学位論文要旨



No 124448
著者(漢字) 早川,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) ハヤカワ,トシヒコ
標題(和) 高密度観測網データ解析と大規模数値シミュレーションに基づく関東平野の長周期地震動の生成と伝播に関する研究
標題(洋) Generation and propagation of the long-period ground motion in the Kanto basin : Dense seismic-network analyses and large-scale numerical simulations
報告番号 124448
報告番号 甲24448
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5346号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 宮武,隆
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 纐纈,一起
 東京大学 教授 古村,孝志
 東京大学 教授 佐竹,健治
内容要旨 要旨を表示する

震源が浅く(h<20km)、かつ規模の大きい(M>6.5)地震が発生すると、震源から遠方の堆積平野において、2-15秒程度のやや長い周期を持つ表面波(長周期地震動)が強く発生する。この長周期地震動の周期が、石油タンク、超高層ビルなどの大型構造物の固有周期と一致すると、共振を起こして大きく長く揺れることにより被害が発生する。長周期地震動は、1964年新潟地震(M7.5)以来、大地震の発生後毎に繰り返し議論されてきたが、2003年十勝沖地震(M8.0)における苫小牧の石油コンビナート火災を契機として、長周期地震動は現代都市における潜在的脅威として再び注目されるようになった。

長周期地震動の伝播は、波長が数~数十kmの大きな空間スケールの現象であり、その発生・伝播過程は、平野の深部基盤構造の十数~数十km程度の3次元形状と関連付けて考えられることが多かった。ところが、2004年新潟県中越地震 (M6.8, h=13km) において、近年整備された高密度の強震計・震度計観測を調査したところ、東京都新宿周辺の10km以内の狭い範囲において、周期6-7秒で大振幅の特異なパルス状の長周期地震動(以下、「長周期パルス」と呼ぶ。)が局所的に発生するなど、従来の知見と異なる現象が観測された。新宿周辺には、この周期と固有周期が一致する超高層ビル(およそ60階建程度)が多数存在し、中越地震で大きく揺れたことが問題視されたことからも、このような長周期パルスの強い発生原因を明らかにすることは将来の大地震に備えて重要である。

これまで、関東平野における長周期地震動の伝播と発達過程を詳しく調べるため、高密度観測網データ解析に基づく研究が精力的に進められてきた(例えばKoketsu and Kikuchi,2000; Furumura and Hayakawa, 2007) 。これらの研究から、関東平野内では表面波 (主にRayleigh波) が2つの経路を通って都心部に集中することが示され、これが大振幅の長周期地震動の発生原因であることは明らかである。しかし、これら既往の研究で用いられた観測網の解析からは、新宿周辺の狭い範囲に強く発生した長周期パルスの成因は説明が困難であり、既知の関東平野の3次元地下構造モデルを用いたコンピュータシミュレーションでも再現できない。

そこで本研究では、長周期パルスの性質と発生・伝播課程をくわしく調査するために、従来のK-NET(防災科学技術研究所)観測点44点、首都圏強震動総合ネットワークSK-net143点の観測網データに加えて、さらに東京ガス(株)の新リアルタイム地震防災システムSUPREMEの加速度センサー142点を統合的に利用することにより、関東平野において合計329点という大量のデータを活用した効果的なアレイ解析を進めるとともに、高分解能地下構造モデルを用いた地球シミュレータによる大規模数値シミュレーションを実施し、観測データ解析とコンピュータシミュレーション両面から詳しい調査を進めた。

まず、自治体・消防庁の震度計およびSUPREME加速度センサーの記録の時刻・方位・極性の補整を近傍の防災科研データとの相関解析により丹念に行い、作成した高密度データを用いて、エネルギー分布の時間発展、および速度応答分布を可視化した結果、長周期パルスは卓越周期が6-7秒の狭い帯域の波群であり、幅10km、長さ50kmの埼玉県中央部から東京湾にかけて南北に延びる領域で発生・伝播したこと明らかにした。次に、位相速度・群速度を求めるために、センブランス法、Capon法、MUSIC法に基づくアレイデータ解析を実施し、長周期パルスの位相速度(1.5~2.2km/s)、伝播方向(N120E~N150E)、そして群速度(0.5km/s)を高い精度で推定することに成功した。さらに粒子軌跡解析から、振動方向(N70E)、が伝播方向にほぼ垂直であることを示し、長周期パルスは分散性の強いLove波であることを明らかにした。

