学位論文要旨



No 124402
著者(漢字) 北口,貴雄
著者(英字)
著者(カナ) キタグチ,タカオ
標題(和) 「すざく」による太陽フレアおよび大気からの高エネルギー中性子の観測
標題(洋) Suzaku Studies of Energetic Neutrons from a Solar Flare and the Atmosphere
報告番号 124402
報告番号 甲24402
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5300号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 准教授 山室,修
 東京大学 准教授 横山,央明
内容要旨 要旨を表示する

宇宙線加速に代表される非熱的なエネルギー解放メカニズムの解明は、宇宙物理学のメインテーマである。実際に非熱的なスペクトルを持つ宇宙線や、加速電子から放射される電波からガンマ線領域までおよぶ光子が、詳細に観測されてきた。特に光子は荷電粒子と違い、電気的に中性なため銀河間磁場と相互作用せずに、地球まで直接に飛来する。そして加速された場所での情報を直接に得ることができるので、それら光子を生成した電子の加速メカニズムを知る重要なプローブを担ってきた。一方で陽子は電子に比べて微々たる光子しか放射しないので、陽子加速メカニズムの観測的理解はまだ不十分である。陽子加速を探る別の切り口として、加速陽子と原子核との衝突で生成される2次中性子を用いる方法が考えられるが、中性子は約15分の寿命で崩壊してしまい、さらに物質とあまり相互作用しないので、その検出は光子と比べるときわめて難しい。数ある加速現象の中で、太陽フレアは中性子を検出できうる唯一の加速サイトであり、これまで地上での中性子モニタを用いて、約10例の検出が報告されている。しかしこの観測結果はそれぞれの個性が強く、共通した特徴はまだ得られていない。

「すざく」は日本の第5番目の宇宙X線観測衛星で、2005年7Hに鹿児島県から打ち上げられた。「すざく」には宇宙での非熱的現象を解明するべく、X線CCDカメラ(XIS)と硬X線検出器(HXD)が搭載されていて、0.2-600keVという広帯域かつ、検出器のバックグラウンドを可能な限り下げることで高感度を実現している。特にHXDは、井戸型のアクティブシールドの奥底に主検出器であるシリコンPIN型半導体を置くことで、従来の硬X線装置の1桁下のバックグラウンドを、軌道上で達成した。それでもなお、バックグラウンドにはCut-Off Rigidityに連動して、2倍程度の変動が残った。この変動は、HXDのバックグラウンドには一次宇宙線の影響が及んでいることを示している。

論文前半では、この原因不明のバックグラウンド変動を理解するために、モンテカルロ法を駆使し、さまざまな宇宙放射線を「すざく」衛星マスモデルに照射して、その応答をシミュレートした。その結果、極限まで切り詰めたHXDのバックグラウンドの正体は、宇宙線と地球大気との相互作用で生成された2次中性子であることを発見した。このシミュレーション結果により、中性子は主検出器内部のシリコン原子核に弾性散乱し、そして散乱したシリコン核の電離損失により、X線と区別のできない信号になることがわかった。「すざく」は太陽を観測することができないが、物質と相互作用をあまりしない中性子は、周囲のシールドを貫いて、主検出器まで到達することができる。そこで論文後半では、HXDの中性子感度を逆手にとり、太陽フレアに伴って生成された中性子を検出するという、半導体を用いた新しい観測方法に挑戦した。

「すざく」の観測データの中から、Xクラスのフレア(太陽X線フラックスが10(-4)W/m2を超える巨大なフレア)の起きた時間帯をすべて抜き出し、フレアに同期した有意な増光があるか調べあげた。その結果、図1に示したように、2006年12月5日に発生したX9クラスのフレアに伴って、「すざく」の搭載機器はすべて増光を示し、HXDでは最大で20cpsの信号を検出していることがわかった。この時、「すざく」の視野は昼側の地球を向いていて、その視野の中に夜側の地球が入ってくると、カウントレートは下がっていった[図1の時間帯(c)]。このことから、時間帯(b)および(c)の増光は、太陽X線が地球大気で散乱されたものであると推測される。より詳しいスペクトルおよびイメージ解析でも、この推測を示唆する結果が得られた。一方で、「すざく」の視野すべてが夜側の地球になった時間帯(d)でも、HXDには3cpsのカウントレートが残っていて、それらは、衛星が日陰に入る時間帯(e)と同時に不連続に落ち、普段のバックグラウンドレートに戻った。このことから、時間帯(d)の信号は確実に太陽起因のものであることがわかった。図2は、時間帯(d)のXISおよびHXDのスペクトルを描いたものである。XISのスペクトルに太陽由来の高階電離した鉄輝線および衛星物質由来の中性アルミニウム輝線は見られるが、大気元素からの輝線がないことから、確かに大気散乱は効いていないことがわかった。さらに、3keV以下が強く吸収されていることから、太陽X線が衛星表面を通過し、その際に低エネルギー光子は吸収され、高エネルギー光子は衛星物質で散乱してXISにまで届いたものと推測できる。つまり、太陽X線の衛星による散乱が無視できないことを意味する。同様にHXDにも衛星散乱X線の寄与は無視できないと考えられる。そのため、モンテカルロ法を使用し、RHESSIai星の観測データから得たスペクトルモデルを「すざく」マスモデルに照射し、HXDの応答を調べた。その結果、14keV以上のスペクトルは再現できたが、それ以下ではまだ説明できない信号が残った。この残差は、入力スペクトルおよび衛星マスモデルの不定性を考慮すれば、説明できる可能性もあるが、太陽フレアで生成された中性子も、有力な候補となる。

この14keV以下で説明できない信号が、中性子によって生じるか調べるために、再びモンテカルロ法を用いて、高速中性子と「すざく」および地球大気の相互作用をシミュレートした。その結果、直接に衛星構体に入ってきた太陽フレア中性子は、HXDの信号に十分に寄与し、一方で大気と相互作用して生成された2次中性子は、無視できるほど小さいことがわかった。しかし、どちらのスペクトルも、観測したものに比べてかなりハードとなり、検出信号を説明することはできなかった。

以上により、構築したシミュレータを用いて、X線および中性子を衛星マスモデルに照射し、その応答を詳しく見てきたが、HXDの検出信号を完全には説明することができなかった。それでも得られた中性子スペクトルがハードになることを利用して、ソフトな散乱X線およびHXDバックグラウンドの両方が弱くなる高エネルギー側で、太陽フレア中性子の上限フラックスを求めると、地球大気上空で0.3neutrons/s/cm2となり、地上中性子モニタから求めた上限値の半分になった。したがって、「すざく」は地上モニタに劣らない中性子検出感度を持っていることが証明された。また100MeV以下の中性子は、地球大気によりひじょうに強く減衰されることが知られている。「すざく」は太陽からの中性子を直接に測ることができるので、特に100MeV以下の中性子に対して検出効率が高く、地上モニタと違ったユニークな観測ができることがわかった。実際に過去の検出例を基に「すざく」の模擬観測を行うと、図3のように5σを越える有意性で中性子を検出できることを示した。これから太陽活動が活発になるにつれて、巨大フレアも起きやすくなるので、「すざく」HXDは近い将来に確実に太陽中性子を検出し、陽子加速に対して新たな知見をもたらすことが期待される。

図1.「すざく」およびGOES衛星によるX線ライトカーブ。青がHXD、赤がXIS、水色がWAM、緑色がGOES-12のカウントレートを表す。

図2.図1の時間帯(d)から作成したXIS(赤)およびHXD(青)のスペクトル。それぞれのバックグラウンドを灰色で示している。

図3.2005/09/07に起きたX17太陽フレアからの中性子を、HXDで観測した時の予想スペクトル(赤)。比較のため、HXDの典型的なバックグラウンド(黒)も示してある。仮定した中性子パラメータは、地上での観測値(Watanabe+06)を参照した。

審査要旨 要旨を表示する

相対的速度の高エネルギー荷電粒子を作り出す粒子加速現象は、宇宙の様々なサイトに様々な規模で存在し、宇宙の重要な活動性の一つである。太陽表面ではフレアーに伴って10(22-25)Jの巨大なエネルギーが粒子加速に使われる。太陽は最も近距離にある恒星であるのでこれは粒子加速の観測的研究の重要な機会である。太陽フレアーに伴って放出されるX線の「ようこう」衛星等による観測によって、磁気リコネクションによるエネルギー放出から粒子加速・X線放射に至る過程の理解がすすんできた。X線観測が見ているのは電子であるが、フレアーでは陽子も同時に加速されている。これは核ガンマ線の観測から示唆されるが、陽子加速の理解はあまり進んでいない。加速された陽子の一部は惑星間空間に放出され、その一部は地球近傍でも観測されている。しかし、陽子フラックスやエネルギースペクトルは惑星空間磁場に大きく影響され、地球近傍の観測から加速サイトでの陽子スペクトルを推定する事は困難である。これに対してβdecayせずに到達した中性子は磁場の影響を受けないので加速サイトでの中性子スペクトル、さらにはそれを生成した陽子のスペクトルを保存していると考えられる。このような動機から太陽フレアーに伴う中性子を検出する試みが行われてきた。しかし、これまでのところ、SMM衛星による5例、地上の中性子モニター装置による約10例の報告があるのみで、統計的な議論を行うには全く数が不足している。

X線天文衛星「すざく」に搭載された硬X線検出器(HXD)は、徹底したアクティブシールドにより荷電粒子による非X線バックグラウンド(NXB)を極限まで小さくした検出器である。本論文で論文提出者は、まず、モンテカルロシミュレーションを用いてHXDのNXBとして残っているカウントの大多数が、宇宙線により生成された大気中性子であることを明らかにした。この成果をもとに、HXDを用いて太陽フレアーに伴う中性子を検出する可能性を検討した。HXDの視野は太陽方向を向いていないが、太陽フレアーに伴って放出される強力なX線は、地球大気や衛星内で散乱してHXDに信号を作り出す。前者の強度は、HXDの視野方向の太陽X線に照らされた地球大気の柱密度に比例し、それは衛星の軌道運動に伴って変化するので、適当な観測時間帯のみを観測データとして用いる事で避ける事ができる。論文提出者は、モンテカルロシミュレーションを用いて、衛星内およびHXD検出器自身で散乱した太陽フレアーX線がHXDでどのように観測されるかを詳細に調べた。次に、太陽フレアー中性子が大気および衛星内で散乱されながらHXD検出器な信号を作り出すかを、同様にモンテカルロシミュレーションにより調べた。その結果、X線は高いエネルギーでexponential的にdecayするソフトなスペクトルとして観測されるのに対して、中性子は加速サイトでのスペクトルにほとんどよらずに、フラットなハードなスペクトルの信号を作り出すことがわかった。従って、高エネルギー側で中性子の放射が卓越し、X線と中性子の信号を明確に分離できる可能性が高い。

論文提出者は、このようなシミュレーションを2006年12月5日におきたX9クラスのフレアーのデータに適応した。HXDは、12-20keVに明確な信号を検出した。12-14keVについては太陽X線スペクトルに不確定性があるが、14-20keVについては、絶対強度、スペクトルともに衛星内で散乱した太陽X線によりよく説明できた。20keV以上には、NXBの不確定性に比べて有意な信号は存在しなかったが、これを用いて地球大気上空での中性子量のupper limitとして0.3neutrons s(-1) cm(-2)を得た。これは地上の中性子モニターと同等の感度である。

本論文は8章からなる。第1章ではイントロダクションとして論文全体の流れを記述し,2章でこれまでの太陽フレアーの観測と理解、さらに中性子の相互作用をレビューしている。3章では、本論文で用いた観測装置であるすざく衛星について、HXDを中心に記述している。第4章ではHXDの軌道上でのNXBについてモンテカルロシミュレーションを行い、その起源が大気中性子であることを初めて明らかにした。第5章では、太陽フレアーの観測データのデータ処理について延べ、第6章はHXDの信号の時間変化、スペクトルを示し、X線散乱と中性子のシミュレーションと比較し、太陽中性子フラックスの上限を求めた。最後の第7章では、得られた結果について地上観測との比較を含めて議論し、将来の観測の可能性を検討した。

これまでは太陽活動が低かったこと、2006年半ばまでHXDのパラメータ設定が太陽フレアー観測に適していなかったことから、本解析を適応可能な太陽フレアーデータは1つしかなかった。今後は太陽の活動度が増大するので、多くの太陽フレアーについて、中性子を検出したり、意味のあるupper limitが得られることが期待される。実際に、あるフレアーについて地上モニターから推定された中性子フラックスを仮定しシミュレーションを行うと、5シグマの有意性で中性子が検出されることが示された。

以上、本論文は太陽フレアー中性子を高い感度で検出する新しい観測手段を確立した。今後「すざく」衛星が太陽活動期に観測を続けることによって、これまでの全観測数を凌駕する数の観測が期待される。さらに本成果は将来のX線天文衛星にも適応可能である。したがって、本論文は今後のハドロン加速の観測的研究に大きく貢献する、新規かつ意義の大きな研究であり、博士(理学)の学位に相応しいものである。

また、本論文の研究は、牧島教授、中澤講師との共同研究であるが、すざく衛星のデータ処理、X線および中性子のシミュレーション計算、得られた結果の解釈にいたるまで、論文提出者が主体となって行ったことを確認している。このため、論文提出者の主体性と寄与は博士論文として認めるのに十分であると判断する。

したがって、本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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