学位論文要旨



No 124427
著者(漢字) 柳生,数馬
著者(英字)
著者(カナ) ヤギュウ,カズマ
標題(和) Cu(001)表面における酸素解離吸着とその窒素吸着表面への影響
標題(洋) Oxygen adsorption on Cu(001) surface and its effect on nitrogen-adsorbed substrate
報告番号 124427
報告番号 甲24427
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5325号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松田,巌
 東京大学 教授 柿崎,明人
 東京大学 教授 小形,正男
 東京大学 准教授 山室,修
 東京大学 准教授 野口,博司
内容要旨 要旨を表示する

本論文は3つの内容から構成されており、すべて走査トンネル顕微鏡を用いて行なわれた研究である。

まず、Cu(001)表面における酸素吸着の様子を調べた。試料の温度を5K,80K,300K(室温)の3つに設定し、それぞれにおいて試料を室温の酸素分子ガスにさらした。その結果、全ての温度において、酸素分子は表面で解離し、原子として吸着することが分かった。また、解離した酸素原子は〈110〉方向の2格子分離れたfourfold hollowサイトにペアとして吸着した。吸着した酸素が隣接サイトや第2近接サイトに比べて、2格子離れたサイトに吸着しやすことは、第一原理計算でも確かめられた。試料温度80Kにおいて酸素吸着を行なった後に、試料温度を室温にあげ、再び80Kに下げて吸着した酸素原子の分布変化を調べた。室温では酸素原子が表面を動き回るため、室温にしている時間が長いほど、酸素原子のペアは減少することが分かった。この酸素原子ペアが減る早さから、酸素原子がペアから離れて孤立する際に乗り越えるポテンシャル障壁の高さを求めた。

Cu(001)表面に窒素イオンを打ち込み、表面を加熱すると、N原子は規則的に配列し、窒素が吸着した領域は平均幅が5mmの正方領域となることが知られている。それらの領域の間は平均幅が2mmの清浄なCu領域に隔てられている。この構造は窒素吸着によって生じた表面歪みをCu領域で緩和した結果として生じると考えられているが、表面歪みを実験的に評価した研究は非常に少ない。そこで本研究ではSTMの探針と表面間に形成されるImage potential stateを共鳴透過する電流を測定することで、表面の仕事関数の変化を求め、さらに表面歪みを見積もった。得られた歪みの方向は過去の研究と一致しており、今回の方法で得られた値は定性的に正しいことが分かった。

最後に表面歪みを変化させることで誘起される構造変化を調べた。清浄なCu(001)表面に窒素イオンの照射した後に、酸素雰囲気中で試料を加熱することで、酸素原子と窒素原子が共吸着した構造を作成した。この共吸着表面では酸素原子はN吸着領域とCu領域の両方に吸着することが分かった。N領域中では酸素原子が窒素原子と置換しており、STMのバイアス電圧に依存してコントラストが変化した。また、第一原理計算により酸素が含まれるN吸着領域では歪みの緩和が起こることが確認された。共吸着表面ではN領域の端がジグザグになり、N量が多い場合にはN領域の面積を広げることがSTM観察によって明らかになったが、これらの変化は酸素吸着による歪みの緩和で説明できた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章から成る。第1章では本研究で取り上げるCu(001)表面上窒素・酸素吸着系の紹介と本博士論文の研究目的がまとめられている。第2章では前半に本研究の実験手段である走査型トンネル顕微鏡(STM)の原理と共鳴トンネル効果を利用したSTMによる仕事関数の測定法が詳細に解説され、後半には実際の実験装置とサンプル表面作成条件が説明されている。

