学位論文要旨



No 124413
著者(漢字) 高見,一
著者(英字)
著者(カナ) タカミ,ハジメ
標題(和) 数値シミュレーションを用いた超高エネルギー宇宙線源の探索
標題(洋) Investigation of the sources of ultra-high-energy cosmic rays with numerical simulations
報告番号 124413
報告番号 甲24413
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5311号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福島,正己
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 森,正樹
内容要旨 要旨を表示する

最高エネルギーが10(20)eVにも達する最高エネルギー宇宙線はその観測的発見以降多くの科学者の興味を引きつけてきた。世界最大の人工粒子加速器LHCの最高エネルギーを3桁以上凌駕するこのような宇宙線がどこでどのように作られているかという疑問は、宇宙線物理学最大の問題の一つであり続けてきた。

理論的に多くの可能性が提示されてきた中で、超高エネルギー宇宙線の起源がいまだに理解されていない理由の一つは観測手段の欠如である。天文学は光を見ることでその光の起源を理解してきた。超高エネルギー宇宙線のプローブとなり得る光はガンマ線だと考えられるが、ガンマ線はハドロン過程からもレプトン過程からも生成され得る。従って、宇宙線起源で起こっているガンマ線と超高エネルギー宇宙線を結びつけている物理を完全に理解しない限り、ガンマ線は超高エネルギー宇宙線の直接的な証拠にはならない。天体からの超高エネルギーニュートリノはニュートリノがハドロン起源であることから直接的な超高エネルギー宇宙線生成の証拠になり得るが、現在地球上に存在する最も大きなニュートリノ観測器でも超高エネルギー宇宙線起源を解明できるほどのニュートリノイベントの観測は実現できていない。

本博士論文では、超高エネルギー宇宙線の起源の観測手段として超高エネルギー宇宙線そのものを用いるアプローチについて議論した。宇宙は微弱ながら磁場を持っているため、荷電粒子である宇宙線は直進して地球に到来することができない。しかし一方で、粒子のエネルギーが高くなるほど磁場によって軌跡が曲げられる効果は小さくなるので、このようなアプローチが可能であるかどうかは宇宙空間に存在する磁場の強さに依存する。

近年の超高エネルギー宇宙線観測の結果はこの可能性を肯定している。Akeno Giant Air Shower Array (AGASA)は1999年に宇宙線の最高エネルギー成分に有意な非等方性を見つけているし、2007年にはPierre Auger Observatory (PAO)が非等方性に加え、銀河系外の近傍天体と最高エネルギー宇宙線の間に位置相関を報告している。これらの観測結果は超高工ネルギー宇宙線到来方向分布にその起源の情報が埋め込まれていることを示唆している。

超高エネルギー宇宙線の観測結果をその起源での物理に結びつけるためには、地球までの宇宙線の伝搬過程が本質的である。とりわけ最高エネルギー成分は伝搬中に宇宙背景放射光子と反応を起こし急速にエネルギーを失うため、地球で観測できる超高エネルギー宇宙線の最高エネルギー成分はせいぜい100Mpc以内からしか飛来できない。このことは、100Mpc以内の宇宙の非等方な構造が地球での超高エネルギー宇宙線の到来方向分布に反映されることを意味している。

本博士論文では、近傍宇宙の物質構造と磁場構造を考慮したモデルを元に超高エネルギー宇宙線の伝搬を計算し、到来方向分布をシミュレーションした。このシミュレーションで得られた結果を用いて、超高エネルギー宇宙線の観測データからその起源についてのどのような情報が引き出せるか議論した。

まず、PAOの観測結果である5.7×10(19)eV以上の宇宙線到来方向分布の非等方性の統計的な再現性から、近傍宇宙の超高エネルギー宇宙線起源天体の数密度を10(-4)Mpc(-3)程度と見積もった。この値には現在までに観測された超高エネルギー宇宙線イベントが少ないことに起因する不定性が一桁程度存在するが、Fanaroff-Reily(FR)2銀河やblazarといった希少な数密度を持つこれまで期待されていたいくつかの起源天体候補が少なくとも地球に到来する超高エネルギー宇宙線の大部分を占めていることはないと結論できた。また、この値は明るい銀河などの「普通」の天体の数密度より二桁程度小さいことから、超高エネルギー宇宙線生成は宇宙にありふれた現象でもないということが具体的に示された。10-4Mpc-3という値は理論的な起源天体候補であるFR1銀河の数密度と同程度である。このことから、FR1銀河が観測データをパスする起源候補の一つであると結論できる。

PAOのもう一つの観測結果である10(19)eV以上の宇宙線到来方向分布の等方性もまた超高エネルギー宇宙線起源に関する情報を持っている。この等方性は5Mpc以内に超高エネルギー宇宙線の起源があると破られる。また、このような最近傍ソースを意図的に除いたとしても上で制限した数密度を持つ起源モデルではこの等方性が説明できないことがわかった。この等方性を再現するためには一桁以上多い10(-2)-10(-3)Mpc-3が必要である。この結果を自然に解釈すると最高エネルギー宇宙線の起源天体の他に最大加速エネルギーが10(19)eV程度の超高エネルギー宇宙線源が多数存在することになる。その他に等方性を再現するシナリオとして、各ソースの最大加速エネルギーに分布を持たせるシナリオと、宇宙線生成が突発的であるというシナリオを提案した。

また、将来の観測イベントの増加で宇宙線源の姿が宇宙線到来方向分布の中に見えてくる可能性についてシミュレーションを用いて検討した。その結果、たとえ銀河系外の磁場を考慮したとしても、全天で1000イベント程度の最高エネルギー陽子を検出することができれば、近傍の宇宙線源の姿が宇宙線到来方向分布として2度程度の広がりを持って見えてくることを示した。銀河系内の磁場は宇宙線軌跡の曲がりに寄与するが、この特徴を大きく歪めるものではない。

最後に超高エネルギー宇宙線伝搬における副生成物であるニュートリノについて議論した。どの程度のエネルギー以上の宇宙線が銀河系外宇宙線であるかという問題が長らく議論されているが、このニュートリノのスペクトルがこの問題を解く鍵になることを示した。また、ニュートリノは宇宙背景放射に邪魔されることなく宇宙論的距離から到来できることから宇宙論的な距離にある超高エネルギー宇宙線源についての情報を持っていると期待される。計算によれば1018eVのニュートリノフラックスは超高エネルギー宇宙線源の宇宙論的進化のモデルにのみ依存するので、このエネルギーでのニュートリノフラックスが超高エネルギー宇宙線源の宇宙論的進化のモデルのプローブになることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

地球上で観測される10(20)電子ボルト以上の宇宙線の発生源は、宇宙背景放射との反応によるエネルギー損失の制限から、ほぼ1.5億光年 (50Mpc) 以内の領域に限られる。超高エネルギー宇宙線の発生源は、この領域内に存在する限られた数の高エネルギー天体であると考えられ、宇宙空間磁場による宇宙線の偏向が充分に小さくなる10(20)電子ボルト領域では、これら発生源天体が、天空上の「点源」として見え始めることが期待されている。本論文において申請者は、超高エネルギー宇宙線の伝搬の精細なシミュレーションを行い、これを最新の観測結果と比較することで、これまで謎とされて来た超高エネルギー宇宙線の発生源天体や、その空間分布の同定を試みた。

本論文は全8章からなる。第1章の目的と概要に続き、第2章では、超高エネルギー宇宙線の観測方法と、これまでに得られたエネルギースペクトル、到来方向分布と宇宙線粒子種の知見を報告する。第3章では、超高エネルギー宇宙線の発生源と加速機構を概観する。

第4章ではシミュレーション手法の解説を行っている。超高エネルギー宇宙線を発生する候補天体としては、南北半球を均等にサーベイしたIRAS衛星による銀河カタログをベースとし、カタログにない遠方の低輝度銀河については、輝度・密度分布が矛盾しないように拡張補完を行っている。宇宙空間での伝搬については、宇宙背景放射や背景光子との反応および宇宙膨張によるエネルギー損失と、銀河系内・外の磁場による伝搬の偏向を考慮した。実際のシミュレーションにおいては、反陽子を地球上から全方向に均一に放出して250万事象に及ぶデータベースを構築し、それを発生源天体の距離と輝度などで加重して再足し上げを行っている。

第5-7章では、シミュレーションを用いた解析結果を報告している。第5章ではPierre Auger 観測所で観測されたエネルギーが5.7x10(19)eV 電子ボルトを超える27事象の到来方向の自己相関(5度以内)と、シミュレーション事象から得られた自己相関を比較することにより、Augerの自己相関を適切に再現する発生源密度が10-4±1/(Mpc)3であることを求めた。誤差範囲には、磁場強度・磁場分布モデルや発生源の輝度依存性に関わる不定性を含んでいる。得られた発生源密度を実際の天体の存在密度と比較することで、ガンマ線バースト・活動を終えた準星・FR1型の電波銀河などが発生源として高い可能性を持つことが示された。セイファート銀河は10(-3)/(Mpc)3程度の存在密度を持ち、Augerの観測に見られた自己相関の強さを再現することは容易でない。また、粒子加速機構の観点から超高エネルギー宇宙線の発生源として有望視されてきたFR2型の電波銀河などは、存在密度が低すぎることに加えて、1019電子ボルト近辺で観測されている高い等方性からも発生源として不適当であると結論された。

第6章では、超高宇宙線の到来方向分布とIRASカタログで代表される銀河の大規模構造との相関を検討し、南半球のAuger観測所のデータはzが0.018以下の銀河分布と15度以内で高い相関があり、北半球のAGASA検出器のデータは、構造のない一様等方な分布と一致することを確認している。第7章では、第4章と同様のシミュレーションを用いて、超高エネルギー宇宙線のエネルギー損失反応から生じた宇宙ニュートリノの観測可能性と、それが超高宇宙線のスペクトル構造や原子核組成などに加える制限を議論している。

本申請論文に述べられた知見は、超高エネルギー宇宙線の発生源天体の種類やその分布について、限られた観測データと精細なシミュレーション計算によって一般的に通用する制限を与えたものであり、充分な学術的価値を持つ。申請者の貢献は、シミュレーション手法の設計と計算コードの開発、これを用いたデータの解釈と予言に至る全般の領域で顕著である。また本論文の内容は、申請者を筆頭著者として査読付の学術誌に掲載済み、あるいは投稿済である。

以上をもって、高見一君に博士(理学)の学位を授与できると審査委員の全員一致で認めた。

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