No | 124452 | |
著者(漢字) | 加藤,史拓 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カトウ,フミヒロ | |
標題(和) | 北太平洋における深層循環の観測的研究 | |
標題(洋) | Observational study of deep water circulation in the North Pacific | |
報告番号 | 124452 | |
報告番号 | 甲24452 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5350号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究では、北太平洋深層の三次元的な循環像を明らかにすることを目的とし、特に北太平洋深層循環のこれまであまり調べられてこなかった部分に焦点を絞り、白鳳丸航海で得られた海洋データとWorld Ocean Circulation Experiment (WOCE) Hydrographic Programme(WHP) の海洋データの解析を行った。 大西洋の北端域と南極沿岸で沈み込んだ深層水は、南極周極流で合流して混合し、Lower Circumpolar Deep Water (LCDW) を形成する。LCDW は、南極周極流から分岐して太平洋へ入る。このLCDW は南太平洋の西岸を北上して中央太平洋海盆に到達して北太平洋の深層下部 (θ ≦ 1.2℃) に流入し、そこから西、北、東の三方向へ向かう。このうち西と北へ向かう経路に関しては、深層循環が中央太平洋海盆で東西に分岐し、それらの分枝流がともに北西太平洋海盆へ向かい、そこで再び合流して北西太平洋海盆の北端域から北東太平洋海盆へ流入することが、これまでの様々な研究により明らかにされている (図1)。一方、中央太平洋海盆から東へ向かう経路に関しては、LCDW が中央太平洋海盆からクラリオン水路とホライゾン水路を通って東へ向かうことが示されているものの、LCDW を運ぶ流れ (図1のドット矢印、以降東向き分枝流と呼ぶ) の存在は確かめられていない。そこで、白鳳丸KH03-1 次航海において165°W の8°50'N から44°30'N までの測線でCTD・採水観測を実施し (図1)、この観測で得られたデータとWHP データを解析し、東向き分枝流の存在と、その詳細 (分布や流量) を調べた。 165°W の深層下部の海水特性は、ハワイ海嶺 (~24°N) 以南の南側海域、ハワイ海嶺からメンドシノ断裂帯 (~37°N) までの中央海域、メンドシノ断裂帯以北の北側海域の3 海域で大きく異なっている (図2)。特に顕著なのが、南側海域の深層水の低温、高塩、高酸素、低ケイ酸塩という特徴である。この深層水は中央太平洋海盆から東進してきたLCDW である。 続いて、LCDW の中央太平洋海盆からの流入がどの深さまで及んでいるのか、等密度面上の酸素分布により調べた。45.91σ4 上では、中央太平洋海盆西岸を北上する深層循環流から分岐した流れが、中央太平洋海盆北部を北東太平洋海盆へ向かって東向きに流れていることが示唆された。一方45.88σ4 上では、逆に北東太平洋海盆から中央太平洋海盆へ向かって西向きに流れていることが示唆された。以上から、これらの密度面の間に無流面が存在すると考えられる。これらの密度面間の酸素分布をさらに調べた結果、1.05℃ 等温面が無流面として適切であると判断した。 そこで、1.05℃ 等温面を南側海域の無流面と仮定して、165°W の地衡流を計算した (図3)。南側海域の1.05℃ 等温面以深ではほぼ全域で東向きに流れており、東向き分枝流の存在が確認された。この測線と、そのすぐ西に位置するWHP P15 の測線で東向き分枝流の流量を計算した結果、3.7 Sv (1 Sv = 106 m3 s(-1)) と見積もられた。これは、北太平洋に流入するLCDW の約三分の一にも相当する。また、クラリオン水路通過分の流量は3.1 Sv となり、東向き分枝流の大部分がクラリオン水路を通過することも明らかになった。 LCDW は、北東太平洋海盆の北東域に集まり、深層上部 (1.3℃ ≦ θ ≦ 2.2℃) へ湧昇してケイ酸塩の豊富なNorth Pacific Deep Water (NPDW)になる。165°W では、NPDW は北側海域に存在していた。Komaki and Kawabe (2009)の結果から北側海域では1.15℃ 等温面が無流面として適当であり、この仮定のもとで地衡流を計算したところ、NPDW は西向きに流れており (図3)、その流れの流量は2.0 Sv と見積もられた。 NPDW が北東太平洋海盆の北東域から北西太平洋海盆へ向かって西向きに流れることは、深層上部のケイ酸塩分布と先述の165°W での観測結果から示唆されている。一方、南極周極流から分岐したUpper Circumpolar Deep Water (UCDW) も、赤道西岸からフィリピン海を経由して北西北太平洋海盆に流入する。NPDW とUCDW は共に、北西太平洋海盆内のシャツキーライズの南西域では東向きに流れており、このことは、NPDW を運ぶ西向きの流れが北西太平洋海盆で東向きへ向きを変えることを示唆している。NPDW の分布を調べるにはケイ酸塩データが適しているのではあるが、北西太平洋海盆ではケイ酸塩データが不足していたため、NPDW を運ぶ西向き流と東向き流がどのように繋がっているのかはこれまで調べられてこなかった。そこで、白鳳丸航海 (KH04-4, KH05-4, KH07-1) で北西太平洋海盆内のケイ酸塩データ取得し、このデータをWHP のケイ酸塩データとともに解析して、NPDW を運ぶ深層循環流の流路を調べた。 新たなデータによって詳細なケイ酸塩分布図が得られ (図4)、40°N 付近を西向きに流れて北西太平洋海盆に入ったNPDW が、38°N と32°30'N の間のおおよそ150°E 以東の海域で反時計回りにターンし30-35°N の緯度帯を東へ向かうことを明らかにした (図5)。 さらに、シャツキーライズの南西域で見られるUCDW のケイ酸塩で見られる特徴を追いかけることで、フィリピン海から流出したUCDW が20-25°N の緯度帯で東へ向かうことが示された (図5)。また、UCDW のケイ酸塩濃度は東へ向かうにつれて高くなっており、これはUCDW の北に位置するNPDW と混合しながら東へ進むことを示唆している。 本研究により明らかにされた深層下部と深層上部の流れは、図5 の色つき矢印で模式的に示される。中央太平洋海盆の北西域で分岐した東向き分枝流は、LCDW を中央太平洋海盆から北東太平洋海盆へ運ぶ。そのLCDW の一部と北西太平洋海盆北端域からやってきたLCDW は、北東太平洋海盆の北東域で深層上部へ湧昇し、NPDW となる。そこからNPDWは西へ流れ、北西太平洋海盆の西部で反時計回りにターンし、UCDW とともに東へ向かう。そして、そのNPDW とUCDW は、北東太平洋海盆を南下し、南極周極流へ戻るのだろう。 図1. 海底地形と観測点(●)。矢印は深層循環流の流路。細線は4000m 等深線。CP はClarion Passage、HP はHorizon Passage。 図2. 165°W におけるポテンシャル水温 (θ ) の 断面図 (℃) 図3. 165°W における地衡流分布 (cm s-1)。シェードは西向き。 図4. 36.90σ2 上のケイ酸塩 (Si) の分布 (μmol kg-1)。シェードは2000m 以浅。 図5. 北太平洋深層循環の模式図。黒、青の矢印と、灰色、桃色、水色の矢印はそれぞれ、深層下部と深層上部の流れ。本研究で明らかにされた流れを色つき矢印で示す。二重丸はLCDW の湧昇を示す。 | |
