学位論文要旨



No 124411
著者(漢字) 高島,宏和
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,ヒロカズ
標題(和) 数値的汎関数くりこみ群法の新しいアルゴリズム
標題(洋) New algorithm of numerical functional renormalization group method
報告番号 124411
報告番号 甲24411
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5309号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,雄介
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 溝川,貴司
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 准教授 川島,直輝
内容要旨 要旨を表示する

序論

汎関数くりこみ群(fRG)は、場の量子論の手法を援用することにより、ダイヤグラムを系統的にとりいれながら、強相関電子系の感受率や相関関数を計算できる強力な手法として知られている。具体的には、グリーン関数の母関数の定義式を用意し、その両辺を流れのパラメータで微分して得られる微分方程式、すなわちくりこみ群の方程式を、裸の相互作用の極限から積分することにより、強相関領域における感受率を計算する。従来の方法においては専ら、静的近似が用いられ、すなわち繰り込み群方程式における四点関数の松原周波数依存性が無視されてきたため、自己エネルギーの繰り込み群の方程式の中にある四点関数の松原周波数依存性が無視されてしまい、単純には自己エネルギーのω依存性が計算できなくなってしまっていた。このため自己エネルギーの計算には不完全な方法を用いるしかなく、例えばモット転移などの系において計算が破綻する。本論分は、この点を克服する方法論を提案する。

まずその前段階として、本論文においては、静的近似の範囲内で、汎関数繰り込み群における高速アルゴリズムを提案する。この理由は、単に計算時間の問題で静的近似という枠組みの範囲内という前段階での計算時間を減少させる必要があるだけではなく、そもそも静的近似の範囲内で、四点関数の運動量依存性を正しく求めておく必要がある。数値計算を行うためには、四点関数を波数空間上で分割する必要があるが、一般のバンド分散・フェルミ面に対して、あるいは波数依存性のある相互作用に対しては、四点関数を、直交座標で等間隔に分割するのが普遍性が高い。しかし、これには、計算時間が膨大となるため、従来は四点関数の各波数において、2次元の波数空間上で、四点関数の動径方向の波数依存性を無視し、偏角方向の波数依存性のみをとりいれるという角度分割形四点関数が広く用いられてきた。我々は、より望ましい直交座標で分割した四点関数を用いて、角度分割形四点関数を単純に用いる方法よりも、大幅に計算時間を短縮するアルゴリズムを発見した。我々のアルゴリズムにより、運動量依存性のある相互作用を正確にかつ高速にとりいれることができるようになり、また従来の角度分割法によるフェルミ面の分割ができないような一般のフェルミ面に関しても取り扱えるようになった。我々の結果は、素朴な方法に比べて、典型的には102から103分の1の計算量で計算できる。

この準備の下で、静的近似を超えた汎関数繰り込み群の方法論を提案する。最大の問題点は、頂点関数の松原周波数における分割をどのように扱うかということである。単純には、松原周波数は数百から数千ほど必要になるので、四点関数の場合、静的近似に比べ単純計算で109から10(12)倍の計算量が必要となり、事実上計算困難である。そこで我々は、自己エネルギー、三点バーテックス、四点関数のそれぞれの繰り込み群方程式の中に入ってくるプロパゲータの松原周波数空間での漸近形について考察し、バーテックスの松原周波数空間に関する分割を工夫し、少ない松原周波数空間における分割数で繰り込み群方程式を効率よく積分する方法を提案する。また、いくつかのテスト計算を行い、方法論の有効性を確かめた。

本論文においては、第一章で研究の背景について説明したのち、第二章で汎関数くりこみ法について解説した。第三章で、我々の開発した静的近似の範囲における汎関数くりこみ群の高速アルゴリズムについて述べ、いくつかのテスト計算を行い、方法論の有効性について議論した。第四章では、静的近似を超えた汎関数繰り込み群の数値計算を行う方法論を提案し、テスト計算を通じて方法論の有効性を確認した。第五章において、全体をまとめるとともに、今後の課題について議論した。

静的近似の範囲内における、汎関数繰り込み群法の高速アルゴリズムの開発

序論で述べた動機に基づき、静的近似の範囲内において、四点関数の運動量依存性を正確にかつ高速にとりいれるためのアルゴリズムの開発を行った。まずはじめに、我々は、繰り込み群の方程式における、プロパゲーターとバーテックス関数の振る舞いについてコメントし、四点関数の繰り込みを行わず三点バーテックスの繰り込みのみを行ったときなど、極限的な状況の解の振る舞いを説明した。次に、プロパゲーターとバーテックス関数の波数依存性が、互いに大きく異なることを利用し、2種類の波数空間メッシュを導入することができることを示した。このことと、繰り込み群の方程式のもつ対称性を利用すると、高速アルゴリズムが可能になることを示し、その具体的な表式を与えた。次に、さまざまなテスト計算を行い、方法論の有効性について議論した。t-t' ハバード模型では、角度分割法四点関数を用いた従来法と、直交座標分割法による四点関数を用いた本アルゴリズムを用いた方法が、整合する結果を与えた。従来の角度分割法四点関数では、四点関数の角度方向の依存性は正しくとらえているものの、動径方向の依存性は正しくとらえていないにもかかわらず定性的に正しい感受率が得られる場合があるが、この理由は単に、このような場合では、三点関数の繰り込みが感受率に支配的な寄与をし、四点関数の繰り込みの感受率への効果は二次的なものであることが原因である。次に、ハーフフィリングにおける量子モンテカルロ法で得られた感受率を比較した結果、T>0.5t程度で量子モンテカルロと同一の結果が得られた。低温においては、自己エネルギーを無視している静的近似の影響が大きく現れた。次に、出発点の相互作用にk依存性をもつ拡張ハバード模型の例について考察し、相互作用が運動量依存性がある場合には、角度分解法の分割法より、直交座標分割法における分割が、期待通りすぐれていることがわかった。

静的近似を超えた汎関数繰り込み群法の開発

以上の高速化のもとに、バーテックス関数の松原周波数依存性を考慮した計算を行うための方法論を提案する。これにより、強相関電子系において重要な自己エネルギーの効果を、正確に議論することが可能になる。まずはじめに、繰り込み群の方程式(図(a))におけるバーテックス関数の松原周波数空間における振る舞いに着目することにより、プロパゲータの松原周波数空間における漸近的挙動に合致した離散化が適することの重要性を指摘した。

これに基づき、バーテックス関数に関して、波数空間においては直交メッシュによるk空間離散化(図(b))を行い、前述の我々の高速アルゴリズムを用いる一方、松原周波数空間においては、プロパゲーターの漸近的なふるまいを考慮した分割(図(c))を行う、という方法論を提案し、その具体的な形を与えた。

この方法の有効性を、いくつかのテスト計算をおこなうことにより確認した。

結論と今後の課題

我々は、重要な問題と認識されてきたが、計算時間の点で技術的な困難があった静的近似を超えた汎関数繰り込み群の方法論を、初めて提案し、その有効性を議論した。

具体的な問題への応用により、強相関電子系の物理に対する、新しい展望が期待できる。

また、今後の課題として、高次のループをとりこんだ方法論の可能性についても議論した。

U=4,n=1において、オフサイト斥力Vを変化させた[V=0.5(○),V=1(▲),V=1.25(●)]拡張ハバード模型における電荷感受率の温度依存性を,直交分割法(左)と角度分割法(右)の両方で計算したもの。左の結果が量子モンテカルロなどと一致し正しい結果を与える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章では研究の背景が述べられている。第2章では、汎関数くりこみ法についての解説である。第3章では静的近似の範囲内で汎関数くりこみ群法に対して高島氏らが開発した高速化アルゴリズムとその有効性の検証が述べられている。 第4章では静的近似を超えた汎関数くりこみ群法に対する数値的手法について述べられている。5章では結論と将来の展望が述べられている。

本論文の研究対象は強相関電子系であり、強相関電子系を記述するハバード模型に対する理論的手法の一つである「汎関数くりこみ群法」に関するものである。 ハバード模型は、モット転移を記述しうる標準的な電子模型であり、また強相関電子系における超伝導発現機構の解明のために、その基底状態や有限温度の相図の理解が欠かせない重要な模型である。特に2次元ハバード模型は、銅酸化物超伝導体との関連から精力的に研究されている。2次元ハバード模型に対する数値的手法として、汎関数くりこみ群法のほかにも数値的厳密対角化法、量子モンテカルロ法、経路積分くりこみ群法などがある。熱力学的極限における自己エネルギー、スペクトル関数などの動力学的物理量を、運動量依存性まで含めて計算するのは、汎関数くりこみ群法以外の手法では困難である。

汎関数くりこみ群法は、場の量子論の手法を援用し、ダイヤグラムを系統的に取り入れながら、強相関電子系の感受率や相関関数の計算する理論的手法である。 具体的には、グリーン関数の母関数の定義式を用意し、その両辺の流れのパラメターで微分して得られる微分方程式(くりこみ群方程式)を、裸の相互作用の極限から積分することで強相関領域における感受率、相関関数を計算するのがこの方法の主な手順である。

汎関数くりこみ群法を用いた、その先行研究においては主に二つの近似が用いられている。一つは静的近似と呼ばれるものであり、四点関数の松原周波数依存性を無視するものである。もう一つは、四点関数の変数である運動量の空間を、フェルミ面に沿った角度方向に離散化し、フェルミ面に垂直な動径方向の依存性を無視する近似である。高島氏は二番目の近似が必ずしも正当化されないことを指摘し、実際2次元拡張ハバード模型のハーフフィリングにおける電荷感受率の温度依存性が量子モンテカルロ法の結果と一致しないことを見出した。 そこで運動量空間を直交座標で分割し、より正確に四点関数の運動量依存性を取り扱う手法において計算時間を短縮するアルゴリズムを開発した。その手法によって得られたハーフフィリングにおける電荷感受率は、2次元ハバード模型でも、拡張2次元ハバード模型でも、量子モンテカルロ法の結果と一致していることが確かめられており、これにより汎関数くりこみ群法において静的近似が成り立つ場合には、四点関数の運動量空間依存性を正確に取り入れ、かつ実行可能な計算手法が得られたことになる。これが3章の内容である。

この成果を背景に、高島氏は静的近似を超えた汎関数くりこみ群法のアルゴリズムを提案した。四点関数の松原周波数についての和をより正確に扱うために、その高周波領域での漸近的挙動に合致した周波数空間の離散化を導入し、運動量依存性の取り扱いは3章のアルゴリズムを用いることで、ハバード模型で反強磁性帯磁率、強磁性帯磁率、

超伝導帯磁率の温度依存性を計算した。またハーフフィリングのハバード模型において自己エネルギーの周波数依存性を計算した。 この結果は、静的近似を超えた汎関数くりこみ群法における初めての計算例である。結果の妥当性は、Flexと呼ばれる別の手法による計算結果と高周波領域でほぼ一致することにより、確認している。 これが4章の内容である。

本研究の成果は3章についてはLow Temperature Physics 25 の会議録としてJournal of Physics ;Conference Series に掲載が決まっており、3章、4章の成果については他2篇の原著論文として発表予定である。

なお、本論文で述べられている結果は、青木秀夫氏、黒木和彦氏、有田亮太郎氏との共同研究の成果である。しかし論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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