学位論文要旨



No 124441
著者(漢字) 時田,幸一
著者(英字)
著者(カナ) トキタ,コウイチ
標題(和) スペクトルを用いた中及び高赤方偏移超新星の諸性質に関する観測的研究
標題(洋) Observational Studies on Spectroscopic Properties of Supernovae at Intermediate and High Redshift Ranges
報告番号 124441
報告番号 甲24441
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5339号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 茂山,俊和
 東京大学 准教授 梶野,敏貴
 東京大学 教授 海老沢,研
 東京大学 准教授 田中,培生
 東京大学 教授 家,正則
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、主にスペクトルを用いて、中及び高赤方偏移超新星の性質を議論する。超新星とは、星の進化の最終段階において起こる大爆発のことである。近年では観測技術の発達や、いくつもの超新星探索プロジェクトによって、近傍から遠方まで多数の超新星が発見、観測されている。超新星は、スペクトルや光度曲線の特徴からいくつかの型に分類されている。まず大きく分けて、スペクトル中に水素のラインが検出されないI型と検出されるII型が存在し、それぞれの型の中でさらにIa、Ib、Ic、II-P、II-L、IIn型といったサブグループに分けられる。Ia型超新星は連星系にある白色矮星が爆発したものであり、その他の型(Ib/c、II型)は重力崩壊型超新星と呼ばれ、太陽の8倍以上の質量を持つ大質量星が重力崩壊を起こして生じると考えられている。Ia型超新星は、個々の明るさがほぼ同じであるという特性から、標準光源として観測的宇宙論の分野で利用されている。1990年代後半にIa型超新星を使って宇宙が加速膨張しているという結果が示され、現在では近傍から遠方までの多数のIa型超新星を用いて、宇宙論パラメーターの精密決定が行われつつある。一方、重力崩壊型超新星は寿命の短い大質量星の爆発であるため、星生成のトレーサーとして使われたり、CaやMgといった中間質量元素の供給源として注目されている。超新星研究の関連分野は多岐にわたるが、超新星を用いて研究を行うためには、まず発見された超新星の型や赤方偏移(z)、最大光度から何日後であるかというepoch(t)を調べることが必要不可欠である。

本研究ではまず、様々な型やepochの近傍超新星やモデルスペクトルから成る超新星のテンプレートと、観測された超新星スペクトルとの比較を行い、両者の一致の度合いをreduced χ2を指標として定量的に評価するコードを開発した。一般に観測された超新星スペクトルは、母銀河の光や塵による減光の効果にも影響されるため、型や赤方偏移、epochに加えて、母銀河の寄与、塵による減光をパラメーターとし、reduced χ2が最小となるような最適解を見つけるというものである。この手法をSDSS-II Supernova Survey (SDSS超新星サーベイ)で発見された中遠方(z=0.05-0.4)の超新星と、Supernova Cosmology Project(SCP)の一環として、2001年から2007年にかけてSubaru望遠鏡のFOCASで分光観測した、z>0.5の遠方の超新星に適用した。その結果、SDSS超新星については、ほとんどの天体に対して型や赤方偏移、epochの決定に成功した。一方z>0.5の遠方超新星に対しても、S/Nの悪いスペクトルを除いた数天体について型を決定することができ、この手法が遠方の超新星についても有効である事を示すことができた。

次にSDSS超新星のスペクトルを用いて、Ia型超新星の多様性について調べる。先に述べたように、個々の性質や明るさのばらつきが小さいことで知られているIa型超新星だが、必ずしも性質が完全に一様ではない。現在一般的には、Ia型超新星を標準光源として使用する場合、最大光度の明るさと光度曲線の形が相関を持つという経験則(明るい超新星ほど緩やかな増光減光を示す)に従って、個々のIa型超新星の明るさを補正している。このときに用いられるパラメーターは光度曲線の解析手法によって異なるが、本研究では「stretch法」及び「stretch factor (sf)」を用いる。しかしながら、この補正だけでは十分に明るさをそろえることができないことがわかってきた。最近では、Ia型超新星のスペクトルにおいて、静止系紫外から可視光にかけての波長域で特に個々の多様性が顕著に見られるという結果が報告されている。宇宙論パラメーター決定のためにはz>1の遠方の超新星を観測する必要があるが、そうした遠方では、可視光で観測した際に静止系紫外の波長域を見ていることになるので、静止系紫外域でのIa型超新星の多様性を理解することが非常に重要である。また一方で理論モデルの観点からは、progenitorの金属量や、爆発時の外層の密度構造などがIa型超新星の明るさやスペクトルのfeatureを変える、という予測がされており、特に静止系紫外から可視光の波長域で金属量の違いが大きく寄与するという計算結果もある。そこで本研究では、中赤方偏移の超新星のスペクトルを使って、静止系紫外から可視にかけての波長域でのIa型超新星の多様性を議論する。

