学位論文要旨



No 124410
著者(漢字) 園田,英貴
著者(英字)
著者(カナ) ソノダ,ヒデタカ
標題(和) 超新星内部に現れる原子核パスタ構造
標題(洋) Nuclear "pasta" structure in supernovae
報告番号 124410
報告番号 甲24410
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5308号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,順一
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 講師 小沢,恭一郎
 東京大学 講師 平野,哲文
 東京大学 教授 黒田,和明
内容要旨 要旨を表示する

大マゼラン星雲中に起こった超新星1987A からのニュートリノバーストが神岡の観測装置で検出されたという出来事は、現在発展の著しいニュートリノ物理学及びニュートリノ天文学の始まりを告げただけでなく、星の死の瞬間である超新星爆発の理解を大いに動機付けるものであった。さらに、超新星爆発は元素合成や中性子星の形成、最近ではガンマ線バーストのような高エネルギー天体現象との関係が示唆され、宇宙、天体物理学上の様々な未解決問題と密接に関連する話題である。このように様々な方面から興味を抱かれている超新星ではあるものの、特に重力崩壊型超新星と呼ばれるカテゴリーの超新星については、その爆発メカニズムが完全には明らかにされていないというのが現状である。超新星爆発と中性子星の性質、及びそれらに付随した天体現象を理解するにあたり、それらの内部に存在する物質に関する知見を得ることは極めて重要である。その中の一つに、標準核密度直下において、原子核がいかにして一様核物質に融解していくのか、という問題がある。しかしながら、これらの天体中の物質は非常に高密度かつ中性子過剰であるため、地上の実験室の状況とはかけ離れた状態になっており、その問題を解決することは極めて難しい状態になっている。

Ravenhall et al. (1983) とHashimoto et al. (1984) はこの問題について、原子核の表面エネルギーとクーロンエネルギーの競合によって、原子核の形状が球から棒(スパゲティ)、板(ラザニア)に変わり、さらには一様核物質中に棒状のバブル(アンチスパゲティ)、球状のバブル(チーズ)を持つような構造を経て、最終的に一様な核物質に至ることを指摘した。これらの構造はその形状から「原子核パスタ」もしくは「パスタ相」などと呼ばれる。これらの特異な形状を持つ原子核相は、いかに原子核が融解するかという視点からだけでなく、実際の天体現象に与える影響という視点からも興味を持たれている。例えば超新星爆発においては、爆発エネルギーの99%を持ち出すニュートリノが物質にどれだけエネルギーを与えるかが爆発の成否に大きく影響すると考えられているが、そのニュートリノ輸送効率にパスタ相の存在は影響を与える。また、中性子星においては、ニュートリノによる内部の冷却効率、ひいては観測可能な表面温度に大きく関わってくると考えられている。本論文は、これらの宇宙物理的、原子核物理的興味の両方面から原子核パスタの性質を理解することを目指すものである。

上述したパスタ相に関する最初の予言以降、パスタ相の相図に関する多くの研究が、様々な手法、核力を用いて行われてきた。しかしながら、それらの研究は液滴模型やThomas-Fermiのような静的かつ原子核の形状を仮定した計算であり、パスタ相の動的な振る舞い、熱ゆらぎの取り扱い、さらに他の未発見の形状が現れるか否か等、看過されてきた問題も多くあった。これらの問題点を解決するために、本論文では上記のような静的な手法ではなく、量子分子動力学法(QMD) と呼ばれる動的な手法を用いてパスタ相の研究を行っている。QMDとは核子多体系を核子自由度から取り扱う動力学手法の一つであり、近似の妥当性や計算量の問題からパスタ相の研究に最適であると考えられる。

本論文では、大きく分けて以下の三つの問題に取り組んでいる。一つ目は原子核パスタの相図が、核力の不定性によっていかに変化するかという問題、二つ目は原子核パスタが超新星爆発の圧縮という過程において動的に形成されるのかという問題、そして三つ目は原子核パスタが存在することで、超新星内部におけるニュートリノの散乱断面積がいかに変化するかという問題である。

核力に関しては未知の性質が多く、実験で明解にされている性質は主に飽和密度と対称核物質近辺での性質だけである。そのため、超新星や中性子星のような高密度かつ中性子過剰な状況において核物質が如何なる性質を持つかは不定性がある。パスタ相に関する過去の研究においても、核力によってパスタ相の相図が変化し、さらにはパスタ相が存在できないことまであるということが指摘されていた。本研究ではQMD の二つの異なる核力を用いて、この問題に取り組んだ。その結果、パスタ相が存在する領域は核力が体現する性質のうち、非対称核物質の飽和密度、低密度における中性子物質のエネルギー、そして標準核密度以下における対称エネルギーの大きさによって決まるという結論を得た。そして、実のところこれらの三つの量が、飽和密度における中性子物質のエネルギーの密度微分として知られる対称エネルギーの密度依存性パラメータの不定性ただ一つによって統一的に記述されるであろうことを発見した。

超新星の環境において、原子核パスタが最安定な平衡相として存在することは数多くの研究が指摘してきた。しかしながら、低密度で最安定な球状原子核の体心立方格子(BCC) と、パスタ相の最初に現れる無限と見なせるほど長く繋がった棒状の原子核の六方格子(HEX)との間には厳然たる飛躍がある。つまり、平衡状態として安定であるとしても、実際に超新星コアの重力崩壊によって球状原子核のBCC が圧縮されて非常に長い棒状原子核のHEXになるか否か、もしなるとしても、如何なるプロセスを経るものかについては全く未解決の問題であった。球状原子核のクーロン力が大きくなることによる原子核変形がそのプロセスのトリガーであるというのが既存の有力な見解であったが、それに対する有力な証拠は無かった。本論文においてはこの問題に対し、QMDを用いて球状原子核のBCC を圧縮し、如何なる相転移を起こすものかを観察した。結果、既存の予想とは全く異なり、相転移をトリガーするものは原子核同士の核力によるBCC の対称性の破れであることを発見した。この結果は単純化したモデルでも確かめられ、球から棒への転移の過程においてはジグザグ状に二つの球状原子核同士が繋がり、それらが徐々に棒状に連なっていくことを突き止めた。

最初に記述した通り、超新星爆発においてニュートリノと物質の相互作用は爆発の成否に関わる極めて重要な事項の一つである。とりわけ、コヒーレント散乱と呼ばれる核子が一体となってニュートリノを散乱する反応は、超新星中における最も主要な反応の一つであるが、パスタ相が存在することによって核子の配置が変化するため、それに伴ってコヒーレント散乱も大きく影響を受ける。本研究において、パスタ相が存在することによってどのように散乱断面積が変化するかという問題に取り組んだ。その研究は大きく分けて二つのステップに分かれる。一つ目のステップとして、液滴模型の範囲内でどのように変化するかを定量的に解析した。その結果、パスタ相が存在することによって基本的には低エネルギー側のニュートリノの散乱断面積が大幅に減少し、逆に高エネルギー側のニュートリノの散乱断面積は上昇することが分かった。液滴模型では熱ゆらぎの効果が正しく取り入れられていないことと、形状の仮定があることによる制限があるため、二つ目のステップとして、現実的な計算例として、QMDの計算結果を用いて散乱断面積を計算した。その結果、長波長のゆらぎの効果によって低エネルギー側でもわずかにコヒーレント散乱の効果が見えること、不規則性によってピークの散乱断面積が液滴模型に比べて小さくなること、さらには有限温度における相転移によって散乱断面積は温度と密度の変化に対して極めて複雑に振る舞う可能性があることを発見した。

審査要旨 要旨を表示する

初期質量が太陽の8倍以上の比較的重い恒星は、その進化の最後に重力崩壊型超新星爆発を起こす。これは恒星の中で作られた重元素を星間空間に解放するメカニズムとして、宇宙の進化を司る鍵となる現象であるだけでなく、ひいては我々自身の起源を与える存在として重要な研究対象である。この超新星爆発には、ニュートリノが本質的な役割を果たし、超新星1987Aからのニュートリノがカミオカンデによって観測され、ニュートリノ天文学が開かれたことは記憶に新しい。また最近ではガンマ線バーストのような高エネルギー天体現象との関係が示唆されている。

超新星爆発及びそれに付随した天体現象を理解するにあたり、それらの内部に存在する物質に関する知見を得ることは極めて重要であるが、その中の一つに、密度が核密度付近まで上がっていく際、原子核がいかにして一様核物質に融解していくのか、という問題がある。この問題について、Ravenhallや橋本らの先行研究において、原子核の表面エネルギーとクーロンエネルギーの競合によって、原子核の形状が球から棒(スパゲティ)、板(ラザニア)に変わり、さらには一様核物質中に棒状のバブル(アンチスパゲティ)、球状のバブル(チーズ)を持つような構造を経て、最終的に一様な核物質に至ることを指摘された。これらの構造はその形状から「原子核パスタ」もしくは「パスタ相」などと呼ばれている。その後パスタ相に関してさまざまな研究が行われてきたが、それらの研究は液滴模型やThomas-Fermiのような静的かつ原子核の形状を仮定した計算であり、パスタ相の動的な振る舞い、熱ゆらぎの取り扱い等、看過されてきた問題も多くあった。

これらの問題点を解決するために、本論文では上記のような静的な手法ではなく、有限温度における量子分子動力学法(QMD)と呼ばれる動的な手法を用いてパスタ相の研究を行っている。QMDは核子多体系を核子自由度から取り扱う動力学手法の一つであり、近似の妥当性や計算量の問題からパスタ相の研究に最適であると考えられるからである。

本論文は7章と付録4項からなり、各章の構成は以下の通りである。

第1章はイントロダクションであり、論文の構成がまとめられている。第2章は上述のような本研究の背景、特に原子核パスタについてその概要が論じられている。第3章はQMDの一般的な紹介であり、その要点が簡潔にまとめられている。第4章以降は本学位論文の主たる結果の記述に当てられている。

第4章ではまず、QMDをパスタ相の形成という具体的問題に適用するための定式化が行われている。その際、核力のモデルによる結果の相違を明らかにするため、2つの核力モデルに基づいた定式化を行っている。そして、2つのモデルに基づいて有限温度におけるQMD計算を行った結果、パスタ相が存在する領域は、非対称核物質の飽和密度、低密度における中性子物質のエネルギー、そして標準核密度以下における対称エネルギーの大きさによって決まることを示した。さらに、これらの三つの量が、飽和密度における中性子物質のエネルギーの密度微分として知られる対称エネルギーの密度依存性パラメータの不定性ただ一つによって統一的に記述されることを発見した。

第5章では、実際の超新星爆発において起こるように、収縮によって密度が上昇していく際に、体心立方格子(BCC)からいかにして非常に長い棒状原子核の六方格子になるかを、QMDを用いて球状原子核のBCCを圧縮していくことによって解析した。従来、この変化を引き起こすのは球状原子核のクーロン力が大きくなることによる原子核変形であると考えられていたが、本研究の結果、相転移をトリガーするものは、原子核どうしの核力によるBCCの対称性の破れであることが明らかになった。

第6章は、前章の結果を超新星爆発におけるニュートリノの透過率に適用した際、いかなる結論が得られるかをまとめたものである。結果として、パスタ相が存在することによって基本的には低エネルギー側のニュートリノの散乱断面積が大幅に減少し、逆に高エネルギー側のニュートリノの散乱断面積は上昇することを見出した0この結果は残念ながら超新星爆発をより起こりにくくするものである。

第7章は本論文全体のまとめである。

本論文の主要な内容は既に共著論文として学術雑誌に掲載されているが、本委員会は、各研究において学位申請者が主要な役割を果たしていることを確認した。さらに、本学博士に相応しい学識を持っているかを口頭にて試問したが、その結果審査員全員一致にて合格と認定した。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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