学位論文要旨



No 124439
著者(漢字) 田中,幹人
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ミキト
標題(和) すばる主焦点カメラ探査によるアンドロメダ恒星ハローの構造と種族
標題(洋) STRUCTURE AND POPULATION OF THE ANDROMEDA STELLAR HALO FROM A SUBARU/SUPRIME-CAM SURVEY
報告番号 124439
報告番号 甲24439
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5337号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 教授 川邊,良平
 国立天文台 准教授 柏川,伸成
内容要旨 要旨を表示する

すばる主焦点カメラによって,アンドロメダ恒星ハローの広域探査を行い,場所によってハローに分布する恒星種族の表面輝度,金属量そして年齢などの基本的な物理量がどのように異なるかを議論する。

近年の観測技術や計算機の発展は人類のハローに対する描象を飛躍的に変えてきた.つまり,宇宙初期に作られた古くて低金属量の星だけが,単に一枚岩のように分布するようなハローではなく,今もなお形成途中にあって,その一枚岩のようなハローに重なって,異なる密度,金属量そして年齢を持つ恒星種族が,複雑に絡み合ったような構造をしているという描像が,最近明らかになってきたのである.この複雑な構造一つ一つをサブ構造と呼んでいる.ハロー構造を探る研究は,特に我々の住む銀河系において進んでおり,また数値計算による理論的予測も進み,我々は現在の宇宙にある恒星種族を調べることによって,その銀河がどのような進化を経て現在の姿形に至ったのかを想像することができるようになった.このような学問は"銀河考古学"と呼ばれ,近年注目され始めている.

それでは,お隣のアンドロメダ銀河においてはどうであろうか?この問い掛けは望遠鏡の発展とともに,実に自然な発想である.アンドロメダ銀河は銀河系の双子姉妹と比喩されるように,その姿形(つまりハッブル分類,明るさ,質量など)が酷似しており,アンドロメダ銀河の形成進化を理解することは,我々の銀河系の生い立ちを理解することに繋がるのである.また,銀河系と異なり,銀河の全体像が捉えやすいという事実もアンドロメダ銀河を研究する動機の一つである,

今世紀に入って,Ibataら(2001)はアイザック・ニュートン望遠鏡によって,アンドロメダ恒星ハローに,まるでアンドロメダから流れ落ちる涙の様なサブ構造は発見した.また,Ibataら(2007)は,カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡によって,さらに外側のアンドロメダ恒星ハローにも,数個のサブ構造を発見した.これまでの研究によって,アンドロメダ銀河の恒星ハローにもいくつかのサブ構造があることが分かったが,アンドロメダ恒星ハローの全領域を網羅しているわけではなく,またそれら一つ一つの種族構成も完全に明らかになったとは言えない.Guhathakurtaら(2005)は,ケック望遠鏡によって,アンドロメダ恒星ハローは160kpc以上に渡って広がっていることを発見したが,これは天球上において視野直径が約25度(満月50個分)に対応し,このような巨大なアンドロメダ恒星ハローを観測するためには広い視野が必要であり,世界最大級の視野を誇るすばる主焦点カメラはそのような探査的観測を行うのに非常に適した観測装置である.アンドロメダ恒星ハローの研究に対するすばる主焦点カメラの世界的な位置づけは,次の2点である.まず,ハッブル宇宙望遠鏡の深さには及ばないが,圧倒的に広い視野を活かし,ハロー外側の非常に表面輝度の低い領域も広い範囲を撮像することで,統計量を稼ぐことが出来る利点がある.一方,カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡の視野には及ばないが,それに比べて圧倒的に感度が良く,各物理量に対してさらに信頼の置ける結果が得られる.特に,ハロー広範囲に及ぶ,精度の良い金属量分布や年齢分布を調べることが出来たのは,すばる主焦点カメラの個性を活かした結果である.こうして,我々はアンドロメダ恒星ハローの未だかつて観測が及んでいない領域の探査と既知のサブ構造のより詳しい理解を目指した観測を行った.

