を行い、その放射機構の理解に迫ることを目的として、ガンマ線連星LS 5039 と、過去の観測からガンマ線連星の可能性が指摘されてきたCygnus X-3 の研究を行った。γ-γ 吸収反応によって生成された電子・陽電子対は、逆コンプトン散乱によってガンマ線を発生させるが、γ-γ 吸収の光学的厚さが大きい場合(τγγ ≫ 1) は、これらのガンマ線は再び吸収を受け、2 つの物理プロセスが連続的に起こる電磁カスケード反応が生じる。このカスケード反応は、従来の解析的なモデルでは扱うことが難しい。そこで我々は、ガンマ線光子の輸送過程を一つ一つ追うことが可能なモンテカルロ法にもとづくシミュレータを開発し、多波長的な解析を行った。

すざく衛星によるガンマ線連星LS5039 の観測と多波長的研究

2005 年7 月に打ち上げられた日本のX 線天文衛星「すざく」は、その広い観測帯域と高い検出感度に特徴を持つ。我々は、このすざく衛星を用いて3.9 日間のLS 5039 の連星周期を完全にカバーする、かつてない長期観測を実施した。LS5039 は銀河面に近いため、検出器固有のバックグランドの変動の他、銀河リッジ成分について定量的に解析を行い、最終的に1 keV から40 keV の硬X 線領域にいたるまでの光度曲線を初めて得る事ができた。図1(左) にすざく衛星で得られたX 線の光度曲線とH.E.S.S. 望遠鏡で得られたTeV ガンマ線の光度曲線を示す。2 つの異なるエネルギー帯域において光度曲線は驚くべき変動の類似性を示しており、TeV ガンマ線とX 線は共に伴星の周りをまわるコンパクト天体の軌道位置に従って変動し、正確な周期性を示していることが初めて明らかになった。われわれは、このような周期性が、定常的に得られるものであるかを調べるために、XMM-Newton、Chandra などのX 線天文衛星の観測結果の再解析を行い、フラックスと光子指数の軌道による変化は、過去の観測で得られた結果と10%以内で一致しており、LS 5039 の変動の周期性は非常に安定していることを見いだした。また、X 線連星系においてしばしば観測されてきた降着円盤の状態遷移やバースト現象は見られない

得られたスペクトルは単純なベキ関数で近似され、統計の範囲で70 keV までスペクトルの折れ曲がりは検出されない(図1(右))。また、低エネルギー側の吸収は、軌道による変化が観測されず、視線方向の吸収量で説明される。また、鉄輝線や降着円盤からの熱的放射成分は検出されなかった。X 線の強度は軌道周期の間に、約2.5 倍の範囲で変動し、TeV ガンマ線の約8 倍よりは小さい。スペクトルのベキ(Γ) は、軌道位置に応じて1.45 から1.60 と変化する。70 keV までの硬X 線領域で、軌道の各位相でスペクトルを決定したのは本結果が初めてである。スペクトルの形、およびその時間変動は、X 線が非熱的放射であること、さらにTeV ガンマ線と同一の放射起源であることを強く示唆する。X 線での放射を加速された電子からのシンクロトロン放射、TeV ガンマ線を同一分布の電子による伴星からの光子の叩き上げ(逆コンプトン散乱) と考えると、衝撃波加速の考え方から予想される分布(∝ γ-2e ) と一致することから、我々はX 線の放射起源をシンクロトロン放射と結論づけた。この場合、TeV ガンマ線に対するX 線の強度は、そのまま放射領域における磁場の強さを与え、1 ガウス以上と決定される。

TeV ガンマ線の変動と同時に、X 線放射の変動を、それぞれのスペクトルのベキと共に説明することは、従来の放射による加速電子のエネルギー損失(シンクロトロン放射、逆コンプトン散乱) を考慮するだけでは難しい。これは、1 ガウス以上の強磁場中では、シンクロトロン冷却によって、得られる逆コンプトン散乱のスペクトルが高エネルギーにまで伸び得ないためである。本研究において、非放射的な効果として断熱膨張によるエネルギー損失を導入することで、X 線とTeV ガンマ線のデータを良く説明できることがわかった(図2)。すざくのデータは、この断熱膨張によるエネルギー損失のタイムスケールに-1 s を要求する。断熱膨張によるエネルギー損失は、磁気流体力学的な効果と関連しており、通常、観測からその影響を認識することは難しい。しかしLS 5039 の系では、すざくの観測によって初めて、そのエネルギー損失率が軌道に従ってどのように変化していくかを見積もることが可能となった。これは冷却と加速の釣り合いからこの連星系における粒子加速のタイムスケールが-1 s であることを意味する。相対論的膨張を仮定すると、加速・放射領域は-10(11) cm と見積もることができる。我々の結果は、LS5039 における粒子加速が狭い領域で極めて効率的に生じていることを示す。

