学位論文要旨



No 124445
著者(漢字) 山本,純之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,アツシ
標題(和) シアノバクテリア培養によるストロマトライト形成実験
標題(洋) Formation of stromatolite-like structures by in-vitro cyanobacteria culturing
報告番号 124445
報告番号 甲24445
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5343号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚部,一成
 東京大学 教授 磯崎,行雄
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 川幡,穂高
 東京大学 准教授 大路,樹生
内容要旨 要旨を表示する

ストロマトライトはシアノバクテリアによって形成されることから,シアノバクテリアのマット形態がストロマトライトの形態を支配すると考えられるが,その形成機構の詳細は不明である.本研究では,シアノバクテリアの培養実験を行い,ストロマトライト形成の再現を試みた.特に典型的なドーム型ストロマトライトの形成を目指した.ストロマトライトの再現には(1)マットの形成,(2)凸構造の形成,(3)層構造の形成,および(4)石灰化(固化)という4つの段階が必要と考えられる.特に(3)については,シアノバクテリアのマットがストロマトライト層構造を作る上での不可欠な過程として,砕屑物による周期的埋没実験が重要である.本研究では,実験条件が難しい(4)を除く,(1),(2)および(3)について実験を行った.

まず,(1)の段階を達成するため,平坦なマットの安定形成手法の開発を行った.次に,(2)の段階として,10種のシアノバクテリアを用い,シアノバクテリアが形成する平坦なマット上の凸構造を詳しく観察した.更に,(3)の段階として,仮想的な砕屑物(シルト相当の粒径のガラスビーズ)を用いて,1週間毎に凸構造とマットを覆う実験を行い,埋没に対するマットの応答を観察した.なお,ガラスビーズは液体培地と十分に混合したものを加えた.堆積物供給量の違いを反映させるため,混合前の体積率で,ガラスビーズをそれぞれ培地の25 % および10 % 含む(各々ビーズ層の厚さが約1 mmおよび約0.5 mmに相当)実験,更に,ガラスビーズよりも軽い実際の砕屑物(粘土粒子等)に覆われる場合を想定し,粘土サイズの石灰粉末を混合した培地を加える実験(マットを被覆する厚さは約0.04 mm)を行った.

以上の実験の結果,10種中5種で凸構造が形成された.特に,2種のシアノバクテリアは大量の多糖類を分泌し,実際のストロマトライトの外形と類似したドーム型凸構造を形成することが明らかになった.この凸構造は,主にバクテリアが分泌した多糖類から構成される.多糖質部は選択的に石灰化されることが知られているため,実際に石灰化が起きる環境ならば,その形態が化石として保存される可能性が高いと推定される.なお,凸構造を形成する残り3種は小さな( 5mm 以下)円錐型凸構造を形成し,前2種のようなドーム型凸構造は形成しなかった.

Nostoc sp.A では被覆量0.5 mm,および被覆量0.04 mm の場合,ドーム型凸構造がマット上に形成されることが明らかになった.特に,被覆量0.04 mm の場合には,凸構造中に複数の石灰粉末のドーム型薄層が約1mm周期で形成された.これは粘度が高い多糖類中に石灰粉末層を保持したまま,凸構造が0.7mm / week の速さで生長しているためである(石灰粉末層も0.3mm / week の速さで沈降している)と考えられる.なお,1枚のドーム型薄層は1週間毎の被覆と対応して形成される.すなわち,厚さが約5mmのマットならば,少なくとも5週間の間,1枚のドーム型薄層が凸構造に保存されることになる.被覆量0.5 mm の場合は,凸構造中にガラスビーズ層を形成することはなかった.これは,ガラスビーズ粒子が重いため,ビーズ含有培地を加えた後,数時間の内に粒子が沈降してしまうためであると考えられる.一方,被覆量1 mm の場合には,マット中のドーム型構造は形成されないものの,マット下位のビーズ層中には,薄い多糖類層が複数層形成された.一方,円錐型凸構造を形成するvar. を用いた被覆量0.5mm の実験の場合には,ガラスビーズ層と有機物層の互層が約3カ月に一組形成された.この時,有機物層にはシアノバクテリアとその分泌物およびガラスビーズからなる1~5mm程度の球状の塊が見られる.また、シアノバクテリアが放出する気体が有機物層内に厚さが約5 mm の気泡を形成し,層構造は多孔質になった.

以上の観察から,ドーム型凸構造中に砕屑物が明瞭な層構造として保存される場合は,石灰粉末等の軽量の粒子が薄く堆積する場合であると推定される.このような薄い層がマットの最下部に沈降するまで(本研究では少なくとも5週間)に,石灰化が起これば,この薄層は化石としても保存される可能性が高い.一方,大量の重い砕屑物粒子が供給される場合には,多糖類からなるマットが急激に埋没することによって平坦な層構造が形成されることが明らかになった.これら2種の層構造は,多糖類が石化して保存された場合,砕屑物からなるドーム型葉理および平行葉理として各々容易に区別できる.なお,Nostocsp.A と同様にドーム型凸構造を形成するNostocsp.B も被覆量0.04 mm の場合にドーム内に薄層を形成する.このように,細粒の薄層で被覆された場合にのみ観察されたドーム型層構造は,先カンブリア時代の化石ストロマトライトが普遍的に持つ細粒かつ緻密なドーム型層構造によく類似し,これまでに実験室内で培養された「人工ストロマトライト」として報告された例の中で,最も天然のストロマトライトに近いものであると言える.更に, Phormidium.var.clivace の実験で観察された球構造や気泡は現世ストロマトライトに見られるclot という小球やfenestrae と呼ばれる空隙のサイズとほぼ等しい.Phormidium var.clivace の層構造は化石および現世の多孔質ストロマトライトの層構造と多くの類似点を持ち、培養実験によって現世ストロマトライト様の構造を再現出来た最初の例といえる.

本研究では,バイオマットを生長させることにより,内部葉理を持つドーム型凸構造という,化石および現世ストロマトライトに最も近いものを実験室内で形成できた.ドーム型凸構造は多糖類分泌能力が高い種のシアノバクテリアによって形成され,薄く被覆された時にのみ凸構造中に葉理の形成が見られる.一方,多糖類分泌能力が低いシアノバクテリアを用いることで,現世ストロマトライトに見られる特徴的な空隙を持つ層構造と酷似したものの形成にも成功した.本研究の結果,典型的ドーム型ストロマトライト形成には,マットを作るシアノバクテリア種の選択性があること,またシアノバクテリアマットの被覆量が内部層構造の形成に重要な要素となることが明らかになった.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、地球の初期生命史を明らかにする上で特に重要な化石であるストロマトライト構造の形成過程について、実際にシアノバクテリアを培養することによる室内実験を通して、その詳細の解明を試みた独創的な研究である。

先カンブリア時代、特に原生代の地層から多産するストロマトライト化石は、一般に三次元ドーム状の外部形態を持ち、かつそのドーム内に外形とほぼ平行な細かなラミナを持つことを特徴とする。類似の形態を持つ現世ストロマトライトが、光合成を行うシアノバクテリアによって形成されることから、生命史の中で初めて光合成生物が出現した時期、あるいは大気中の酸素分圧が増加した時期などの、地球史および生命史上重要な事件を特定する上で、極めて重要な化石として認識されている。しかし、シアノバクテリアが作るその複雑な構造の具体的形成プロセスについては、単純なモデルの提案はあるものの、詳細はほとんど解明されていなかった。

そこで、論文申請者は、実際に天然でストロマトライトを作ることが確認されているシアノバクテリアの菌株を入手し、それらを実験室内において長期間培養し、天然のストロマトライトと同様の構造を作ることを試みた。実験に先立ち、論文申請者は天然(化石および現世)ストロマトライトの構造の観察および考察に基づき、ストロマトライトの形成が、本質的に以下の4段階からなると見なした。すなわち、1)平坦なマットの形成、2)三次元ドーム型凸構造の形成、3)内部ラミナの形成、そして4)石灰化(固化)である。その中で、最後の固化については天然の海水組成や結晶化の条件を事件室内で調整することがきわめて難しいため、1)から3)までのステップについての実験を行った。以上の視点に基づく長期間(長い例では1年半)の実験を繰り返した結果、ほぼ天然のストロマトライトに類似した三次元形態のバクテリア・マットを実験室内で形成することに世界で初めて成功した。これによって特にドーム状形態および内部ラミナの形成過程について多くの知見を得ることに成功した。

本論文は5章から構成される。第1章では、本論文の導入部として本研究テーマに取り組んだ研究動機および研究目的が明確に示されている。第2章では、ストロマトライトに関する約100年に及ぶ研究史が詳しくレビューされており、本研究開始前の段階までにおける既存の知識および問題点が要領よくまとめられている。

第3章では、実験室内においてシアノバクテリア培養によるストロマトライト様構造を形成するための実験手法が詳細に説明している。実験は以下の3段階、1)すべての実験の出発点になる平坦なマットの安定形成、2)三次元の上方凸型ドーム構造の形成、および3)ドーム構造内でのラミナ形成からなる。論文申請者は、実験に使用したシアノバクテリアの種の選択を説明した後で、これらの各ステップを簡潔にまとめ、またシアノバクテリア培養時に行った各種測定(クロロフィル量、マット面積の経時変化、凸構造サイズの経時変化、シアノバクテリア分泌物の化学組成分析)について説明している。

第4章では、試行した10種の中で5種が三次元凸構造を作り、中でもNostoc属の2種とPhormidium属の1種がドーム構造を作る過程を詳細に記述している。また被覆実験でNostoc属の2種が凸状の内部ラミナを順次形成する明確な証拠を提示している。

第5章は議論にあてられ、その主要な結論は以下の5点に集約される。1)明瞭なドームを作るのは多糖類分泌能の高いシアノバクテリアに限られる、2)ドーム構造の成長限界は培養液面および隣接ドームとの接触で制限される、3)凸型ドームおよびラミナ形成において被覆砕屑物層の厚さに閾値がある、4)Nostoc属の作る構造は化石ストロマトライトの一部の形態と酷似する、5)現世ストロマトライトがもつクロット組織を再現した。

本論文の独創性は、これまでに世界の誰もが実現できなかった、天然のストロマトライトとほぼ同様な形態を持つシアノバクテリア・マットを初めて実験室内で作ってみせた点にある.特に、平坦なバクテリア・マットの安定作成やそこからドームを作る手法や人工的に砕屑物粒子を定期的リズムで被覆させて内部に凸状ラミナを作る手法の開発は、極めて独創性に富むものである。なお、本論文のうち、第2、4、5章は磯崎行雄との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析し、考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

これらの点を鑑み、審査委員全員は本論文の独創性・萌芽性と、ストロマトライト研究への新たな手法を開拓した点を高く評価し、審査委員会では全員が本論文を博士(理学)の学位を受けるに値すると判断した。

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