学位論文要旨



No 124438
著者(漢字) 小麥,真也
著者(英字)
著者(カナ) コムギ,シンヤ
標題(和) 渦巻銀河M33における低温ダストとその加熱源
標題(洋) Cold Dust and its Heating Sources in the Spiral Galaxy M33
報告番号 124438
報告番号 甲24438
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5336号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 宮田,隆志
 国立天文台 准教授 和田,桂一
 国立天文台 准教授 松尾,宏
 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 准教授 小林,尚人
内容要旨 要旨を表示する

銀河に存在する星間塵(ダスト)は星間空間の輻射を吸収し、赤外からサブミリ波域に渡って再放射を行う事でエネルギースペクトルの波長変換を行う。ダストからの放射は一般的に銀河からの輻射エネルギーの数10%、多い場合には90%以上を担うため、そのエネルギー源を知ることは極めて基本的かつ重要である。特に、高赤方偏移にある普通の星形成銀河が将来ALMAなどの装置で観測されるようになったときには、そのサブミリ輻射の解釈を大きく左右する事となる。

ダストには、温かいダスト(50 K 程度)と冷たいダスト(低温ダスト:15 K 程度)の二種類が存在している事が知られている。温かいダストは波長20 μm から100 μm 以下程度で放射を行い、低温ダストは100 μm 以長で温かいダストのスペクトルから輻射が超過する、という経緯で発見された。温かいダストは赤外線衛星による詳細な観測がこれまで行われており、その輻射のほとんどが星形成領域に付随し、かつその温度が50K 程度と、大質量星(O、B型星)からの紫外輻射によって加熱されたダストに関して理論的に予想される温度と一致を見せる。従って、温かいダストの加熱源は大質量星である事がわかっている。

一方で、低温ダストは温かいダストよりも拡がった構造を持つ事が知られている。例として近傍銀河M 33 の場合を考えると、赤外線衛星Spitzer による波長160 μm 程度での観測では、その輻射は銀河全体に拡がった輻射がおよそ半分、星形成領域近傍に局在化した輻射が半分程度である。拡がった構造は星形成領域のみに存在するO、B 型星を加熱源とする事はありえないため、他の機構が必要となる。理論的側面から宇宙線を加熱源とする場合(~10K)や、中小質量星からの輻射を加熱源とした場合(~15K) に予想されるダスト温度が計算されており、系内で観測される拡がった赤外輻射の温度は、15K 程度と中小質量星からの輻射を熱源とした場合と一致を見せている。

本論文の目的は、星形成領域に局在化した遠赤外輻射の加熱源を明らかにする事である。加熱源が大質量星の場合、低温ダストの温度は系統的に拡がった領域よりも高く、またOB 型星からの紫外光強度と良い相関を示すはずである。一方、加熱源が中小質量星の場合、低温ダストの温度はやはり15K 程度となるはずであり、K バンド(2.1 μm:中小質量星からの輻射が主と考えられる) の輝度と良い相関を示すはずである。さらに、中小質量星の分布には銀河中心部から外縁部に向かって動径勾配が存在するため、温度にも動径勾配が期待される。

この問題に答える事は、これまでの観測からは困難であった。ダストの温度はそのスペクトル形状から決定されるが、温度が15K 程度の低温ダストはその輻射のピークを波長200 μm で迎える。赤外線衛星の最も長い波長は160μm であるため、赤外域のみからの低温ダストの温度決定は誤差が大きい。温かいダストからの輻射に汚染されずに

温度を決定するためには160 μm よりも長波長の、サブミリ波での電波観測を行う必要がある。しかし、サブミリ波での系外銀河の観測は次の問題点を抱える;

1. 角度分解能が悪く、通常の距離にある銀河では個々の星形成領域を区別できない

2. サブミリ波においては地球大気が観測される輻射のほとんどを占める。このため、天球上で大きな範囲を占める領域の観測は高感度の観測が難しい

というものである。1. の条件を克服するためには我々の銀河系に近い銀河の観測を行えば良いが、その場合、銀河そのものが大きな視角を占めることになり2. の条件に抵触する。

我々は、1. および2. の問題点を解決する事で、星形成領域での低温ダストの温度を正確に導出する研究を行った。我々の銀河系から840 キロパーセク(kpc)の距離にある渦巻銀河M 33 は、明確な渦状構造を持ち、且つ銀河円盤が観測者を向いている銀河としては最近傍にある。我々は2007 年、この銀河の北側半分を波長1.1mm(1100 μm)で観測した。用いた装置は、南米チリ共和国のアタカマ高地(標高4800 m)に設置された口径10 mのサブミリ波望遠鏡ASTE(アタカマサブミリ波望遠鏡実験)、及びそれに搭載されたボロメータ検出器AzTEC である。ASTE は標高の高さゆえ、現存するサブミリ波望遠鏡の中で最も地球大気の影響が少ない望遠鏡の一つである。同時に、搭載されたAzTEC は現在最も感度の高い検出器の一つであり、これらの装置で超近傍の銀河を観測する事で、1. および2. の問題点を克服した。

図1(左)は、M 33 北半分の領域の観測結果である。星形成領域を表す水素の電離輝線Hα を濃淡で示し、波長1100 μm における電波強度をコントアとして表している。角度分解能30は120 パーセクに対応し、視野の広さ(900 平方分)、感度(600 太陽質量のダスト)は、近傍銀河の観測として過去に例を見ない極めて大規模・高品位なものである。

図1(右)は、銀河全体からの輻射をこれまでの赤外波長域での観測結果(波長24 μm から160 μm)と合わせ、波長毎に表したダストのスペクトルである。明確に二つの温度成分に切り分けることが可能であり、温かいダストが50 K 程度、低温ダストが20 K 程度であることがわかる。また、160 μm と1.1 mm で観測されるダストは、低温ダストのみの寄与がある事がわかる。

図1(左)から明らかなように、1.1 mm で観測された低温ダストは、これまでの研究と同じく、星形成領域に局在化している。従来の研究ではこのため、星形成領域に付随した低温ダストの熱源はやはり大質量星であると結論付けることがほとんどであった。これらの星形成領域に付随したダストの温度を実際に求める事が本研究の目的である。そこで、星形成領域に付随した1.1 mm の輻射に対応した領域での160 μm での輻射強度を抽出し、それら二つの波長から低温ダストの温度を導出した。従来の研究と異なり、この二つの波長を用いた場合は低温ダストのみの寄与があることが図1(右)から保証される。図2は、この二つの波長から導出された、星形成領域の低温ダスト温度の動径分布である。銀河中心から外縁部にかけて滑らかな温度勾配が存在する。これは低温ダストの加熱源が、同じように動径方向に滑らかな分布をしていることを示す。これは、低温ダストの加熱源が中小質量星の場合に要請される。また、温度自体も中小質量星の輻射をエネルギー源とした場合の理論的予測と一致する。

図3は、いくつかの明るい星形成領域を選定し、その領域での低温ダスト温度、温かいダスト温度、K バンド輝度、そして星形成率を比較したものである。温かいダストの温度はSpitzer 衛星の赤外線バンドから導出した。星形成率はHα 輝線光度と24μm の光度を足し合わせたものであり、OB 星からの輻射を減光補正したものと同等である。

明らかに、低温ダストはK バンドと相関する一方、星形成率とは相関しない。また、温かいダストの温度は星形成率と相関するがKバンド輝度とは相関しない。これらから、温かいダストの加熱源がOB 星であることが追確認されたほか、低温ダストの加熱源はKバンドに寄与する中小質量の星であり、またOB 星からの寄与は少ないことが発見された。

本文では、これらの領域について金属量とダストに関する諸量の比較も行った。一般に重元素量の多い領域ではダストの存在量も多く、紫外光はすぐに吸収されるためその平均自由行程が短い。このため、紫外光を主な成分とする輻射場によって温められたダストでは重元素量が多い場合、紫外光が輻射場に寄与しにくいため、ダスト温度が下がることが期待される。我々は個別の星形成領域で重元素量と低温ダスト温度を比較したところ、むしろ重元素量と低温ダスト温度は正の相関を示すことを発見した。つまり、紫外光は低温ダストの加熱源として寄与するという考えと矛盾し、低温ダストの加熱源が中小質量星であることと合致する。

図1: 左:1.1 mmでの低温ダスト分布コントア。背景の濃淡は、星形成(Hα) をあらわす。星形成領域に付随する低温ダストが見て取れる。右:M 33 の各波長(μm)における輻射強度(Jy)。観測点を赤で示してある。異なる温度を持つmodified 黒体の和として表せる。青い点線は温度54 K の温かいダスト、緑の点線は温度20 K の低温ダスト、太い赤線はそれら2成分の和。ピンクの線はダストの性質を変化させた場合のスペクトル。1.1 mm の観測点(log λ ~ 3)によりダストの性質及びスペクトルが強く制限されている。

