学位論文要旨



No 124407
著者(漢字) 佐野,浩孝
著者(英字)
著者(カナ) サノ,ヒロタカ
標題(和) メゾスコピック超伝導体における渦糸状態
標題(洋) Vortex States in Mesoscopic Superconductors
報告番号 124407
報告番号 甲24407
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5305号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,寛
 東京大学 准教授 久保田,実
 東京大学 准教授 川島,直樹
 東京大学 准教授 為ヶ井,強
 東京大学 准教授 長田,俊人
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、メゾスコピック超伝導体において実現する新奇な渦糸状態について調べた研究について報告するものである。

第2 種超伝導体に磁場をかけると、その内部に渦糸が生成される。渦糸同士の間にはLorentz力に起因する反発力が働くので、超伝導体が十分大きい場合、渦糸はabrikosov格子と呼ばれる三角格子を組む。しかし超伝導体が渦糸の大きさと同程度の大きさの構造を持つ場合には、試料端からも反発力を受けるため、試料形状を反映した特有の渦糸状態が実現すると言われている。そのような超伝導体を一般にメゾスコピック超伝導体と呼ぶ。「メゾスコピック」とは、「ミクロ」と「マクロ」の中間的な大きさ、つまり系の物理的性質を特徴付ける長さスケールと同程度の大きさ、という意味である。超伝導体の場合で言えば、渦糸の大きさ、より具体的にはコヒーレンス長δ や磁場侵入長がその長さスケールに相当する。本研究の目的は、そのようなメゾスコピック超伝導体において実現する新奇渦糸状態ついて実験的に調べることである。本研究では特に、メゾスコピック超伝導体として「幅δ 程度の細線からなる超伝導ネットワーク」と「大きさδ 程度の微小超伝導体」のδ つの構造に着目し、そこでの渦糸状態について調べた。

超伝導ネットワークの相転移は、オーダーパラメータの振幅がゼロから有限になる平均場的相転移とオーダーパラメータの位相が揃う相転移に分けて考えることができる。本研究では特に渦糸充填率α=1/2 における位相の相転移について調べた。α=1/2の超伝導ネットワークは理論的にはFully Frustrated XY (FFXY)モデルで記述され[1].その最大の特徴は基底状態での渦糸配置が 重に縮退している点にある。FFXYモデルにおいては、図(A)の(i)ようなモデル本来の渦対の励起に加えてXY重縮退に起因する図(A)の(ii)のような反位相ドメインの励起が存在し.この2種類の励起の競合がFFXYモデルの相転移を複雑なものにしている。理論的には、まずドメイン境界に図1(A)の(iii)のようなキンクが発生し、それが周囲の位相秩序を乱すことで渦対の励起に関する 転移を引き起こす、というキンク誘起転移と呼ぶべき描像によって理解されている[2]。しかし、その実験的な検証は全くおこなわれていない。

図1(B)のように超伝導ネットワーク上に微小な強磁性体ドットを配置すると,そこからの漏れ磁場により超伝導ネットワークにチェッカーボード型の空間変調磁場が導入され,渦糸配置の2重縮退を解くことができる.本研究では,空間変調磁場の導入に伴うa = 1/2での相転移の変化について調べることで,FFXYモデルの相転移において反位相ドメインの果たす役割を明らかにすることを目指した.ただ,そもそも空間変調磁場下の超伝導ネットワークについての実験自体これまでほとんどおこなわれていない.そこで,位相の相転移についての実験に先立って,まず空間変調磁場による平均場的相転移の変化を調べた.超伝導ネットワークの平均場的相転移温度八mは磁場に対してLittle-Parks振動(LPO)と呼ばれる周期的な振動を示す[3j.図2(A)の実線は,このLPOの空間変調磁場による変化を示したものである.理論計算から得られた結果(点線)と非常に良く一致している.

続いて,位相の相転移について調べるため,電流電圧特性の測定をおこなった.図2(B)は,電流電圧特性のべき指数の温度依存性の空間変調磁場による変化を示したものである.ただし,図中のβは強磁性体による渦糸充填率の空間変調成分である.観測された変化のうち,転移温度の変化についは強磁性体による渦糸充填率の空間変調成分である。観測された変化のうち、転移温度の変化については空間変調磁場によってドメインの励起が抑制されることによる変化と考えることで理解できた。一方、転移温度より低温でのべき指数はキンク誘起転移の描像から期待される振る舞いから外れていた。この差異に関しては、渦糸がドメインに引き寄せられること、及びそのためにドメイン周囲で位相の相関が他の領域よりも弱くなることを仮定すれば、キンク誘起転移の描像で説明できることがわかった。