長周期パルスの発生・伝播メカニズムを理解するため、地球シミュレータを用いた大規模3次元波動伝播計算を実施し、2004年新潟県中越地震の長周期地震動と長周期パルスの再現シミュレーションを行った。ただし、近地強震波形解析による断層震源(Hikima and Koketsu, 2005)モデルと、大都市圏大災害軽減化特別プロジェクトにより作成された地下構造モデル(「大大特モデル」(田中・他, 2006))を用いた計算では、震源の新潟県中越地方から埼玉県付近までの観測波形はよく再現することができたが、長周期パルス自体は再現できなかった。

そこで、長周期パルス波を局所的に生成するために、以下の3つの地下構造モデルの修正を進めた:(1) 直下の基盤面を深くすることによる、表面波基本モードの長周期化; (2) 表面波の伝播速度の空間変動による焦点効果の強化; (3) 表面波群速度の停留によるエネルギー集中効果 (Airy 相)。これらのモデルについて地震波伝播計算を進め、長周期パルスの再現には(3)の効果が最も重要であることを確認した。多種の地下構造モデルを用いた地震動シミュレーションによる検討を繰り返し、最終的に波長程度の幅(~10km)、深さ1km未満の浅い「溝状構造」の存在が、長周期パルス波の時間・空間的な特徴を良く再現することを確認した。そして、大大特モデルの関東平野の地下構造にこの溝状構造を導入したシミュレーションから、最終的に長周期パルスの振幅・継続時間を良く再現することに成功した。ただし、再現された長周期パルスの群速度は観測から求めた値よりも数%程度遅いなど、地震波速度と溝形状の最適化のためには、今後さらに別の地震の観測データ解析と地震波伝播シミュレーションを繰り返し進める必要があろう。

ところで、ここで議論した都心での長周期パルス波は、2004年新潟県中越地震と2007年新潟県中越沖地震のみで見られており、2007年能登半島地震や2005年宮城県沖の地震など、他の大地震では見られない。この原因として、長周期パルス波を作りだす溝状構造に対して、表面波が20°より大きい角度で入射した場合には、Airy相が強く発達せず、長周期パルス波への成長が起きないためと結論づけられる。また、震源深さが40km以上の深い地震では、そもそも表面波が強く生成しない。

長周期パルスを生成した溝状構造は、地質学的解釈として埼玉県中央部において荒川に沿って溝状に分布している沖積層と成田層の一部と考えられる。従来、長周期地震動の伝播には、先新第三紀基盤程度の深部構造が支配的であると考えられ、河川流域の浅部軟弱層のような数百mスケールの不均質性の影響はほとんど意識されることはなかった。本研究の成果は、周期数秒の長周期地震動についても、数百メートルスケールの微細な地下構造が大きく影響することが示され、同等の高密度地震観測と高分解能地下構造探査を今後継続実施することの重要性を意味している。

将来の大地震発生を考えた場合、南海・東南海地震に加えて内陸部での大きな地震が発生することも否定できない。地震調査研究推進本部によれば、十日町断層帯(M7.4程度)、および糸魚川-静岡構造線断層帯(M7.4程度)の50年発生確率はそれぞれ2%, 20%と予測されている。これらの地震は前述の長周期パルスの発生要件を備えており、2004年新潟県中越地震よりも規模が大きいことから、十分な注意が必要である。同様に、濃尾平野および大阪平野など大規模河川の浸食とテクトニクスにより生成された平野でも同様な現象が起きる恐れがあり、過去の大地震の記録の再調査による検証と長周期地震動のコンピュータシミュレーションによる予測が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる.第1章は序論である.本研究で扱う長周期地震動,長周期パルスについて述べている.深さ20km以浅の大地震では遠方の堆積平野において、2-15秒程度のやや長い周期を持つ表面波(長周期地震動)が強く発生し,石油タンク、超高層ビルなどの大型構造物の固有周期に一致するため共振を起こして被害が発生する.長周期地震動の伝播は、波長が数~数十kmの大きな空間スケールの現象であり、その発生・伝播過程は、平野の深部基盤構造の十数~数十km程度の3次元形状と関連付けて考えられる.しかし、2004年新潟県中越地震 (M6.8, h=13km) において、東京都新宿周辺の10km以内の狭い範囲において、周期6-7秒で大振幅の特異なパルス状の長周期地震動(以下、「長周期パルス」と呼ぶ。)が局所的に発生するなど、従来の知見と異なる現象が観測された.このような長周期パルスの強い発生原因究明を目的とすることが述べられている.

第2章は,データ解析であり,上記長周期地震動の伝搬を,高密度観測網で記録された地震波形を用いて解析された.その際,従来のK-NET(防災科学技術研究所)観測点44点、首都圏強震動総合ネットワークSK-net143点の観測網データに加えて、東京ガス(株)の新リアルタイム地震防災システムSUPREMEの加速度センサー142点を統合的に利用することにより、関東平野において合計329点という大量のデータを活用したアレイ解析を行っている.この結果、長周期パルスは卓越周期が6-7秒の狭い帯域の波群であり、幅10km、長さ50kmの埼玉県中央部から東京湾にかけて南北に延びる領域で発生・伝播したこと,長周期パルスの位相速度は1.5~2.2km/s、伝播方向はN120°E~N150°E、そして群速度は0.5km/sであること、振動方向(N70E)、が伝播方向にほぼ垂直であり、長周期パルスは分散性の強いLove波であるとしている.

第3章では,長周期パルスの発生・伝播メカニズムを理解するため、地球シミュレータを用いた大規模3次元波動伝播計算を実施し、2004年新潟県中越地震の長周期地震動と長周期パルスの再現シミュレーションが示されている.構造モデルに,大都市圏大災害軽減化特別プロジェクトにより作成されたもの(「大大特モデル」(田中・他, 2006))を用いた計算を行ったところ、震源の新潟県中越地方から埼玉県付近までの観測波形はよく再現することができたが、長周期パルス自体は再現できないことが示されている.

そこで、以下の3つの修正案が示される.(1) 直下の基盤面を深くして表面波基本モードを長周期化; (2) 表面波伝播速度の空間変動による焦点効果を強化; (3) 表面波群速度の停留によるエネルギー集中効果 (Airy 相).これらのモデルについて地震波伝播計算を進め、長周期パルスの再現には(3)の効果が最も重要であり,波長程度の幅(~10km)、深さ1km未満の浅い「溝状構造」の存在が、観測された長周期パルス波の時間・空間的な特徴を良く再現することが示された.この溝状構造を大大特モデルに導入したシミュレーションから、最終的に長周期パルスの振幅・継続時間を良く再現することに成功している.ただし、再現された長周期パルスの群速度は観測から求めた値よりも数%程度遅いなど、地震波速度と溝形状の最適化のためには、今後さらに別の地震の観測データ解析と地震波伝播シミュレーションを繰り返し進める必要があることも記されている.

第4章では,作成した地下構造モデルの地質学的解釈「溝状構造は埼玉県中央部において荒川に沿って溝状に分布している沖積層と成田層の一部である」がなされる.

第5章では,長周期パルスの再現性,発生条件についての研究が示される.都心での長周期パルス波は、2004年新潟県中越地震と2007年新潟県中越沖地震のみで見られており、2007年能登半島地震や2005年宮城県沖の地震など、他の大地震では見られないことが示され,この解釈として、長周期パルス波を作りだす溝状構造に対して、表面波が20°より大きい角度で入射した場合には、Airy相が強く発達せず、長周期パルス波への成長が起きないためと結論づけられる.

第6章はまとめである.

本研究では,長周期パルスという従来の知見では解釈できない現象を,詳細なデータ解析,数値シミュレーション,地震波動論的考察の3つを駆使し,説明したものであり,地震学に重要な貢献をなすものである.従って,博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

UTokyo Repositoryリンク