すばる主焦点カメラとV,Iバンドパスフィルターを用いて,アンドロメダの涙の観測を行ったところ次の結果を得た.ここで,本研究で観測した涙領域は,アンドロメダ銀河中心から約30kpc離れていることに注意しておく(図1参照).その領域の観測から得られた色等級図は,非常に幅の広い赤色巨星分枝が特徴的で,ちょうど図1の上段一番左の色等級図に似ている.赤色巨星分枝先端法を用いて,その涙領域までの距離が883士45kpcであることを確認した.これはアンドロメダ銀河までの距離としてセファイドから求められた770kpcを適用すると,アンドロメダの涙は本体に対して,視線方向で奥行き方向に広がっていることを示している.次に,得られた色等級図と,異なる金属量を持った銀河系球状星団や星の等時曲線を比べることによって,金属量分布を作成した.アンドロメダの涙の金属量分布は[Fe/H]が-0.5を超える範囲でピークを示し,平均金属量は[Fe/H]=-0.7程度であった.これは銀河系ハローに分布する星に比べて,約10倍高い金属量を示し,アンドロメダの涙は非常に金属量が高いことがわかる.ここまで求めた2つの距離と金属量の2つの物理量はこれまでの研究と同じような解析を行うことによって同じような解析結果を得て,本研究で用いている手法は妥当であることを示している.一歩進んで,従来の地上望遠鏡では検出が困難であったレッドクランプの絶対等級と金属量分布,そしてRejkubaら(2005)で開発されたその2つと星の進化曲線をたたみ込む手法によって,アンドロメダの涙は主に約80億歳というやや若い星の種族で構成されていることが分かった.この結果は,ハッブル宇宙望遠鏡によって,アンドロメダの涙の主系列星まで届くほどの深い観測から導かれた結果と非常に良く一致している.つまり,その様な深い観測を時間をかけて行うことなく,年齢に敏感なレッドクランプを用いればより広い範囲のハローの年齢分布を効率よく導出できるということが本研究の主張の一つでもある.また,ここで導出した基本的な物理量と,DekelとWoo(2003)によって導出された局所銀河群における媛小銀河の質量-平均金属量関係,および緩和時間を考慮すると,アンドロメダの涙は107-109太陽質量程度の比較的重い媛小銀河(例えばM32)が,最近(数10億年以内)降着してできた可能性が高い,ということを付け加えておく.

そして,ここまでのアンドロメダの涙の解析を通して確立してきた手法を用いて,今度は観測を行ったアンドロメダ恒星ハローの全領域に対して同じように基本物理量を求める.まず,ハローの空間構造を調べるために,色等級図を手掛かりにしてアンドロメダ銀河の恒星種族を選び出し,その密度地図(図1)を作成した.その地図から,Ibataら(2007)が発見したハロー南東部に存在する2つのサブ構造を再確認するとともに,ハロー北西部の中心から投影距離にして60kpcと100kpcの場所に,新たに2つの密度超過を示す領域を初めて発見した.同時に,それら4つのサブ構造に加え,すでに知られていたが詳しく調べられていなかった,北西の内側ハロー領域に広がる貝殻構造と南西長軸領域に淡く拡散的に広がるサブ構造の基本的な物理量を色等級図から調べた.その結果,表面輝度がより高いサブ構造は,より金属量が高い種族で構成されていることを発見した.それは,表面輝度がより高いサブ構造ほど,より明るく,金属量の高い短小銀河を起源にし,または星形成を伴う最近の降着によってできたことを示唆している.このとき,約200kpcのビリアル半径を持つハローにおいて,現在サブ構造が緩和しきっていないことを考慮すると,サブ構造の起源天体は数億年以内の降着に限られる.また,アンドロメダ恒星ハロー全体で見ると,円盤形成をし終えた赤方偏移1以降の宇宙で,約15個を超える107-109太陽質量程度のサブハローが,渦巻円盤を壊さないように静かに降着をし続け,ハローが成長してきたことが推測される.現在のアンドロメダ銀河を取り巻く恒星ハローは,美しく輝く銀河本体に比べて何桁も低い表面輝度のサブ構造によって支配的に構成されており,この描像は冷たい暗黒物質で満ちた宇宙で予想されるシミュレーション結果を支持している.

このような複雑なサブ構造に隠れて,半径100kpc以上に渡って,ハローがなめらかに広がっている.この成分の表面輝度分布を調べたところ,これまでの数値計算からも予想されていた,約17kpcのスケール半径を持つHernquistモデルによって表されることが分かった.また,R(-2.17土0.15)のべき乗則でも表されることが分かり,アンドロメダ銀河のハローは銀河系のハローとよく似た密度分布をしていることがわかった.一方,一見なめらかに見える表面輝度の領域もレッドクランプの検出できた領域において年齢を調べてみると,その種族の年齢に70-100億年程度の均一ではない構造が見られた.これは,すばる主焦点カメラの検出限界よりもさらに暗いサブ構造が隠れている可能性を示唆しており,今後の分光観測が待たれる.さらに,ハローの平均金属量も半径方向によって不均一であることを発見した.南東短軸方向を調べてみると,平均金属量が半径によって一定であるのに対し,北西短軸方向のハローでは中心から離れるにつれて平均金属量が低くなっている.この傾向は,図1に示した色等級図において,外側のハロー部において高金属量の赤色巨星分枝が消えている様子からも確認できる.今後,さらに数億年以上経過すると,力学緩和が進み,冷たい暗黒物質宇宙で予想されるような平たい金属量勾配で表される平衡状態ヘハローは達すると考えられ,本論文で調べた金属量の空間分布は,アンドロメダ銀河の恒星ハローが化学・力学進化をまさに現在行っている様子を反映しているのであろう.

こうして,初期の宇宙においてバルジや円盤の形成とともに大部分の質量を獲得してきた銀河が,その後時間をかけていくつもの矮小銀河を取り込み成長し,銀河の外縁部にサブ構造として身にまとう様子は,まるで幼少期に言語など大量の知識を獲得し,思春期の記憶を今でも身にまといながら成長を続ける一人の人間の成長を思い起こさせる.この宇宙における生きとし生けるものは,その規模にかかわらず,もしかすると同じような成長過程を経験しているのかもしれない.

図1:アンドロメダ恒星ハローの星密度地図と特徴的な領域の色等級図.星密度地図には色等級図上で金属量範囲が-1.71<[Fe/H]<-0.71にある星の個数密度が表示されてある.赤いほど個数密度が高いことを示しており,その関係は色等級図においても同じように示してある.色等級図に描かれた等時曲線は左から順に[Fe/H]=-2.31,-1.71,-1.14,-0.70,-0.30そして0.00を示している.

審査要旨 要旨を表示する

近年、銀河形成史に関連して銀河のハローが研究者の強い関心を集めている。特に我々の銀河系やアンドロメダ銀河のハロー内に発見された恒星の帯状の分布、ストリーム構造、は矮小銀河の降着が現在も進行している直接の証拠として、可視・近赤外域での観測、数値シミュレーションの対象となっている。本論文は、すばる望遠鏡主焦点カメラを用いて、アンドロメダ銀河の巨大なストリーム構造(ジャイアントストリーム、以下GS)領域および短軸に沿った領域の深い撮像観測を行い、その領域内に存在する恒星種族の精密な解析に基づいて矮小銀河降着現象の詳細を明らかにしたものである。

第1 章はイントロダクションであり、銀河系とアンドロメダ銀河のハローの観測結果が比較され、本研究で行った広視野で深い観測の重要性が示されている。

第2章では観測とデータ整約の結果が述べられている。2004 年8 月から2008 年8 月にかけて、アンドロメダ銀河南東部にあるGS中の3領域、南東側短軸に沿った9領域、及び北西側短軸に沿った15 領域に対して、すばる主焦点カメラのVバンド及びカズンズIバンドの撮像観測が行われた。この装置は視野に関してハッブル宇宙望遠鏡をはるかに凌ぎ、測光に関しカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡より数等深い性能を有し、ハローの種族構成の研究を行うに最適である。測光に当たっては、データ処理パッケージIRAF(DAOPHOTO)を用い、人工星を使っての検出率の推定、背景銀河の除去、コントロールフィールド(以下CF)との比較による銀河系の星の除去に細心の注意が払われた。

第3章ではGSに属する恒星の性質が論じられている。データ解析の第一段階はGSに属さない天体を除去して、ストリームに属する星だけの色等級図を得ることである。この除去操作はGSフィールドの色等級図からハロー内CFの色等級図を統計的に差し引くことで行われた。この手法では銀河系の星と背景銀河のみならず、アンドロメダハローの滑らかに分布する成分も除去される。こうして得られた色等級図は、幅広の赤色巨星枝、赤色巨星枝下方に位置するレッドクランプ、その少し上に小さなこぶとして現れたAGBバンプを明瞭に示している。古い種族の赤色巨星枝最高光度はI等級では金属量によらずほぼ一定であることが知られている。したがってこの最高光度に対応する赤色巨星枝突端の見かけI等級から天体の距離指数が得られる。距離指数が決まると、球状星団の色等級図との比較から赤色巨星枝の金属量分布を決定することができる。レッドクランプの光度は金属量と年齢の関数であるが、金属量に対しては強い依存性を持たない。したがって、平均金属量を適用して恒星集団の年齢を推定することができる。GSの色等級図に対して以上に述べた方法で解析を行った結果、距離=880 キロパーセク, 平均金属量[Fe/H]mean=-0.7, 年齢=80 億年という値を得た。この結果はGSがアンドロメダ銀河本体に対して90 キロパーセク後方に位置し、ハローとしてはかなり金属量が高く、やや年齢の若い星から構成されていることを示している。以上の結果からこのストリームは比較的重い矮小銀河が数十億年ほど以前に降着して形成されたと結論される。

第4章では前章で説明された手法を短軸に沿った観測領域に適用した結果が述べられている。差し引き用のCFの色等級図は、銀経=103°で銀緯の異なる3 箇所から得られた。これらを銀経と銀緯の補正に用いて観測領域に相当する色等級図を作り、観測された色等級図から統計的差し引きを行って、ハローの星の色等級図を作成した。前章と違い、CFがハローの十分外に取られたため、ここではハローの滑らかな成分も含まれている。一般にハローの恒星密度は低いために、その分布に現れる副次的構造の検出は困難である。論文提出者は、ハロー星の色等級図をグリッドに分割しグリッド色等級図を作成し、年齢120 億年で金属量[Fe/H]が-2.31 と0.0 のモデル等時線に挟まれたグリッドを選び出した。観測領域毎にこうして抽出されたグリッド色等級図を全て重ね合わせたものをウェイトマトリックスとするMatched Filter 法を適用して各観測領域で密度超過領域の検出を試みた。その結果、新たにアンドロメダ銀河北西短軸上に二つの密度超過領域を発見した。銀河中心からの投影距離は60 と100 キロパーセクで、二つのストリーム構造を横断したものと考えられる。これらの構造にある恒星の金属量は低い。また、北西内側ハローの棚状構造部の金属分布は南東にあるGSとわずかではあるが有意に異なることが示された。一方、滑らかに分布するハロー本体の密度分布は銀河系とよく似ていることが確認された。前章と同様の方法で各観測領域毎に金属量分布を調べた結果、平均金属量の短軸に沿っての分布は北西側と南東側とでかなり異なっていることが分かった。また、レッドクランプの強度が領域によって大きく変動することは中間年齢種族の恒星の分布が非一様性であることを示している。これらの結果はアンドロメダ銀河ハローの化学力学的緩和がまだ完了しておらず、ダイナミカルな進化過程にあることを示すものである。

第5章はまとめの章で、第3 章と第4 章で得られた結果が改めて整理された形で提示されている。

本論文はすばる望遠鏡主焦点カメラの広視野性能を十分に発揮した深い撮像観測に基づいて、アンドロメダ銀河ハローのストリーム構造を構成する恒星種族の年齢と金属量を調べ、銀河形成における降着過程のスナップショットを明瞭に示したもので、天文学上高い意義を有すると判断される。本論文は家正則、千葉柾司、小宮山裕、R.Guhathakurta及びJ.Kalirai との共同研究に基づくものであるが、本論文にまとめられた内容については論文提出者が主体となって解析および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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