固体表面上の格子歪みは表面化学反応、表面構造形成そして膜成長において重要な役割を果たしている。代表的な金属表面であるCu(001)にN+イオンを打ち込むとCu清浄面領域と窒素パッチ領域が規則正しく配列したc(2x2)超周期構造が形成され、その結果局所的な格子歪みが発生する。窒素吸着前のCu(001)1x1結晶表面に比べて、このCu清浄面領域では表面状態のエネルギー準位や酸素吸着過程が著しく変化し、これらは格子歪みによるものだと考えられている。しかしながら、Cu(001)c(2x2)-N表面における局所的な格子歪みは実験的に正しく確認されたわけではなく、本研究ではSTMによる局所的仕事関数の測定からその評価を行った。またCu(001)c(2x2)-N表面へ酸素を導入することで酸素と窒素の共吸着による格子歪みの影響も調べ、さらにその関連研究としてCu(001)清浄表面における酸素解離吸着過程も明らかにした。

第3章では、Cu(001)清浄表面への酸素吸着を取り扱った研究が書かれている。これまでCu表面の酸化過程では様々な研究が行われていたが、本論文のように0.01ML程度の非常に少ない吸着量を取り扱ったものはなかった。5K,80K,室温での酸素吸着とその後の室温加熱に対するSTM観察の結果、酸素分子は直接的に解離して原子状に吸着し、さらに2つの酸素原子は最近接サイトを取らないことが分かった。また、吸着した酸素原子は約1eVのエネルギー障壁で拡散していることも明らかになった。いずれの実験結果も過去の第一原理計算結果と一致し、本論文によりCu(001)表面上に対する酸素吸着の統一的な理解がなされた。この成果は表面科学として大変意義が高い。

第4章ではCu(001)c(2x2)-N表面における局所的な格子歪みを、共鳴トンネル効果を利用したSTMによる仕事関数の測定法から評価した内容が書かれている。本論文では、まずSTMによるdI/dV測定で表面上の様々な位置(Cu清浄面領域と窒素パッチ領域)での鏡像力ポテンシャル状態(Image potential state,IS)のエネルギー準位を調べた。そして共鳴トンネル効果の解析を通じてISのエネルギー準位から仕事関数を求め、さらに過去の理論計算で報告されたCu(001)の格子歪みと仕事関数の定量関係から各場所での格子歪みを決定した。格子歪みに対応した仕事関数の変化はわずかであり、それを調べるためにdI/dV測定によるISのエネルギー測定を行った着眼点は良く、その結果高い表面空間分解能で格子歪みの変化を局所的に捉えることに成功したのは評価に値する。

第5章ではCu(001)表面に窒素と酸素を共吸着させた系の研究について書かれてある。Cu(001)c(2x2)-N表面を酸素雰囲気下で700Kに加熱すると、Cu清浄面領域と窒素パッチ領域に酸素原子が確認されただけでなく、酸素吸着前に比べて窒素パッチ領域の面積は広がり、さらにc(2x2)周期性も良くなった。これは窒素パッチ領域において窒素原子と酸素原子が置換したことで、窒素パッチ領域の格子歪みが緩和したことを意味している。このように本論文は異原子共吸着による格子歪みの制御に成功し、これは表面構造変化の新しい手法として今後の展開が期待された。

第6章では本研究成果が簡潔にまとめられ、さらにそれらを元にした将来の展望が述べられている。

以上、本論文について各章を紹介しながらその物理学的価値を解説した。本研究では金属表面での軽元素吸着とそれに伴う格子歪みについて新しい測定アプローチも取り入れた結果、表面物理学として重要な成果を幾つも上げることに成功した。このように本研究は独自性も高く、また当該分野に学術的に優れた寄与をしている。そのため、本論文は、学位論文として充分な水準にあることが審査員全員によって認められ、博士論文として合格であると判定された。なお、本論文の内容の1部はSurface Science誌(K.Yagyu,K.Nakatsuji,Y.Ybshimoto,S.Tsuneyuki,F.Komori,Surf.Sci.601,4837(2007).)にてすでに掲載され、今後も本学位論文から数報の論文投稿が見込まれている。いずれの論文も提出者が第一著者として中心に研究した結果であり、その寄与が十分であると判断される。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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