学位論文要旨



No 124432
著者(漢字) 大久保,
著者(英字) Ohkubo, Takuya
著者(カナ) オオクボ,タクヤ
標題(和) 質量降着を伴う種族IIIの巨大質量星の進化
標題(洋) Evolution of Population III Very Massive Stars with Mass Accretion
報告番号 124432
報告番号 甲24432
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5330号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 茂山,俊和
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 准教授 吉村,宏和
 東京大学 准教授 梶野,敏貴
内容要旨 要旨を表示する

宇宙の第一世代星の質量及び進化の様子を詳細に調べることは、宇宙の構造形成や化学進化の歴史を探るうえで大変重要である。

近年の宇宙論的構造形成シミュレーションによると、赤方偏移が20前後でダークマターハローが形成され、そのダークマターの重力にバリオンが引きつけられて集合し最初の星が形成されたことが示されている。形成された星は質量降着によって徐々に質量を増やしながら進化してゆくことになる。本研究では、このような描像に基づき、質量降着を伴う初期に重元素を含まない種族III星(Pop III星)の進化を重力崩壊の段階まで計算した。質量降着率は以下の4つのモデルを採用した。

(1)上述の3次元宇宙論的シミュレーションから得られた質量降着率(5モデル)

(2)星からのフィードバックにより質量降着が途中で妨げられるもの(3モデル)

(3)宇宙論的シミュレーションでまわりの星よりも時間的に遅れて星形成が始まった場合の質量降着率(1モデル)

(4)質量降着率が一定(1×10(-5)-1×10(-4)M◎yr(-1)、3モデル)

(1)と(4)のモデルは進化の間中質量降着がつづき、(2)と(3)のモデルは途中で降着が止まるものである。宇宙論的なシミュレーションから求めた質量降着率((1)と(3)のモデル)では、(1)の状況で形成された星をPop III.1、(3)で形成された星をPop III.2と呼んでいる。

これらのモデルの計算結果を質量降着のない星の進化計算と比較し、進化の共通点及び相違点を調べた。以下に主な結果をまとめる。

(I)星の最終質量、最終的な運命について

(1)と(4)のモデルでは、星の最終質量は非常に大きくなる傾向にあった。特に(1)のPop III. 1のモデルでは、ほとんどのモデルで300 MΘから1000MΘの巨大質量星となり、最終的に重力崩壊を起こしてブラックホールを形成する。数百太陽質量のブラックホールは中間質量ブラックホールと呼ばれ、観測的にも近年その候補が発見され、また、銀河中心に存在する巨大質量ブラックホールの種として、理論的にも注目が集まっている。300.MΘ以上の巨大質量星は現在の宇宙では見られないが、放射圧や脈動による質量放出が少ないPop III星では存在が可能である。Pop IIIの巨大質量星は中間質量ブラックホールの起源となりうる。また、これらのモデルと最終質量が同じで、質量降着のない星の進化計算を行って結果を比較したところ、質量降着があるモデルのほうが寿命が延びていることがわかった。モデルによっては寿命が2倍近く延びたものもある。質量降着をするモデルは初めの段階では低質量のため、その分だけ寿命が延びるのである。

(2)のモデルでは、星が主系列に達するころにフィードバックの効果により質量降着が止まるため、その後一定の質量で進化する。よってその後の進化の様子は質量降着なしのモデルとほとんど変わらない。星の最終質量は星形成の環境やフィードバック効果のパラメータ不定性が大きく、50-350MOの範囲になる。この質量範囲は進化の途中で核燃焼の暴走により星全体が爆発するPair Instability Supernova (PISN) となる140-300MΘの範囲を含む。しかし、PISNにより放出された重元素の存在比は銀河ハローの古い星(金属欠乏星)や銀河団ガスの化学組成と全く一致しない。従って、フィードバックが重要な場合は、質量増加は140MΘに達する以前にストップすると想定される。

(3)のモデルでは、降り積もるガスの量がもともと少ないため、40MΘ程度の通常の大質量星が形成される。このような星は進化の最終段階で重力崩壊を起こし、中心部はブラックホールとなるが、その過程で超新星爆発を起こし重元素を放出する。このタイプの超新星により放出された各元素の質量比は銀河ハローの金属欠乏星の化学組成を説明でき、宇宙・銀河の化学進化に大きく寄与したと考えられる。

(II)巨大質量星の進化の最終段階

Pop III星の進化については、多くの先行研究があるが、その多くは水素燃焼・ヘリウム燃焼までのものである。特に300MΘ以上の巨大質量星のヘリウム燃焼以降の進化(酸素燃焼、ケイ素燃焼、重力崩壊)については計算例が少ない。(1)のモデルの結果から、300MΘ以上の巨大質量星は、Pop III星の候補として重要であり、本研究ではこれらの進化を重力崩壊に至るまで計算し、その特徴を調べた。このような質量の星の特徴として、PISNを起こす星と同様、酸素燃焼の段階で核反応は爆発的に進むが、星が重いために重力束縛エネルギーの方が大きく、PISNとはならない。最終的には重力崩壊を起こしてブラックホールとなる。

特記すべきことは、中心部が重力崩壊を起こす段階で鉄コアおよびケイ素層の質量が2倍近く大きくなる、ということである。これは、ケイ素及び酸素の殻燃焼が爆発的に進み、そのタイムスケールが重力崩壊のタイムスケールとほぼ同じ程度に短くなるためである。その結果、鉄コアの質量は星全体の質量の20-25%と大きくなる。

それに対し、同じく重力崩壊を起こす140MΘ以下の星では、ケイ素及び酸素の殻燃焼は安定的に進むため、核燃焼のタイムスケールが重力崩壊のタイムスケールに比べてかなり長い。その結果、鉄コアの質量は星全体の質量の5%程度と小さい。このように内側のコアが大きいことが巨大質量星の特徴であることを明らかにした。この特徴は、重力崩壊の進行や、ジェット状爆発が起こるような場合の元素合成にとって重要なものとなる。

(2)のモデルでは、最終質量として100MΘ程度のものも考えられるが、80-140MΘの星は酸素燃焼・ケイ素燃焼の段階でCOコアが振動を起こす。このような星の進化計算を重力崩壊に至るまで計算し、振動の様子を調べた。その結果、質量の大きい星ほど振動回数が少ない、振幅が大きい、1回の振動周期が長い、ことがわかった。また、膨張のエネルギー源は初期の振動では中心部の核燃焼であるが、末期では中心部で燃料が燃え尽きているため、殻燃焼が主となる。この範囲の質量の星は重元素を含んだ場合でも振動を起こすことが知られていて、近年見つかった非常に明るい超新星の親星となる可能性もある(SN2006gy)。Pop IIIの場合でもこのような振動を起こすことが確かめられた。これらの星は、最終的には中心部が重力崩壊を起こしてブラックホールを形成する。

まとめと結論

本研究では、質量降着を伴うPop III星の進化計算を行い、最終的な星の質量、また、各質量の星の進化の詳細を主系列前から重力崩壊に至るまで調べた。質量降着率には、フィードバックの有無や強さなどの不定性は残るものの、宇宙論的シミュレーションから導かれた質量降着率に基づく次のようなシナリオを提示したい。まわりの領域に比べ早い段階で星形成が始まるPop III. 1の星((1)のモデル)は300MΘ以上の巨大質量星となり、中間質量ブラックホールを形成する。まわりの領域に比べ遅れて星形成が始まるPop III 2((3)のモデル)は40MΘ程度の質量となり、超新星爆発により宇宙・銀河の化学進化に寄与する。このような描像により、観測事実としてPISNの痕跡が見られない理由が説明できる。

300MΘ以上の巨大質量星は現在のところ見つかっていないが、このような星が重力崩壊を起こす際に放出されるニュートリノや重力波のスペクトルは特徴的であることが近年の研究で示唆されている。将来的には、それらの観測により、第一世代星としての巨大質量星の存在が検証されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、5 章とAppendix からなる。第1章は導入部である。この章では、宇宙の構造形成過程の中で重元素を含まない種族III 星が形成される環境に関するこれまでの研究がまとめられている。ここでは本論文の鍵となる最初に形成された星の中心核への質量降着についてこれまでの宇宙論的構造形成の計算結果がまとめられ、星の進化に対する重要性が強調されている。さらに、種族III 星の進化計算について、これまでは質量降着なしのモデルが考えられてきたので、生まれたときの質量によって星の最終運命が決まり、8-140太陽質量、及び300 太陽質量以上の星は重力崩壊をおこし、140-300 太陽質量の範囲の星はPair-Instability Supernova となるという結果を述べている。

第2 章では、宇宙論的シミュレーションから得られた、時間とともに変化する質量降着率を用い、質量を増やしながら星の進化を追う計算モデルを提案している。また、その数学的手法について述べている。質量降着率は、(1)周りの領域に比べ早く星形成が始まる場合(種族III.1 星)、(2)周りの領域に比べ遅れて星形成が始まる場合(種族III.2 星)、(3)星形成の途中で質量降着が止まる場合、(4) 一定の質量降着率を仮定した場合、の4 つを採用している。

第3 章では、前章で説明したモデルの計算結果を提示している。前主系列段階、主系列段階、ヘリウム燃焼段階、それ以降の燃焼段階、重力崩壊段階に分けて議論している。まず、前主系列段階では先行研究の結果を再現したことを確認している。主系列段階以降の計算結果が以下のようにまとめられている。主系列段階では質量降着によって質量が増えると星の構造もそれに対応しつつ進化する。さらに進化が進みヘリウム燃焼以降においては、質量降着は中心核の構造や質量に影響しなくなる。また80-140 太陽質量の星は酸素、ケイ素燃焼の段階で炭素・酸素中心核が振動する。300 太陽質量以上の星は鉄の光分解から重力崩壊に至る過程で酸素、ケイ素層での球殻状の核燃焼が爆発的に進行し、その結果、鉄の中心核及びケイ素層の質量が140 太陽質量以下の星に比べて非常に大きくなり、100 太陽質量程度の質量のブラックホールが形成される。各モデルに対する星の最終質量もまとめられている。第2章で導入した質量降着率の場合分けに従って、(1)のものが300 太陽質量以上、(2)のものは40 太陽質量程度、(3)のものは60-350 太陽質量程度、(4)のものは設定した質量降着率によって様々、となる。

第4章は本論文の内容のまとめと、他分野との関係における本研究の意義が列挙されている。質量降着を取り入れた星の進化を主系列開始後まで追った計算は本研究が初めてである。さらに、80-140 太陽質量及び300 太陽質量以上の星のヘリウム燃焼以降の進化を詳細に調べ、その特徴を明らかにした。特に300 太陽質量以上の巨大質量星が残すブラックホールは中間質量ブラックホールの起源として重要である。この中間質量ブラックホールを種としてブラックホール同士が合体し、クェーサーや活動銀河核といった巨大質量ブラックホールに成長していくシナリオが提示されている。

第5 章で本論文の結論が述べられている。種族III 星の形成とその質量降着の歴史の違いによる進化と最終段階が数値計算の結果に基づいてまとめられている。種族III.1の星は300 太陽質量以上の巨大質量星となり、中間質量ブラックホールを形成する。種族III.2 は40 太陽質量程度となり、超新星爆発により宇宙・銀河の化学進化に寄与する。このような描像により、金属欠乏星にPair Instability Supernova の痕跡が見られない理由が説明可能であることが述べられている。

APPENDIX では、星の進化計算における数値計算の手法、特にHenyey 法による基本的なアルゴリズムが要約されている。

以上のように、本論文では、宇宙に最初に誕生した星の進化に関する新しい知見が提示され、中間質量ブラックホールの起源、活動銀河核の巨大質量ブラックホール形成への新しいシナリオも提示されていて、高く評価できる。

なお、本論文の内容は野本憲一、梅田秀之、吉田直紀、鶴田幸子との共同研究である。しかし、その全てが論文提出者を第一著者とする論文としてまとめて発表する予定であり、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24461