我々は、より定量的な解析を行うために、新たに開発したモンテカルロ法に基づく計算コードを用い、LS5039 のジオメトリとカスケード反応を考慮した計算を行った(図3)。その結果、1 TeV 以下のガンマ線に関しては、H.E.S.S. 望遠鏡で得られた光度曲線、および光子指数の軌道による変化が連星の軌道パラメータだけで決定付けられることが裏付けられた。1 TeV 以上のガンマ線は、カスケード反応を考慮した場合でも強いγ-γ 吸収の影響によって、H.E.S.S. 望遠鏡で得られた30 TeV まで伸びるガンマ線スペクトルを実現することは不可能であることがわかった。これは、放射領域がコンパクト天体から離れた場所で生じていることを示唆するものである。

Cygnus X-3 における放射領域への制限

Cygnus X-3 は相対論的電波ジェットを伴うX 線連星である。我々はすざく衛星を用いた観測を行い、その解析結果から、過去の観測でも確認されている、軌道に同期したX 線フラックスの変動が40 keV以上の硬X 線帯域では、見られないことを確認した。X 線スペクトルが黒体輻射とベキ関数(Γ~ 3)で表されることから、硬X 線帯域まで伸びるベキ関数の成分が、黒体輻射とは別の領域で放射されている可能性が強く示唆される。我々は、散乱の光学的視野を計算し、放射領域が伴星までの距離程度離れていれば、硬X 線フラックスの変動が見えなくなることを示した(図4)。加速が高エネルギーに及ぶ場合、発生するガンマ線は、伴星からの可視光だけでなく、黒体輻射のX 線によっても吸収される。本論文では、この吸収によってガンマ線がどのように検出されるかを計算し、GeV 帯域におけるフラックスが十分高ければ、最近打ち上げられたガンマ線観測衛星Fermi によって、Cygnus X-3 の連星軌道に制限が付けられることを示した。

まとめ

本研究では、ガンマ線連星およびその候補天体からLS5039 およびCygnus X-3 に着目し、その観測を行うとともに、多波長にわたる放射機構を議論した。特に、LS5039 においては、この天体が、これまで議論されてこなかった新しい「非熱的放射」のみで輝いている天体であることを示し、X 線から硬X線の変動は、断熱膨張によって引きおこされる事を示した。この天体では、加速が~ 1 秒という、極めて早いタイムスケールで加速が起こっていることが示される。モンテカルロ計算に基づく手法により、解析的には困難な、連星系のジオメトリや、カスケード反応を考慮した解析が可能となる。本研究で開発したモンテカルロシミュレータは、LS 5039 以外のガンマ線連星系においても適用でき、今後TeV望遠鏡やFermi 衛星によって発展するであろうガンマ線連星系の理解を進めるために有用である。

Figure 1: (左図) すざく衛星で検出されたLS 5039 の軌道周期に同期したX 線光度曲線(上図) およびH.E.S.S. 望遠鏡で得られたTeV ガンマ線の光度曲線(下図)。(右図)LS 5039 からのシンクロトロンX線スペクトルと検出器応答を考慮したベキ関数によるモデル。下は観測データとベキ関数モデルとの残差を表す。黒及び赤線はX 線CCD カメラであるXIS のデータ、青線はHXD-PIN のデータ。

Figure 2: (左図) 上段から断熱膨張によるエネルギー損失、モデルで予測されるX 線、TeV ガンマ線、GeV ガンマ線の光度曲線を示す。(右図) すざく衛星で得られたX 線とH.E.S.S. 望遠鏡によるTeV ガンマ線のスペクトル。曲線は加速電子からのシンクロトロン放射とガンマ線の吸収を考慮した逆コンプトン散乱による放射モデルを示す。青と赤はそれぞれ伴星に近い場合と遠い場合を示している。

Figure 3: モンテカルロ法を用いて、電磁カスケード反応を考慮した場合に予想されるGeV ガンマ線(上図)、TeV ガンマ線の光度曲線(下図)。

Figure 4: Cygnus X-3 におけるコンパクト天体近傍での物理状態。

審査要旨 要旨を表示する

初期質量が太陽の8倍以上の比較的重い恒星は、その進化の最後に重力崩壊型超新星爆発を起こす。これは恒星の中で作られた重元素を星間空間に解放するメカニズムとして、宇宙の進化を司る鍵となる現象であるだけでなく、ひいては我々自身の起源を与える存在として重要な研究対象である。この超新星爆発には、ニュートリノが本質的な役割を果たし、超新星1987Aからのニュートリノがカミオカンデによって観測され、ニュートリノ天文学が開かれたことは記憶に新しい。また最近ではガンマ線バーストのような高エネルギー天体現象との関係が示唆されている。

超新星爆発及びそれに付随した天体現象を理解するにあたり、それらの内部に存在する物質に関する知見を得ることは極めて重要であるが、その中の一つに、密度が核密度付近まで上がっていく際、原子核がいかにして一様核物質に融解していくのか、という問題がある。この問題について、Ravenhallや橋本らの先行研究において、原子核の表面エネルギーとクーロンエネルギーの競合によって、原子核の形状が球から棒(スパゲティ)、板(ラザニア)に変わり、さらには一様核物質中に棒状のバブル(アンチスパゲティ)、球状のバブル(チーズ)を持つような構造を経て、最終的に一様な核物質に至ることを指摘された。これらの構造はその形状から「原子核パスタ」もしくは「パスタ相」などと呼ばれている。その後パスタ相に関してさまざまな研究が行われてきたが、それらの研究は液滴模型やThomas-Fermiのような静的かつ原子核の形状を仮定した計算であり、パスタ相の動的な振る舞い、熱ゆらぎの取り扱い等、看過されてきた問題も多くあった。

これらの問題点を解決するために、本論文では上記のような静的な手法ではなく、有限温度における量子分子動力学法(QMD)と呼ばれる動的な手法を用いてパスタ相の研究を行っている。QMDは核子多体系を核子自由度から取り扱う動力学手法の一つであり、近似の妥当性や計算量の問題からパスタ相の研究に最適であると考えられるからである。

本論文は7章と付録4項からなり、各章の構成は以下の通りである。

第1章はイントロダクションであり、論文の構成がまとめられている。第2章は上述のような本研究の背景、特に原子核パスタについてその概要が論じられている。第3章はQMDの一般的な紹介であり、その要点が簡潔にまとめられている。第4章以降は本学位論文の主たる結果の記述に当てられている。

第4章ではまず、QMDをパスタ相の形成という具体的問題に適用するための定式化が行われている。その際、核力のモデルによる結果の相違を明らかにするため、2つの核力モデルに基づいた定式化を行っている。そして、2つのモデルに基づいて有限温度におけるQMD計算を行った結果、パスタ相が存在する領域は、非対称核物質の飽和密度、低密度における中性子物質のエネルギー、そして標準核密度以下における対称エネルギーの大きさによって決まることを示した。さらに、これらの三つの量が、飽和密度における中性子物質のエネルギーの密度微分として知られる対称エネルギーの密度依存性パラメータの不定性ただ一つによって統一的に記述されることを発見した。

第5章では、実際の超新星爆発において起こるように、収縮によって密度が上昇していく際に、体心立方格子(BCC)からいかにして非常に長い棒状原子核の六方格子になるかを、QMDを用いて球状原子核のBCCを圧縮していくことによって解析した。従来、この変化を引き起こすのは球状原子核のクーロン力が大きくなることによる原子核変形であると考えられていたが、本研究の結果、相転移をトリガーするものは、原子核どうしの核力によるBCCの対称性の破れであることが明らかになった。

第6章は、前章の結果を超新星爆発におけるニュートリノの透過率に適用した際、いかなる結論が得られるかをまとめたものである。結果として、パスタ相が存在することによって基本的には低エネルギー側のニュートリノの散乱断面積が大幅に減少し、逆に高エネルギー側のニュートリノの散乱断面積は上昇することを見出した0この結果は残念ながら超新星爆発をより起こりにくくするものである。

第7章は本論文全体のまとめである。

本論文の主要な内容は既に共著論文として学術雑誌に掲載されているが、本委員会は、各研究において学位申請者が主要な役割を果たしていることを確認した。さらに、本学博士に相応しい学識を持っているかを口頭にて試問したが、その結果審査員全員一致にて合格と認定した。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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