学位論文要旨



No 124443
著者(漢字) 松岡,良樹
著者(英字)
著者(カナ) マツオカ,ヨシキ
標題(和) 宇宙の構造形成最終期における巨大銀河の発達
標題(洋) Assembly of Giant Galaxies in the Final Stage of the Cosmic Structure Formation
報告番号 124443
報告番号 甲24443
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5341号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 嶋作,一大
 東京大学 特任准教授 吉田,直紀
 東京大学 准教授 安田,直樹
 東京大学 准教授 河野,孝太郎
 国立天文台 教授 牧野,淳一郎
内容要旨 要旨を表示する

現在の宇宙に見られる大質量(星質量M〓 > 10(11)M〓)銀河の形成・進化過程を明らかにすることは、宇宙物理学に残された大きな課題の1つである。これら大質量銀河の多くは巨大な早期型銀河であり、年老いた星の放射する赤い光が支配的であることが観測的に知られている。冷たい暗黒物質(Cold Dark Matter)と宇宙項Λが優勢な宇宙においては、大規模な物質構造は暗黒物質の重力収縮によって作られ、階層的様相を呈することが示されている。その構造の中でバリオンがエネルギーを散逸、収縮し、光で観測される銀河を形成すると予測されているが、その具体的な過程は未だ観測的に明らかにはされていない。特に大質量銀河が宇宙構造形成のどの段階で形成され、どのような進化を辿ったのかを明らかにすることは銀河形成理論に重要な制約を与えると期待されているが、多くの観測的傍証(銀河の光度関数、色-等級関係、色-形態関係、衝突頻度、星形成率など)が報告されているものの、決定的な観測的証拠は得られていない。本論文は先行研究をはるかに上回る超広視野の観測を基に、宇宙年齢の半分に当たる赤方偏移z ~ 1 から現在に至る大質量銀河の数密度進化を精度良く測定することで、銀河形成過程を解き明かす鍵となる観測事実を提示するものである。

本論文では、近赤外線の広域測光サーベイであるUKIRT Infrared Deep Sky Survey (UKIDSS),可視光の広域測光サーベイSloan Digital Sky Survey (SDSS) II Supernova Survey、およびVIMOSVLT Deep Survey (VVDS), DEEP2 Redshift Survey という2つの分光サーベイを組み合わせることにより、大規模な銀河サンプルを構築する。測光データの観測・初期解析以降のデータ処理を独自に行うことで、z ~ 1 までに存在する星質量M > 10(11)M の銀河を約50 平方度に渡ってほぼ完全に検出できるデータ精度が達成された。利用可能な測光バンドはu (中心波長0.35 μm), g (0.47 μm),r (0.62 μm), i (0.75 μm), z (0.89 μm), Y (1.03 μm), J (1.25 μm), H (1.63 μm), およびK (2.20μm)、50%の検出限界はK バンドで17.9 等である。検出された天体はr, z, K バンド等級を基に星と銀河に分類され、その結果およそ22,000 個の銀河が同定された。各銀河の赤方偏移z は、VVDSとDEEP2 の分光サンプルを用いて最適化されたphotometric redshift 法を用いて推定された。その誤差はσΔz/(1+zspec)~ 0.04 程度である。またstellar population synthesis モデルに基づき、それぞれの銀河からの放射を担う星質量を測定した。

検出された銀河のK バンド計数はより深い観測と限界等級K = 17.9 等までよく一致することが示され、これはサンプル構築が精度良く行なわれたことを支持している。また銀河の角度分布を目視により確認したところ、銀河団やボイド構造の候補となる多くのクラスタリング構造が確認されたのに対し、(観測領域端などでの)不自然な分布構造は見られなかった。

図1 に、測定された大質量銀河の数密度を示す。近傍宇宙(z = 0.05)の結果はTwo Micron All Sky Survey (2MASS) と2dF Galaxy Redshift Survey のデータを基に測定されたものである。誤差の評価には、photometric redshift の測定誤差に伴う計数誤差、限界等級よりも暗い銀河の寄与、および星質量の推定誤差に伴う計数誤差(Eddington bias)が含まれている。先行研究の多くで最大の誤差要因であったcosmic variance(銀河の非一様な空間分布に伴う「平均的な空間密度」の測定誤差)は、本研究では他の誤差に比べて十分小さいことが示されている。

驚いたことに、星質量がM〓 = 10(11)M〓を越える大質量銀河はz ~ 1 から現在にかけて著しい数密度進化を見せている。10(11.0)M〓 < M〓 < 10(11.5)M〓 の銀河の数密度増加は数倍、さらに重いクラス(10(11.5)M〓 < M〓 < 10(12.0)M〓) の銀河の数密度増加は1桁近くにも及ぶ。このような発見を行うに足る十分な数のサンプルを十分広い天域で得たのは、本研究が初めてである。

本結果と直接比較が可能な唯一の先行研究は、Conselice et al. (2007, MNRAS, 381, 962) によるDEEP2 領域の研究である。彼らは本研究よりはるかに狭いながら約1.5 平方度の領域で大質量銀河の数密度進化を測定し、M〓 > 10(11)M〓 の銀河の数密度は現在からz ~ 1 までほぼ一定であるという報告をしている。しかしこの測定はz = 1付近の大きな密度超過(cosmic variance と考えられる) から深刻な影響を被っており、強いクラスタリングを示す大質量銀河の測定においては1 平方度の観測でもcosmic variance の影響が決定的であることが本研究によって改めて確認されたと言える。

発見された大質量銀河の強い数密度進化の原因を探るため、図2 には観測された銀河の静止系での色U-V と絶対等級MB との関係を示す。これら静止系等級は、観測されたgriz バンドでの等級にstellar population synthesis モデルに基づいたk-correctionを行なうことで得られたものである。以下ではU-V = 1.0 を境に銀河を赤い種族と青い種族に分類する。図から、10(11.0)M〓 <M〓 < 10(11.5)M〓の銀河の半数程度(~ 60%) がz ~ 1 では青い種族であり、内部で星形成活動が進行中であることが示唆される。実際に前出のConselice et al. は、0.4 < z < 1.4 に存在する彼らのM〓 > 10(11)M〓 銀河のうち半数程度がSpitzer Space Telescope/MIPS 24 μmバンドで検出され、その平均的な星形成率は~ 50M〓 yr(-1) に達すると報告している。これはおよそ2 Gyr の間に星質量M〓 = 10(11)M〓 を作り出すだけの星形成活動に対応し、観測された大質量銀河の数密度成長を説明できる可能性がある。図が示すようにこの星形成活動はz = 0に向かって次第に減少し、これら銀河の多くを赤い種族へ変化させている。一方でより重い10(11.5)M〓 <M〓 < 10(12.0)M〓 の銀河はz ~ 1 ですでに多数が赤い種族に属しており、これは星形成のdown-sizing の傾向を示すものである。

最後に、これら大質量銀河のクラスタリング測定の結果を図3 に示す。いずれの質量クラスでも強いクラスタリングが検出されている。特に10(11.5)M〓 <M〓 < 10(12.0)M〓 の銀河では空間相関長がr0 ~ 14 Mpc に達し、これは近傍宇宙の非常に明るい銀河やz > 1 に存在するextremely red object(ERO) と呼ばれる種族の明るい天体と同等である。この事から、10(11.5)M〓 <M〓 < 10(12.0)M〓 の銀河はこれら2つの種族を直接関係づける天体であると考えられる。一方で10(11.0)M〓 <M〓< 10(11.5)M〓の銀河はより弱いクラスタリングを示し、近傍のL ~ L* (光度関数の典型的光度) 銀河へ進化すると見られる。空間相関長は0.2 < z < 1.0 でほぼ一定であり、これら銀河の背後にある物質構造が共動座標にほぼ固定され、宇宙とともに膨張していることが示唆される。

図1: 大質量銀河の数密度進化。星質量10(11.0)M〓 < M < 10(11.5)M〓 および10(11.5)M〓 < M〓 <10(12.0)M〓 の銀河がそれぞれ青と赤のシンボルで示されている。菱形/正方形は天体検出率補正前/後の本研究の結果、三角は近傍宇宙での結果である。点線/波線は天体検出率補正前/後の測定値にフィットされた簡単な指数関数的進化モデルを表す。

図2: 異なる赤方偏移における、観測された銀河の静止系の色U - V と絶対等級MB の関係。灰、青、赤色の点はそれぞれ星質量M〓 < 10(11.0)M〓, 10(11.0)M〓 <M〓 < 10(11.5)M〓, および10(11.5)M〓 <M〓 < 10(12.0)M〓 の銀河を表す。水平線は本研究で用いられる青い種族と赤い種族の分類基準である。

図3: 本研究の大質量銀河および他の銀河種族で測定された空間相関長。青と赤の菱形は本研究で観測された星質量10(11.0)M〓 < M〓 < 10(11.5)M〓 および10(11.5)M〓 < M〓 < 10(12.0)M〓 の銀河を表す。一方、正方形と三角はSDSS と2dF Galaxy Redshift Survey で観測された近傍宇宙の赤い銀河(複数のシンボルはL~ L* - 4L* の異なる光度クラスを表す)、白丸と黒丸はNOAO Deep Wide-FieldSurvey で観測された赤く明るい銀河と明るいEROs 種族をそれぞれ表す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、公開されている可視および近赤外のデータを独自に解析して、大質量銀河の進化を数密度に重点を置いて調べたものである。本研究は、約50 平方度という、従来の研究に比べて圧倒的に広い天域のデータに基づいており、宇宙の構造形成の最終期に当たる赤方偏移(以下z)z=1 以降の大質量銀河の進化について、銀河の空間分布の大域的な揺らぎに影響されない信頼性の高い結果を初めて導き出している。大質量銀河の数が現在までに著しく増えるという結果は特に注目に値する。

本論文は6 章からなる。第一章では研究の背景と目的が簡潔に記されている。大質量銀河(星質量が10(11) 太陽質量以上の銀河を指す)の形成過程の解明は天文学の重要な課題だが、本研究と同様の赤方偏移を対象とした従来の観測は探査天域が狭すぎるために銀河の空間分布の大域的な揺らぎの影響が無視できず、信頼性に欠けるということが強調されている。第二章では、本研究で用いられるデータが示され、それを用いて天体カタログが作成されている。本研究は、公開されている2 つの撮像サーベイ(可視はSDSS、近赤外はUKIDSS)と2 つの分光サーベイ(VVDS、DEEP2)のデータを組み合わせて用いているが、SDSSについては、初期解析以降のデータ処理を独自に行うことで、元のデータよりも検出限界を向上させている。また、天体検出や測光に伴うさまざまな誤差も丁寧に評価している。本章に限らず、測定値の誤差の丁寧な評価は本論文の一貫した特長である。第三章では、前章の天体カタログから銀河だけを選び出し、可視から近赤外までの多波長の測光データに基づいて、約22000 個の銀河の赤方偏移と星質量を求めている。第四章では、10(11)-10(12)太陽質量の銀河に対象を絞った上で、0.2<z<1 の赤方偏移範囲を4 つのビンに分けて数密度を求めている。その結果、z=1 から0 にかけて、10(11) -10(11.5) 太陽質量の銀河は数倍、10(11.5) -10(12) 太陽質量の銀河は約10 倍に数が増えていることを見出している(z=0 は文献の測定結果を引用)。第五章では、前章で得られた結果を考察している。本研究が示す大質量銀河の数の著しい増加は過去の観測結果とは合致しないが、過去の観測は天域が狭いために銀河分布の大局的揺らぎによる誤差が大きいということが説得力を持って議論されている。さらに、銀河の質量/光度比に幅があるために大光度銀河が必ずしも大質量ではないことを示し、大光度銀河を対象としている過去の研究 (質量を測らなくてよいので多波長データが不要であり、比較的容易に行える)の解釈には注意が必要であることを指摘している。続いて、大質量銀河の数密度の増加の原因を探るために静止系のU-V という色を測定し、10(11.5) -10(12) 太陽質量の銀河は赤方偏移によらず大部分が赤いのに対し、10(11) -10(11.5) 太陽質量の銀河はz~1 で半数程度が青い色をしており、星形成が進行中であるらしいことを見出している。そして、これらの青い銀河が星質量を次第に増大させて10(11.5) 太陽質量以上の銀河になる可能性があることを指摘している。最後に、空間二体相関関数を用いてクラスタリングの性質を調べ、10(11.5) -10(12) 太陽質量の銀河のクラスタリングはz=0やz>1 の最も明るい銀河と同程度に非常に強いのに対し、10(11) -10(11.5) 太陽質量の銀河のクラスタリングは相対的に弱いことを見出している。また、クラスタリング強度から銀河の属するダークマターハローの質量を推定し、どちらの質量範囲の銀河も、赤方偏移によらずそれぞれほぼ一定の質量のダークマターハローに属しているという結果を得ている。最後に、これらの結果に基づいて大質量銀河の進化の全体像を考察している。第六章は論文全体のまとめである。

本論文は、公開されている複数のサーベイデータを独自に組み合わせて注意深く解析して、かつてない広さの天域で大質量銀河のサンプルを作成し、大質量銀河の数密度がz=1 から現在にかけて著しく増加していることを高い信頼性で初めて示した。これは従来の同様の研究とは一線を画すものである。また、星形成やクラスタリングの性質についても興味深い結果を得ている。本論文の提示する観測結果は、大質量銀河の形成過程について、観測的研究のみならず理論的研究にも強い動機付けを与えるであろう。なお、本研究は川良公明氏との共同研究であるが、論文提出者が主体的に行ったものであり、その寄与は十分高いと判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク