学位論文要旨



No 124469
著者(漢字) 土井,威志
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,タケシ
標題(和) 熱帯大西洋の気候変動モードと湧昇ドームの関係
標題(洋) Tropical Atlantic climate modes and their links with upwelling domes
報告番号 124469
報告番号 甲24469
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5367号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 中村,尚
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 升本,順夫
 東京大学 准教授 渡部,雅浩
内容要旨 要旨を表示する

熱帯大西洋にはAtlantic Ninoと南北モードと呼ばれる二つの主要な気候変動モードが存在する。前者は太平洋のエルニーニョ/南方振動(ENSO)に類似しており、後者は赤道を横切る海表面水温偏差(SSTA)の南北勾配で特徴づけられる。これらの気候変動モードはブラジルやサハラ砂漠の降水量に大きく影響する。また、南北モードは北米やその周辺国に甚大な被害を及ぼすハリケーンの活動度にも関連することが報告されている。したがって、その変動メカニズムを詳細に理解し、予測精度を向上させることは大変重要な課題であり、最近10年で盛んに研究されてきた。しかし、その多くが海表面に注目したものであり、亜表層に存在する湧昇ドーム(湧昇により海洋の等温線がドーム状に押し上げられた現象)である南大西洋熱帯域のアンゴラドームや北大西洋熱帯域のギニアドームとの関連は未だ理解されていない。そこで本研究では、この2つのドームの経年変動と大西洋の気候変動モードとの関係を調べた。

渦解像海洋大循環モデルに現れたアンゴラドームの経年変動を詳細に解析した結果、Atlantic Ninoと密接な関係があることが明らかになった(図1)。南半球の秋にAtlantic Ninoの発達に伴い弱化した東風貿易風によって、西経20度付近で鉛直第2モードの沈降赤道ケルビン波が励起される。この波が赤道上を東方に伝播してアフリカ西岸に到達後、沿岸ケルビン波として極向きに伝播し、アンゴラ沿岸域からロスビー波として西方伝播する。その結果、アンゴラドーム域の湧昇は抑制され、季節的に最も発達する南半球の晩春になっても、ドームはあまり発達しない。また、南半球の冬に成熟したAtlantic Ninoは、西アフリカモンスーンを弱化させるため、アンゴラドーム域の季節的なエクマン湧昇の強化を抑制し、ドームをさらに弱める効果もある。

一方、渦解像海洋大循環モデルに現れたギニアドームの経年変動は、熱帯収束帯(ITCZ)の南北シフトを伴う南北モードと密接に関わることが明らかになった。北半球の晩春から夏にかけて、北半球の正(負)のSSTAに伴いITCZが異常に北(南)方にシフトすると、ギニアドーム域のエクマン湧昇が異常に強(弱)化され、亜表層のドームは、表層水温とは逆に冷却(加熱)される。このITCZの南北シフトは風-蒸発-SSTの正フィードバック(WESフィードバック)によって維持されていることが示唆された。すなわち北半球の正(負)のSSTAによりITCZが異常に北(南)方ヘシフトしていることによって、北半球で南西(北東)の貿易風偏差ができ、風を弱(強)める。その結果、蒸発が抑制(促進)されるため、潜熱による冷却が弱(強)化され、正(負)のSSTAが増幅し、更にITCZを北(南)にシフトさせる。

このように海洋大循環モデルによって亜表層のギニアドームが関わる大気海洋相互作用が示唆されたため、その詳細を大気海洋結合モデルによって調べた。まず、ドーム域の混合層水温の季節変動に注目したところ、ドームが弱い北半球の冬から春には、主に海表面熱フラックスの寄与だけで説明できた。しかし、ITCZの北上に伴い、ドーム域のエクマン湧昇が強化される北半球の夏から秋には、湧昇による冷却効果も重要となった。したがって、ドーム域の表層水温の季節変動は大気強制だけでは説明できす、ドームが関わる大気海洋相互作用の結果であることが解った。

次に、結合モデル内で、熱帯大西洋の気候変動モードがよく再現されていることが確認されたため、合成解析により、大西洋南北モードとギニアドームの関係を調べた。まず前年の初冬に現れる北半球の弱い正(負)のSSTAに注目したところ、前年の晩秋にドームが未成熟(強く発達)で混合層が異常に厚(薄)いことが解った。通常の季節進行では晩秋から冬にかけて混合層水温が海表面熱フラックスによって強く冷却されるが、混合層が異常に厚(薄)いことでその感度が弱(強)まり(図2左上)、結果として正(負)のSSTAが現れる(図2右上)。大西洋南北モードの発現は、太平洋のENSOと関わることが報告されてきたが、亜表層ドームの変動も深く関わっていることが初めて示された。

初冬に現れた正(負)のSSTAは、冬から早春にかけてWESフィードバックによって発達し、春に成熟する(図2左下)。これに対し、亜表層では、OGCMの結果にも見られたように、ITCZの異常な北上(南下)に伴いドーム域のエクマン湧昇が強(弱)化され、ドームが異常に発達(衰退)した。これは、季節変動のメカニズムが強(弱)化されたとも解釈できる。その結果、このエクマン湧昇の強(弱)化に伴う冷却(加熱)が負のフィードバックとして働き、北半球の正(負)のSSTAは夏季に急激に衰退する(図2右下)。これは従来無視されてきたメカニズムで、本研究で初めて発見された。

大西洋熱帯域は観測データが乏しかったが、最近PIRATAブイやARGOによってその状況が改善されつつある。そこで、特に最近起こった2005年の正の南北モードに注目したところ、本研究のメカニズムを支持することができた。以上のような南北モードとギニアドームの相互作用の理解はその変動予測の精度向上に大きく貢献することが期待される。特に南北モードが夏季に衰退しないとハリケーンの数や規模が増大することが報告されており、亜表層ドームによる負のフィードバック機構の重要性が示唆される。

以上より、アンゴラドームとギニアドームが大西洋の気候変動モードと密接に関係していることが本研究により初めて明らかになった。従って、時空間的に密な海洋亜表層の観測システム及び湧昇ドームの役割を忠実に再現する大気海洋結合モデルの構築が、熱帯大西洋の気候変動の予測精度向上に大きく貢献すると期待される。

図1.Atlantic Ninoとアンゴラドームの関係

図2.正の大西洋南北モードとギニアドームの関係

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章から成る。第1章は導入部で、熱帯大西洋域における2つの主要な気候変動モードである「Atlantic Nino」と「南北モード」ついて、附随する海面水温偏差や海上風偏差、それらが周辺地域の降水量やハリケーン活動等に及ぼす影響に関する研究の進展について概観されている。さらに、熱帯大西洋亜表層に存在する2つの「湧昇ドーム(湧昇により等水温線がドーム状に押上げられた領域)」である「アンゴラドーム(南大西洋)」や「ギニアドーム(北大西洋)」に関する研究の進展を概観した上で、2つの主要気候変動モードへの海洋内部過程の影響、特に2つの湧昇ドームとの関連性が未解明である点が指摘されている。

第2章においては,観測データ及び高解像度(渦解像)海洋大循環モデルの長期積分データを詳細に解析し、アンゴラドームの経年変動とAtlantic Ninoとの関連性を明らかにした。即ち、Atlantic Ninoの発達に伴う貿易風弱化により南半球秋季に励起された沈降性の赤道ケルビン波がアフリカ西岸に到達後、沿岸ケルビン波としてアンゴラ沿岸に達し、その後ロスビー波として西方伝播する。そのロスビー波は、アンゴラドーム域にて亜表層の湧昇を抑制する。加えて、南半球冬季に成熟したAtlantic Ninoの影響による西アフリカモンスーンの弱化も、ドーム域でエクマン湧昇の季節的強化を抑制する。

続いて第3章では、観測データ及び渦解像海洋大循環モデルの長期積分実験データの詳細な解析から、ギニアドームの経年変動が南北モードに伴う大気の熱帯収束帯の南北変位に強く影響されることを明らかにした。南北モードに伴う熱帯北大西洋の正(負)の海面水温偏差が、北半球の晩春~夏季に熱帯収束帯を異常に北(南)方に変位させると、エクマン湧昇の季節的強化が促進(抑制)される結果、亜表層のドームは海面水温とは逆に冷却(加熱)される。さらに、収束帯の異常変位が「WESフィードバック(海上風速-海面蒸発-海面水温間に働く正フィードバック)」によって維持・強化されることも指摘した。即ち、北半球の正の水温偏差が北東貿易風を弱めて海面蒸発と附随する海面冷却を抑制するため、水温偏差が維持されるのである。

さらに第4章では、大気海洋結合モデルの長期積分データに基づき、亜表層のギニアドームの季節変化と経年変動に関わる大気海洋相互作用過程を詳細に調査した。本専攻で開発されたこのモデルは、熱帯大西洋における気候平均状態が現実的に再現できる稀少な大気海洋結合モデルの1つである。まず、混合層水温の季節変動に関して、ドームが弱い北半球の冬季から春季への水温変化は大気との熱交換のみで説明できるが、熱帯収束帯の北上に伴いエクマン湧昇の影響でドームが強化される夏季から秋季にかけての水温変化は、混合層内への亜表層水の取込みによる冷却効果なしには説明不能なことを示した。次に、南北モードに伴い春季に成熟する熱帯北大西洋の海面水温偏差の時間発展とギニアドームの経年変動との関係を調べた。その結果、前年の初冬に発現した偏差が、熱帯収束帯の異常変位に伴うWESフィードバックによって増幅する結果、春季に成熟することが示された。さらに、初冬の水温偏差が、晩秋のギニアドームの発達度と混合層厚の偏差に依存する傾向も示唆された。一方、亜表層ではエクマン湧昇の強弱に伴い、春季以降ドームの季節的な発達異常によって形成される水温偏差が混合層に取込まれる結果、春季に成熟した海面水温偏差が夏季に急速に衰退することが初めて明らかとなった。これは、最近の観測データの解析からも支持される。

上記の重要な成果の気候学的意義に関する包括的な議論は第5章にて為されている。本論文においては、観測データと現実的な大循環モデル実験を通じて、熱帯大西洋の主要気候変動モードと海洋ドームとの関係(即ち、Atlantic Ninoとアンゴラドーム、南北モードとギニアドーム)を明確に示すことに初めて成功した。周辺地域への気候学的影響の大きいこれら気候変動モードの形成・衰退への海洋内部過程の影響については従来殆ど研究されてこなかったが、これらのドーム域にて海上風の異常がエクマン湧昇の変化や海洋波動の励起を通じて亜表層水温偏差に影響する過程を初めて確認したことは特筆すべき成果で、今後の熱帯大西洋における大気海洋結合変動の研究に新しい道筋を呈示する画期的成果と認められる。

なお、本論文の第2章から4章にかけては、山形俊男・升本順夫・東塚知己・佐々木英治の各氏との共同研究に基づくが、いずれも論文提出者が主体となって実験・解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。

従って、博士(理学)を授与できると認める。

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