学位論文要旨



No 124447
著者(漢字) 池上,泰史
著者(英字)
著者(カナ) イケガミ,ヤスシ
標題(和) 広帯域減衰特性・地形・海を考慮したボクセル有限要素法による地震動シミュレーション
標題(洋) Ground Motion Simulation with Voxel FEM including the Effects of Broadband Attenuation, Topography, and Oceans
報告番号 124447
報告番号 甲24447
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5345号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 教授 古村,孝志
 東京大学 教授 纐纈,一起
 東京大学 准教授 大湊,隆雄
 東京大学 准教授 宮武,隆
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

わが国において地震動シミュレーション、特に海溝型地震の長周期地震動シミュレーションを行う際には、広帯域減衰特性・地形・海が大きな影響を与えると考えられるため、これらを精密に導入可能でかつ効率のよい数値計算手法が求められている。本研究ではこうした計算手法をボクセル有限要素法(FEM)を用いて実現し、その妥当性を検証した。また、この数値計算手法による2004 年紀伊半島南東沖地震および2003 年十勝沖地震の地震動シミュレーションを通して、広帯域減衰特性・地形・海が実際の地震動にどのような影響を及ぼすか評価を行った。

2.ボクセル有限要素法

海溝型地震の長周期地震動シミュレーションでは、数億から十億要素規模の計算を実用的な計算時間で実行する必要がある。そのため、まずボクセル(直方体)で要素メッシュを構成し、要素剛性マトリクスの対称性等を用いて計算効率化を行うことにより、これまでにない大幅な大規模高速化を有限要素法で実現した。

また、考慮すべきものの第一である広帯域減衰特性については、従来、有限要素法で用いられてきた剛性比例減衰と質量比例減衰の定式化を組み合わせたレイリー減衰の考え方を導入し、新たにP 波速度およびS 波速度それぞれに対してQ 値を広帯域において満足する手法を開発した。第二に考慮すべきである地形については、有限要素法ではあらゆる表面における自然境界条件(自由表面の境界条件)が定式化に自動的に組み込まれているため、差分法(FDM)において必要な特別な処理は不要で、単に要素メッシュを地形の形に拡張するだけ良い。本研究において実現したボクセル有限要素法でも、ボクセル要素を用いて近似した地形をそのまま導入している。第三に考慮すべきである海については、海が広がる領域に存在する要素のせん断剛性率を0 とすることにより実現した。

なお、ボクセル有限要素法そのものと、そこに新たに実現した広帯域減衰特性・地形・海の妥当性については、この段階で十分な検証を行い、数値誤差についても評価した。

3.2次元解析による地形・海の影響評価

海溝型地震のための典型的な地下構造モデル(海水を含む海底地形、堆積盆地を含む陸上地形で構成)を2次元でモデル化し、地形・海の影響について地形がある場合とない場合、海がある場合とない場合など、複数のモデルによるケーススタディを行い評価を行った。その結果は以下の通りである。

地形の影響:

盆地周辺の地形(山地)の影響については、あまり大きな差異は認められないが、主として地震動を小さくする効果があることが示された。これは地形の凹凸が地震動を散乱させるためと考えられる。

地震動伝播経路上の地形(山脈)の影響についても、主として地震動を小さくする効果があることが示された。また、先の盆地周辺の地形の影響ではあまり見られなかった、後続波ほどその影響が大きく、地震動に与える影響も大きいことが示された。

これは、地震動伝播系路上に山脈のような連続した凹凸をもつ地形がある場合、伝播に伴い地形の影響を長く受けるためと考えられる。

海の影響:

主として地震動を小さくする効果があることが示された。これは、海の重さで地震動を押さえること、また海に波動エネルギーが奪われることが関係していると考えられる。さらに、海は後続波ほどその影響が大きいことが示された。これは後続波ほど海底で反射を繰り返すため、海の影響を受けやすいためと考えられる。

また、海底地形は海の影響をより大きくし、地震動をさらに小さくすることが示された。これは、地形の凹凸に沿って海が接しているため、地形がない場合と比較して海と接している表面積が大きくなるため海に波動エネルギーがより多く奪われるためと考えられる。このため、海底地形は地表地形よりも地震動に与える影響が大きく、重要な要素の1つであることが示された。

4.地震動伝播の問題への適用

実際の地震への適用例として、2004 年紀伊半島南東沖地震の地震動シミュレーションを実施した。この地震の地震動は、紀伊半島の沖合で発生して主に海底下を伝播し、関東平野に至る長距離を伝播するものである。そのため、広帯域減衰特性・地形・海の効果を評価するには適した地震であると考えられる。

地震動シミュレーションはFigure 1 に示される4ケース実施し、広帯域減衰特性・地形・海の影響を全て考慮した数値計算が、最も観測波形および観測スペクトルに近い結果となることが示された。これは、本シミュレーションのモデル化が物理現象を良く再現しているためと考えられる。以下に個別にこれらの特性が地震動に及ぼす影響をまとめる。

広帯域減衰特性の影響:

広帯域減衰特性は長周期ほど遠くまで地震動が伝播する物理現象を再現する特性である。ボクセルFEM では、レイリー減衰によりこの特性を導入した。その結果、従来の質量比例減衰に比べ、同じQ 値ならば後続波を大きくする影響があり、観測波形の後続波の発達を再現する上で重要な特性であることが示された。

地形の影響:

2次元モデルでの評価結果と同様に海底地形は主に地震動を小さくする効果がある。また後続波ほどその影響は大きくなり、特に後続波の振幅を評価する際に重要となることが示された。

海の影響:

2次元モデルでの評価結果と同様に海は主に地震動を小さくする効果がある。また後続波ほどその影響は大きくなる。さらにこの影響は初動から後続波すべての振幅に比較的大きく影響するため、地震動の振幅を評価する際に非常に重要となることが示された。なお、海底地形についても、2次元モデルでの評価から海の影響をさらに大きくすることが示されており、海底地形の正確なモデル化は地震動の評価に重要な要素の1つであると考えられる。

次に、2003 年十勝沖地震の地震動シミュレーションにおいても、同様に、広帯域減衰特性・地形・海を考慮した解析を実施した。速度波形パーティクルモーションを観測記録と比較したところ、Figure 2に示すように苫小牧で観測された複雑な揺れの特徴を良く再現することが出来た。また、これらの複雑な揺れは、主に勇払盆地東端で海側および山側から発生した表面波が、苫小牧で重なり合うことで発生していることが確認された。また、地形および海の影響を評価したところ、Figure 3 に示すように、地形の効果は特に後続波で顕著に現れ、地震動を小さくする効果があることがわかった。これは、2次元解析でも見られるように、地形による散乱効果であると考えられる。また、海の影響は、後続波で若干海が地震動を抑える傾向は見られたが、2004 年紀伊半島南東沖地震とは違い、海の影響はあまり見られなかった。これは、地震が伝播する経路上の海が比較的浅く影響がこの場合は少ないためと考えられる。しかし、日本の場合、大規模な海溝型地震の震源域には海溝等の深い海が存在する場合があり、2004 年紀伊半島南東沖地震のように海の影響が大きい場合もあるため、海を考慮することが重要な要素であることに変わりはない。

これらの結果より、広帯域減衰特性・地形・海は、特に長距離を伝播する長周期地震動に比較的大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。また、これらの影響を正確に導入することが、精密な地震動を知る上で重要なポイントであることが示された。

5.今後の展望

現在、様々な高密度観測に基づいた震源モデルや地下構造モデル等の高精度化が活発に行われており、精密な数値解析・地震動シミュレーションの重要性はますます高まっている。本研究ではこのために、広帯域減衰特性・地形・海について総合的に評価可能なボクセル有限要素法を実現した。今後、その重要性は一段と高まっていくと考えられ、さらに研究を進めていきたいと考えている。

Figure 1 2004 年紀伊半島南東沖地震の地震動シミュレーション結果

Figure 2 2003 年十勝沖地震の苫小牧でのパーティクルモーションの観測記録との比較(速度波形)

Figure 3 2003 年十勝沖地震の苫小牧での海および地表地形の影響評価(速度波形)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は地震動シミュレーションに関する論文として、以下の7章からなる。第1章は、イントロダクションとして、地震動シミュレーションに関する既存の研究を概観し、その問題点、特に海溝型地震による長周期地震動のシミュレーションにかかわる問題点を示し、この研究の背景や目的を述べている。長周期地震動は2003年十勝沖地震で再発見された自然現象であるだけでなく、超高層ビルなど現代的な構造物に大きな影響を与える現象であるため、そのシミュレーションの研究は地球惑星科学として意義深いだけでなく、災害科学への貢献も大きい。

第2章では、本論文で新たに地震動シミュレーションに適用され、大きく発展したボクセル有限要素法について述べられている。有限要素法は差分法などに比べて、自由表面の処理が定式化に自動的に組み込まれているなどの利点がある反面、地震動シミュレーションに代表される大規模数値計算に適用するには不十分な点が多かった。本論文はこの問題をボクセル要素の導入、要素グリッドの可変化、並列計算などにより克服し、有限要素法による地震動シミュレーションへの新たな可能性の道を切り開いた。

第3章では、海溝型地震による長周期地震動の現実的なシミュレーションに欠かすことのできない広帯域減衰特性、地形、海の導入について論じている。特に、長距離を伝播する場合の多い長周期地震動ではその重要性が高い広帯域減衰特性を、剛性比例減衰と質量比例減衰のふたつの定式化を組み合わせて実現している点は独創的である。また、地形の導入は、自由表面の処理が定式化に自動的に組み込まれている有限要素法の利点を生かす形で行われている。

第4章では、第2章・第3章で提案された地震動のシミュレーション方法が、それによる結果と他の方法で計算された結果を比較することにより検証されている。地震動の時刻歴波形を波動理論に基づく理論計算と比較したり、地震動に含まれる永久変位(地殻変動)や異方性媒質での伝播を解析解と比較している。海の導入の妥当性は、海底面における反射率や反射・透過モードにより検証されている。

第5章では、2次元媒質におけるモデル計算によって、地形や海が地震動に及ぼす影響が評価されている。その結果、伝播経路上の山地の地形や海が、地震動の後続部分にかなり大きな影響を与えることが明らかになっている。また、地形も海も地震動を抑える形の影響を与えているが、海に海底の地形が付け加わると、より強く地震動を抑えることが、はじめて示された。

第6章では、実際に起こった地震に対して地震動シミュレーションが行われ、広帯域減衰特性や地形、海が現実の地震動にどのような影響を及ぼしていたかを、第5章の二次元解析の結果との対比なども行いながら評価している。シミュレーションが行われたのは2004年紀伊半島南東沖地震、2003年十勝沖地震、1906年サンフランシスコ地震の三地震で、中でも2004年紀伊半島南東沖地震の地震動シミュレーションでは、首都圏への長周期地震動の伝播において、南海トラフの付加体が大きな役割を果たしていることがはじめて示された。

第7章では、本論文の結論とともに、今後の課題が述べられている。

以上のように、本論文はボクセル要素などを利用して、地震動シミュレーションに有限要素法を本格的に導入した、はじめての研究である。また、従来の地震動シミュレーションではあまり実現されていなかった広帯域減衰特性・地形・海の効果を、同時に考慮することに成功した。このシミュレーション手法を現実に起こった地震に適用し、首都圏への長周期地震動の伝播における付加体の重要性などをはじめて明らかにした。

なお、本論文の2章・4章は纐纈一起・藤原広行との共同研究、3章・4章・6章は纐纈一起・木村武志・三宅弘恵との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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