学位論文要旨



No 124470
著者(漢字) 永田,広平
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,コウヘイ
標題(和) 内部状態の音響的その場観察を用いた摩擦インターフェイスの物理的挙動に関する実験的研究
標題(洋) Experimental study of frictional behaviors using acoustic in-situ monitoring of frictional interface.
報告番号 124470
報告番号 甲24470
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5368号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,尚之
 東京大学 准教授 武井,康子
 東京大学 教授 吉田,真吾
 東京大学 准教授 中谷,正生
 名古屋大学 教授 山岡,耕春
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

断層面のすべり運動を理解し,予測するためには,面のすべり履歴に伴って複雑に変化する摩擦強度の挙動を知ることが一つの重要な要素となる.断層運動を表現する際にしばしば用いられる速度・状態依存摩擦則[Dieterich, 1979; Ruina, 1983]では,応力と速度の関係を示す構成則に加えて,摩擦強度の変化を記述する発展則を用いて面のすべり運動を表現する.このうち, 構成則については近年その物理的背景が明らかにされている[Heslot et al., 1994; Nakatani,2001]のに対し,発展則については,いくつかの表現が提案されているものの,いずれも室内実験のデータを完全には説明できないことが知られている[e.g., Beeler et al., 1994].速度・状態依存摩擦則を断層構成則として用いる場合,採用する発展則によって予測される断層運動の様子が定性的に異なる[e.g., Rice & Ben-Zion, 1996; Kato & Hirasawa, 1999; Ampuero & Rubin,2008]ことも知られており,正しい発展則を得ることは地震学的にも重要な課題である.これまで実験室レベルにおいてさえも発展則についての議論が進展しなかった主な理由として,発展則を導出する上での拘束条件が,実験で観察された剪断応力の変化だけであったという点が挙げられる.摩擦則の背景に,摩擦強度がインターフェイスの真実接触面積に比例する[Bowden &Tabor, 1964; Dieterich, 1979]という基本的なコンセプトがある以上,正しい発展則を得るための一つの道筋として,真実接触面積に関連する物理量を測定し,発展則をより直接的な拘束条件のもとで精密化するという方法が考えられる.本論文ではまず,Kendall & Tabor (1971)によって提案された摩擦インターフェイスの接触状態についての音響的観察手法により,岩石間の摩擦強度の変化がその場観察できることを示す(2).これに関連して(3)では,音響的観察と摩擦強度の直接比較を行うため,摩擦強度の推定に必要な構成則パラメータを推定するための新たな手法を提案する.その後,剪断応力だけでなく観察された摩擦強度の変化を同時に説明するために,既存の発展則に修正を加える(4).最後に,岩石間にガウジ層を挟むより自然断層の状態に近い模擬断層について,音響的手法から得られる摩擦実験中のインターフェイス内部状態の変化の様子を示し,摩擦強度の変化についての新たな知見を得る(5).

2. 弾性波を用いた断層面接触状態の観察

摩擦強度が面の接触状態に依存することはよく知られているが,これと同じように弾性波の透過率も面の接触具合に依存して変化する[e.g., Yoshioka & Iwasa, 2006].このため透過弾性波の振幅を観測することにより摩擦強度の変化が追えることが期待される.実際,図1 に示すような実験構成により摩擦実験中の透過振幅の変化を測定すると,準静的接触時間の対数に比例した振幅の増加,すべりに伴う振幅の減少といった予想される摩擦強度の変化と非常によく似た振幅の変化が観察される[Nagata, 2008].ただし,弾性波透過率と摩擦強度の定量的な比較を行うには,剪断応力(τ)と速度(V)の構成関係から真実接触面積に比例すると考えられる摩擦強度Φ = τ - aσ ln V /V* ( )を推定するために,構成則パラメータ a を決定する必要がある.(σ:法線応力,V*:任意の基準速度)

3. 構成則パラメータ a の推定

構成則パラメータ a は,面に加えられる応力とすべり速度の関係を決める係数である.Φ一定のもとでの速度と剪断応力の変化を計測する理想的な実験ができれば,a の値を推定することができる.しかしΦ一定という条件を実現することは難しく,通常はΦの変化を発展則によって推定し,補正を行う.この結果,得られた a の値から求められるΦの変化は用いた発展則の性質を反映したものとなってしまう.現有の発展則がいずれも実験データを完全には説明できないことから,本研究では,発展則に頼らずに a の値をより直接的に推定するため,なるべく摩擦強度が変化しないような状況で応力と速度の関係を調べるための実験手法を考案した.これは,ごく低速の定常すべり状態から剪断応力をわずかにステップダウンさせて,その前後での応力,速度の変化からa の値を推定するものである.この実験から得られた正しい a の値(~0.05)は,従来の手法で得られる値の3倍程度大きい.この値を用いて推定された摩擦強度の変化の様子は,測定された弾性波透過率の変化とほぼ一致しており(図2),弾性波による摩擦強度のその場観測が可能であることが示された.

4. 発展則の修正

前述のように,現有の発展則は実験を正確には再現できないことがよく知られているが,上記で発展則を用いずに推定したa の値を用いると実験データへのミスフィットはますます大きくなる.そこで,得られた応力と摩擦強度の変化を正しく表現できるよう,従来の発展則のうち,物理的意味が明らかなDieterich Law (=Slowness Law) [Ruina, 1983; Beeler et al., 1994]に修正を加えることを試みた.実験データの詳細な観察からは,Dieterich Law で記述される強度変化量(ヒーリングとslip-weakening)に加えて,応力変化に伴う強度の変化が生じていることが示唆される.この応力変化に依存した強度変化の項を発展則に加えることにより,実験で観察された様々なすべり履歴に伴う剪断応力,摩擦強度の変化を同一のパラメータで同時によく説明できることが分かった(図3)

5. ガウジ層を挟む模擬断層内部の状態についての音響的観察

インターフェイスの力学特性が固体同士の接触具合だけで決まる岩石間の摩擦とは異なり,ガウジ(破砕された岩石)からなる層を挟む摩擦インターフェイスにおいては,固体粒子同士の接触具合だけでなく,破砕物質により構成される幾何学的な内部構造の変化が,断層の強度や断層を透過する弾性波動に影響を与える.幾何学的な内部構造の変化に起因する,ガウジ層に特有の強度変化としては,slide-hold-slide 試験におけるhold 時の剪断応力に依存した強度回復が挙げられる[Nakatani, 1998].また時間に依存した強度回復が,hold 時の剪断応力が低い時には見られなくなることが報告されている.本研究では,(2)で岩石間の摩擦インターフェイスに適用した音響的な手法を用いて,slide-hold-slide 試験中のガウジ層内部の接触状態の変化の様子を調べた.この結果,剪断応力に依存した強度回復と時間に依存した強度回復の両方に対応する透過振幅の増加が見られた.また,時間依存の振幅の増加は,hold 時の剪断応力に依存しないことが観察された.これらの観察は,同時に測定されたガウジ層の暑さの変化とも調和的である.Hold 時に時間とともに増加した振幅は,slide させるための載荷に伴って急激に減少する.これらの結果は,時間依存の強度回復が実はhold 時の剪断応力によらずに生じていること,また載荷過程で急激な弱化が生じていることを強く示唆しており,剪断応力の測定だけでは知ることのできない内部状態の変化を音響的手法により検出することができたと言える.

図1,実験構成と透過波形の例.サンプルは庵治花崗岩ですべり面は#600 で研磨してある.1MHz サイン波を1ms に1 波ずつ送信し,受信波のピーク-ピーク振幅を連続記録する.

図2,法線応力10MPa で行った実験中の様々なすべり履歴に伴う剪断応力,摩擦強度,P 波透過率の変化.(A) 一定剪断応力下での準静的接触.(B) 準静的接触後のすべり始め.(C) いくつかの速度での定常すべり

図3,応力依存項を加えた発展則を用いたシミュレーションの結果.載荷条件は図2 と同様.

審査要旨 要旨を表示する

地震などの断層のすべり過程を支配しているのは,断層面にはたらく摩擦である.従って,断層のすべり過程を正確に記述し予測するためには,断層面にはたらく応力,摩擦強度,すべり速度の間の関係,および時間やすべりの進行に依存する摩擦強度変化を知らなければならない.これらを記述するものとして,速度・状態依存摩擦則がよく知られており,実験室における摩擦すべり過程の理解だけではなく,プレート境界地震のモデル化など,地震学でも盛んに利用されている.速度・状態依存摩擦則は応力,摩擦強度,すべり速度の関係を記述する構成則と,強度の変化を記述する発展則からなるが,このうち発展則については,その物理的意味が不明確であり,また,実験結果を正確に記述できないという欠点があることが知られている.本論文では,実験室において,断層面を透過する弾性波により断層面での接触状態を推定し,これと摩擦強度との関係を明らかにした.これまで間接的に推定されていた摩擦強度を透過弾性波により直接測定したことにより,摩擦強度と速度や応力との関係が格段に精度良く観察できるようになった.この結果を利用して,実験データを良く説明する発展則が提案された.

本論文は次のように構成されている.第1章では,速度・状態依存摩擦則に関連する主要な研究が紹介された後,本論文の構成が述べられている.第2章では,構成則とその物理的意味について述べられた後,これまでに提案されている主な発展則とその問題点がまとめられている.さらに,断層を透過する弾性波から断層面での接触状態を推定する手法の原理が述べられる.第3章では,応力または変位速度を制御して摩擦すべりを発生させ,その間に断層面を透過する弾性波を測定する実験が行われる.種類の異なる複数の実験において,弾性波の透過率と摩擦強度の間に1対1の関係があることがわかり,透過弾性波により摩擦強度が推定可能であることが示される.第4章では,実験室における従来の摩擦パラメター推定に大きな問題があることが指摘される.摩擦の速度依存性を示すパラメターαは,試験機を制御して速度を急変させた際の摩擦変化から推定されていた.しかし,試験機の剛性が有限であるために理想的な速度変化を実現できず,発展則を仮定した数値シミュレーションと実験データを比較することによりαを推定してきた.発展則に問題があることがわかっている以上,この推定手法にも問題があることは明らかである.摩擦強度変化が極めて小さくなるような実験を行えば,発展則の不確かさの影響を抑えることができる.本研究では,このような条件を満たす新たな実験手法により,真のαの値は従来の推定値よりも数倍大きいことが示される.第5章では,摩擦強度実測値と発展則による予想のずれの解析により,摩擦強度が応力に依存して変化することを発見する.この効果を発展則にとりいれることによって,従来の発展則がうまく予測できなかった種々の摩擦実験の結果は,ほぼすべて説明可能になる.さらに,新たな応力依存効果の直接的な検証もなされている.第5章までは,断層内にガウジ(破砕された岩石屑)を含まない条件での摩擦について扱われるが,現実の断層やプレート境界ではガウジ層内の変形が摩擦に大きな影響を及ぼすと考えられる.第6章では,ガウジを含む断層での摩擦すべり実験の際に透過弾性波を測定し,摩擦強度変化が推定される.時間依存性の強度回復とガウジ粒子配置の変化による非時間依存の強度回復それぞれに対応する透過弾性波変化を検出されるが,それらは応力と変位のみを測定する従来の摩擦実験では完全には分離できなかったものである,透過弾性波を利用することにより,それぞれの強度回復過程の詳細が明らかにされる.

本論文は,すべり実験中の摩擦強度変化を透過弾性波によりモニターできることを示し,これを利用して,摩擦の理解や地震断層運動のモデル化を行う際に長い間問題となっていた発展則の不完全性を克服する,極めて学術的価値の高いものである.透過弾性波による摩擦強度モニターは,摩擦の微視的過程の理解に有効であるため,今後の摩擦実験でも有効な手法として利用されるであろう.また,現実の断層やプレート境界における摩擦強度変化の弾性波によるモニタリング可能性をも示すものである.さらに,本論文で提案された発展則は,地震発生サイクルのモデルでの利用も期待される.このように,本論文の成果は実験室にとどまらず,地震学の様々な面で利用可能な発展性のある重要なものである。なお,本論文は,中谷正生と吉田真吾との共同研究を含むが,実験の計画と遂行および実験データの解析と解釈などすべての面で論文提出者が主導的な役割を果たしてきたもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク