学位論文要旨



No 124468
著者(漢字) 藤内,智士
著者(英字)
著者(カナ) トウナイ,サトシ
標題(和) 琉球弧北端部の伸張テクトニクス : 九州西部における断層活動年代,古応力場,および古地磁気の研究
標題(洋) Extensional tectonics in the northern end of the Ryukyu Arc : Studies on fault ages, paleostress fields, and paleomagnetism in western Kyushu, Japan
報告番号 124468
報告番号 甲24468
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5366号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳山,英一
 東京大学 教授 木村,学
 高知大学 教授 小玉,一人
 筑波大学 教授 小川,勇二郎
 東京大学 准教授 芦,寿一郎
内容要旨 要旨を表示する

九州西部は琉球弧と西南日本弧の会合部にあたり,沖縄トラフおよび日本海の拡大に伴った地質構造が記録されている.沖縄トラフや日本海南西部は大陸地殻が伸張することで形成した背弧海盆であり,その変形過程を理解することは島弧の発達を考える上で重要である.そこで本研究では,九州西部(琉球弧北端部)における漸新世後期-中新世の変形過程および応力変遷を明らかにすることを目的とした(第1図).まず野外調査により地質構造を理解し,その上で,断層岩試料のK-Ar年代測定,小断層データを用いた古応力解析,古地磁気方位測定を行い,これらの結果を統合的に解釈した.

K-Ar年代

甑島列島に分布する正断層と天草下島に分布する正断層(高浜断層)について断層活動年代を求めるため,破砕帯試料から分離した粘土鉱物試料のK-Ar年代測定を行った.また,測定試料について砕屑性雲母類の混入量を評価するため,イライト結晶度(Kubler index)も測定した.測定の結果,甑島の正断層(3地点9試料)では,年代値とイライト結晶度の間に良い相関が認められ,断層活動に伴う粘土鉱物の形成年代を16.6Maと見積もった(藤内ほか,2007).一方で,天草下島の高浜断層では破砕帯中の2地点(6試料)について測定を行い,それぞれ21-23Ma,14-15Maの年代値を得た.両地点の試料の間にはイライト結晶度に有意な差は認められない.これは両地点の試料が示す年代差の要因は砕屑性雲母類の混入ではないことを示す.

古応力場

九州西部の漸新世後期-中新世の応力変遷を知るため,小断層解析を行った.小断層スリップデータは,甑島列島と熊本県天草上島に分布する上部白亜系および古第三系,および長崎県佐世保地域に分布する中新統(野島層群)から取得した.また,応力と地層の傾動との前後関係を調べるため,得られたデータについて,層理面を段階的に水平に戻して解析する傾動補正(褶曲テスト)を行い,露頭観察の結果と合わせて考察した.解析により,その結果,甑島列島・天草上島・中通島で,地層傾動の前後に引張応力場がはたらき,佐世保地域では地層傾動の前もしくは傾動初期にのみ引張応力場がはたらいたことがわかった.

古地磁気方位

背弧域変形にともなう鉛直軸回転の時期と量を求めるため,甑島列島に分布する第三系の火成岩脈群を用いて古地磁気方位測定を行った.岩脈群は,野外調査および鏡下観察にもとづき2系統(Type1岩脈群(中部中新統),Type2岩脈群(上部中新統))に大別できる.また,各岩脈群から求めたK-Ar年代は,両者の形成時期が異なることを示す.

28サイト(Type1岩脈群,12サイト;Type2岩脈群,16サイト)から採取した円筒状試料について段階消磁を行い,残留磁化方位を測定した.その結果,Type1岩脈群は6サイトについて初生的な残留磁化方位を決定できた.これらの平均磁化方位は傾動補正後に集中度が高くなり,調査地域の現在の地心双極子磁場に対して有意に西偏を示す(D=-38.8°,I=50.4°,α95=10.5°,κ=41,6).一方,Type2岩脈群は11サイトについて初生的な残留磁化方位を決定できた.これらの平均磁化方位は傾動補正前において集中度が高く,調査地域の現在の地心双極子磁場に対して95%信頼限界の範囲で重なる(D=16.7°,I=56.9°,α95=6.8°,κ=46.0).以上の結果は,(1)この地域で中期-後期中新世にかけて鉛直軸方向に反時計回りの回転運動が起こった,(2)後期中新世以降に地層の傾動を伴うような変動や鉛直軸方向の回転運動は起こらなかった,ことを示す.

テクトニクス

本研究の結果にもとづき,北部琉球弧の古第三系堆積以降の構造発達史をまとめ,第2図に示した.北部琉球弧の古第三紀以降の伸張変形を,(1)地層の傾動を伴う伸張変形,(2)鉛直軸回転を伴う伸張変形,および(3)地層の傾動・鉛直軸回転を伴わない伸張変形,の3ステージに区分した.この中で,鉛直軸回転を伴う伸張変形は応力場が変化して既存の断層が再活動することによって起こったと考えられる.また,同様の伸張変形の時間変化は,背弧海盆を伴う他の島弧についても認められる.

第1図:調査地域

第2図:九州西部における漸新世以降の構造発達史

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,野外地質データをもとに背弧拡大にともなう琉球弧北部の変形過程を明らかにしたものである.論文は6章からなり,第1章はイントロダクション,第2章から第5章ではそれぞれの研究結果を述べ,第6章では各章の結果にもとづく総合的な議論を行っている.

第1章のイントロダクションでは,大陸地殻が伸張する際にさまざまな変形パターンが認められることを指摘し,その要因の一つとして断層の再活動に注目したことを述べている.そして,研究対象を主に九州西部の古第三系および中新統とし,野外調査より層序・地質構造を明らかにした上で,火成岩・断層岩のK-Ar年代測定,古応力場解析,および古地磁気方位測定の結果を加えて考察している.

第2章では,鹿児島県甑島列島で行った地質調査の結果をまとめている.野外調査により列島北部の地質図を新たに作成し,NW-SE走向(F1断層群)とNE-SW走向(F2断層群)の正断層系がこの地域の地質構造を規制していること,それらの断層群の形成時期が異なることを初めて明らかにした.さらに火成岩脈群を,野外・鏡下観察,全岩化学組成(29試料),およびK-Ar年代(2試料)にもとづいて,Type 1岩脈群(安山岩質,14.7±0.4 Ma)と, Type 2岩脈群(安山岩-デイサイト質,7.0±0.6 Ma)の2系統に大別した.

第3章では,北部琉球弧における伸張変形について,断層破砕帯試料のK-Ar年代とXRD解析パターンとの相関から活動年代を見積もった.測定は,甑島列島と天草下島に発達する正断層系の中から5地点について試料を採取して行った.その結果,甑島列島に分布するF1断層群の正断層活動が中期中新世まで続いたこと,F2断層群は中期中新世以降に活動したこと,を明らかにした.また,天草下島に分布する変成岩と堆積岩の境界断層(低角度正断層)の破砕帯試料は,前期-中期中新世に活動したことを明らかにした.以上の結果は,北部琉球弧で沖縄トラフ形成開始(後期中新世)以前から伸張変形が起こっていたことを放射年代で示した初めての証拠である.

第4章では,九州西部域の古応力場解析を行った.解析は逆解法を改良した手法で行い,甑島列島,天草上島,佐世保地域,および五島列島中通島の4地域から取得した小断層スリップデータを用いた.なお,スリップデータについて段階的に傾動補正を施し,さらに,計算の結果を実際の観察データや地質図スケールの大規模構造と照合することで,従来よりも厳密に解析結果を評価した.その結果,甑島列島・天草上島・中通島で,地層傾動の前後に引張応力場がはたらき,佐世保地域では地層傾動の前もしくは傾動初期にのみ引張応力場がはたらいたことを明らかにした.伸張域において地層傾動の前後関係を考慮した応力変遷を求めたのは,本研究が初めてである.

第5章では,甑島列島に分布する2つの火成岩脈群(Type 1 岩脈群,Type 2 岩脈群,第2章参照)について古地磁気方位を測定した.段階消磁による測定の結果,Type 1岩脈群の平均磁化方位は,調査地域の現在の地心双極子磁場に対して有意に西偏を示した.一方,Type 2岩脈群の平均磁化方位は,現在の地心双極子磁場と重なった.以上の結果より,甑島列島で中期-後期中新世の間に反時計回りの鉛直軸回転が起こり,その後は地層の傾動や鉛直軸回転は起こらなかったことを示した.さらに,地質構造,および古応力場解析の結果と合わせて,甑島列島の鉛直軸回転の原因が,(1)応力状態の変化(ENE-WSW引張からWNW-ESE引張),かつ(2)応力変化時における新たに形成された正断層(F2断層群)と,既存断層(F1断層群)の再活動による地層のブロック化,の2点にあると解釈した.

第6章では,第2章から第5章の結果をまとめ,北部琉球弧の古第三紀以降の伸張変形を,(1)地層の傾動を伴う伸張変形,(2)鉛直軸回転を伴う伸張変形,および(3)地層の傾動・鉛直軸回転を伴わない伸張変形,の3ステージに区分した.さらに,背弧海盆を伴う他の島弧の構造発達史についての既存研究をまとめ,北部琉球弧で認められる伸張変形の時間変化が,他の島弧にも認められることを示した.

本論文の議論は複数の手法の結果にもとづいており,データ量も豊富であるため説得力がある.また,島弧の伸張変形について詳細な変形史を論じた研究は少なく,テクトニクスの分野における本研究の貢献は大きいと言える.なお,本論文の第2章,第3章,第4章,第5章は共同研究であるが,論文提供者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提供者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク