学位論文要旨



No 124480
著者(漢字) 大槻,匠
著者(英字)
著者(カナ) オオツキ,タクミ
標題(和) アナターゼ型Ti1-xCoxO2/LaTiO3エピタキシャル二層膜における交換バイアス効果の研究
標題(洋) Exchange Bias Effect in Anatase Ti1-xCoxO2/LaTiO3 Epitaxial Bilayers
報告番号 124480
報告番号 甲24480
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5378号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 大越,慎一
内容要旨 要旨を表示する

【序】

強磁性/反強磁性界面を有する系を磁場申冷却(Field Cooling:FC)することによって一方向の磁気異方性が形成される現象は、交換バイアス効果と呼ばれ、巨大磁気抵抗効果における"ピン止め"層に利用されるなど重要な現象である。本効果は、強磁性/反強磁性界面におけるスピン間の交換カップリングによるものと考えられている。過去の研究において、反強磁性表面において非補償スピンが観測された例もあり、この非補償スピンが交換バイアスにおいて重要な役割を担っていると考えられる。しかしながら、この非補償スピンがFG時にfrozen-inするとヒステリシスが磁化軸方向にシフトする可能性が考えられるが必ずしも観測されておらず、交換バイアス効果の起源そのものについて充分な理解に至っていないのが現状である。一つの原因として、強磁性体金属を用いた場合には磁化自体が強いために、割合としてごく僅かであるヒステリシスの縦方向へのシフトが観測しづらいことが考えられる。そこで本研究では、強磁性体として磁化が弱い希薄磁性半導体を用いることで、界面近傍のスピンの状態を詳細に知ることを目的とした。希薄磁性半導体を用いた例はほとんどなく、スピントロニクスへの応用が期待されている本物質に対して一つの可能性を見出せると考える。また近年提唱されているスピングラスモデル(1.界面近傍でスピングラス様のfrustrateな相が形成、2.frozen-inした非補償スピンが交換バイアス効果に寄与)の検証を行った。

【実験】

希薄磁性半導体としてはCoを5%ドープしたTiO(2)(Ti(1-x)ComO(2),x=0.05、以下Co:TiO(2))を用いた。試料であるCo:TiO(2)/LaTiO(3)二層膜は、SrTiO(3)(100)単結晶基板上にパルスレーザー蒸着法(PLD)法により作成した。製膜条件は、基板温度650℃、酸素分圧1×10(-6)Torr、レーザーの繰り返し周波数は3(5)Hz、フルーエンスは1.2(1,7)J/cm(2)/pulseで昂る(括弧内はLaTiO3)。薄膜成長時は反射高速電子線回折(RHEED)で観察した。表面観察は原子間力顕微鏡(AFM)、結晶構造はX線回折(XRD)、磁性は超伝導量子磁束干渉計(SQUID)により評価した。

【Co:TiO(2)/LaTiO(3)二層膜の結晶構造】

Co:TiO(2)を用いた強磁性/反強磁性二層膜を作成するに当たって格子マッチングの観点から、反強磁性体としてはペロブスカイト構造を持つモット絶縁体であるLaTiO(3)(+3.78%)を、基板にはSrTiO(3)(100)(-0.59%)を選択した。図1、図2に二層膜のXRDパターンを示す。各ピークは図のように帰属され(A:アナターゼ型Co:TiO(2)、DTO:LaTiO(3)、S:STO)、不純物相は見られない。また蒸着中にはRHEED振動が観測できたことから、各膜とも単相で、かつc軸配向のヘテロエピタキシャル成長していることが分かる。またCoの深さ方向への拡散を調べるために行った四重極型SIMS測定の結果を図3に示す。La強度がプラトーを示すところの80%強度によって界面を定義すると、Co:TiO(2)との界面は約5nmのところに対応するが、この前後でCo強度が大きく減少していることからLaTiO(3)への顕著なCo拡散はないと考えられ、界面近傍での混合原子層形成の可能性は低い。

【磁場中冷却後の磁化曲線と磁場強度並びに温度依存性】

上記のように作成した二層膜を10Kまで面内磁場で磁場中冷却(FC)したところ、図4に示すように磁場軸方向へのシフト(左右保磁力の平均値Hex=|(H+c+H-c.)/2|、交換場と呼ぶ)に加えて、磁化軸方向へのシフト(+側と-側の飽和磁化の差分ΔM=M+(sat)-M-(sat)、磁化シフトと呼ぶ)も同時に現れた。FC時の磁場の向きに対応して飽和磁化が増大しているため、磁化シフトが現れた原因としては、"ピン止め"されてしまい磁化反転しないスピンの存在が挙げられる。また、Co:TiO2単層膜ではこのようなヒステリシスのシフトが見られなかったため、反強磁性体内に磁化が誘起されたと考えられる。このことに関してより詳細に知るため、FC時の磁場強度に対して磁化シフトと交換場がどのように変化していくかを調べた。その結果を図5、図6に示す。FC時の磁場強度依存性から(交換場も同傾向)、各シフト量は磁場強度に比例して大きくなることが分かる。つまり、FCによってfrozen-inするスピンが存在しており、スピングラス様の相が存在しているのではないかと考えられる。また図6に見られる線形の相関関係と併せて、磁化シフトと交換場をもたらす原因はFC時に界面で形成され、この界再における損互作用が交換バイアスを支配していると考えられる。

次に同じ試料に対して、磁化シフト量ΔMが測定温度に対してどのように変化するかを測定した結果を図7に示す。また、ゼロ磁場冷却(ZFC)後の二層膜のM-T曲線を図8に示す。図8に見られる15K付近の極大値はLaTiO3のネール点TNに対応している。一方、図7ではこの温度以下で急激に磁化シフトΔMが増大している。つまり、この温度以上では界面での相互作用が解けることを意味しており、先に述べた考察を支持する結果である。

【各磁性層の膜厚依存性】

上記の結果から、界面付近での相互作用によって交換バイアスが発現していることが分かったが、より詳細な知見を得るために、各磁性層の膜厚を変化させ磁気特性を調べた。LaTiO(3)の膜厚を固定、その上に様々な厚さのCo:TiO(2)を製膜した試料を作成し、10Kまで10kOe下でFCした後の磁化シフトを求めた。その結果を図9に示す。磁化シフトは強磁性層の膜厚の逆数に対して比例していることから、界面のみが交換バイアスに寄与していることが明らかとなった。これは、他の強磁性/反強磁性接合での結果とも一致する。

次に、強磁性層の膜厚は固定し、反強磁性層の膜厚を変化させた結果を図10に示す。これより、反強磁性層が20nmより薄い場合において磁化シフトが減少し始めることが分かる。また、以上は平坦化処理していない基板の結果であったが、比較のために平坦化処理を施してステップ-テラス構造を確認した基板上にも同様の二層膜を積層し測定を行った。平坦化処理基板上に作成した試料の方が磁化シフト量が顕著に低下している。両基板上にLaTiO3を製膜した後にAFM観察を行ったところ、非平坦化処理基板では自乗平均面粗さが約4蓋であるのに対し、平坦化処理基板では約2Aであった。すなわち、LaTiO3表面(Co:TiO2との界面)の凹凸の大小が磁化シフト量に対応している。平坦化処理基板を用いた場合、LaTiO3表面の非補償スピン量が少なく、これが磁化シフトの減少に繋がっていると考えられる。また、平坦化処理基板上の二層膜においては、図10に見られたような反強磁性層の膜厚による磁化シフトの減少は見られなかった。以上の結果から、Co:TiO2/LaTiO3界面においてスピングラス様のfrustrateな磁気構造が形成され(非補償スピンが多いと考えられる非平坦化処理基板ではより顕著)、そのスピン間のフラストレーションが下方へ伝播していくためLaTiO3の反強磁性磁気秩序が乱されると推察される。図10より、このfrustrateな層の厚さを見積もると最大で22mmに及ぶと見積もられ、ある膜厚以下(この場合20nm以下)になると、フラストレーションを起こしている体積比が大きくなるために磁化シフトが減少して交換バイアス効果が失われていくと考えられる。

【磁場印加方向依存性】

磁場の印加方向が上記交換バイアス効果に及ぼす影響について調べるため、垂直磁場での測定を行った。結果を図12に示す。これより、面直に磁場を印加した場合は面内よりシフト量が大きいことが分かる。また面内磁化時に見られた、シフト量のCo:TiO2層の膜厚依存は見られない。LaTiO3/SrTiO3界面に注目すると、LaTiO3薄膜の面内の格子定数がSrTiO3基板のそれよりも大きいために、LaTiO3薄膜には面内に圧縮歪みがかかっている。面内に圧縮歪みがかかるとLaTiO3の反強磁性スピンは面直方向の方が安定化され、その結果面直方向の交換バイアス効果が増大したと考えられる。

【まとめ】

希薄磁性半導体であるCo:TiO2を用いて、Co:TiO2/LaTiO8/SrTiO3をヘテロエピタキシヤル二層膜を作成し、交換バイアス効果について調べたところ、通常のモデルで理解される交換場に加えて磁化シフトも観測された。この両シフト間には線形の比例関係があり、また、LaTiO3薄膜のネール点以上の温度で相互作用が消えることから、FC時に界面で形成される相互作用が交換バイアスを支配しているといえる。これは界面において"ピン止め"されてしまった反強磁性内の非補償スピンに由来していると考えられる。強磁性層の膜厚依存性からも界面のみが寄与していることが明らかとなった。反強磁性層の膜厚、ならびに基板の平坦化処理に対する依存性から、強磁性/反強磁性界面にはスピングラズ様のfrustrateな相が最大で約2nm形成されていることが分かった。

図1二層膜のXRDパターン(X=90°)

図2二層膜のXRDパターン(X=45°)

図3二層膜の四重極型SIMS測定

図4±10kOe中でのFC後並びにZFC後のCo:TiO(2)(40nm)/LaTiO(3)(5nm)の磁化曲線

図5磁化シフトΔMのFC時の磁場強度依存性

図6磁化シフトΔMと交換場Hexの相関関係

図7磁化シフトΔMの温度依存性

図8二層膜のM-T曲線(ZFC,in+5kOe)

図9Co:TiO(2)/LaTiO(3)(40nm)における磁化シフトの強磁性層膜厚依存性

図10Co:TiO(2)(40nm)/LaTiO(3)における磁化シフトの反強磁性層膜厚依存性

図11平坦化処理基板又は非平坦化処理基板に製膜した二層膜の磁化シフト

図12磁場印加方向依存性(図中の数字はCo:TiO(2)の膜厚、LaTiO(3)は40nm),inplaneは面内を、perpendは面直磁化を表す

審査要旨 要旨を表示する

強磁性/反強磁性界面を有する系は、一方向磁気異方性が生じる交換バイアス効果を示すことが知られている。本研究では、強磁性層として希薄磁性半導体を用いることで、交換バイアス効果の起源に関する問題を取り扱っている。

本論文は5章からなっている。

第1章は序論であり、交換バイアス効果の説明と現象論的な解釈について述べている。特に、過去の研究から予想されている非補償スピンの存在と、その結果生じるであろう磁化曲線の垂直シフト、同現象の観測に際しての実験上の問題点について詳しく触れている。さらに、本論文で希薄磁性半導体(Co:TiO2)を強磁性層に用いる意義について説明している。

第2章は実験手法に関する説明である。薄膜作成法であるパルスレーザー蒸着法(PLD)、薄膜評価方法である反射高速電子線回折(RHEED)、X線回折(XRD)、二次イオン質量分析(SIMS)、原子間力顕微鏡(AFM)、超伝導磁束量子干渉計(SQUID)について、それらの原理と、どのような情報が得られるかについて概説している。

第3章は、SrTiO3(100)単結晶基板上に作製したCo:TiO2/LaTiO3二層膜の結晶成長と、RHEED、XRD、SIMSによる構造評価について述べている。薄膜成長時のRHEED振動、製膜直後のRHEEDパターン観測から、各層ともlayer-by-layer成長しており、膜表面は原子レベルで平坦であることを明らかにしている。またXRD測定から、上記二層膜はアナターゼ型Co:TiO2/ペロブスカイト型LaTiO3が、それぞれ単相かつc軸配向のヘテロエピタキシャル成長していることを述べている。さらに、SIMSにより各構成元素の膜面に垂直方向の分布を調べ、CoのLaTiO3層への顕著な拡散はなく、界面近傍における混合原子層形成の可能性は低いことを確認している。以上の結果を総合して、界面近傍の不純物相が交換バイアスの起源ではないと結論している。

第4章は、Co:TiO2/LaTiO3二層膜の交換バイアス効果に対する冷却時の磁場強度、温度、各膜厚、界面の凹凸および磁場の印加方向による影響を系統的に調べている。磁場強度に対する依存性から、磁化曲線の横方向(磁場方向)のシフトに加えて、縦方向(磁化方向)へのシフトを観察し、両シフト量は磁場強度に比例することを見出している。これは、反強磁性体内に新たに誘起されたスピンが、磁場中冷却によってfrozen-inされ磁化反転しなくなったものと推論している。また、両シフト量は正の相関を示すこと、Coを添加しないTiO2では磁化曲線のシフトが見られないこと、LaTiO3のネール点以下で交換バイアスが急激に増加することから、界面における相互作用が交換バイアス効果を支配していると結論している。

一方、各層の膜厚を変化させると、シフト量は強磁性層の膜厚に依存しないが、反強磁性層の膜厚が10-20 nm以下になると交換バイアスが減少することを見出している。また、基板の平坦化処理の有無による相違を調べ、平坦化処理を行った基板上の二層膜では平坦化処理を行っていないものに比べ交換バイアスが大きく減少することを述べている。これは、LaTiO3表面の非補償スピン量が平坦化処理基板上では少なくなり、その結果磁化シフト量が減少したと解釈している。また、界面の状態により交換バイアスの大きさが制御可能であることを指摘している。さらに、反強磁性層の膜厚に対する依存性を、近年提唱されているスピングラスモデルを用いて説明している。すなわち、界面での組成変化や凹凸などに起因して界面近傍のスピンはfrustratedな状態にあり、その影響がLaTiO3の磁気構造に影響することでシフト量が減少すると解釈している。スピングラス層の厚さは、最大で約2.2 nm程度であると算出している。

第5章は結論と要約である。

以上のように、本論文は、強磁性層に希薄磁性半導体を用いることで、交換バイアス効果における垂直シフトの原因を詳細に調べ、新たな磁気構造モデルを提案している。これらの研究は理学の発展に大きく寄与する成果であり、博士(理学)に値する。なお、本論文は長谷川哲也博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析、及び考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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