学位論文要旨



No 124440
著者(漢字) 田村,陽一
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ヨウイチ
標題(和) 高赤方偏移における大質量爆発的星形成銀河及び宇宙大規模構造との関係
標題(洋) Distant Massive Starbursts and Their Relation to Cosmic Large-scale Structure at High Redshift
報告番号 124440
報告番号 甲24440
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5338号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川良,公明
 国立天文台 准教授 兒玉,忠恭
 東京大学 准教授 嶋作,一大
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 准教授 関本,裕太郎
内容要旨 要旨を表示する

宇宙の大規模構造はどのように形成し成長したのか。またその大規模構造のなかで大質量銀河 (~ 10(11) 太陽質量) はどのように形成・進化したのか。これは現代の宇宙物理学の中心課題のひとつである。これを知る手がかりとなる宇宙を占める質量のほとんどは暗黒物質に支配されており、これの直接検出は現在不可能である。しかし、見える物質の集中、例えば大質量銀河を暗黒物質のトレーサに用いることならば可能だ。すなわち、初期宇宙における構造形成と進化を理解するためには、見える質量の集中箇所(小質量の若い原始銀河と考えられるライマンアルファ(Lyα)輝線銀河(LAE)でトレースされる原始銀河団や形成中の大質量銀河)を高赤方偏移で特定することが重要な代替案である。

現在の構造形成論では銀河団は暗黒物質の空間分布のピークに相当する。なかでも高密度のピークでは爆発的星形成を伴った大銀河の形成が生じている可能性が高く、銀河内で頻発する超新星爆発により生成された星間ダストが銀河全体を覆い尽くすと考えられる。このダストは星形成領域からの紫外線をほぼすべて吸収し、遠赤外線からミリ波・サブミリ波の領域で莫大なエネルギーを放射する。このような形成途上にある大質量銀河は「サブミリ波銀河」と呼ばれる。サブミリ波銀河は、そのダスト放射スペクトルの形状から高赤方偏移でも放射強度が保持するため、高赤方偏移へのプローブとして提案され(Blain &Longair 1993)、1990 年代の後半に(サブ)ミリ波観測技術の向上になって初めて数多く発見された(Smail et al. 1997; Hughes et al. 1998; Barger et al. 1998)。

このような特徴を持っているため、サブミリ波銀河は以下のような重要な問題に深く関連していると考えられている:

・ 高赤方偏移における宇宙星形成密度 (volume-averaged cosmic star formation density)への大きな寄与

・ 現在の巨大楕円銀河の祖先の高赤方偏移における対応天体種族

・ 成長中の大規模構造と最も質量の大きい銀河との関連

その一方で、(1) 200 平方分を超える広域深探査の困難、(2) 対応天体を知るには不十分な空間分解能、(3) 赤方偏移推定の困難、といった技術的な課題が、上記の問題の解決を大きく妨げていた。

そこで本研究では、「サブミリ波銀河は成長中の宇宙大規模構造が作る重力ポテンシャルの底部に形成する」という作業仮説を検証することを目的とし、高赤方偏移の原始銀河団が存在するSSA22 領域に対するサブミリ波銀河の広域探査を波長1.1mm で実行した。またサブミリ波干渉計(SMA)を用いて発見されたサブミリ波銀河のひとつを高分解能観測した。さらに、可視観測に大きく頼らない独自の赤方偏移推定法を開発し、検出されたサブミリ波銀河の赤方偏移を推定した。

対象としたSSA22 原始銀河団は、すばる望遠鏡によるLAE の探査によって赤方偏移3.1(宇宙年齢が現在の15%程度の時代)に発見された最も顕著かつ大規模な(数10 Mpc)原始銀河団であり、遠方宇宙の高密度環境におけるサブミリ波銀河の形成を検証するうえで最適である。我々は観測条件の極めてよいアタカマ高地に立地するASTE 10 m サブミリ波望遠鏡に搭載された新型ミリ波カメラAzTEC を用い、既存のサブミリ波サーベイ面積の20倍に及ぶ390 平方度を0.7 mJy1の深さ(をもつサブミリ波銀河に対応)でサーベイした。この結果、4×10(12) 太陽光度の赤外線光度を超える30 天体を検出した(図1a)。これらのエネルギー源が星形成活動に起因すると仮定すると、その星形成率は~ 10(3) 太陽質量/年におよぶ。

我々の発見のうちもっとも顕著なものは、信頼性の高い2.7 mJy よりも明るいサブミリ波銀河が、LAE の密度超過領域に集中している、すなわちサブミリ銀河とLAE の分布が相関している点である(図1b)。しかしながら、我々のスタッキング解析からはLAE にはサブミリ波銀河よりも1-2 桁(以上)下回る程度のダスト質量しかなく、両種族がまったく異なる特徴を持っていることがわかった。これらの観測事実は、性質のまったく異なる2つの種族の銀河が同一の大規模構造で同時に形成されていることを示唆する。事実、発見されたサブミリ波銀河の多波長データから赤方偏移を推定したところ、ある割合のサブミリ波銀河が赤方偏移3.1 の大規模構造と同じ赤方偏移に存在している可能性が高いことがわかった。これはサブミリ銀河とLAE 原始銀河団との空間的な相関をサポートすると言える。

検出された天体の性質を知る目的で、最も明るいサブミリ波銀河AzTEC1 (8.4 ±0.9 mJy)に対しSMA を用いた波長860μm でのアストロメトリーを行った。この結果、SMA の分解能で点源と見なせるコンパクト(<1.1")なAzTEC1 対応天体を決定した。この位置に電波源(20 cm)、及び中間赤外(Spitzer)が見出され、赤方偏移3.1 のスペクトルエネルギー分布と一致する一方、深い近赤外(Ks バンド)でドロップアウト(Ks > 24.9, < 450 nJy)していることがわかった。これは、ダストに埋もれた巨大ブラックホールの存在、非常に大きい減光(Av ~100)、若い星成分の存在、ないし、5 を超える高赤方偏移を示唆する。このような描像がサブミリ銀河に一般的かは判断できないが、こういった非常に赤い特徴はサブミリ波銀河対応天体を決定する上できわめて有用である。

我々は2点角度相互相関関数を導入し、サブミリ銀河とLAE 原始銀河団との相関を定量的に評価した。この結果、サブミリ波銀河とLAE の間に正の角度相互相関があることを確かめた(図2)。また2次元Kolmogorov-Smirnov 検定を用い、両者の分布が異なる確率は2.7%と低い(有意水準97.3%)ことを示した。これはまったく異なるふたつの銀河種族が同じ大規模構造内で進化していることを示唆する。さらに我々の観測結果は、多体数値計算による暗黒物質ハローの進化と個々のハロー内部での赤外線光度進化モデルから予想される角度相互相関関数と矛盾しない。現在の階層的構造形成の描像と大筋で合致すると言える。

サブミリ波銀河種族の理解自体が依然として途上段階にある。その一方で、本研究が示した観測事実は、サブミリ銀河が原始銀河団のような高密度環境の中心付近で選択的に形成されやすいことを示唆した重要かつ最初の例となった(図3)。遠方宇宙へのプローブであるサブミリ波銀河の特長を考慮すれば、サブミリ銀河はユニークな可能性を秘めている:他の手法ではトレースするのが難しい遠方宇宙の成長中の大規模構造の目印として、その進化を追跡できるかもしれない。次世代の大型サブミリ波連続波撮像装置やアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)がこの可能性をテストできるであろう。

図1:(上図a) 原始銀河団領域SSA 22 に対するAzTEC/ASTE による1.1 mm 連続波画像。差し渡しが30 Mpc 程度の空間スケールに対応する。(下図b) 明るいサブミリ波銀河(橙色の丸印で直径が1.1 mm 放射強度に対応)、およりLyα輝線銀河(白点)とその数密度分布(背景カラー)。Lyα輝線銀河の集中領域にやはりサブミリ波銀河も集中している。

図2:明るいサブミリ波銀河とLyα輝線銀河の間の2点角度相互相関関数(丸印)に正の相関が見られる。また、暗黒物質ハローとその内部の赤外線光度の理論的モデルは、観測された相関関数と定性的に矛盾しない。Lyα輝線銀河の自己相関関数(破線, Hayashino et al.2004)、および30 天体すべてのサブミリ波銀河とLyα輝線銀河の相互相関関数も示した(四角印)。

図3:本研究の概要図。我々はサブミリ波望遠鏡ASTE (図中右下)とAzTEC カメラを用いてLyα輝線銀河でトレースされる大規模構造(左上)方向を波長1.1 mm で観測した。この結果、大規模構造に付随すると推定されるサブミリ波銀河(左下, 想像図)を発見した。サブミリ波銀河はこういった高密度環境の目印になるというユニークな可能性を持つのかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

エネルギーの大部分を遠赤外線で放射している赤外線銀河のうち,高赤方偏移にあるものはサブミリ波で明るくサブミリ波銀河(SMG)と呼ばれる.本論文は,革新的な観測装置によりサブミリ波観測を行い,明るいSMG が原始銀河団を含む大規模構造で生まれていることを示した初めての研究成果である.

本論文は5 章からなる.第1 章は序説である.宇宙大規模構造や銀河形成において暗黒物質が重要な役割を果たしており,現代の構造形成理論によれば暗黒物質が集積した高密度の場所に銀河団や大質量銀河が形成される.SMG のエネルギー源は活発に進行している星形成で生まれた若い星々であり,観測される光度が非常に大きいことから,SMG は大質量爆発的星形成銀河であると考えられる.すなわち,高赤方偏移にある原始銀河団において大質量銀河が形成されたという予測のもとに,論文提出者達は赤方偏移3.1 にあるSSA22 と呼ばれる原始銀河団のサブミリ波観測を行った.

第2 章では,AzTEC と呼ばれる革新的な144 素子ボロメーターを口径10m のASTE望遠鏡に搭載し,既存のサブミリ波サーベイより20 倍も大きい390 平方分の面積を高感度で観測したことが述べられている.観測波長は1.1mm である.地球大気の揺らぎによる雑音を除去するための新しいアイデアに基づくアルゴリズム,従来より多い素子数,大気の透明度(標高4800m)などにより,従来より遙かに効率的な観測に成功した.本論文の解析に用いたSMG の数は30 個で,信号雑音比は3.5 以上である.

第3 章では,30 のSMG のうち最も明るいAzTEC1 をサブミリ波干渉計で観測して,正確に位置を求めて,同定作業を行ったことが述べられている.中間赤外線源とは同定ができたが,近赤外線や可視光のイメージには対応物が見つからなかった.低い赤方偏移で観測されている赤外線銀河に比べて,この天体の紫外線可視光のスペクトルは赤いことが分った.

第4 章では,分光観測によりSSA22 原始銀河団を含む大規模構造にあることが確認されているライマンアルファ輝線銀河(LAE)とSMG との角度相関関数を調べた.その結果,明るいSMG はLAE と正の角度相関を持つことが明らかになった.30 個のSMG を明るさに応じて3つのサブサンプル(それぞれ10 天体)に分け,同様の解析を行ったところ,この相関は一番明るいグループによって作られていることが分った.すなわち,明るいSMGはSSA22原始銀河団を含む大規模構造にあることが統計的に示されたのである.これまで,SMG が原始銀河団あるいは銀河密度の高い場所と関係していることが示唆されていた.その仮説が,LAE が密集した既知の原始銀河団を含む大規模構造とSMG との直接的な分布の比較によって観測的に実証されたのは初めてである.

第5 章には,研究のまとめが述べられている.

本研究の独創的な点は,(1)革新的な観測装置を用いてサブミリ波観測の効率を飛躍的に向上させ,従来より遙かに良質で大量のデータを取得したこと,(2)分光観測では決定できないSMG の赤方偏移を,赤方偏移が測定されている銀河との角度相関関数をとることで,統計学的に決定したことである.これは,SMG と原始銀河団を含む大規模構造が関係していることを直接示す最初の観測例であり,SMG をプローブとした大規模構造形成についてのパイオニア的観測として,高く評価できる.

本論文は,川辺良平など20 名との共同研究であるが,その多くは論文提出者が主体となって,観測,データ解析,解釈を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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