学位論文要旨



No 124424
著者(漢字) 宮田,伸弘
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,ノブヒロ
標題(和) 磁場中マイクロ4端子プローブ法による金属量子薄膜の輸送現象の研究
標題(洋) Transport Study of Quantum Metal Films by Micro-Four-Point Probes under Magnetic Field
報告番号 124424
報告番号 甲24424
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5322号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小森,文夫
 東京大学 教授 柿崎,明人
 東京大学 教授 常行,真司
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 准教授 岡本,徹
内容要旨 要旨を表示する

電気伝導におけるスピン軌道相互作用の効果として,反局在効果と呼ばれる正の磁気抵抗効果が知られている.この現象は大まかに言って次の2つの要因,すなわちスピン軌道相互作用の強い重原子の不純物と系の反転対称性の破れによる電子状態のスピン分裂によって起こる.反局在効果は初期の研究では,主に前者の観点から研究が進められてきたが,次いで半導体へテロ界面において後者の観点から精力的に研究が進められるようになった.特に,次世代デバイスの一つと目されているスピンFET素子の実現という研究の方向性は応用科学的な注目も集めている.一方,近年の光電子分光の実験技術の目覚しい発展により,上記のスピン分裂した電子状態が固体表面の表面状態で実現していることが明らかになってきた.また表面状態だけでなく,金属量子

薄膜内に形成された量子井戸状態もスピン分裂していることも明らかになりつつある.特にこれからのスピン角度分解光電子分光によるスピン状態の直接測定技術の発展は,スピン軌道相互作用を定量的に扱う強力な手段となると思われる.

そのような研究背景の中で磁気輸送測定が持つ現代的な意義を見出すならば,次のようになるだろう.すなわち,同一の条件で作成した試料に対して行ったその場測定と,光電子分光法によって得られたスピン軌道相互作用に関する情報との比較を通じて,スピン軌道相互作用が絡んだ電子輸送のメカニズムを電子構造の観点から定量的に明らかにすることである.

本研究では,金属量子薄膜内の量子井戸状態のスピン軌道相互作用を研究するために,従来からの手法である電気伝導測定を選び,そのための測定装置を開発した.この装置は超高真空・低温・強磁場の複合環境の下で動作し,試料作成から測定まで試料を大気汚染させることなくその場測定を可能にする.測定する系としてSi(111) 表面に原子レベルで成長させたAg(111) 超薄膜およびAg(111)3×3-Bi超薄膜を選んだ.両者の比較から,表面のBiによるスピン軌道相互作用の変化を電気伝導測定から定量的に明らかにすることを目指した.

論文の構成は主に次のようになる.第1章,第2章でそれぞれ本研究の導入,背景を概説した後,まず第3 章において,測定装置の開発について述べる.特に,後の章で示す測定値の微小変化に対して,値のばらつきを抑えるための対策について詳しく触れてある.続く第4 章では,Bi(001) 超薄膜の磁気抵抗についての測定について述べる.Si(111) 表面上に成長させた試料で5 T において1,000 %の磁気抵抗比を得た(図1).この結果を先行研究と比較することで簡単な議論を行った.加えて,磁気抵抗比の膜厚依存性を0 原子層まで外挿することによって,表面状態の磁気抵抗効果の見積りを試みた(図1).

最後に,第5 章では本論分の主要部分,Ag(111) 超薄膜およびAg(111)3×3-Bi超薄膜の磁気抵抗効果について述べる.両薄膜とも反局在効果を示し,さらに表面のBiによって反局在効果が増大するのを観測した(図2, 図3).解析においては光電子分光によるバンド構造から求めた物性値を用いながら,薄膜内の各々の量子井戸状態のスピン散乱時間を定量的に見積もることを試みた.最後に,系のスピン緩和機構がRashba効果によって起こる伝導帯のスピン分裂に起因すると仮定して,系のRashba相互作用定数を各々の量子井戸状態に対して求めた.以上の研究によって,上記の複合環境で動作する磁気輸送測定装置を開発することで,磁気輸送現象における金属量子薄膜のスピン軌道相互作用を調べる手段を確立した.

図1. Bi(001)超薄膜の磁気抵抗を過去の文献の結果とあわせてプロットしたもの.

図2.15 ML Ag(111)超薄膜およびAg(111) 3×3-Bi超薄膜の対角伝導度の磁場依存性.

図3.6 ML Ag(111)超薄膜およびAg(111) 3×3-Bi超薄膜の対角伝導度の磁場依存性.

審査要旨 要旨を表示する

固体表面や金属超薄膜の物性を調べる手段のひとつとして、表面に金属電極を接触させる4端子電気伝導測定法が開発されてきた。本論文では、この手法の発展として、磁場中極低温での電気伝導測定が超高真空中で可能である装置を開発し、超高真空中で成長させたビスマスおよび銀単結晶薄膜の磁気抵抗効果について調べた結果を報告している。

本論文は6章からなる。第1章は序章で、本研究の背景と装置開発の意義および本研究の目的が述べられている。第2章前半では、金属薄膜の低温電気伝導に関する弱局在領域のアンダーソン局在および本研究で対象とする金属薄膜の電子伝導において重要なスピン軌道相互作用について基礎事項がまとめられている。第2章後半では、ビスマスおよび銀単結晶薄膜のこれまでの実験研究が紹介されている。第3章は、開発した超高真空磁場中極低温電気伝導測定装置とその制御および測定装置の改良について述べられている。この装置を用いた研究では、超高真空中で作成した薄膜の電気伝導をその表面が残留ガスによって汚染される前に迅速に測定できるようにする必要がある。本研究では、適切なクライオスタット設計により低温の維持時間を長くするとともに、電極を試料に圧着する機構や測定回路の工夫を行って測定時間を短縮し、上記の目的を達成した。本装置の完成により、従来不可能であった間隔20μmの電極を用いた7Tまでの磁場中の4端子電気伝導測定が7K程度の極低温で可能となった。第4章では、完成した装置を用いた研究として、Si(111)面上に成長させたBi(001)単結晶薄膜の磁気抵抗効果について述べられている。従来の研究により、この薄膜の単結晶性はスパッタ膜や分子線エピタキシャル膜に比べてよいことが知られており、平均自由行程の長い半金属試料で実現される古典的な巨大磁気抵抗効果が期待できる。膜厚1μmの試料を用いて7.6Kで測定した結果、これらの薄膜に比べて大きな磁気抵抗効果を観測した。一方、膜厚が数nmから数10nmの試料では磁気抵抗は10%程度であった。このような薄膜では、電子の表面散乱効果が大きいために巨大磁気抵抗が現れないと結論した。第5章では、Si(111)面上に作成した銀単結晶薄膜およびその表面にさらにビスマスを1/3原子層蒸着して表面に√3×√3Bi構造を作成した薄膜の磁気抵抗について述べられている。従来の研究により、Si(111)面上には、Ag(111)単結晶薄膜が成長することが知られている。本研究では、銀膜厚が6および15原子層の試料について磁気抵抗を測定した。その結果√3×√3Bi構造のあるなしにかかわらず、磁気抵抗はスピン軌道散乱を取り入れた弱局在領域のアンダーソン局在として理解できることがわかった。特に15原子層の試料では、√3Bi構造を表面に作ることによるスピン軌道散乱時間の減少が観測された。この系での光電子分光の研究では、表面のビスマス原子がつくるバンドが強いラシュバ効果を示すことが報告されている。薄膜の電気伝導をになう銀のバンドも表面のビスマス原子との相互作用により、スピン軌道散乱時間が短くなったと結論した。最後の第6章では、本研究の結論がまとめられている。

審査委員会は、本論文で述べられた研究において装置開発および超高真空中での実験が計画的かつ十分注意深く行なわれ、その解析及び考察が適切な手法でなされていると判断した。本装置開発では、超高真空中極低温という環境での磁気抵抗測定技術を確立したことの意義は大きい。また、この装置を用いて、単結晶金属薄膜の磁気抵抗の起源を定量的に議論できる計測ができるようになったことは重要な成果である。この研究を基礎として、今後高品質の薄膜や清浄な表面をもつ試料の電気伝導研究がさらに発展していくと期待できる。

なお、本論文の第3-5章は、指導教員の長谷川修司氏らとの共同研究の結果であるが、論文提出者が主体となって装置を開発して組み上げ、それを用いた実験を行い、その結果を解析して研究を遂行したものである。したがって、論文提出者の本研究への寄与が十分であると判断する。本論文には高く評価できる研究成果が述べられており、論文提出者の物性物理学に対する学識も博士(理学)の学位を受けるに十分であるので、審査員全員が博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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