学位論文要旨



No 124436
著者(漢字) 神蔵,護
著者(英字)
著者(カナ) カミクラ,マモル
標題(和) アルマ サブミリ波導波管型偏波分離器およびサイドバンド分離SISミクサの開発
標題(洋) Development of a Submillimeter Ortho-Mode Transducer and Sideband-Separating SIS Mixers for Atacama Large Millimeter/submillimeter Array (ALMA)
報告番号 124436
報告番号 甲24436
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5334号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 常田,佐久
 東京大学 教授 藤本,眞克
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 准教授 河野,孝太郎
 東京大学 教授 小林,秀行
内容要旨 要旨を表示する

究極のミリ波サブミリ波干渉計として建設が進められている ALMA (Atacama Large Millimeter/submillimeter Array) の Band 8 (385-500 GHz: 波長 0.7 mm 帯) 用受信機の主要部品である導波管型偏波分離器 (OMT) とサイドバンド分離 (2SB) SIS ミクサを開発した. サブミリ波において, OMT は世界で初めての技術であり, 2SB SIS ミクサは望遠鏡に搭載されるものとして世界最高性能のものである.

ALMA は日本・北米・欧州およびチリ共和国の国際協力のもと, チリの標高 5000 mのアタカマ砂漠に建設が進められている 80 台の高精度アンテナで構成される史上最大の電波干渉計である. ミリ波からサブミリ波に存在する大気の窓を 10 の周波数帯にわけて受信し, 直交する 2 つの直線偏波成分を同時受信する.

OMT は直交二偏波を分離する導波管回路である. 従来型である準光学型のワイヤーグリッドに比べて, 2 つの偏波からのビームパターンが一致し, かつ, 受信機光学系を小型化できるメリットを持つ. 2SB ミクサは, ヘテロダイン受信機において, upper sideband(USB) と lower sideband (LSB) を分離したのちに同時に取り出す. これは, 大気からの雑音を減らすとともに強度較正の精度を高めるという, 天文学にとって重要な開発要素である. サブミリ波帯では受信機部品だけでなく測定システムも発展途上であるため, サブミリ波の振幅と位相を同時に測定できるシステムの開発も平行しておこなった. 開発した受信機は, 従来型受信機と比べて雑音温度やサイドバンド分離性能が優れており, ALMAの厳しい仕様を満たすことを実証した. 第 1 章では導入, 第 2 章では OMT について,第 3 章では 2SB SIS ミクサについて, 第 4 章ではより低損失化を目指した一体型OMT/2SB 導波管回路について, 設計および評価結果を詳述し, 第 5 章でまとめている.

第 2 章では, OMT の加工誤差を考慮した詳細設計, 常温および4 K 冷却時における性能測定の結果を述べた. OMT の電磁界設計として, 1) 可動部分がないこと, 2) ミリ波帯で高い性能が報告 (Moorey et al. 2006, Asayama and Kamikura 2008) されていることから, 片偏波に対して導波管中央に隆起を設けたダブルリッジタイプを採用した. 385-500GHz 帯の OMT はミリ波帯のものに比べ, 1) 導波管による伝送損失を最低限におさえるために, 水平偏波の導波管長さを最小限にした点, 2) ダブルリッジ導波管やインピーダンス変換器などの導波管ステップの数を, 加工誤差に対するロバストさを考慮して最適化した点, が工夫されている. シミュレーションには市販されている電磁界解析ソフトウェア(Ansoft 社, High Frequency Structure Simulator (HFSS)) を用いた. 最適化した設計は,典型的な切削加工での機械加工誤差である 10 μm の誤差があっても性能が大きく変化しないロバストなものだった. これまでミリ波帯で一般的だった OMT は, 偏波分離のために薄い金属板 (septum) を用いており (Wollack et al. 2002), 211-320 GHz 帯のもの(Wollack and Grammer 2003) がこれまでに開発された最高周波数帯のものである. これらの偏波分離器は金属板が固定できない構造になっているため, 1) 冷却時と常温時で性能が変わってしまうことや, 2) 金属板のアラインメント誤差による影響を受けやすいなどの欠点があった.

OMT の評価として, 1) 電気特性測定, 2) 電磁ホーンを用いた準光学測定系による二偏波分離度測定, 3) SIS ミクサを用いた冷却雑音温度測定をおこなった. OMT を組み込んだ場合と組み込まない場合の受信機の冷却雑音温度を比較することから, 4 K における透過損失が 0.4-0.5 dB /25 mm と非常に低損失であることが実証できた. 電気特性測定から,二偏波分離度, 出力ポート間アイソレーションは比帯域 26 % の広帯域にわたってそれぞれ 29 dB, -30 dB 程度と, 非常に良好な結果が得られた. 実測値と寸法測定に基づいた加工誤差を考慮したシミュレーションの結果は測定誤差の範囲内で一致した.

第 3 章では, 2SB SIS ミクサの 4 K 冷却時における性能評価, およびサイドバンド分離のための導波管回路 (2SB 導波管回路) の詳細設計, 常温での性能評価, の結果を述べた. 2SB 導波管回路の構成品である 90 度位相遅延+等分配器, および局部発振信号 (LO)結合器には, 最も単純な構造を持つブランチライン型結合器を採用し, ブランチラインの数および寸法・間隔を最適化した. 電磁界的な観点からサブミリ波帯で広帯域の性能を得るためには, 非常に細く (< 100 μm) アスペクト比の高い (3 ~ 8) 複数のブランチライン加工が必要であることがわかった. そのため通常の切削加工では加工が難しく, 電気放電を利用した放電加工技術が必要となる. 放電加工は比較的高い難度を要することから加工を容易にするために全ての並列ブランチは幅が一定になっており, また切削加工を容易にするために直列ブランチも幅が一定となっている (Claude et al. 2000, Asayama et al. 2003).最適化した設計は, 典型的な放電加工の加工誤差である 5 μm の誤差があっても性能が大きく変化しないことが, シミュレーションにより確認できた. 2SB 導波管回路の電気特性測定系による透過損失と, 加工された寸法を考慮したシミュレーションは測定誤差の範囲内で一致した. 2SB 導波管回路およびSIS ミクサを組み込んだ受信機の SSB 雑音温度は6-12 倍の量子雑音限界であり, サイドバンド分離比は 10 dB と, 良好な結果が得られた.

第 4 章では, 一体型 OMT/2SB 導波管回路 (図 1) の設計, 常温における性能評価,および 4 K における評価結果を述べた. 一体型にすることで, 別々の場合に比べて経路長を水平偏波では 51 mm (60 λg, λg: 導波管内での波長) から 32.75 mm (38 λg), 垂直偏波では 50 mm (59 λg) から 38.5 mm (45 λg) へと短縮することに成功した. 常温における電気特性評価から透過損失の減少が確かめられ, 減少分は水平偏波で約 1.1 dB (22 %), 垂直偏波で約 0.6 dB (13 %) だった. 二偏波分離度, 出力ポート間アイソレーションの性能は, それぞれ 22 dB, -28 dB 程度と良好であり, 別々の場合と遜色ない測定結果が得られた. この一体型を組み込んだ受信機の SSB 雑音温度は, 比帯域 26 % のほぼ全域にわたって両偏波ともに 4-8 倍の量子雑音限界という, 同波長帯で世界最高レベルの低雑音の性能を達成し, 15 dB 程度の非常に高いサイドバンド分離比も持ち合わせていることが実証された (図 2). 導波管回路内および電磁ホーン-副鏡間の定在波を減らすために, 一体型OMT/2SB 導波管回路に工夫を施した. 定在波は受信機出力に急峻な周波数特性を生じさせるなど, 観測の大きな妨げの要因となる. LO 信号は天体の信号強度に比べて非常に大きく, LO 信号から天体信号 (RF) への漏れこみは通常 -30 dB 程度と比較的大きいために,LO 信号がRF ポートに漏れこみ定在波の原因となる. 導波管回路の LO カプラーの位置を, 片側のみ導波管内波長の1/8 だけオフセットさせることで, LO から天体信号への漏れこみを -45 dB 程度に低減することができて定在波を軽減できることを見出し, 設計に採用した.

以上の開発により, サブミリ波帯で世界初となる導波管型偏波分離器および, 世界最高性能のサイドバンド分離SIS ミクサの開発に成功した. これらを搭載した ALMA Band8 受信機は, 難しいと予想されていた厳しい仕様を満たすことができた.

図1: (左) 一体型 OMT/2SB 導波管回路, SIS ミクサ, およびホーンのアセンブリ. (右) 一体型 OMT/2SB 導波管回路.

図2: 一体型 OMT/2SB 導波管回路を組み込んだ, ALMA 搭載用受信機の (左) SSB 換算した雑音温度, (右) サイドバンド分離比. 雑音温度は, 比帯域 26 % のほぼ全域にわたって 4-8 倍の量子雑音限界という同波長帯で世界最高レベルのものであり, サイドバンド分離比の典型値は 15 dB と, 高い分離比も持ち合わせている.

