学位論文要旨



No 124464
著者(漢字) 佐藤,友子
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,トモコ
標題(和) SiO2ガラスの密度と構造の超高圧下その場測定
標題(洋) High-pressure in situ density and structure measurements of SiO2 glass
報告番号 124464
報告番号 甲24464
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5362号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 鍵,裕之
 東京大学 教授 八木,健彦
 東京大学 准教授 小暮,敏博
 東京大学 准教授 船守,展正
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、高圧下における非晶質物質の密度と構造を、X線吸収およびX線回折を用いてその場測定するための実験技術を開発し、SiO2ガラスについての測定を行った。実験結果から、SiO2ガラスの高圧下における振る舞いについての考察、および、地球科学的な観点からの考察を行った。

1章では、研究の背景および目的について述べる。ケイ酸塩メルト(マグマ)中の配位数を初めとする構造の変化、およびそれに伴う物性、例えば、密度や粘性などの変化についての知見は、火山活動やマグマオーシャンなど、地球のダイナミックな変動を理解する上で不可欠である。しかし、メルトやガラスといった非晶質の高圧下における測定には、技術的な困難が伴う。密度と圧力の関係は、高圧物理学における最も基礎的で重要な情報である。結晶については、X線回折法を用いることで、比較的容易に高圧下における密度と構造を同時決定することできるため、現在、数百GPa領域での測定が可能になっている。しかし、非晶質については、密度や構造の測定方法さえ十分に確立しているとは言えない。SiO2は地球や惑星の主要な構成成分であり、そのメルトの高圧下における振る舞いを理解することは、地球科学的な観点から非常に重要である。しかし、SiO2結晶の融点は、他のケイ酸塩と比べても極めて高く、高圧下におけるSiO2メルトの構造や物性に関する実験的な研究はほとんど行われていない。ガラスはメルトを常温に凍結したものと考えることができるため、ガラスの密度や構造を決定することは、メルトの振る舞いを解明する上で重要な意味を持つ。SiO2ガラスは、地球科学だけでなく、高圧物理学および材料科学の観点からも極めて重要な物質であることから、理論的にも実験的にも数多くの研究が実施されてきた。しかし、10GPa以上の圧力領域における振る舞いについては未だ十分な理解は得られていない。本研究では、ガラスの密度および構造を測定するための新しい実験技術を開発し、SiO2ガラスの高圧下における振る舞いを調べた。

2章では、c-BNガスケットの開発について述べる。超高圧下における試料厚みの最大化を目的として、ダイヤモンドアンビル装置用の新しいガスケット(c-BNガスケット)を開発した。試料厚みを増やすことができれば、信号強度の弱い試料に対する測定が可能になる。高圧下で保持できる試料厚みは、素材の降伏強度が高いほど大きくなると考えられる。c-BNはダイヤモンドに次ぐ硬度をもつ非金属材料であり、ガスケット材として有望であると期待された。実際、c-BNは、高強度金属材料であるレニウムと比べると、25GPaで2倍強、50GPaでは3倍強の厚みを保持できることが分かった。圧力の増加に伴って、c-BNの優位性は、さらに上昇するものと推定される。また、アンビルへのダメージは確認されなかった。粉末のc-BNをガスケットとして利用するためには、その加工方法およびサンプリング方法を工夫する必要があった。YAGレーザーや新しく構築したサンプリングシステムなどを用いて、c-BNエポキシ混合体を必要なサイズに加工・成型する方法が確立されたため、従来のガスケットと同程度の精度でルーチンに実験を行うことができるようになった。