図2: M 33 で星形成領域に付随した低温ダストの温度分布。横軸は銀河中心からの半径、縦軸は温度。中心付近で19K 程度、外縁部では12 K 程度と滑らかな温度勾配が観測された。

図3: いくつかの星形成領域での低温ダスト温度(横軸:Tc) とK バンド輝度(赤)、星形成率(緑)の比較(左)。右は、温かいダストTw の場合。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はASTE 電波望遠鏡に搭載されたボロメータ検出器AzTEC を用いた波長1.1ミリ電波連続波の観測を元に、近傍銀河M33 における低温ダストの分布やその加熱源を明らかにした研究である。本研究では、従来よりも高い解像度のサブミリ波画像を取得することで、銀河の領域ごとに空間的に分離して低温ダストの温度を正確に求めた。これによって初めて低温ダストの銀河内分布やその加熱源について、多くの新しい知見を得た。

本論文は7章からなる。第一章はイントロダクションであり、これまでの研究や本研究の目的が簡潔に述べられている。

第二章では本研究の観測データやその解析方法が述べられている。本研究では点源だけでなくやや広がった天体も正確に扱うために主成分解析法に加えて反復アプローチ法であるFRUIT アルゴリズムが用いられており、その概念および精度についても詳しい記述がなされている。

第三章では観測で得られた1.1 ミリ画像について議論がなされており、1.1 ミリの放射領域が可視光で見られる銀河の腕構造によく合うことなどが述べられている。

第四章では1.1 ミリ画像とSpitzer 宇宙望遠鏡で得られた波長160 ミクロン遠赤外線画像から低温ダストの温度分布を求めている。最初に160 ミクロンおよび1.1 ミリの測定が低温ダストをトレースすることを銀河全体のスペクトルを用いて示し、その後、160ミクロンの明るさと1.1 ミリでの明るさの比から各場所での色温度を導出している。結果、求めた色温度が銀河中心からの距離によって滑らかに減少していることが示される。このような関係が観測的に明らかとなったのは今研究が初めてである。解析によって除去されてしまった1.1 ミリの拡散光成分についても議論を行い、これが得られた温度-距離関係にはほとんど影響しないことが確認されている。

第五章は、温度と金属量の関係を述べたものである。ここでは第四章の色温度に代わって、開口測光による測定を元にしたスペクトルエネルギー分布から各領域の温度を求めている。測定された領域は可視光の観測から金属量が求められているHII 領域9つである。求められた低温ダストの温度と金属量には相関があり、金属量が多いほど低温ダストの温度が高いことが示される。これはこれまで矮小銀河の観測から知られていた傾向とは逆の傾向である。このような逆の相関が見られる原因として、低温ダストの加熱がOB 型星ではなくより低質量の星であることが示唆されている。また、銀河中心からの距離と金属量の相関があまり強くないことから、温度-金属量の相関は銀河動径方向の温度勾配+金属量勾配から派生した二次的な関係ではなく、他の物理的背景をもった関係であることが示される。

この物理的背景をダストの加熱源という観点から議論したのが第六章である。第五章で議論したHII 領域の近赤外線K バンドでの明るさを2MASS データから測定し、それと低温ダスト温度および金属量の関係を調べると、ともに良い相関がみられる。相関係数は0.94 および0.81 であり、温度-金属量の相関係数0.67 よりも有意に高い。このことから各領域の温度および金属量は、より根源的にはK バンドの明るさと相関しており、温度-金属量関係はこの二次的な相関であることが示唆される。K バンドの明るさと低温ダスト温度が良い相関を示すことは、ダストの加熱源がOB 型星ではないという先の結論を支持するものであり、低温ダストが小・中質量の星によって加熱されていることが確認される。金属量との相関については、超新星爆発による金属汚染やAGB 星からの質量放出による影響の可能性が議論されている。

第七章には以上の内容がまとめられている。

以上、本論文は高解像度1.1 ミリ電波画像によって近傍銀河M33 での低温ダストの姿を描き出したものであり、星間空間のダストについて有用な情報を与えるものである。特に銀河動径方向に沿ったダストの温度分布が滑らかに変化することや、その加熱源がOB 型星でないことなどについては本論文によって初めて明らかとなった事象であり、天文学上の重要性は高い。本論文は濤崎智佳、河野幸太郎、川辺良平、Grant W. Wilson、DavidH. Hughes との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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