審査要旨 | 全球規模の海洋熱塩循環は、地球の気候システムの維持や長い時間規模での気候変動と密接に関連していると考えられている。その海洋大循環を構成する深層の流れについては、これまで限られた測流結果と各種トレーサー分布を基にした研究が進められて来たが、高精度の観測データの少なさから、その詳細については未解明の部分が多く残されている。特に全球規模の熱塩循環の最終端に位置する北太平洋での深層循環に関しては、定量的な見積もりはもちろん、定性的な理解も限られており、観測データに基づく更なる研究が望まれている。本論文は、高精度の現場観測を実施し、既存のデータと合わせて詳細な解析を行うことにより、北太平洋における深層循環像の確立を目指したものである。 本論文は4章から成る。第1章は導入部で、全球海洋大循環における北太平洋の深層循環の位置付けおよび重要性について概観し、北太平洋における深層流の記述的研究の進展についてまとめている。特に、深層下部において南極周極流から分岐して北上する流れが中央太平洋海盆を経た後にどのように分岐するかの定量的評価がなされていない点、また、北太平洋北東部において生成された北太平洋深層水が深層上部においてどのように広がって行くかに関して未解明な点があることの2つの主要な問題点が指摘されている。 第2章では,自らが取得した西経165度線に沿う高精度観測データを中心として、既存の高精度観測データを合わせて詳細に解析することで、中央太平洋海盆付近の深層下部における東向き分枝流の存在を確認し、初めてその流量の見積もりに成功した。地衡流を仮定した流量評価のためには、基準となる無流面の設定が不可欠であり、一般にその任意性から流量評価にも不確定性が大きく含まれるが、本論文では、温位に加え溶存酸素量やシリカ濃度の空間分布特性を用いて無流面深度を同定した。その結果、ハワイ海嶺以南では温位が1.05度となる深度を無流面とすることが適切であり、中央太平洋海盆からクラリオン水路およびホライゾン水路を通じて北東太平洋海盆へと流入する流量は、それぞれ約3.1Svおよび0.6Svであることを示した。この結果は、中央太平洋海盆に南から流入し北方に向かう流量とさらに北に進み中央太平洋海盆の出口であるウェーク島水路を通過する流量の差にほぼ等しく、新たに見積もられた東向き分枝流の流量により、同海盆内の深層下部における流量の収支が合うことが示された。また、北緯37度付近を東西に伸びるメンドシノ断裂帯以北では、温位1.15度の深度を無流面として、それより浅い深層上部に西向き流が存在することが示され、北太平洋深層水の西への広がりを担う重要な経路が再確認された。 続いて第3章では、これまで断片的にしかその描像が得られていなかった北西太平洋海盆での深層上部における北太平洋深層水の水平分布に着目し、自ら取得した観測データおよび既存の観測データを用いて、その詳細を検討した。特に、北太平洋深層水を最も特徴づける量でありながら、観測時および解析時の取り扱いの難しさから、広域での解析にあまり利用されてこなかったシリカ濃度の観測データを積極的に活用し、深層循環の経路分布を同定した。北東太平洋海盆で生成され高シリカ濃度を示す北太平洋深層水は北緯40度付近を西へと輸送され、北西太平洋海盆へ流入する。この北太平洋深層水が反時計回りの循環を伴って東向きへと流向を変え、その後南側の相対的にシリカ濃度の低い水塊と混合しながら東へ輸送される経路を明確に示した。特に、反時計回りの循環が、これまで示されていた描像よりも北側で発生していることを明らかにした。 第4章では、上記の重要な成果のまとめが為されている。本論文では、高精度の深層の観測を自ら実施し、得られたデータと既存の高精度データを組み合わせた解析を通じて、深層下部および深層上部の循環経路を詳細な地衡流計算やシリカ濃度の広域分布特性から明らかにした。特に、中央太平洋海盆から北東太平洋海盆への流入量を初めて提示したことは特筆すべき成果であり、また、シリカ濃度分布による循環経路の同定についても、北太平洋の深層循環に関する研究に新たな知見を加える重要な成果と評価できる。 なお、本論文の第2章の内容は、川辺正樹氏との共同研究に基づくが、いずれも論文提出者が主体となって観測と解析を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。 従って、博士(理学)を授与できると認める。 | |
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