今回用いるのは、SDSS超新星サーベイで発見され、Subaru望遠鏡で分光観測した超新星サンプルである。SDSS超新星サーベイがターゲットとしているのは、z=0.05-0.40であるが、その中でもSubaru望遠鏡はz>0.2の超新星を主に分光しており、可視光の短波長域におけるIa型超新星の多様性を議論するのに適している。今回はSubaru望遠鏡で分光したIa型超新星の中から、最大光度付近(-5 < t < 5 day)に撮られたスペクトル20個を使用する。母銀河成分や天の川銀河の塵による減光等を補正したスペクトルを使って、U-B vs B-Vのcolor-color diagram (2色図)を作成し、Ia型超新星の分布を調べたものが図1である。黒い点が個々のIa型超新星、青いシンボルは平均値でエラーバーはサンプルの分散を表す。赤い矢印は母銀河の塵による赤化を示している(長さはAv=1.0mag)。水色の四角はIa型超新星のスペクトルテンプレートであり、左下から右上に向かってt=-5dayからt=+5dayまでを1日おきに表している。この図を見ると、今回のIa型超新星サンプルの分散の向きが赤化の向きと異なっている点から、この分散は母銀河の塵による赤化では説明できない、Ia型超新星の多様性を示していることがわかる。この分散の要因として考えられるのは、まずstretch factor(sf)で補正可能な多様性、及びepochが一様ではないために起こる時間進化による多様性である。そこで、20個のサンプルをstretch factorごとに3つのグループ(sf < 1.0, 1.0 < sf < 1.1, 1.1 < sf)に分け、3つのグループでそれぞれ平均スペクトルを作成する。そして、3つのグループの各平均スペクトルが全体の平均に合うようにしてストレッチの効果を補正する。またepochについても、20個のスペクトルを3つのグループ(-3 < t < -2, 1 < t < 3, 3 < t < 5 day)に分けて同様の補正を行う。こうしてstretch factorとepochの補正を行った結果を示したのが図2である。黒い点と灰色の点は補正前の各超新星と全体の平均、青い点と緑の点が補正後の各超新星と全体の平均である。これを見ると、全体の分散は小さくなったものの、依然としてまだ大きな分散が残っている事がわかる。これはstretch factorとepochだけではIa型超新星の分散をすべて説明することはできず、多様性の要因が他にもある可能性を示している。他の要因として考えられるのは、母銀河による塵の効果やprogenitorの金属量などであり、これらが多様性の一因となっているのかを調べる。図2の青い点の中で、全体の平均から大きくずれたサンプルに注目し、赤い側(平均から右上)に離れて分布している6天体(red sample)と、青い側(左下)に分布している2天体(blue sample)をそれぞれ平均したスペクトルを作成する。そしてred sampleとblue sampleの平均スペクトルのカラーが一致するように赤化補正をかけた上で両者を比較したのが図3である。全体のカラーを補正しても、4500Åより青い側の波長域でfeatureに違いが見られ、塵による減光以外の要因がある事を示唆している。これらの違いがprogenitorの金属量の違いで説明できるのかを調べるため、理論モデルとの比較を行った。しかしながら、今回比較した理論モデルの計算結果は図3に見られる結果とは一致しておらず、多様性が金属量によるものなのかどうか確かめることはできなかった。今回は、Ia型超新星の多様性の原因を突き止めることはできなかったものの、可視の短波長域においてIa型超新星の多様性が顕著に現れることを確認した。金属量がスペクトルに及ぼす影響については、未だ確たる理論モデルが確立されはいないが、本研究ではその手がかりとなるような多様性の定量化をある程度行うことができた。

図1 最大光度付近のSDSS超新星のスペクトルを使って作成した2色図。黒い点は個々のIa型超新星、青い四角はサンプルの平均値でエラーバーはサンプルの分散。赤い矢印は母銀河の塵による赤化を示す(Av=1.0mag)。水色の四角はIa型超新星のスペクトルテンプレートであり、左下から右上に向かってt=-5dayからt=+5dayまでを1日おきに表している。

