学位論文要旨



No 124431
著者(漢字) 小野寺,幸子
著者(英字)
著者(カナ) オノデラ,サチコ
標題(和) 最近傍の渦巻銀河M33における分子雲の性質と星形成
標題(洋) Properties of Giant Molecular Clouds and Star Formation in the Nearest Spiral Galaxy M33
報告番号 124431
報告番号 甲24431
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5329号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 奥村,幸子
 東京大学 教授 小林,秀行
 東京大学 教授 井上,允
 東京大学 教授 家,正則
 名古屋大学 准教授 大西,利和
内容要旨 要旨を表示する

野辺山宇宙電波観測所の45m望遠鏡を用い、最も近傍の渦巻銀河のひとつM33における(12)CO(J=1-0)分子輝線の観測を行った。M33の距離840 kpcは巨大分子雲を45m鏡で分解することを可能にする(分解能20秒~80 pc)。また銀河面を俯瞰できるために銀河の構造と巨大分子雲の位置関係がとらえやすく、一つの銀河内における巨大分子雲の進化の研究には絶好のフィールドである。本研究では、25素子マルチビーム受信機BEARSと近年45m鏡に実装されたOn-The-Fly(OTF)観測モードを用いてM33の中心部から北側30分×20分(7.3×4.9 kpc)の領域をマッピングした。OTF 観測モード観測領域を掃天しながら短い時間間隔でデータを取得するために装置や大気の変動の影響を受けにくく、観測効率も高い。さらにナイキストサンプリングより高いサンプリングレートが実現できるため、空間情報を失わずにすむ。これらOTF観測の利点と45m 鏡の大集光力・高い分解能、そして25 素子マルチビーム受信機による効率の高い多点同時観測を組み合わせることで、先行研究であるBIMA干渉計によるM33全面サーベイに比べ、感度においても均質性においても優位となる高品質のデータを取得することができた。その結果が図1である。このデータから、2.9×104~1.1×106太陽質量の範囲にわたる巨大分子雲が87個同定された。このうち17個は本研究により新しく発見されたものであり、これらは我々のデータの優位性を示している。

これら87個の巨大分子雲の分布を中性水素原子ガスと比較したところ、一つを除いた全ての巨大分子雲が、中性水素原子の柱密度が10(21)個cm(-2)を超える比較的密度の高い領域に位置することが判明した。これは高密度の中性水素原子ガスにおける分子雲形成のシナリオを支持している。また、CO(1-0)輝線の積分強度から求められる水素分子ガス質量の面密度Σ(H2)と星形成率の面密度Σ(SFR)は、500 pc を越えるような大局的スケールでは良い相関を示すことが知られている(Schmidt則と呼ばれる;Σ(SFR)∝Σ(H2n))。M 33において、Hα輝線やダストによる24μmの連続波放射の強度から星形成率を求めたところ、星形成率はΣ(SFR) ~109-106 Mo yr(-1) pc(-2)と3桁にもわたる一方で、CO(1-0)輝線の積分強度は巨大分子雲の間でほとんど一定であることがわかった。これは、100 pc 以下の巨大分子雲のスケールにおいては、Schmidt則が成立しないことを示している。Schmidt則は、あるスケール以上の分解能では、さまざまな個性を持つ、たとえば、星形成率やガス質量、進化段階が異なるような巨大分子雲を平均していることによって見える相関であり、個々の分子雲が従う法則ではないと考えられる。

このように星形成率と星形成効率(≡星形成率/分子ガス質量)が大きくばらつく要因を探るべく、個々の巨大分子雲の物理状態を調べるため、我々はさらに同定された巨大分子雲の中から28個について南米チリ・アタカマ砂漠に設置された10m サブミリ波望遠鏡ASTEを用いて、(12)CO(J=3-2)分子輝線の観測を行った。密度の低いガスも含めた分子ガス全体をトレースするCO(1-0)に比べ、サブミリ波帯にある高励起CO輝線は、より高密度なガスを選択的に反映すると考えられている。この結果、CO(3-2)輝線と星形成率との間にはCO(1-0)輝線では見られなかった強い相関が見られた(図2)。この相関関係は、銀河全体あるいはkpcスケールにおいて成り立つことが先行研究により知られていたが、これより小さいスケールでの関係は明らかになっていなかった。本研究では先行研究より一桁小さい、巨大分子雲スケールのI(CO(3-2))~1-10 Kkm/sの範囲までこの関係が成り立つことを初めて明らかにした。すなわち、星形成は巨大分子雲のスケールでも、巨大分子雲の分子ガスの総量ではなく、CO(3-2)輝線のトレースする高温・高密度の領域とより密接に関連があることがわかった。2輝線の積分強度比をとると、我々のサンプル中、ほとんどの巨大分子雲がR(3-2/1-0)~0.2-0.6周辺の値を示した。これは銀河系の中で特に星形成の活発でない場所と同程度の値である。一方で、R(3-2/1-0)が飛びぬけて高く1を超える巨大分子雲が二つだけ存在した。これらは、M33の中で最も活発な星形成領域NGC604に属している。1を超えるR(3-2/1-0)や高い星形成効率はM83の銀河中心などと同等であり、M83の銀河中心にはNGC604のような活発な星形成を行う巨大分子雲が集合体として存在している可能性が考えられる。さらに、500 pc のスケールにおいて、R(3-2/1-0)と星形成効率の相関関係があることが先行研究により明らかになっていたが、巨大分子雲のスケールにおいてもこの関係が成立し、さらにより低いR(3-2/1-0)~0.1-0.4の範囲まで成り立つことが確かめられた(図3)。

さらに我々は、100pc スケールで如何に高密度ガスが形成されるかに迫るために、R(3-2/1-0)と巨大分子雲の質量、星形成率の関連を調べた(図4)。ここから、R(3-2/1-0)の下限値が巨大分子雲の質量とともに増加すること、さらに星形成率の低い巨大分子雲はプロット図上でR(3-2/1-0)の低い領域に存在することが判明した。この結果に基づいて、R(3-2/1-0)の下限側に存在する巨大分子雲は進化の初期で星形成を始めたばかりの状態にあり、進化が進むにつれて星形成が活発になり周囲のガスの温度を上げるためにR(3-2/1-0)が高くなると考察した。すなわちR(3-2/1-0)の下限は星形成による温度の影響が除かれ、ほぼ密度によって定められると考えられ、そうであれば、質量の大きい巨大分子雲ほど高密度ガスを効率的に作っているという仮説を立てることができる。さらにもう一つのCO分子輝線である(13)CO(1-0)や、高密度ガスをトレースするHCN輝線の観測がこの仮説を検証する次の課題である。

図1:野辺山宇宙電波観測所45m望遠鏡による、近傍渦巻銀河M33の(12)CO(1-0)輝線積分強度図

図2:(左)(12)CO(1-0) (右)(12)CO(3-2) それぞれの輝線積分強度と、星形成率の面密度の関係。

図3:CO(3-2)/CO(1-0) 積分強度比と星形成効率の関係。

図4:巨大分子雲のガス質量と積分強度比の関係。円の大きさは各分子雲の星形成率に比例している。(赤:ΣSFR>10(-8) Mo yr(-1)pc(-2) 青:ΣSFR>10(-8) Mo yr(-1)pc(-2))

審査要旨 要旨を表示する

本博士論文は5章からなる。第1章は、これまでの銀河系内外の巨大分子雲と大質量星形成についての先行研究の成果が簡潔にまとめられている。我々の銀河系内では、個々の巨大分子雲を0.1~10パーセクのスケールで空間分解して観測することで、分子雲内部の物理状態とそこで起とる星形成活動の関連が詳細に調べられてきた。一方、系外銀河の観測では、個々の巨大分子雲を空間的に分解することは難しいものの、500パーセク以上の大きなスケールで、巨大分子雲(の集合体)の量と大域的星形成活動を比較する研究が盛んに行われ、星形成率と分子ガス質量との間に一定の関係(シュミット則と呼ばれる)が存在することが広く知られている。本論文は、高い空間分解能で渦巻銀河の広域サーベイ観測を行い、大質量星が形成されている個々の巨大分子雲の物理状態と、渦巻銀河の腕などで起こる銀河全体に渡るグローバルな星形成活動との間の関係を観測的に明らかにすることを目的とし、局所銀河群内にあり、銀河面全体を俯瞰した観測が可能な渦巻銀河M33を観測対象とした背景が述べられている。