3章では、SiO2ガラスのX線回折を用いた構造測定について述べる。c-BNガスケットを用いて、角度分散法を用いた予備的なX線回折測定を行った。その結果、FSDP(First Sharp Diffraction Peak)位置の圧力変化の様子から、大きな構造の変化は50GPaまでに完了し、少なくとも50GPaから100GPaまでの圧力領域では、単一の非晶質相として振る舞うことが示唆された。しかし、FSDPは主に中距離構造を反映すると考えられるため、配位数などの短距離構造についての議論を行うことは難しい。この非晶質相の構造を明らかにするためには、より広いQ領域における、精密な構造因子の測定が必要であった。そのため、白色X線を用いたエネルギー分散X線回折法により、構造因子(および二体分布関数)の測定を50GPaにおいて実施した。測定法は、従来の大型プレス装置を用いた実験と基本的に同様であるが、ダイヤモンドアンビル装置内の微小試料に適するように、入射光学系および構造因子の算出方法の改良を行った(タングステンカーバイド製10mm厚のφ30μmの入射コリメータを導入し、ビームサイズを十分に絞って試料に照射した。また、アンビルからの散乱を実測して、試料の回折パターンに補正を加えた)。測定結果を図1に示す。二体分布関数の第一ピークから、Si-Oの結合距離は1.71Aと求められた。また、SiへのOの配位数は、4章の密度測定の結果を用いることで、6.3と求められた。6配位の結晶であるstishoviteの50GPaにおけるSi-O結合距離は1.71Aと推定され、第1ピークから求められた値と一致する。同様に、stishoviteの50GPaにおけるO-O間距離の最頻値は2,4A、si-Si間距離とSi-O間の第2近接距離の最頻値は共に3.1Aと推定され、それぞれ、二体分布関数の第2ピークと第3ピークの位置に一致する。したがって、この非晶質相は6配位のstishoviteと類似の短距離構造を持つことが示唆された。

4章では、軽元素から構成される非晶質物質の密度を測定するための手法と、SiO2ガラスの密度測定について述べる。ダイヤモンドアンビル装置内の試料は非常に薄く、アンビルは試料に比べ2桁程度厚い。試料が軽元素から構成されるSiO2ガラスのような物質の場合、X線吸収のほとんどはアンビルに起因することになるため、正確な測定を行うには様々な誤差の要素を排除する必要があった。原理的には、試料の密度は、試料および試料と同時に加圧された2種類の密度既知の参照物質(X線回折測定により密度が決定できる結晶質の物質)の厚みが互いに等しいとの仮定の下で、3つの物質についてのX線透過強度から決定することができる。放射光強度の時間変動や単色X線に含まれる高次光の影響、ダイヤモンドアンビルに起因する吸収異常の影響などの技術的な問題を解決することにより、測定が可能になった。この新しく開発した手法を用いて、SiO2ガラスの密度測定を行った。3回独立した実験を実施した。線吸収係数に対する要求から、参照物質にはBeとAlを用いた。レニウムガスケットを用いて行なわれたrun1とrun2では、正確な密度測定のための十分な試料厚みを確保することが困難であったため、35GPaを超える圧力領域での測定は回避された。run3では、2章のc-BNガスケットを用いることで、最低限必要な試料厚みを確保することが可能になり、SiO2ガラスの密度を、6配位の非晶質相の出現が期待される50GPaを超える圧力領域までの測定することに成功した。図2に密度測定の結果を示す。SiO2ガラスの密度の増加は、10~40GPaでは極めて大きく、圧縮メカニズムが途中で変化している可能性が高いにも関わらず、圧力に対してほぼ直線的であった。また、結晶における1次相転移のような不連続な密度変化も見られない。20GPa付近では、4配位のSiO2の結晶(quartzとcoesite)の密度を上回っており、これらの結晶が、加圧により、20-30GPaの圧力領域でガラス化するという報告と調和的である。密度の増加は、40-45GPa以上では、比較的小さくなっていた。10~40GPaにおける急激な密度増加は、本研究で測定された密度と弾性波速度の報告値から計算される体積弾性率では説明できない。このことは、10~40GPaにおいて、SiO2ガラスは単一の非晶質相として振る舞うのではなく、圧力とともに、その構造を不可逆に変化させていることを示唆している。一方、40-45GPa以上の圧力領域では、密度の増加と体積弾性率は調和的であり、単一の非晶質相として振る舞っていると解釈することができる。密度と弾性波速度のデータから非晶質相の状態方程式のパラメータを求めるとpo=3.88g/cm3、Ko=190GPa、Ko'=4.5(固定値;K':体積弾性率の圧力微分)となった。SiO2の6配位の結晶相と非晶質相の圧縮曲線はほぼ平行であった。