審査要旨 要旨を表示する

ALMA (Atacama Large Millimeter/submillimeter Array) は、日本・北米・欧州およびチリ共和国の国際協力のもと、チリの標高 5000 m のアタカマ砂漠に建設が進められている 80 台の高精度アンテナで構成される電波干渉計である。ミリ波からサブミリ波に存在する大気の窓を10 の周波数帯にわけて受信し、直交する 二偏波を同時受信し、天文学を一新する成果が期待されている。日本が供給する装置の一つに、Band 8 (385-500 GHz、波長 0.7 mm 帯) 用受信機がある。この受信器に課された要求性能は極めて高く、しかも要求性能を満たし信頼性の十分高い受信器80 台を製作せねばならない。

本論文では、当該受信器の心臓部である導波管型偏波分離器 (OMT) とサイドバンド分離 (2SB) SIS ミクサの開発について、高い要求性能を満たし、かつそれと同等に重要な、量産において確実に要求性能を満たすための開発研究が展開されている。第 1 章の導入部に続いて、第 2 章では OMT について、第 3 章では 2SB SIS ミクサについて、第 4章では低損失化のための一体型 OMT/2SB の導波管回路について設計および評価結果が詳述され、第 5 章では、まとめが述べられている。

OMT は、直交二偏波を分離する導波管回路である。従来の準光学型のワイヤーグリッドに比べて、二つの偏波からのビームパターンが一致し、受信機光学系を小型化できるというメリットを持つが、これまで周波数の低い211-320 GHz 帯のみで実用化されていた。第2章には、OMT として、片偏波に対して導波管中央に隆起を設けたダブルリッジタイプを採用した理由、量産上きわめて重要な加工誤差を考慮した詳細設計、常温および4 K冷却時における性能測定の結果が述べられている。より波長の長いミリ波帯のOMT に比べ、(1) 導波管による伝送損失を最低限におさえるために、水平偏波の導波管長さを最小限にした点、(2) ダブルリッジ導波管やインピーダンス変換器などの導波管ステップの数を、加工誤差に対するロバストさを考慮して最適化した点にきめ細かい工夫が見られる。最終設計は、現実的に予想される機械加工に10 μm の寸法誤差があっても、性能が変化しないロバストなものであることが実証されている。さらに、4 K における透過損失や二偏波・出力ポート間分離度といったOMT の性能評価を、量産向けに迅速に行うための測定システムの改良整備が念入りに行なわれた。その結果、4 K における透過損失は0.4-0.5 dB /25 mm、二偏波・出力ポート間分離度は、比帯域 26 % の広帯域にわたって25-30 dB 程度と非常に良好な結果が得られている。これらの計測のため、サブミリ波の振幅と位相を同時に測定できるシステムの開発も並行して行われた。

2SB ミクサは、ヘテロダイン受信機において中間周波数を、Upper sideband とLower sideband を分離したのちに同時に出力するものである。両サイドバンドの分離は、大気からの雑音を減らし、強度較正の精度を高め、サブミリ波帯でのラインサーベイを可能にするなどの、極めて重要な開発要素である。第 3 章では、サイドバンド分離のための2SB 導波管回路の詳細設計と性能評価が述べられている。2SB 導波管回路の構成品である 90 度位相遅延・分配器および結合器には、ブランチライン型結合器を採用し、詳細設計が行われた。典型的な放電加工の加工誤差である 5 μm の誤差があっても性能が変化しないことが確認されている。実測した加工誤差を考慮したシミュレーションと、透過損失・位相遅延の実測値が測定誤差の範囲内で一致する結果が得られている。

第 4 章では、導波管の経路長を短縮し透過損失を少なくするため、OMT と2SB を一体化するための設計と評価結果が述べられている。観測の大きな妨げとなる電磁ホーン副鏡間や導波管回路内の定在波を減らすために独創的な工夫がこらされ、一体型にすることで損失の減少が確認されている。

これらの開発研究の結果、受信機の SSB 雑音温度は、比帯域 26 % のほぼ全域にわたって両偏波ともに量子雑音限界の4-8 倍と同波長帯で世界最高の低雑音の性能を達成するなど、ALMA プロジェクトによる厳しい性能設定をすべて満足することができた。本研究により、量産可能な形で、サブミリ波帯で世界初の導波管型偏波分離器(OMT)および世界最高性能のサイドバンド分離SIS(2SB)ミクサの開発に成功したことは、ALMAプロジェクトへの貢献も計り知れず、審査員一同、本研究をきわめて高く評価するものである。

なお、本論文は、関本裕太郎、浅山信一郎、野口卓、Wenlei Shan、伊藤哲也、佐藤直久、飯塚吉三、芹沢靖隆、成瀬雅人との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク