学位論文要旨



No 124461
著者(漢字) 長船,哲史
著者(英字)
著者(カナ) オサフネ,サトシ
標題(和) 潮汐18.6 年振動に伴う北太平洋亜寒帯海域の水塊変動
標題(洋) Water-mass variability in the subarctic North Pacific in relation to 18.6-year tidal cycle
報告番号 124461
報告番号 甲24461
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5359号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 羽角,博康
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 講師 岡,英太郎
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 新野,宏
内容要旨 要旨を表示する

北太平洋周辺における海洋・ 気候の長期変動には、顕著な約20 年周期変動が見られる(e.g. Minobe,2002)。降水や気温の変動の他、水産資源にも同様の周期変動が現れているなど(Parker et al., 1995; Ishidaet al., 2002)、社会的にも影響の大きな現象である。しかしながら、その発生メカニズムは明らかにされていない。海洋の変動に関しては大気変動によって引き起こされているとの考えが主流である。近年の研究により、西部北太平洋亜寒帯域において、冬季でも海面に露出することのない中層密度帯にも、みかけの酸素消費量(AOU) やリン酸濃度等の約20 年周期の変動が見られることが明らかになってきた(Ono et al,2001; Andreev and Kusakabe 2001)。これらの変動も大気変動に起因する可能性が指摘されているが、大気と海洋中層の変動をつなぐメカニズムは明らかではない。

一方で、海洋の約20 年周期変動を引き起こす要因の候補として、潮汐18.6 年振動が挙げられる(Loder and Garrett, 1978; Royer, 2001)。これは、月の軌道傾斜角の変動に伴う起潮力の変化をさし、日周潮の平衡潮汐の振幅は最大で約20 %変調することが知られている(Doodson, 1921; Godin, 1972)。北太平洋亜寒帯域では、千島列島やベーリング海の周辺において、日周潮汐流による強い鉛直混合の存在が示唆されている(Nakamura et al., 2000; Foreman et al., 2006)。千島列島周辺における鉛直混合が、中層水形成において重要な役割を果たしているとの指摘もある(Nakamura et al., 2004)。したがって、潮汐18.6 年振動に伴って鉛直混合強度が変動していれば、周辺海域の中層水塊に影響が表れる可能性が考えられる。

そこで、本研究では、北太平洋における海洋の約20 年周期変動の実態を明らかにし、これらの変動が潮汐18.6 年振動に伴う鉛直混合の変動によって引き起こされているとの仮説を検証することを目的とした。これらの目的に対し、まず、歴史的海洋観測データ(WOD05) を用い、強混合域周辺における海洋表・中層における変動について解析を行い、水塊変動と潮汐混合変動の関連について議論を行った。次に、海洋大循環モデルを用いた数値実験を通じて、鉛直混合変動の影響を評価した。

本研究では、まず、先行研究により中層におけるAOU の約20 年周期変動の存在が報告された親潮域に関して詳細な解析を行った。図1に親潮域中層におけるAOU の時系列を示す。WOD05 を用いたことで、先行研究よりも20 年以上長い時系列を作成することが出来た。先行研究と同様、明瞭な約20 年周期の変動を示しており、1970 年以前にも同様の変動傾向が続いていたことが明らかになった。この変動は、潮汐18.6 年振動と同期しており、日周潮が強い時期にAOU が低い(溶存酸素濃度が高い) という対応関係があった。これは、日周潮が強い時期に、より大きな鉛直混合に伴って高酸素の表層水の取り込みが強化されたと考えれば解釈可能な変動である。

同海域において、表層の塩分や密度、中層の層厚や等密度面水温等にも潮汐18.6 年振動と同期した約20年周期の変動を見出した。日周潮が強い時期に、表層が高塩(図1)・高密度(非図示) であり、中層層厚が大きいという傾向があった。この海域では塩分成層しているため、鉛直混合によって上向き塩分フラックスが生じることを考えると(図2 a)、混合が強い時期にこのフラックスが強化され表層が高塩化したと解釈出来る。表層密度に関しても同様の解釈が可能である。鉛直混合は上下層の海水を混合することで中間的な密度を持つ水塊を形成すると考えられるため、混合が強い時期に中層層厚が大きいことも整合的な結果であると言える。中層等密度面水温は、日周潮が強い時期に、水温極小(中冷) 周辺が高温、水温極大(中暖)周辺が低温である傾向が見られた。鉛直混合は、鉛直的な極小・極大構造を削り取る効果があると考えられるので(図2 b)、これらの変動も鉛直混合強度の変動によって解釈可能である。

千島列島に接する親潮上流域やオホーツク海クリル海盆、アリューシャン列島やベーリング海陸棚域に接するベーリング海南西部・ 中南部など、強混合域に接するいくつかの海域においても、同様の約20 年周期変動を見出した。表層の塩分・ 密度や中層層厚の変動は海域によらず、親潮域と同様の変動傾向を示した。上述の日周潮が強い時期に表層が高塩であるという変動が、千島列島など強混合域を中心に下流方向に広がっている様子も捉えられた(図3)。

中層等密度面水温の変動が見られる密度帯は海域毎に異なるが、各海域における中冷・中暖構造と比較すると、オホーツク海クリル海盆を除く全ての海域で、日周潮が強い時期に中冷付近が高温・中暖付近が低温である傾向を示した。一方で、クリル海盆においては、日周潮が強い時期に等密度面水温が高い傾向が広い密度帯において見られた。この変動も、鉛直混合の間接的効果を考えれば解釈可能である。この海域の中層には、冬季の結氷過程に伴って高密度化した表層水が沈み込むことで形成される陸棚高密度水(DSW)の影響を受けた水塊が存在している。表層高塩時に高塩なDSW が形成されると考えれば、日周潮が強い時期に等密度面上で高塩、すなわち高温な性質を持つことになる。

以上のように、表・ 中層水塊の約20 年周期変動は、北太平洋亜寒帯域の広範囲で見られる一般的な現象であり、潮汐18.6 年振動に伴う強混合域における混合変化によって解釈可能な空間分布や変動パターンを示していることが明らかになった。

北太平洋亜寒帯および亜熱帯における中層水の再現は、数値実験における課題の一つである。Nakamuraet al. (2004) は、千島列島周辺における潮汐混合に対応して、200cm2/s という非常に大きな鉛直拡散係数を用いる事で、オホーツク海における水塊の再現性を向上させた。しかし、その混合強度に関しては、海域平均で8cm2/s 程度に過ぎないとの見積もりもなされているなど(Tanaka et al., 2007)、未だ疑問の余地がある。また、北太平洋における中層水を再現するには、オホーツク海とベーリング海の両海域における水塊を再現することが重要であることが示唆されているが(e.g. Yamanaka et al., 1998)、ベーリング海周辺における鉛直混合を導入した実験例もない。そこで、鉛直混合の強度及び空間分布を変えた比較実験により鉛直混合と水塊の平均場との関係について考察した後、混合強度を変化させた振動実験を行った。本研究では、中層水塊形成における重要なメカニズムの一つと考えられている海氷形成を考慮した気候システム研究センターの海洋・海氷結合モデル(CCSR Ocean Component Model:Coco) を使用した。

千島列島周辺のみで鉛直混合を考慮した場合と比較して、ベーリング海周辺における鉛直混合も考慮することにより、ベーリング海のみならずオホーツク海や北太平洋の広範囲における水塊の再現性が向上することが示された。鉛直混合により塩分躍層を弱化させることで冬季混合層の発達が促進され、効率良く鉛直水温極大が削られていたことが分かった。このことは、比較的小さな拡散係数(20cm2/s) を用いたより現実的な設定でも、強混合域を広範囲に分布させることで、効率的に水塊の再現性が向上する可能性が示唆している。

潮汐振動実験によって、混合が強い時期に表層が高塩である海域が強混合域を中心に下流方向へ広がっている様子が再現された(図4)。モデル上での強混合域周辺における表層塩分変動は、拡散係数の変化によって生じた塩分偏差が、平均流によって移流されるという単純な仕組みによって説明出来ることが示唆された。平均混合強度が強い(200cm2/s) と負のフィードバックがかかり変動が抑制されるのに対し、強度が比較的弱い時には(20cm2/s) 効率よく変動が引き起こされていた。その結果、強混合域における平均鉛直拡散係数が20cm2/s の実験では、振幅3cm2/s という比較的小さな変動によって、観測と同オーダーの変動が再現された。

等密度面水温に関しても、観測によって得られた描像と一致する変動パターンが再現された。水温極大(極小)を削るという鉛直混合の直接的な効果によって説明される変動の他、オホーツク海における陸棚高密度水形成を通じた間接的な水温変動も再現されており、観測結果から示唆されていたメカニズムを支持する結果が得られた。この他にも、移流によって広がった表層塩分変動が、間接的に水塊変動を引き起こす可能性が示唆された。モデル上での季節躍層内の水温変動は、冬季混合層内の塩分変動を反映していた。また、表層塩分が高い時期に冬季混合層深度が大きいという傾向が見られた。

本研究により、潮汐18.6 年振動に伴う鉛直混合の変動が、北太平洋亜寒帯域における水塊の約20 周期変動を引き起こしうることが示された。大気変動に伴う海洋循環や混合の変動が間接的に海洋中層に影響を与えている可能性についても検討する必要があるが、本研究の結果は、鉛直混合の強度や時空間分布の実態をより明らかにしていくことの重要性を示唆している。

(図1) 親潮域における時系列図。上から、潮汐18.6 年振動に伴う日周潮の振幅、中層26.8σθ におけるみかけの酸素消費量(AOU)(ml/L)、表層塩分(0-200m)(psu)。

(図2) 鉛直混合による水塊変質の概念図

(図3) 表層塩分変動の潮汐18.6 年変動に対するラグ(YEAR) の水平分布図。赤(青) 色が日周潮が強い時に表層塩分が高い(低い) 海域を示す。18.6 年変動が有意でない海域を灰色で示す。

(図4) モデルにおける表層塩分変動の潮汐18.6 年振動に対するラグの分布図。赤(青) 色が鉛直混合が強い時期に表層が高塩(低塩) である海域に対応する。

(図5) モデルにおける2月の混合層深度変動の潮汐18.6 年振動に対するラグの分布図。赤(青) 色が鉛直混合が強い時期に混合層が深い(浅い) 海域に対応する。

審査要旨 要旨を表示する

北太平洋亜寒帯域には約20年周期の変動が存在することが知られている。この変動は、降水や気温のほか、水産資源にも同期して見られるなど、社会的影響も大きい。気候変動予測の上でも重要な要素であるが、そのメカニズムは未解明である。本論文は、過去に蓄積された観測データを用いて海洋表中層水塊における約20年周期変動の実態を明らかにし、数値シミュレーションでそれらの変動を再現することで、18.6年という厳密な周期性を持つ月の軌道傾斜角変動が、千島列島やアリューシャン列島周辺海域に局在する強い潮汐起源混合の変動を通じて海洋変動を引き起こす可能性について議論した。

本論文は、5章で構成されている。第1章は導入であり、北太平洋における水塊の長周期変動、および鉛直混合の実態とそれによる水塊形成への影響についてまとめている。加えて、本論文の構成と目的が述べられている。

第2章では、日周潮起源の強い鉛直混合の存在が指摘されている千島列島の周辺海域である西部北太平洋亜寒帯域およびオホーツク海について、海洋表中層の約20年周期変動の実態を観測データに基づいて明らかにし、潮汐18.6年振動に伴う鉛直混合の変化によってこれらを説明し得ることを示した。日周潮が強い時期にみかけの酸素消費量(AOU)とリン酸が共に低濃度であるという潮汐振動との明瞭な対応関係を指摘し、この問題に対する有効な仮説を提案した。また、日周潮が強い時期に、この海域では共通して海面塩分・表層密度が高く中層層厚が大きいこと、並びに、親潮域を含む太平洋側では鉛直水温極大周辺の等密度面水温が低く、オホーツク海では中層等密度面水温が全体的に暖かい傾向があることが明らかになった。鉛直混合に伴う水塊変質の直接的な影響の他、表層塩分変動を介してオホーツク海における中層水形成が変化している可能性が示された。

第3章では、日周潮起源の強い鉛直混合の存在が同様に示唆されているベーリング海においても、潮汐18.6年振動と同期した変動が見られ、変動傾向が親潮域と一致することを観測データに基づいて明らかにした。さらに、強混合域において鉛直拡散の偏差が生成する水質偏差が平均流によって運ばれるというバランスを仮定することで、表層塩分と中層の水温・AOUの変動を説明した。これらから、千島列島周辺とベーリング海という異なる海域における変動が、潮汐18.6年振動により統一的に説明可能であることを示した。

第4章では、海洋大循環モデルを用いた数値実験により、千島列島・アリューシャン列島周辺に局在した強い潮汐混合が海洋の平均場に与える影響を調べ、その鉛直混合を18.6年周期で振動させることで観測された水塊変動の再現を試みた。過去のモデリング研究でも千島列島周辺における鉛直混合がオホーツク海および北太平洋の水塊に与える影響は既に議論されているが、アリューシャン列島周辺における鉛直混合も考慮することで、ベーリング海のみならずオホーツク海や北太平洋の水塊の再現性がさらに向上すること、および拡散係数について従来のモデリングで用いられた値よりも格段に小さく現実的なもので十分な効果が得られることが示された。また、強混合域における鉛直混合を18.6年周期で振動させた実験では、現実的な水塊変動の再現に成功するとともに、移流によって広がった表層塩分の変動が、オホーツク海において形成される陸棚高密度水や季節水温躍層の水など、表層水から形成される水塊の性質に影響を与えていることも示唆された。前章までの解析では定量的な評価は困難であったが、数値実験を通じて定量的にも潮汐18.6年振動の重要性が示された。

第5章は結論であり、論文全体を総括して潮汐18.6年振動と北太平洋表中層変動の関係についての統合的視点が示されるとともに、今後の展望が述べられている。

以上、本論文は、北太平洋亜寒帯域の表中層に約20年周期変動が顕著に見られることを明らかにし、その実態についてまとめるとともに、観測データと数値実験を相補的に活用する事で、それらの変動が潮汐18.6年振動に伴う鉛直混合の強弱によって引き起こされている可能性を示したものである。本研究は、気候の約20年周期変動が、これまであまり考慮されてこなかった潮汐18.6年振動という外的要因を起源として、海洋が能動的に機能した結果である可能性を示した点で、非常に新規性が高い。また、この結果は、数十年スケールの気候変動の予測可能性を向上させる可能性を持つ重要な示唆であるという点でも、高く評価出来る。なお、本論文の第2~4章は指導教員である安田一郎教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、その寄与が十分であると判断できる。したがって、審査委員一同、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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