5章では、SiO2ガラスの高圧下における振る舞いについての考察、および、地球科学的な考察を行っている。3章と4章の測定結果に基づく考察から、SiO2ガラスの構造の圧力変化は以下のようにまとめられる。(1)常圧から10GPaまでの圧力領域では、4配位の非晶質相として振る舞う。(2)10GPa付近で、中距離構造に不可逆な変化が起こり始める。(3)25GPa付近で、短距離構造に不可逆な変化が起こり始め、圧力上昇に伴って配位数が4から6へ連続的に増加する。(4)40-45GPaまでに短距離構造の変化は終了し、その後、少なくとも100GPaまでの圧力領域では、stishoviteに類似の短距離構造をもつ6配位の非晶質相として振る舞う。地球科学的な観点からの考察は、SiO2ガラスは過冷却されたSiO2メルトと仮定して行う。本研究の結果から、SiO2成分に富んだケイ酸塩メルトの密度は、マントル全域で、結晶の密度を上回ることがないと推察される。また、SiO2成分に富んだケイ酸塩メルトについては、圧力上昇に伴う配位数の増加によってネットワーク間の結合が弱くなるため、下部マントルでは粘性が大きく低下すると考えられる。

6章では、本研究の成果を簡潔にまとめている。

図1.50GPaにおけるSiO2ガラスの(a)構造因子と(b)二体分布関数

図2.SiO2ガラスの密度の圧力依存性

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章には「序論」、第2章には「c‐BNガスケットの開発」、第3章には「X線回折法による構造測定」、第4章には「X線吸収法による密度測定」、第5章には「考察」、第6章には「結論」が述べられている。

第1章は序論であり、本論文の学問的位置づけが述べられている。ケイ酸塩メルト中の配位数の変化を始めとする構造の変化と物性の関連、および、その地球惑星科学における意義が述べられている。また、先行研究をレビューすることで、ケイ酸塩メルトに対する直接的な超高圧下その場測定が極めて困難なこと、したがって、そのアナログ物質としてガラスを対象とした研究の重要性が述べられている。

第2章では、ダイヤモンドアンビル超高圧発生装置用のc‐BNガスケットの開発について述べられている。c‐BNガスケットの開発により、超高圧実験における試料厚みを数倍に増加させることに成功した。これにより、X線との相互作用が小さく、微弱な信号しか期待できないシリカガラス試料に対して、第3章および第4章で述べられている構造と密度の測定を精度よく実施するための条件が整えられた。

第3章では、超高圧条件下における非晶質物質に対するX線構造測定方法の開発について述べられている。また、新しく開発した方法がシリカガラス試料に対して適用され、構造測定の結果が報告されている。

第4章では、超高圧条件下における非晶質物質に対するX線密度測定方法の開発について述べられている。また、新しく開発した方法がシリカガラス試料に対して適用され、密度測定の結果が報告されている。

第5章では、第3章および第4章で得られたシリカガラスに対する新しいデータを用いて、その密度と構造の圧力変化について詳細に考察されている。シリカガラスが、50 GPaまでの圧力領域において、4配位の構造から6配位の構造へ大きく構造を変化させること、また、少なくとも100 GPaまでの領域において、6配位の構造は準安定な「非晶質相」として振る舞うことなどが示唆されている。50 GPaにおける6配位非晶質相の密度、配位数、Si‐O結合距離、体積弾性率は、それぞれ、3.88 g/cm3、6.3、1.71Å、390 GPaと推定されている。さらに、シリカガラスに対して得られた知見に基づいて地球マントル深部におけるマグマの挙動について考察が行われている。Siの配位数変化が起こるマントル浅部においては、SiO2成分に富むマグマの圧縮率が大きいのに対し、マントル深部では、配位数変化が完了しているために、SiO2成分に富むマグマの圧縮率は、逆に小さくなることなどが指摘されている。従来、SiO2成分に富む玄武岩質のマグマの密度は、地球マントル最下部において、橄欖岩質の下部マントル(固体)の密度よりも大きくなると予測されてきたが、本論文では、これが否定されている。

第6章では、研究の成果が簡潔にまとめられている。

論文提出者は、自ら新しい実験技術を開発し、地球惑星科学はもとより超高圧物理学や材料科学においても極めて重要な研究対象であるシリカガラスに関して、基礎的かつ重要なデータを測定し、その超高圧下における振る舞いに関して重要な知見を報告している。また、シリカガラスに対して得られたデータを基に、地球マントル深部におけるマグマの振る舞いが従来の予測と大きく異なる可能性を示唆している。したがって、論文提出者は、地球内部現象の解明に大いに貢献するとともに、凝縮系物理学の幅広い分野の研究の進展に大いに貢献していると判断する。

なお、本論文の第2章、第3章、第4章、第5章のそれぞれ一部は、N.Funamoriとの共同研究として出版されているが、論文提出者が主体となって実施したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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