一方、微小超伝導体については、渦糸配置の実験的な観測を目的とした研究が近年盛んにおこなわれている。微小超伝導体中に侵入した渦糸は試料の形状の持つ対称性に合わせた配置をとるが、特に正方形のように離散的な回転対称性を持つ形状の試料においては、その回転対称性と渦糸の本数との折り合いがつかない状況が生じる。このような場合には、自発的に渦糸と反渦糸の対を生成して対称性に合わせた渦糸配置をとると言われている。しかし、現在に至るまでこの反渦糸を実験的に観測した例はない。

そこで本研究では,微小正方形試料における反渦糸の実験的観測を目指した.反渦糸の観測のためには局所的な磁場を測定する必要があるが,本研究ではその手法としてHall magnetometry を用いた[5]. Hall magnetometry は,主に半導体の2次元電子ガス(2DEG)基板から作製した微小Hall素子上に試料を作製し,試料直下での局所磁場の変化をHall抵抗の変化として測定するものである.本研究では,図3(A丿こ示したようにHall素子の端子を細かく分割した多端子Hall cross を用いることでHall素子内部での磁場の空間変化を調べた.また,試料としては図3に示したように正方形の4隅に微細孔をあけたものを用いた.このように4隅に微細孔をあけることで,反渦糸を安定化すると共に反渦糸と周囲の渦糸との距離も大きくなると期待される[6].

図4は,渦糸からの磁場の空間分布が渦糸状態の変化に伴って変わっていく様子を示したもので,緑色の濃い領域ほど磁場が強いことを表している.また,矢印に添えてあるグラフはその前後の状態回での磁場の変化量の分布であり,青は外部磁場の増加とともに渦糸からの磁場が増加したことを,赤は減少したことを,それぞれ表している.この磁場の変化量の分布をもとに,青が濃い領域に新たに渦糸が入り,赤が濃い領域からは渦糸が出ていったと考えると,渦糸のないMeissner状態から順に渦糸の配置を決定していくことができる.図中の黒丸はそのようにして決定した各状態での渦糸のに渦糸の配置を決定していくことができる。図中の黒丸はそのようにして決定した各状態での渦糸の配置である。まず4隅の微細孔に渦糸が入り、その後、中央付近に渦糸が入っていく様子がわかる。また、試料に入っている渦糸が% 本のときと4 本のときに渦糸が並び替わる様子も観測された。ただし、理論計算によって予言されている反渦糸の生成は観測されなかった。

[1]S. Teitel and C. Jayaprakash, Phys. Rev. B, 27, 598 (1983).[2]S. E. KGrshunov, Phys. Rev Lett, 88, 167007 (2002).[3]B. Pannetier, J. Chaussy, R. Rammal, and J. C. Villegier, Phys. Rev.Lett., 53, 1845 (1984).[4]L. F. Chibotaru, A. Ceulemans, V. Bruyndoncx, and v. V. Moshchalkov, Nature, 408, 833 (2000)・[5]A. K. Geim, S. V. Dubonos, J. G. S. Lok, I. V. Grigorieva, J. C. Maaii, L. T. Hansen, and P. E.Lindelof, Appl. Phys.Lett, 71, 2379 (1997).[6]R. Geurts, M. V. Milosevic, and F. M. Peeters, Phys. Rev.Lett, 97, 137002 (2006).

図1:(A)FFXYモデルにおける励起バi)渦対,(ii)反位相ドメイン,(m)キング対.(B)超伝導ネットワークの試料の電子線顕微鏡写真.白い格子がA1の超伝導ネットワーク.明るく見えているのがCoの強磁性体ドット.

図2:(A)空間変調磁場の導入に伴うLPOの変化.実線が実験結果で,点線はそれに対する理論計算のフィッティング(B)空間変調磁場を変化させたときのa = 1/2での電流電圧特性のべき指数の温度依存性の変化.べき指数の算出の際の誤差も併せて示してある.

図3:微小超伝導体試料・ (A)試料の模式図.縦横3組ずつの端子を備えた多端子Hall cross上に微小超伝導体を作製した.端子対L,C,Rを電流端子として,端子対T,M,Bを電圧端子としてそれぞれ用いたバB)試料の電子線顕微鏡写真.超伝導体の材質はA1.基板はGaAs/AlGaAs 2DEG基板で,細い溝はウェットエッチングにより削った部分.

図4 微小超伝導体内での渦糸状態の変化に伴う磁場の空間分布の変化。緑色の濃さが各領域での磁場の強さを表している。各状態での渦糸の配置を黒丸で示す。矢印に添えたグラフは矢印の前後での磁場の変化量の分布を表しており、青が増加、赤が減少を表す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全5章からなる。第1章は序論であり、第2章では超伝導薄膜とメゾスコピックサイズの構造をもつ超伝導ネットワークにおける相転移と渦糸状態が解説されている。第3章および第4章が本論文のオリジナルな研究成果で、第5章は結論である。

超伝導を特徴付ける長さスケールとして、秩序変数の振幅が空間変化するコヒーレンス長δと、磁束密度の侵入が遮蔽される磁場侵入長γの二種類ある。例えば、磁場中第2種超伝導体に生成される渦糸周りにもこれらが特徴的に現れる。渦糸間には反発力が働くので、超伝導体が十分大きい場合、その配置は三角格子となり、1本の渦糸が担う磁束は量子化される。一方、厚みがδより十分小さい超伝導薄膜や、δやγと同程度かそれより小さいメゾスコピックサイズの構造をもつ超伝導ネットワークでは、秩序変数の振幅がゼロから有限となる平均場的相転移温度よりも有意に低い温度で、位相が有限となり超伝導転移する。これはBerezinskii-Kosterlitz-Thouless(BKT)転移と呼ばれ、渦糸-反渦糸からなる渦対の束縛・乖離が協力的に起こるトポロジカル相転移である。特に、渦糸充填率α(単位胞あたりの渦糸本数)が1/2のネットワークの相転移は興味深く、渦糸配置は基底状態で2重縮退しているのでFully Frustrated XY(FFXY)モデルと呼ばれる。そこでは渦対励起(XYスピン型自由度)と反位相ドメイン励起(イジングスピン型自由度)が拮抗し、ドメイン境界に発生した渦対(キンク対)が位相の相転移温度(T(ph))を決めることが理論的に提唱されている(キンク誘起BKT転移)。

第3章に詳述されているように、本研究では、メゾスコピック超伝導ネットワークに空間変調磁場を導入して、FFXYモデルにおける反位相ドメインの役割を調べた。試料は、Si基盤上に500 × 500 nm2の大きさの単位胞を300 × 300個配列したAlの細線ネットワークで、その上にCo強磁性体ドットが交替配置されている。横磁場で強磁性体ドットを磁化してその漏れ磁場でネットワークにチェッカーボード型の空間変調磁場(β)を導入し、その大きさを試料を回転することで自在にコントロールしている。具体的には、α = 1/2に固定してβ を変化させ、電流電圧特性のべき指数a(V ∝ Ia)の温度変化を精密に測定した。その結果、0 < β < 1/4の範囲で、反位相ドメイン励起が抑制されることに対応したTphの上昇が見出された。ただし、転移点におけるaのジャンプ量などキンク誘起転移の描像とは一見異なる部分も見られ、その理由について渦糸-ドメイン対の形成を仮定して議論している。一方、1/4 <β < 1/2の範囲ではT(ph)は変化せず、T(ph)以下のaの温度変化は徐々に緩やかになった。これは、導入されたドメイン励起が渦対励起を抑制する描像でよく説明される。α = β = 1/2ではα =β = 0と同じく通常のBKT転移が期待されるが、得られた結果はこれを良く再現する。以上は、FFXYモデルに対する反位相ドメインの役割を半定量的ではあるが初めて実験的に明らかにしたもので、メゾスコピック超伝導体の相転移の物理に重要な知見をもたらしたものとして高く評価できる。キンク誘起相転移モデルに対しても、これを間接的に支持する結果であり、興味深い。

第4章では、メゾスコピック超伝導体の形状が離散的な回転対称性を持つ場合、その対称性と渦糸本数との折り合いがつかない状況下で、渦糸-反渦糸対が形成される可能性を検証しようとした実験について述べられている。作成した試料は、膜厚260 nm、一辺の長さが3.1 μmの正方形をしたAlの微小超伝導体で、一辺450 nmの微細孔を四隅に配置することで反渦糸の安定化を計っている。ここでは、渦糸の空間配置を決定するために、微小超伝導試料の直下にバリスティック伝導領域の半導体2次元電子気体を利用した多端子Hall crossを置くという独創的な方法が開発されている。その結果、磁場の増加と共に、まず四隅の微細孔に渦糸が入り、その後中央付近に入ってゆく様子が明瞭に観測された。また、渦糸本数が3と7のときには渦糸の配置変更も観測された。微少超伝導体への個々の渦糸の侵入を磁束密度の空間分布から捉えた例はこれまでほとんどなく、反渦糸の生成こそ観測されなかったものの、この成果と多端子Hall crossの新規考案は独創性と今後の発展性の点で高く評価される。

なお、本論文の第3章および第4章は、遠藤彰氏、勝本信吾氏、家泰弘氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の遂行と解析および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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