第2章では、まず、45m電波望遠鏡で実施された、一酸化炭素(J=1-0)輝線によるM33の銀河面領域の広域かつ高感度のサーベイ観測の詳細が記述されている。この観測は、25ビームのマルチビーム受信機とOn-The-Flyマッピング法を組み合わせて実施され、それにより、広い領域に渡って均質性の高い観測データを得ることに成功した。次に、このサーベイ観測の結果を基に、一酸化炭素(J=1-0)輝線で明るい28個の分子雲に対し、チリにあるASTE望遠鏡を用いて高励起の一酸化炭素(J=3-2)輝線の高感度観測を行った。

第3章では、45m鏡による一酸化炭素(J=1-0)輝線及びASTE望遠鏡の一酸化炭素(J=3-2)輝線の結果が各々まとめられている。一酸化炭素(J=1-0)輝線によるサーベイ観測の結果から、新たな17個を含む、87個の巨大分子雲が同定された。同定の空間分解能は80パーセク、最小検出質量は1万太陽質量であり、巨大分子雲を分解し、かつ、これまでにない深い最小検出質量を達成した結果、新たな分子雲を数多く発見することに成功した。これらの巨大分子雲のうち、ASTE望遠鏡で観測された28個については、遷移の異なる2つの一酸化炭素輝線の強度比が求められた。一酸化炭素(J=3-2)輝線の強度は一酸化炭素(J=1-0)の輝線強度に単純に比例せず、(J=3-2)/(J=1-0)の強度比は、1程度から非常に小さい値まで大きくばらつく結果となった。

第4章では、第3章の結果をもとに以下の2つの解析と議論を行った。第一に、系外銀河における星形成率と分子ガス質量との間の比例関係であるシュミット則が、今回観測・同定された87個の分子雲に対しても成り立つかどうかを検証した。その結果、100パーセク以下のスケールを持つ巨大分子雲に対してはシュミット則が全く成り立たないことを初めて明らかにした。一方、同じ観測データを用いて、空間分解能を下げていくと、500パーセク以上の空間スケールでは、星形成率と分子ガス質量の間に、従来から提唱されているシュミット則が現れてくることが確認された。これは、個々の巨大分子雲を空間分解していくと、その中で起こっている星形成活動の違いにより、シュミット則が成立しなくなることを示唆した重要かつ新しい発見である。一方、大きなスケールでなぜシュミット則が回復成立するのかについては、物理的な解明が必要な新しい課題を提示している。

第二として、2つの一酸化炭素輝線の強度比には下限値が存在し、それが巨大分子雲の質量が増えるに従って増加するということ、また、同じ質量の分子雲を比較すると、強度比が高いものほど星形成率が高い傾向があるということを見い出した。これらの結果から、強度比の下限付近にある巨大分子雲は星形成の初期段階にあり、星形成が活発になった結果、分子雲内のガスの密度・温度が上昇して、強度比も上がったと推定される。この描像は、本研究で初めて明らかになった研究成果であり、銀河円盤内での巨大分子雲の星形成史を解明していく上で新たな知見を与えるものとして評価できる。

第5章は、以上のまとめである。

本論文は、M33において、100パーセクのスケールで、銀河面における巨大分子雲の同定を行い、そこでの星形成活動についての研究を行ったもので、銀河面での巨大分子雲の星形成史を解明していく上で高い意義を有する研究であると評価できる。なお、本研究は、野辺山45mの観測グループとの共同研究であるが、論文提出者が主体となってほとんどのデータ解析及び較正を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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