No | 124434 | |
著者(漢字) | 遠藤,光 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エンドウ,アキラ | |
標題(和) | AINトンネルバリアとサブミリ波SISミクサへの応用 | |
標題(洋) | AlN Tunnel Barriers for Submillimeter Wave SIS Mixers | |
報告番号 | 124434 | |
報告番号 | 甲24434 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5332号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 天文学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | この論文は、10 Ω μm2 以下のきわめて低いトンネル抵抗率RTA を持つNb/Al-AlN/Nb 超伝導体/絶縁体/超伝導体トンネル接合(以下、SIS 接合と呼ぶ)の生成過程、微視的構造、そしてその応用について述べたものである。この研究は、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large MillimeterSubmillimeter Array:ALMA)のバンド10 受信機開発の一環で行った。ALMA は、ミリ波-サブミリ波帯において比類ない集光力と空間分解能を併せ持つ、現在研究開発中の干渉計型天体望遠鏡である。0.787-0.950 THz を受信するバンド10 は、ALMA の観測周波数を10 分割したバンドの中で最も高周波のバンドである。ALMA の抜きん出た集光力を高い感度に結びつけるためには、各バンドに対応したきわめて低雑音かつ広帯域なSIS ミクサが求められる。しかし、従来サブミリ波帯で用いられてきたNb/Al-AlOx/Nb SIS 接合を用いた場合、AlOx バリアのRTA がおよそ20 Ω μm2 以上に制限されるため、バンド10 で要求される周波数比帯域19% の約半分しかカバーできない。AlOx に代わるトンネルバリア材料としては、AlN が世界的に有望視されている。しかし、様々な活性窒素雰囲気でAlN バリアを生成する実験が試行錯誤的に行われ、一定の成功を収めてきた裏で、そもそもなぜAlN が従来のAlOx よりも欠陥が少ないのか、また、どうして特定の条件のもとで窒化したAlN バリアだけが優れた特性を有するのか、といった本質的な問題はこれまで置き去りにされてきた。ALMA の80 台の素子アンテナに、きわめて高性能なSIS ミクサ素子を4 つずつ実装するためには、このような基本的な物理の深い理解に基づく、信頼性の高いAlN バリアSIS 接合作製手法の確立が必要である。そこで私は、Al 膜表面の窒化に寄与する活性窒素の種類がAlN トンネルバリアの生成に及ぼす影響を実験的に調べた。その結果、Al との反応性が高い窒素原子が豊富な雰囲気で、10 Ω μm2 以下のトンネル抵抗率を持ちながら欠陥も充分に少ない、きわめて高品質なAlN トンネルバリアが生成することを突き止めた。この発見により、ALMAバンド10 のSIS 素子開発は大きく前進し、今では国際的な性能仕様の達成が目前というところまできている。以下、研究内容の詳細を述べる。 AlN バリアを作製するにあたり、まずは先行研究の多い容量結合型プラズマ窒化(以下CCP 窒化と呼ぶ)を採用した。この手法は、一般的に制御性に問題があるとされている。そこで、RTA の窒化時間tN依存性を調べたところ、従来の純粋N2 プラズマを用いた場合には確かにRTA の再現性が悪かったが、これは放電開始時の不安定な状態で起こる余分な窒化のためだと考えた。そこで、Ar またはHe の不活性ガス中で放電を開始し、後から窒素を導入して窒化を開始する方式を導入したところ、RTA の再現性が向上し、RTA がtN に対してべき乗関数的に増加する傾向が明らかになった。これは、バリアの厚さがtNの対数、あるいは平方根に比例する事を意味しており、AlN バリアの成長がAl-AlN 膜中の窒素の拡散、またはAl 陽イオンの移動で律速していることを示唆している。また、間欠的にRF 電力を投入する事により、窒化速度が低下することも示した。このように、AlN 膜の成長に関する理解が深まり、CCP 窒化法の制御性を高めるうえでも重要な進歩があった。しかし、残念ながらどの放電条件のもとでもALMAバンド10 に必要なRTA< 20 Ω μm2 のNb/Al-AlN/Nb SIS 接合が安定して得られることはなかった。 次に、周波数2.45 GHz のマイクロ波でプラズマを励起する、電子サイクロトロン共鳴(以下ECR と呼ぶ)型のリモートプラズマ源を用いてAlN バリアを生成した。N2 流量の異なる条件で生成したAlNトンネルバリアの特性を比較したところ、流量の少ない場合のほうがバリアの欠陥が少ない傾向があることがわかった。そこで、放電管内のプラズマ発光スペクトルを分析したところ、良質なAlN バリアの得られた低流量条件のもとでは窒素原子N の強い発光が見られた。さらに、Ar-アクチノメトリを用いて放電管内のN2 の解離率を調べたところ、最大で6% 程度の解離率があることがわかった。この解離率最大の条件のもとでAlN トンネルバリアを生成したところ、たとえばRTA = 7 Ω μm2 でもサブギャップ抵抗/常伝導抵抗比Rsg/RN が16 という、ALMA バンド10 で必要とされている水準を上回る、きわめて低抵抗率で欠陥の少ないSIS 接合が得られた。窒素原子はAl との反応性が高いのでAl 膜への侵入が浅く、表面付近が集中的に窒化されるために、きわめて薄くかつ一様なAlN 膜の生成が促進されるのだと考えられる。 このように、窒化の最中のプラズマを観察することでAlN 膜の生成に関する理解が深まり、飛躍的な品質改善につながった。さらにAlN 膜自体が成長する様子も実時間で観察するために、半導体レーザーを利用した反射率モニターを開発した。レーザーの出力強度変動による測定誤差を減らすため、レーザー光の一部をハーフミラーで取り出して独立に強度を測定し、反射光の強度補正に用いた。この装置でAlOx 膜の自然酸化過程を観察したところ、反射率が酸化時間とともに滑らかに減少し、かつその変化の割合は酸素圧力が高いほど大きいことを確認した。しかし、プラズマ窒化の場合には途中で反射率が上昇に転じるなど不可解な結果が得られた。この原因は解明できておらず、現状ではAlN 膜成長のその場観察には成功していない。しかし一方で、放電開始前の反射率の観測から、何らかの背景ガスが窒化前のAl 膜にRTA を大きくするような影響を及ぼしていることを見いだすなど、現状でも異常検出器として有効に利用されている。 さて、ECR 窒化で生成したAlN トンネルバリアは、なぜ低RTA でもリーク電流が少ないのだろうか。手がかりを得るため、RTA = 7 Ω μm2, R(sg)/RN = 16 のNb/Al-AlN/Nb SIS 接合の断面を透過型電子顕微鏡を用いて観察した。得られた明視野像から、AlN バリアの膜厚が0.8-1.1 nm であり、先行研究よりも1.5-2 倍程度薄いことがわかった。RTA はバリアの厚さに指数関数的に依存するため、RTA はバリアが薄い部分の厚さに強く依存する。このため、バリアのポテンシャルエネルギーが同じだと仮定すれば、RTA がほぼ同じで平均的に薄いことはバリアの厚さがより一様であることを意味すると考えられる。また、このことは窒素原子によってより薄く均一な厚さのAlN バリアが形成されるという描像と整合性があるといえる。明視野像と電子線回折像からはまた、AlN バリアがアモルファスに近いがある程度の短距離秩序が存在する構造であることがわかった。明視野像を見る限りAlN 層はきわめて一様かつ平坦であり、これが小さいリーク電流の一因であるのは間違いないだろう。 このように、低RTA の極限ではECR 窒化法できわめて高品質なバリアを生成できることが示された。それでは、RTA を高くした場合、つまりバリアを厚くした場合には、どこまでリーク電流を減らす事ができるだろうか。これを検証するため、RTA= 3.1 kΩ μm2 のNb/Al-AlN/Nb SIS 接合をECR 窒化法で作製し、dc I(V) 特性を測定した。その結果、0.3 K におけるサブギャップ電流は、超伝導体の準粒子状態密度分布を考慮し、理想的なバリアを仮定した理論計算により再現できることがわかった。これにより、このNb/Al-AlN/Nb SIS 接合のトンネル抵抗率の下限値は4×109 Ω μm2 であり、RTA より少なくとも6 桁大きく、きわめて欠陥が少ないことがわかった。 これらの低RTA SIS 接合を、ALMA バンド10 および1 THz を超える周波数のSIS ミクサに応用するため、μm スケールのNb/Al-AlN/Nb SIS 接合とNbTiN-マイクロストリップ線路がそれぞれ水晶基板に直接接する構造を有する、新しいSIS ミクサ素子の構造(以下MTL 構造と呼ぶ)とその作製方法を考案した。