学位論文要旨



No 124482
著者(漢字) 柴田,祐介
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ユウスケ
標題(和) ジチオラト架橋クラスター錯体の段階的合成による金属間相互作用のインテグレーション
標題(洋) Stepwise synthesis of dithiolato-bridged cluster complexes for the integration of metal-metal interaction
報告番号 124482
報告番号 甲24482
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5380号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 長尾,敬介
 東京大学 教授 加藤,隆史
内容要旨 要旨を表示する

【序】

後周期金属のメタラジチオレン錯体は、金属原子と硫黄2原子、炭素2原子からなる5員環の擬芳香族性と金属原子上の電子不足性から特異な物性や反応性を示すことが知られており、近年材料・触媒・生化学等の分野で盛んに研究が行われている。当研究室では以前、コバルトジチオレン三核錯体1、2を三量化反応により合成し、対カチオンのサイズにより還元体のπ電子の局在度や磁気的相互作用が変化することを見出している。また、ジチオレン環の反応性に着目し、さまざまな金属カルボニルとの反応による金属一金属結合形成反応を見出してきた。この反応を三核錯体に用いることによって二次元のみならず三次元に望みの金属を配列でき、さらにそれぞれの金属間にネットワーク化された電子的.磁気的相互作用を構築することで新規な電子.磁気応答性が期待できる。本研究ではメタラジチオレン三核錯体の系統的合成と金属間相互作用の検討、およびメタラジチオレン三核錯体を用いたクラスター錯体の合成をおこなった。

【メタラジチオレン環をベンゼン環で連結した新規三核錯体の合成と結晶構造および電気的.光学的物性】

合成従来法ではコバルトジチオレン単量体の三量化によってコバルタジチオレン環状三核錯体を合成していた(図2(a))。しかしこの合成法では収率が低い(4-6.5%)、反応時間が長い、錯体1、2以外では三核錯体は得られないという問題点があった。そこで環状三核錯体合成の高収率化.簡便化.汎用化をめざし、ベンゼンヘキサチオールとコバルト錯体を塩基存在下、室温で錯形成させることとした(図2(b))。溶媒と塩基の最適化の結果、塩基としてトリエチルアミン、溶媒としてアセトンまたはジクロロメタンを用いることにより、収率58%で環状三核錯体1を得ることができた。また、従来法では得ることができなかった新規錯体3、4、および5についてもそれぞれ収率59%、71%、90%で得ることができた。

結果と考察錯体3、4、および5についてはジクロロメタンーヘキサンから再結晶することにより単結晶が得られたため、単結晶X線結晶構造解析を行った(図3)。すべての錯体について、3つのメタラジチオレン環と中心部のベンゼン環が同一平面上に広がっていることから、その平面上にπ電子が非局在化し、各金属間に電子的相互作用があると考えられる。中心ベンゼン環のC-C結合距離に注目すると、長いC-C結合(C2-C3、C4-C5、C6-Cl)と短いC-C結合(Cl-C2、C3-C4、C5-C6)が交互に存在することがわかった。この中心ベンゼン環における結合距離の長短の差は5(0.12(3)。A)>4(0.08(2)。A)>3(0.053(8)。A)の順に大きい。C-C結合距離の長短の差が小さいほど中心ベンゼン環の芳香族性が強いと考えられるのでπ結合を介した金属間の電子的相互作用は3>4>5の順に強いものと考えられる。

それぞれの錯体について0.1M過塩素酸テトラブチルアンモニウムーベンゾニトリル溶液中でCVおよびDPVを測定したところ、各金属の1電子還元に由来する3段階の還元波が見られた(図4)。このことからこれらの錯体が2段階の混合原子価状態を生成することがわかる。そこで、混合原子価状態の安定性の指標のひとつである均化反応定数Kcを求めると1電子還元体、2電子還元体ともに3>4>5の順に大きい値となっており(表1)、この順に金属問での電子的相互作用が大きいことを示している。この結果は単結晶X線構造解析の結果にも一致している。