図2 stretch factorとepochの補正結果。黒い点と灰色の四角は補正前の各超新星と全体の平均、青い点と緑の四角が補正後の各超新星と全体の平均を示す。

図3 図2で、平均から赤い側へずれていた6天体の平均スペクトル(赤線)と、青い側へずれていた2天体の平均スペクトル(青線)の比較。下の図は両者のずれを表したものである。4500Åより短波長側で、違いが見られる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全14 章からなり、第2-第7 章までの第一部とそれ以降の第二部に大別できる。

第1 章は全体の導入部で、超新星の分類とそれぞれの型の超新星の起源、なかでもIa型超新星の特徴や観測的宇宙論での役割についてのこれまでの研究について述べられている。第一部では、観測された超新星のスペクトルと既存のテンプレートスペクトルとの比較からreduced χ2 を指標として、その型と赤方偏移、そしてスペクトルがとられた時期が最大光度から何日目に当たるか(エポックという)を決定する独自の手法とその結果が提示されている。第2 章ではこれらの量の重要性が述べられている。第3 章では本研究の手法の詳細が記され、母銀河の光の混ざり込みや星間固体微粒子による減光の効果についても議論されている。第4 章ではSDSS 超新星サーベイで発見されSUBARU 望遠鏡で分光された超新星にこの手法を適用し、赤方偏移0.05<z<0.4 の超新星に対してその有効性を示している。第5 章ではこの手法を赤方偏移z>0.5 の遠方の超新星に適用し、その分類に成功したことが記されている。第6 章ではこの手法の結果と他の手法の結果を比較し決定した型、赤方偏移、エポックについて無矛盾な結果が得られたことを確認している。第7章は第一部のまとめである。

第二部ではIa 型超新星のスペクトルにみられる多様性について議論されている。第8章ではIa 型超新星について、静止系での紫外線から可視光にかけてのスペクトルに個々の超新星ごとの違いが顕著に見られることに着目し、その違いの原因を突き詰めることで母天体の性質に迫る可能性について、第一部で紹介された手法を用いて具体的に調べることを述べられている。第9章では目的にかなうIa 型超新星のサンプルを抽出する方法と母銀河によるスペクトルへの影響を取り除く手順を示している。第10 章では前章で補正されたスペクトルを用いてU-B とB-V の2色図を作成し、星間固体微粒子による赤化によって生じる分散とは異なる分散が現れていることを確認している。第11 章ではスペクトルが撮られたエポックの違いを補正して2 色図上での分散が減ることを確認している。さらに、Ia 型超新星の多様性として知られている光度曲線の形状と明るさの相関をもとに補正を加えるとさらに分散が減るものの、有意な分散が残ることが示され、他にもIa 型超新星の分散を生じる原因があると結論づけている。これが本論文における新たな知見である。第12 章では前章の解析で残った分散の原因が母天体の金属量の違いによるものか調べている。金属量の違う理論モデルのスペクトルと比較することからはその原因が金属量によるものとは言えないことが示された。加えて、このIa 型超新星に見られる多様性がIa 型超新星を標準光源として用いた宇宙論の議論に与える影響を議論している。第13 章は第二部のまとめである。第14 章は結論で、本研究により可視光の短波長領域にIa 型超新星の多様性が顕著に現れることが定量的に初めて示されたことが述べられている。

以上のように、本論文では、Ia 型超新星のスペクトルにみられる多様性に関する新しい知見が得られ、将来の宇宙論的観測に資する手法も提示されていて、高く評価できる。

なお、本論文の内容は土居守、安田直樹、諸隈智貴、高梨直紘、小西功記、田中雅臣、井原隆、早野淳二、Joshua Frieman, John Marriner, Rick Kessler, Jon Hotzman, Chen Zheng, 迫昌男, Chris Lidman, Greg Aldering, Rahman Amanullah, Kyle Barbary,Vitaliy Fadeyev, Ariel Goobar, Isobel M. Hook, Joshua Meyers, D. Andrew Howell,Reynald Pain, Saul Perlmutter, David Rubin, Anthony L. Spadafora, Hannah Swift,Lorenzo Faccioli, 鈴木尚孝、戸谷友則、服部尭、柏川伸成との共同研究である。しかし、その全てが論文提出者を第一著者とする論文としてまとめて発表する予定であり、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク