学位論文要旨



No 124419
著者(漢字) 中濱,優
著者(英字)
著者(カナ) ナカハマ,ユウ
標題(和) B中間子のフレーバー変換中性カレント崩壊におけるCP非対称性の測定
標題(洋) Measurement of CP-Violating Asymmetries in the Flavor-Changing Neutral Current Decays of the B Meson
報告番号 124419
報告番号 甲24419
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5317号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 浅井,祥仁
 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 特任教授 村山,斉
 東京大学 教授 駒宮,幸男
内容要旨 要旨を表示する

中性B中間子系におけるCP対称性の破れは、Bファクトリー実験が2001年に観測したb→ccs崩壊における時間に依存したCP対称性の大きな破れを観測して以来、確固たるものになっている。そのもとになっているクォークにおけるCPの破れおよび小林益川行列は、素粒子物理における標準理論の成功に大きく貢献した。

一方、近年、素粒子物理の興味は、標準理論を超えた新しい物理の寄与の探索に移りつつあり、直接的探索(例:LHC実験)と間接的探索(例:Bファクトリー実験)により網羅されている。本研究では、後者について着目した。

B中間子系の崩壊は、一般に標準理論内の振幅が非常に小さいので、極めて微小と予想される標準理論を超えた物理の振幅との干渉が観測できる可能性がある。よって、新しい物理のよいプローブとなりうる。さらに、フレーバー変換中性カレント(クォークの種類がbからsまたは、bからdに変化するループ遷移(例:b→sg/b→dgループ遷移(gはグルーオン)(図1)))を含む崩壊は、不確定性原理により、中間状態に非常に重い粒子が現れうる。よって、b→sgまたはb→dgループ遷移は、超対称性粒子のような標準理論を超えた重い粒子の寄与に非常に敏感である。標準理論を超えた重い粒子の結合定数の位相が崩壊の弱い相互作用の位相と異なれば、CP非対称性の測定値が標準理論の予想値と異なると期待される。

ここ数年、Bファクトリー実験では、b→sgループ遷移で記述される約10種類の崩壊におけるCP非対称性が、活発に測定されてきた。その中でも、B0→φK(0S)崩壊は、CP非対称性に対する理論的な不確定性が極めて小さく、実験的にも事象抽出が比較的容易である。このため、CP非対称性測定がもっとも成果が期待されているgolden modeである。しかし、CP非対称性の決定に関しては、同じK0SK+K-終状態を持つ他の崩壊モード(B0→f0K(0S)や非共鳴状態)間の干渉による影響が考えられる。その寄与の定量的な見積もりはこれまでのデータ量では不可能であった。

一方、b→dgループ遷移はb→sgループ遷移よりも崩壊分岐比が一桁小さく、新しい物理の寄与との干渉に一層敏感である。さらに、崩壊振幅がb→sgループ遷移を含む崩壊とは異なるCP位相を持つので、別の角度から相補的で独立な研究を行うことが可能である。しかし、b→dgループ遷移におけるCP非対称性は、物理的研究意義の重要性が大きいにもかかわらず、崩壊分岐比の小ささゆえに、これまでのデータ量では未知なる研究分野であった。

本論文では、

1)b→sg遷移の中でのgolden modeであるB0→φK(0S)崩壊を含む、K(0S)K+K-終状態をもつB中間子崩壊における、干渉を考慮した"時間依存したDalitzプロット解析"を用いたCP位相の測定結果、

2)b→dg遷移の中でのgolden modeであるB0→K(0S)K(0S)崩壊におけるCP非対称性の測定結果について述べる。本研究においては、Y(4S)共鳴状態から生成されるB中間子対6.57億個のデータを用いた。このデータは、KEKBファクトリーおよびBelle検出器を用いて生成および収集されたものである。

本文中では、まず、従来のCP非対称性の測定方法を利用した2)の解析結果について述べ、さらに、新たな測定手法に着目しつつ1)の解析結果について述べる。

B0→K(0S)K(0S)崩壊において、信号と背景事象の識別が最大になるモデルを作ることにより、統計誤差を削減する事象抽出方法を採用した。その結果、事象再構成の効率を前回の試みよりも約40%増やすことに成功し、58±11個のB0→K(0S)K(0S)信号事象を観測した。

CP非対称性を測定するために、再構成されたB中間子の崩壊点情報、検出器分解能由来のΔt較正関数に基づきΔtを決定し、さらにB中間子のフレーバーを決定した。本解析では特に、有限距離飛行したK(0S)から崩壊した2つの荷電πの運動量情報から、新たにK(0S)の運動量ベクターを再構成し、B中間子の崩壊点情報を得る工夫を施した。さらに、Δtおよびフレーバーの確率密度関数を最尤関数法で再構成した事象に対してフィットした。Δtをフレーバーに応じて分類した分布にその確率密度関数を重ねたものを図2に示す。時間依存したCP非対称性、SCP=-0.38(+0.69)(-0.77)(stat)±0.05(syst)を得た。系統誤差のうち、信号のΔt較正関数、信号の割合、背景事象のΔtモデルが大きな寄与を占める。

また、この測定結果は、世界最高精度であるが、測定結果を標準理論の予想値と比較したところ、現時点では標準理論と無矛盾であった。

B0→φK(0S)崩壊を含むB0→K(0S)K+K-終状態崩壊過程において、従来の時間依存性に新たに運動学的な量(Dalitzプロット)を組み合わせた。図3に我々が用いたB0→K(0S)K+K-信号モデルのDalitzプロットを示す。各中間状態のCP非対称性、各崩壊モードの相対的な大きさをあらわすDalitz振幅、および干渉をあらわすDalitz位相を含む全18パラメータを最尤関数法で同時に決定した。

非共鳴状態と崩壊幅の広いs波の共鳴状態(f0K(0S)、fXK(03))間の干渉パターンの違いにより4解がみつかった。多数(O(1000))回のPseudo-experimentsによる検証や外部の情報を用い、最も確からしい1解に絞り込み、以下のとおり、B0→φK(0S)崩壊におけるCP位相を求めた。

さらに、3σを越える確からしさで時間に依存したCPの破れの示唆をつかんだ。

今回の測定結果を、標準理論の枠組み内の理論的予想値と比較したところ、理論と測定の結果は一致を見せているが、理論の予想値と比べて実験結果の統計誤差はいまだ大きく、理論と現実の一致もしくは不一致を決定するまでには至っておらず、より大量のデータが望まれる。今後の課題として、Dalitz信号モデルの記述の不確かさがあげられるが、統計が増えると、データを用いて改善可能である。

本研究手法は、今後も継続すると予想される"B中間子系のCP非対称測定をプローブとした標準模型を超える物理の探索手法"の完成形であり、その可能性を実証することが出来た。

図1:b→sg/b→dgループ遷移のファインマンダイアグラム

図2:フレーバーqごとのΔtの分布とそれにフィットされた確率密度関数。黒は背景事象。

図2B0→K0SK+K-シグナルモデル(7個の崩壊モードを含む)のDalitzプロット。非共鳴状態が半分程度の寄与である。赤線内がφK0S、f0K0Sが密集する本解析で興味がある部分。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章よりなる。イントロダクション(第1章)では、bクオークがsやdクオークに崩壊する中性カレント崩壊が標準理論で強く抑制されているため、標準理論を超えた新しい物理に高い感度があることが具体的に述べられ、本研究の目的が纏められている。続く第2章でBメソンを用いたCPの破れの研究の一般的な基礎と最新結果がまとめられている。特にbクオークがcクオークに崩壊する荷電カレント崩壊で詳細にCPの破れ角(φ1)が測定された経緯が纏められている。第3章では、実験が行われたKEKB加速器とBelle検出器について詳しく纏めている。第4章では、この解析で鍵となる「時間依存型ダリツ解析」の説明を行っている。続く第5章では、データからB0→φK(0S)崩壊を含む、K(0S)、K+K-終状態やK(0S)K(0S)終状態の事象を選びだし、事象を再構成する方法を述べている。選択、再構成による系統誤差についても詳しく述べられている。第6章は選択・再構成された事象数に対してCPの破れを測定し、その不定性など詳しい研究がなされている。第7章では、6章で得られた結果を議論し、4つある解のうち最も正しそうな解を選び、物理的な理解を与えている。最終章(8章)では結論が述べられている。

クオークセクターのCPの破れの解明は21世紀最初の主要な物理成果である。特に小林益川行列の正しさを検証し、物質・反物質の非対称性の起源の解明に重要な役割を果たしたが、標準理論の枠組みで予言されるCPの破れだけでは物質・反物質の非対称性には不十分であり、新しいCPの破れの発見が現在の最も重要な課題である。この研究はこの点に着目し、KEKBファクトリーおよびBelle検出器を用いて生成および収集されたB中間子対6.57億個のデータを用いて、標準理論を超えるCPの破れに高い感度をもつ中性カレントによる崩壊(b→sg,dg)のCPの破れを観測した。

1)中性カレント崩壊b→sg→sssはB0→φK(0S)崩壊を調べることでCPを測定することが出来る。この崩壊モード含むB0→K(0S)+K-終状態崩壊過程において、同じ終状態をもつ他の崩壊モードとの干渉効果を正しく取り扱うために、新たに運動学的な量(Dalitzプロツト)を組み合わせ、時間依存性を測定した。図(左)にB0→K(0S)K+K-信号モデルのDalitzプロットをしめしており、中間状態の違いで分布が異なることが論文中で詳しく研究されている。これらの分布を時間の関数として、各中間状態のCP非対称性、各崩壊モードの相対的な大きさをあらわすDalitz振幅、および干渉をあらわすDalitz位相を含む全18パラメータを最尤関数法で同時に決定した。4つの解の可能性があるが、論文の中で他の物理解析から解の可能性を絞り込み、b→sg遷移の中でのgoldenmodeでCP位相の測定結果、

を得ている。これは、3σレベルの高い確度の初めての結果である。中性カレントは崩壊分岐比が小さいため事象数が少なくまだ統計誤差が大きいが、系統誤差や、フイツテイングのバイアスなどがないかを丹念に調べ、またトイモデルでの確認などを行っており十分信用に堪える測定である。この結果は標準理論と無矛盾な結果ではあるが、今後統計誤差が小さくなるに従い新しい物理現象を探ることが出来る学術的に非常に重要な結果である。

2)中性カレント崩壊b→dg→dss崩壊のゴールデンモードであるB0→K(0S)K(0S)崩壊におけるCP非対称性の測定も同時に行っている。崩壊分岐比が極めて小さい反応過程であるが、新しい感度の高い選択方法と再構成方法の開発を行い約40%事象を増やすことに成功した。図(右)に再構成された58事象の時間依存したCP非対称性をしめす。まだ統計が少なく統計誤差が大きい結果ではあるが:

ゼロと無矛盾な結果が得られ、これも標準理論の予言と一致するものであった。

なお、本論文は、国際共同実験The Belle Collaborationでの共同研究であるが、この研究に関しては論文提出者が主体となって解析している。2)の研究はすでに論文提出者が主著者となって学術誌に掲載されている。また1)に関しても提出者が投稿用論文の準備を現在進めている。更に本研究の鍵となる「フレーバータギング」の改良を、論文提出者はすすめ、Belleグループ全体に重要な貢献を行っている。またBelle検出器アップグレードで鍵となるパイプライン読み出しの開発などハードウェアーでも大きな貢献を行っている。したがって論文提出者の寄与が十分であると判断する。

審査員全員十分納得する研究結果であり、論文提出者の物理学の知識も博士(理学)をうけるに十分である。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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