【環状三核錯体を用いたFe-Co結合集積型クラスター錯体の合成】

合成当研究室ではメタラジチオレン環の反応性に注目し、金属カルボニルを用いたさまざまな金属一金属結合を有する錯体の合成法をみいだしてきた。その中のひとつがFe-Co結合を有する錯体[FeCo]で、トルエン中、鉄カルボニルとトリメチルアミンN-オキシドとの反応で生成した活性種である鉄テトラカルボニルがコバルトジチオレンに付加することによって生成する(図5)。本研究では単核コバルトジチオレンの代わりに三核錯体1に本反応を適用し、複数のFe-Co結合が集積した多核錯体の合成を目的とした。

窒素雰囲気下、錯体1(84.8mg,0.13mmol)とトリメチルアミンN-オキシド(59.5mg,0.72mmol)をトルエン(5鮎)に溶解させ、[Fe(CO)5](50μL,0.40mmol)を加えて2時間室温で撹拌した。溶媒を留去した後、アルゴン雰囲気下PTLC(トルエン/ヘキサン(1:2v/v))で分離精製し、緑色のフラクション6(43.7mg)および7(13.0mg)を得た。

結果と考察フラクション6からは単結晶が得られたためX線結晶構造解析を行った。Crystal System:Hexagonal、Space Group:P-6c2(No.188)として解くと、すべてのコバルトジチオレン部位に鉄カルボニルが付加した構造をしていることがわかった。しかし導かれた構造はFe(CO)3部位とCoCp部位が50:50でディスオーダーしていた(図6)。また、錯体分子がc軸に沿ってカラム状にスタッキングし、そのカラムがab平面上で三角格子状に配列することでパッキングしていた。

原料錯体1と3当量の鉄カルボニルが反応するとき、3分子の鉄カルボニルがすべてベンゼン平面に対して同方向から付加する場合(図7の錯体A)と1分子の鉄カルボニルが他の2分子の鉄カルボニルと反対側から付加する場合(図7の錯体B)の2通りが考えられる。錯体6および錯体7はこのいずれかであると考えられる。ここでc軸方向のスタッキングを考える(図8)。上下に隣接する2分子のCp環同士が向き合っているとすると、Cp環の水素が互いに接触してしまうため実際はこのようなパッキング様式を取っていないと考えられる。そこでCp環同士が向き合わない2分子のスタッキングを考えるとA-2およびB-4が可能である。しかし、B-4のスタッキングではもう1分子のスタッキングが不可能なので、錯体6はA-2のように錯体AがCpCo部位、Fe(CO)3部位を同方向にそろえてスタッキングしていることがわかった。つまりフラクション6は錯体Aであり、もう一方のフラクション7は錯体駐である。

次にab平面上のパッキングを考える。ab平面上へのc軸方向にのびたカラムの配列をかんがえる場合、CpCo部位がc軸方向に向いたカラム(c方向のカラム)とCpCo部位が-c軸方向に向いたカラム(-c方向のカラム)の2種類を考える必要がある。この2種類のカラムが隣接しているとするとCp環同士のπ-スタッキングが可能となる(Cp環間距離3.04A、図9(a))。ここでカラムの三角格子上への配列を考える。図9(b)においてXがc方向のカラム、Yが-c方向のカラムだとすると、Zにはc方向-c方向どちらのカラムも入ることができる。このことからab平面上ではc方向-c方向ランダムに三角格子状に配列していると考えられる。X線照射時に直線状の散漫散乱が見られることからも、この結晶は一次元の規則性を有していることがわかる。まとめると錯体6の結晶構造は図10のようになる。

錯体6および7の電気化学測定の結果を図11に示す。ともに一1.IV、-L6V付近に大きなレドックス波がみえ、それぞれのピークが複数に分裂している。錯体[FeCo]の電気化学測定の結果より、-1.1VのピークがFe(0)/Fe(-I)の還元波、-1.6VのピークがCo(III)/Co(II)の還元波であることがわかる。それぞれのピークは原料錯体であるCpCo(ΔE1=0.24V,ΔE2=0.44V)に比べると小さな値ではあるが、およそ0.1Vの分裂幅で分裂している。このことから、コバルタジチオレン部位の芳香族性は鉄カルボニルとの反応によって失われたにもかかわらず、金属核間には電子的相互作用が存在することが明らかとなった。

【結論】

従来法では合成できなかった新規環状三核錯体、および六核の金属間に電子的相互作用を有し、金属原子の位置を制御したクラスター錯体を合成することができた。同様の合成法、適当な金属を用いることで、さまざまな金属の位置および数を制御したクラスター錯体を合成することができると考えられる。

図1錯体1-5の構造

図2従来の合成法(a)および本研究での合成法(b)

図3錯体3のORTEP図(水素原子は省略)

図4錯体3のサイクリックボルタモグラム(a)および錯体3(青線)、4(赤線)、5(緑線)のDPV(b)

表1錯体3、4、5の均化反応定数Kc

図5錯体[FeCo]の合成スキーム

図66のX線結晶構造(a)およびc軸方向(b)およびa軸方向(c)から見たパッキング

図7考えうる6の構造

図8錯体AおよびBの2分子でのスタッキング方法

図9隣接するカラム同士のπ-スタッキング(a)およびc軸方向から見たカラムの並び(b)

図10錯体6の結晶構造

図11錯体6(青線)および7(赤線)のDPV

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章と付録からなり、第1章は研究の背景と目的、第2章はメタラジチオレン環をベンゼン環で連結した新規な9族金属三核錯体の合成と結晶構造および電気的・光学的物性、第3章は環状三核錯体を用いたFe-Co結合集積型クラスター錯体の合成、第4章は研究結果のまとめについて述べられている。以下に各章の概要を記す。

第1章では研究の背景について述べている。金属はバルクから微粒子、クラスター、原子とサイズが小さくなるにつれて電子状態が変化し、それぞれ異なった興味深い物性を示すことが知られている。近年、サイズの小さな微粒子が合成されるようになるにつれて、微粒子とクラスター錯体の領域がオーバーラップしてきており、この境界領域の研究が盛んに行われている。金属原子集積体としてよく研究されている微粒子は、金属原子の自己集合により合成されることが多く、サイズ制御や原子の配置を規定することは難しい問題である。そこで本研究では金属-金属結合を有するクラスター錯体を構成単位として、分子中で金属原子を集積化させることを試みた。これにより、金属原子の位置制御、つまり金属集積体の電子状態を制御することが可能となる。

第2章では金属集積化の第一段階として、メタラジチオレン環をベンゼン環で連結した新規なコバルト、ロジウム、イリジウム三核錯体を新規に合成し、結晶構造と電気的・光学的物性を明らかにした研究について述べている。反応基質により三核錯体の生成が制限されていた従来の合成法にかわる新たな合成ルートとして、ベンゼンヘキサチオールと金属源となる錯体の錯形成による合成法の検討を行った。これによりコバルトシクロペンタジエン錯体を従来法より高収率で得、またコバルト、ロジウム、イリジウムのペンタメチルシクロペンタジエン錯体を新たに得ることができた。単結晶が得られた三核錯体のX線結晶構造解析を行い、メタラジチオレン環の芳香族性と金属間相互作用の相関を明らかにした。また、電子スペクトル解析と電子構造のDFT計算から、三核錯体の電子状態を考察した。

第3章では金属-金属結合生成反応を用いた金属の集積化について述べている。第2章で得られたコバルタジチオレン三核錯体に鉄-コバルト結合生成反応を適用し、鉄-コバルト結合集積型6核錯体を合成した。得られた2種類の異性体のうち単結晶が得られた錯体についてX線結晶構造解析結果の考察を行い、結晶のパッキング状態について明らかにした。また、それぞれの錯体について電気化学測定を行い、すべての鉄-コバルトユニット間に電気的相互作用が存在することを明らかにした。

第4章では以上の結果を総括し、今後の展望を述べている。また、Appendixとして構造解析結果を記している。

以上、本論文ではベンゼンヘキサチオールと錯体との錯形成により新たなメタラジチオレン三核錯体の合成法を見出したとともに、得られた三核錯体の結晶構造と電気的・光学的物性を明らかにしたこと、また、鉄-コバルト結合集積型錯体を合成し、その結晶構造と金属原子間の電気的相互作用の存在を明らかにしたことを記述している。本博士論文において明らかにされた金属集積錯体の合成と性質は、クラスター化学の分野を大きく進展させると期待される。なお、本論文第2章および第3章は朱 保華、久米晶子、西原 寛との共同研究であり、一部はすでに学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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