MTL 構造は、従来の積層型の構造と比較して、i) SIS 接合の性質が、グランドプレーンの薄膜の物性(ストレス、表面粗さ、結晶性など)に影響されない、ii) SIS 接合と基板が直接接しており、SIS 接合で発生したJoule 熱の散逸が阻害されにくい、という利点をもつと考えられる。高周波シミュレーションの結果、SIS 接合とNbTiN-グランドプレーンとの間の間隔が1 μm 以下であれば、余分な高周波損失が無視できることが明らかになった。また、実際にMTL 構造のSIS 素子を作製したところ、NbTiN グランドプレーンと組み合わせても全Nb-SIS 素子と遜色ないdc I(V) 特性が得られることが示された。 最後に、本研究で作成方法を確立したきわめてRTA の小さいNb/Al-AlN/Nb SIS 接合の応用例として、現在開発中の0.8 THz 帯用受信機AERO を紹介する。AERO は、ASTE (Atacama Submillimeter Telescope Experiment) 望遠鏡に搭載予定であり、ALMA バンド10 用に設計されたSIS ミクサ素子と互換性がある。狙いは、数年後のALMA バンド10 の稼働前に、低雑音なSIS ミクサをいち早く観測天文学に応用することである。既に光学系及びIF 系の組み立てが完了しており、いよいよミクサを搭載しての冷却高周波試験を開始できる段階に至った。上記ECR 窒化法で作製したNb/Al-AlN/Nb SIS 接合と、NbTiN/SiO2/Al マイクロストリップラインからなるSIS ミクサ素子は、ALMA バンド10 の試験用受信機で300 K 以下のきわめて低い受信機雑音温度を達成している。これは、全Nb-SIS 素子を採用していた試作型受信機のおよそ1/5 という飛躍的改善である。今後このようなSIS ミクサをAERO に実装すれば、0.8 THz 帯の観測天文学に先鞭をつけることができるだろう。 このように、AlN トンネルバリアの生成過程における活性窒素種の役割に注目することで、きわめてRTA の小さいNb/Al-AlN/Nb SIS 素子の作製方法を確立することができた。これにより、ALMA バンド10 のSIS 素子開発は大きく前進し、今では国際的な性能仕様の達成を目前にしている。さらに、今回の研究の結果得られた「活性種の反応性が高いほど、薄くかつ一様な膜が生成する」という示唆が一般的に正しいならば、より解離率を高めた窒素雰囲気、あるいは酸素雰囲気の中でバリアを生成する事で、今後さらに低RTA のトンネルバリアを生成できる可能性がある。このようなトンネルバリアは、SIS ミクサ、STJ 検出器、Cooper 対箱などの天文用電磁波検出デバイスはもちろん、不揮発性メモリや超伝導集積回路など産業用にも応用が期待される。今後のさらなる展開が期待される。 図1 (左)ECR プラズマ源、CCP 電極、ロードロック/窒化用真空室の位置関係を示した模式図。(右)ロードロック/窒化用真空室の上に取付けられたECR プラズマ源の写真。 図2 ECR 窒化とCCP 窒化で作製した、RTA~7 Ω μm2 というきわめて低いトンネル抵抗率を持つNb/Al-AlN/Nb SIS 接合のdc I(V) 特性。ECR 窒化の条件A はプラズマの発光スペクトルに窒素原子の輝線がみられた、窒素解離率6% の条件。条件B はプラズマの発光スペクトルに窒素原子の輝線がみられない、窒素解離率1% 未満の条件。CCP 窒化では窒素原子の輝線はみられず、窒素解離率は1% 未満。窒素解離率の高い、条件AのECR 窒化の場合のみ、AlN トンネルバリアのリーク電流が際立って小さい。 | |
審査要旨 | 本論文は、ALMA (Atacama Large Millimeter/submillimeter Array) 等への応用を目指して行われた、SIS (Superconductor - Insulator - Superconductor)トンネル接合素子の開発について述べたものである。 論文は9章からなり、第1章は導入部である。この章では、ALMA によるテラヘルツ帯観測で目指す天文学、ヘテロダイン検出におけるミクサ、あるいはフォトン直接検出に用いられるSIS 素子の動作原理と、その性能を表す様々なパラメータの定義が記述され、また先行研究の到達点と本研究の開発目標が述べられている。すなわち、ALMA で要求される低雑音・広帯域のミクサを実現するためにはきわめて低いトンネル抵抗率と漏洩電流が要求されるが、従来絶縁膜に用いられてきた酸化アルミニウム (AlOX) 膜では、膜の欠陥に起因する漏洩電流により要求を満たせていないこと、また窒化アルミニウム (AlN) を用いてより良い結果が得られた例があるものの、改善の理由が明確でないことが指摘され、本研究では改善をもたらす製膜過程の理解と、AlN 膜を用いた高性能SIS 素子の製作、応用を目指すことが述べられている。 第2章は、SIS接合の製造プロセス、製造装置、及び電流-電圧特性等の評価装置の概要が与えられている。ここでは、最新のステッパー装置により直径が1 μm以下のSIS接合を高精度で製作することができる高い技術が特に注目される。 本研究では、アルミニウムを窒化してAlN膜を形成する際の窒素原子供給源として2種類のプラズマ源が用いられており、第3章では、先行研究の多い容量結合型プラズマ (CCP) を用いた窒化膜製造実験について、その手法と製作されたAlN膜の評価結果が与えられている。この方法についても論文提出者は詳細な製膜過程の理解を試み、再現性の向上等の成果を得ているが、ALMAで要求される低トンネル抵抗率、低漏洩電流はこの手法では実現されなかった。 第4章は、論文申請者独自の試みである電子サイクロトロン共鳴 (ECR) 型のリモートプラズマ源を用いたAlN製膜実験について記述している。この窒素供給源を用いて試作したSIS接合は、非常に低いトンネル抵抗率(トンネル抵抗率RTと接合面積Aの積の値がRTA=7 Ωμm2)でしかも欠陥が少ない、ALMAの要求仕様を上回る高い性能を示した。本章ではプラズマ源の発光スペクトルが調べられており、ECR方式では、CCP方式にも共通して見られるN2、N2+に起因する発光スペクトルに加えて、窒素原子Nの発光が見られることが示されている。すなわち、反応性の高い窒素原子はアルミニウム層への侵入が浅く、表面を集中的に窒化することにより薄くて高品質の窒化膜が形成されることが推定されている。この結果は絶縁膜のさらなる特性改善に対する指針を与えるものとして高く評価される。 第5章では、第4章で記述されたAlN膜の透過型電子顕微鏡による観察結果が述べられている。電子顕微鏡像は、AlN層が先行研究よりも薄い1nm程度で均一であり、これが低いトンネル抵抗率等を実現していることを示している。 第6章では、厚いAlN膜を持つSIS接合の漏洩電流について議論している。これは、SIS接合をフォトンの直接検出器として用いた場合の暗電流に対応する。4.2Kから0.3 Kの温度において、漏洩電流のバイアス電圧依存性は理想的な絶縁膜を仮定した理論曲線で良く再現され、漏洩電流の原因は、絶縁膜ではなく超伝導体の方にあることを結論している。これは、SIS直接検出器の性能向上には、これまで注目されてきた絶縁膜における欠陥の低減だけでなく、超伝導体自身の品質を高める必要があることを示した点で重要である。 第7章では、開発したSIS接合を用いたテラヘルツ帯用ミクサの試作について記述している。ここではμmサイズのSIS接合を、マイクロストリップ線路上に形成する従来の構造とは異なり、両者が直接水晶基板に接する新しいデバイス構造を提案している。これによりSIS接合の特性が下層の物性に左右されず、またジュール熱を逃がすのにも有利とされている。試作されたSIS接合は、4章に述べられたものと遜色ない電流-電圧特性を維持していることが述べられている。 第8 章は、ALMAでの使用に先立つ、ASTE (Atacama SubmillimeterTelescope Experiment) 望遠鏡用800 GHz帯受信機のミクサへの、SIS接合の応用が記述されている。ここでは試作SISミクサを搭載した受信機が温度4Kで試験され、ALMAでの要求を満たす雑音温度を達成したことが述べられている。 第9章は、本論文のまとめであり、SIS接合開発の到達点、及び将来の展望が述べられている。 本研究は独自の工夫により非常に高い性能のSIS接合を開発し、野心的なALMAの要求仕様をも満たすSISミクサを実現した点で天文学にとって重要であるだけでなく、さらに広い応用分野における高性能SISデバイス開発にも大きな影響を与えるものであり、高く評価できる。 なお本論文の各章は、以下に示す研究者との共同研究である。しかし、論文提出者が主体となって研究を行っており、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 第3章:野口卓、松永昭彦、田村友範、Matthias Kroug 第4章:野口卓、Matthias Kroug、井上裕文、田村友範 第6章:野口卓、田村友範 第7章:野口卓、Matthias Kroug、Sergey V. Shitov、Wenlei Shan、田村友範、鵜澤佳徳、酒井剛、井上裕文、河野孝太郎 | |
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