学位論文要旨



No 124475
著者(漢字) 松井,仁志
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,ヒトシ
標題(和) 東アジアの都市域におけるエアロゾルとその光学特性に関する数値モデル研究
標題(洋) Modeling studies on aerosols and their optical properties around mega-city regions in east Asia
報告番号 124475
報告番号 甲24475
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5373号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 教授 植松,光夫
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 准教授 小池,真
内容要旨 要旨を表示する

東アジアでは近年の急速な経済発展に伴って、エアロゾルとその前駆気体などの汚染物質の排出量が著しく増加している。これらの汚染物質はエアロゾルの生成を通して、発生源やその下流域において直接的および間接的に気候・気象や健康等に影響を及ぼすと考えられている。特に大都市域はこのような汚染物質の大きな発生源として注目されている。本研究では、東アジアの最も大きな都市域の1 つである北京に着目した。最先端の領域3次元モデル(WRF-CMAQ およびWRF-chem)を用いて、北京周辺域におけるエアロゾル各成分の濃度場の計算と検証を行い、これまで行われてこなかったエアロゾル各成分の質量濃度および光学特性パラメータの空間分布と時間変動要因について解析・解釈を行った。比較・検証には2006 年夏季に北京大学構内等で行われた集中観測(CAREBEIJING-2006campaign)と人工衛星観測(MODIS)の結果を用いた。

およそ 1 ヶ月の観測期間中に、移動性の低気圧に伴う前線通過などにより5 回のエアロゾルの高濃度イベントが北京で観測された。モデル計算によってこのようなエアロゾル変動の要因となる気象場は良く再現され、またエアロゾル各成分の質量濃度および光学特性パラメータの時間変動も概ね再現された。さらにモデル計算結果は、北京においてライダー観測等により得られたエアロゾルの消散係数の鉛直分布および鉛直積算の光学的厚み(AOD)や、人工衛星MODIS により得られたAOD の時空間分布を概ね良く再現した。

この検証された数値モデル計算の結果を詳しく解析することにより、北京周辺域におけるエアロゾル各成分の領域・時間変動の要因を調べた。モデルは日変動が卓越する1 次エアロゾル(直接粒子として大気中に放出されるエアロゾル)と、数日周期の日々変動が卓越する2 次エアロゾル(大気中の酸化反応等によって気体から生成されるエアロゾル)の時間変動をそれぞれ良く再現したが、これらの濃度変動は異なったプロセスにより生じていることが明らかとなった。1 次エアロゾルの質量濃度の空間パターンはほぼ排出源強度に対応し、夜間に境界層高度が下がることなどによって濃度が増大する顕著な日変動が引き起こされていた。一方、2 次エアロゾルは大気中での前駆気体からの生成と蓄積のため、総観規模の気象場(高低気圧の移動など)によって引き起こされる1000km スケールの高濃度領域の南北方向への移動に伴って、数日スケールの変動が生じていた。

このようなエアロゾル濃度変動の時空間スケールをより定量的に評価するために、北京でのエアロゾル濃度に対する各場所・各時間での排出量の寄与を見積もる感度実験を行った。この結果、1 次エアロゾルは局所的(北京周辺100km、直前1 日以内)な排出量によって北京の濃度がほぼ決定されているのに対して、輸送の過程で生成される2 次エアロゾルは広域(高濃度イベント時には周辺500km、直前3 日程度)の排出量が北京の濃度に有意に影響を及ぼしていた。また、微小粒子の質量濃度は主として2 次エアロゾルにより決まっていたことから、北京周辺域の大気質の改善には領域(~500km)スケールでの排出量コントロールが必要となることが示唆された。

これらのエアロゾル濃度変動の理解に基づいて、エアロゾルの光学特性(吸収・散乱)について数値モデル計算を用いた解析を行った。光学特性パラメータの領域・時間変動は1次・2 次エアロゾルの質量濃度またはその割合の領域・時間変動と良く対応していた。この結果は、光学特性パラメータの変動過程が局所的に変動する1 次エアロゾルと領域的に変動する2 次エアロゾルの重ね合わせとして解釈可能であることを示している。また、エアロゾルの消散係数に占める各成分の寄与の鉛直的な変化に注目すると、大気境界層上部において、地表面付近と比べて2 次エアロゾルとエアロゾル相の水の寄与が大幅に増大していることがわかった。北京周辺域のAOD は2 次エアロゾルの上空での生成によって平均で40%増大し、エアロゾル相の水によってさらに110%増大するという結果が得られた。これらの効果は、最先端のモデルにおいても正しく考慮することが困難な2 次有機エアロゾルを含めるとさらに増大すると考えられる。このような増大は北京周辺域の広い範囲で見られ、特に2 次エアロゾルの濃度と相対湿度が共に高くなる前線の温暖側や北京南方において顕著に見られた。

最後に、同じく東アジアを代表する都市域である東京におけるエアロゾル質量濃度・光学特性パラメータとの比較を行った。東京のモデル計算結果は2003 年夏季に東京大学構内で行われた集中観測(IMPACT2)によって検証され、質量濃度の絶対量や時間変動は概ね良く再現された。北京と東京では全質量濃度、消散係数、AOD の絶対量に4~5 倍の大きな違いがあるとともにその組成比や発生源の領域・時間スケールも大きく異なっていた。感度実験等から、これらの違いはエアロゾルやその前駆気体の排出量およびその排出源の空間分布が、2 つの都市の間で異なっていることが主な要因であることが明らかとなった。一方、化学的な生成速度に関しては都市間で顕著な差は見られず、計算期間中において都市間の差を作り出す主な要因とはならないことが明らかとなった。また、東京においても1次エアロゾルに比べて2 次エアロゾルの発生源の方が広域的であること、2 次エアロゾルの生成やエアロゾル相の水の寄与が上空にいくにつれ増大すること、など北京と本質的に共通した大気中の過程が確認された。これらの過程は東アジアに限らず都市大気で一般に成り立つことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、領域三次元化学輸送数値モデルを用いて、北京および東京のエアロゾルの質量濃度と光学特性の変動過程を、総観規模気象場にたいする1次および2次エアロゾルの変動の違いという観点から体系的に示したものである。論文は5章からなり、第1章はイントロダクション、第2章では北京周辺のエアロゾル質量濃度変動に関する研究、第3章では北京周辺のエアロゾルの光学特性に関する研究、第4章では東京周辺のエアロゾルの質量・光学特性変動と北京の結果の比較研究、そして第5章はまとめを記述している。

東アジアでは近年の急速な経済発展に伴って、エアロゾルとその前駆気体などの汚染物質の排出量が著しく増加している。本論文では、夏季の硫酸塩エアロゾル濃度が東京の3-10倍にもなる、東アジアのメガシティーのひとつである北京に着目して研究を行なった。最先端の領域三次元化学輸送モデルWRF-CMAQおよびWRF-chemを用いて、北京周辺域におけるエアロゾル各成分の濃度場の計算を実施した。計算結果は、2006年夏季に北京市内周辺で集中観測が実施されたCareBeijing-2006観測キャンペーンのデータおよび人工衛星MODISの観測により検証した。

検証されたモデル計算結果の解析により、1次エアロゾル(エアロゾルとして直接大気へ放出されるもの)の濃度空間分布は気象場に関わらずほぼ排出源強度分布に対応し、夜間に境界層高度が下がることなどにより夜中から明け方に最大となる顕著な日変動が引き起こされていたことが明らかとなった。一方、2次エアロゾル(大気中に放出された気体から大気中で生成するエアロゾル)は大気中での前駆気体からの継続的な生成が蓄積するため、移動性擾乱の通過に伴い約一週間を周期として1000kmスケールの高濃度領域を形成していることが示された。北京は人為起源物質の排出量が大きい大華北平原の北端に位置するため、高気圧の影響下においてこの汚染大気は2次エアロゾルの濃度を増加させながらゆっくりと北上していく様子が明らかとなった。感度実験と、この研究で新たに導入された各成分毎に定義できる空気塊年齢を解析することにより、北京の1次エアロゾル濃度は局所的な(北京周辺100kmかつ24時間以内の)排出源によってほぼ決定されているのに対して、2次エアロゾルは広域(高濃度イベント時には周辺500kmかつ3日程度以内)の排出量が影響を及ぼしていることが定量的に示された。このような1次と2次のエアロゾルの生成プロセスの違いに基づいて、その空間分布や一地点で見たときの時間変動を観測と整合的かつ体系的に解釈した研究はほとんどなく、その学術的な意義が評価できる。

本論文ではさらに数値モデル計算により得られたエアロゾル光学特性が、北京周辺で得られた各種の観測結果の特徴を良く再現していることを示した。エアロゾル光学特性の領域・時間変動は1次・2次エアロゾルの質量濃度またはその割合の領域・時間変動と良く対応していることが明らかとなった。さらにエアロゾルの鉛直積算された光学的な厚みについては、大気境界層上端付近を中心として2次エアロゾルの生成とエアロゾル相の水の寄与が重要であることを定量的に示した。このような都市・領域スケールでのエアロゾルの質量濃度と光学特性を変動過程について整合的な解釈を示した研究は東アジアでは初めてであり、その意義が認められる。

最後に、同じく東アジアを代表する都市域である東京におけるエアロゾル質量濃度・光学特性パラメータとの比較を行った。感度実験等から、両都市間のエアロゾル濃度の4-5倍にもなる差異は、主としてエアロゾルやその前駆気体の排出源の空間スケールの違いによることが明らかとなった。一方、エアロゾルの生成速度に関しては都市間で顕著な差は見られず、計算期間中において都市間の差を作り出す主な要因とはならないことが明らかとなった。また境界層上端付近での2次エアロゾルの生成やエアロゾル相の水の寄与の重要性など、都市に共通した重要な要素が確認された。

以上のように本論文は、これまで独立に研究されてきた都市・領域スケールでのエアロゾルの質量濃度と光学特性の変動過程について整合的な解釈を示し、総観規模気象場にたいする1次および2次エアロゾルの変動の違いという観点から体系的な描像を与えたものとして評価できる。

なお、本論文の第2、3、4の各章の主要な内容は共同研究に基づいたものであり、それぞれ学術論文誌Journal of Geophysical Researchなどに発表済み、あるいは発表予定であるが、いずれの論文も論文提出者が第一著者であり、主体となって解析・解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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