学位論文要旨



No 124486
著者(漢字) 吉田,純
著者(英字) Yoshida,Jun
著者(カナ) ヨシダ,ジュン
標題(和) 平面構造を有する単核金属錯体の集積による超分子構造体の構築
標題(洋) Construction of supramolecular structures by assembling planar mononuclear metal complexes
報告番号 124486
報告番号 甲24486
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5384号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 錦織,紳一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 柴山,充弘
 東京大学 准教授 森,初果
 東京大学 准教授 平岡,秀一
内容要旨 要旨を表示する

従来の化学が触媒能等の機能性を単一の分子に付与する事を目標としてきたのに対し、超分子化学の目標は、単一分子ではなしえない役割、機能を分子集合により達成する事にある。金属イオン由来の物性と有機配位子由来の構造拡張性を持つ金属錯体は、超分子的に連結、集積する事で、さらなる機能発現が期待できる。そこで本研究では、平面型金属錯体を超分子的な相互作用によって集積する事を試みた。その結果、配位高分子、分子性結晶、ゲルといった様々な構造を持つ金属錯体集合体を構築する事に成功した。以下それぞれについて述べる。

本研究で初めに行ったのは、平面型金属錯体[Co(II)(β-diketonato)2]と種々の配位子との溶液中での自己集合による配位高分子合成である(本論文第2節)。配位高分子合成には、様々な金属イオンと配位子との組み合わせによる無数の例があるにもかかわらず、いまだ試行錯誤的な面が強い。これは金属イオンと配位子が、それぞれいくつかの配位構造、コンフォメーションを取りうるためである。一方[Co(β-diketonato)2]錯体は、(1)配位構造を直線型に固定できる、(2)β-diketonato配位子を修飾、交換する事でCo(II)のLewis酸性、錯体全体の立体的性質を調節できる、(3)有機溶媒に可溶、(4)中性、等の金属イオンにはない様々な特徴を持つ。これらの性質をうまく利用する事で、配位高分子の精密合成が可能と考えた。その結果、本錯体を用いる事で、2D(6,3)net型配位高分子の合成とそのスタッキング様式の制御(第2章2節)、大型配位子との組み合わせによる配位高分子合成(第2章3節)、配位子の配座制御(第2章4節)、といった配位高分子の精密制御に向けたプロセスを一歩ずつ進め、最終的には1次元配位高分子全体のねじれを制御し、キラリティーを誘起する事(第2章5節)に成功した。

次に、通常は液相においてのみ進行すると考えられてきた金属イオンと配位子の自己集合を、固相において誘起し、配位高分子を構築する事を試みた(本論文第3章)。その結果、3-cyano-pentane-2,4-dioneとM(OAc)2・nH2O(M = Mn(II), Fe(II), Co(II), Ni(II), Cu(II), Zn(II), Cd(II))の固体混合物に、固相すり合わせ反応、あるいは熱反応を併用して適用する事によって、固体状態で配位高分子が構築できる事を見出した。さらに固体状態であるにもかかわらず、単核錯体と配位高分子間の可逆的な構造変換や、ある配位高分子構造から異なる構造を持つ配位高分子への構造変換が容易に進行する事を見出した。これは通常は剛直であると考えられている配位高分子も柔軟性を持ちうる事を示す結果である。

さらに、より柔軟性を持つ金属錯体集合体の構築を目指して、次に述べる2つの方法を試みた(本論文第4章)。1つは水素結合やπ-π相互作用といった配位結合以外のより弱い相互作用によって単核錯体を集積する手法である。また、もう1つは溶液中で金属イオンと多座配位子の自己集合によって柔軟な3次元ネットワークを構築する手法である。前者の方法においては、単核錯体として[CoCl2(bppp)]を設計、合成した。[CoCl2(bppp)]の特徴として、1)平面構造、2)両親媒性構造、3)5配位構造、が挙げられる。[CoCl2(bppp)]は2つの柔軟な集積構造を取る事が明らかとなった。1つは分子性結晶であり、もう1つはゲル状態である。分子性結晶では、[CoCl2(bppp)]がスタックする事によって一次元カラムを形成し、その一次元カラムがさらに集まる事で超分子構造を形成していた。また、この分子性結晶はアセトン蒸気にさらす事によって緑からピンクへ色変化するというベイポクロミック挙動を示した。IR, UV-Vis-NIR, XRPD, XAFS測定の結果から、ピンク色のサンプルではアセトン分子が構造中に取り込まれ、Co-Cl間距離が緑のサンプルに比べ大きく伸びた配位環境になっている事が結論づけられた。この配位構造の変化が色変化の原因と考えられる。また、[CoCl2(bppp)]のメタノール溶液に水を加えていくとゲル化するという現象も観測された。ゲル中での構造は明らかではないものの、[CoCl2(bppp)]と[Co(bppp)2](2+)の混合状態であると考えられる。類似錯体との比較検討から、ゲル化において、[CoCl2(bppp)]錯体が結晶構造で見られたような分子間相互作用を発現する事で超分子的に集積し、それがゲルの3次元網目骨格を形成したと考えられた。また、比較的剛直なオリゴピリジンと金属イオンの自己集合によってゲルを構築する事も試みた。種々のオリゴピリジンを検討した結果、3,2':6',3''-terpyridine骨格を複数個有するオリゴピリジンがCo(II)イオンあるいはAgIイオンとの組み合わせにおいてゲル化する事を見出した。このように比較的剛直で、柔軟な超分子形成には不向きと考えられるビルディングブロックを用いても、外場応答性を示す分子性結晶やゲルといった柔軟な超分子集合体を構築できる事が明らかとなった。

以上、単核平面型金属錯体をビルディングブロックに用いて配位高分子、分子性結晶、ゲルといった超分子集合体を構築してきた。その過程において、この合成方法が目的とする超分子集合体の容易な構築に有効であること、溶液中のみならず固相中でも超分子集合体構築が可能でその構造変化も起こりうること、さらに、ひとつを見れば剛直で可動性がないと考えられる金属錯体も、その超分子集合体は構造柔軟性を持ち、それに由来する様々な特性を発揮しうる事が見出された。これらの知見は、金属錯体による超分子集合体の新たな面を引き出したとともに、今後の発展に寄与するものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、平面型金属錯体を構成素子に用いた結晶からゲルに至る超分子構造体の形成を主題とし、5章から構成される。第1章の序章では、研究対象とする金属錯体からなる超分子構造体の概観、現状そして問題点等の研究背景、および本研究の基本的アイデアと目的が提示されている。第2章から第4章が研究の実質的な内容で、第2章では配位結合による結晶状超分子構造体の形成とその構造制御、第3章では結晶状超分子構造体の固相における合成について、第4章では水素結合およびπスタッキング等の弱い超分子的相互作用を用いた結晶状およびゲル状の超分子構造体形成について述べられている。最後の第5章は、全体を通してのまとめと今後の展望である。

共有結合以外の比較的弱く、柔軟性のある結合的分子間相互作用を用いて分子集合体、すなわち超分子構造体を形成し、そこに一つの分子ではなし得ない機能を持たせる事を目標とする超分子化学の概念は、既に化学において一般的なものになっている。そして、様々な超分子構造体の開発合成が行われているが、逆に、その多様性、柔軟性ゆえなかなか確固たる設計・合成指針が打ち立てられないのが現状である。本論文は、金属錯体による超分子構造体に対し、ひとつの設計・合成指針および新たな可能性を提示したものである。基本的アイデアは、構造体を形成する素子を平面型金属錯体にすることで、中心金属が持つ配位様式の多様性を限定し確実な配位構造を実現するとともに、置換基の選択による化学結合力および立体構造の調整、疎水性部位および親水性部位の錯体内での適切な配置による分子間相互作用の制御を通して結晶からゲルまでの超分子構造体構築を実現しようとするものである。

論文申請者は、様々な考慮の上選択した平面金属錯体とオリゴピジン系配位子との組み合わせにおいて超分子構造体の構造次元性の制御を行い、アイデアの有用性を示した。さらに、そこで得られた知見を生かし、アキラルな分子の集合によりキラリティを持った一次元構造の配位高分子の形成とキラルな結晶の合成に成功している。アキラルな分子から片方のみのキラリティを持った配位高分子の意図的な合成は希少で、しかも申請者の方法は、極めて簡便なものであり、その有用性は高い。得られた化合物は、キラル空間を持つホストとして機能しており、キラルなゲストの特異な取り込み現象も見られ、化合物自体も興味深いものである。

さらに、申請者は、通常は溶液中の自己集合で行われる超分子構造体の合成を、実験で蓄積された知見に基づく周到な反応物の選択の上、固相中でもなし得ることを示した。単核構造の金属錯体の固相合成は近年急増しているが、超分子的な連続構造体の合成は希な事例である。そこでは、液相反応とは異なる生成物や構造変換が起こるなど特有の現象が見られ、超分子構造体に対する固相反応の有用性と可能性が示された。

以上は、配位結合を使った結晶性の超分子構造体の構築であるが、他方、より柔らかい構造体の構築を目指し、水素結合およびπスタッキングという弱い分子間相互作用が両親媒的に働く平面金属錯体を分子設計した。その平面金属錯体の集積から作った結晶は、相互作用の弱さを反映して、気体分子を結晶内部に可逆的に吸脱着して色を変えるベイポクロミズムを示した。また、この錯体の溶液は溶媒を調整することでゲルを形成した。このゲル形成に際しては、分子設計で導入した両親媒性が大きく働いていると考えられる。既存の金属錯体ゲルが、コアの金属錯体に大きく柔軟な置換基を必要とし複雑な構造を持つのに対し、申請者の設計による錯体は極めてコンパクトかつ剛直、単純な構造をしており、今までの金属錯体ゲルの概念を覆すものである。ゲル形成に必ずしも大型で複雑な構造を必要としないことは、応用面での意義も大きい。コア錯体の合成が簡素化できる分、コア錯体の機能化を容易にし、新しいゲルの創成につながると期待される。

以上の成果は、錯体化学、超分子化学そしてゲル科学の分野に新たな知見をもたらし、これらの分野の今後の展開にも影響を与えるものであり、高い学術的内容と意義を持っていると認められる。なお、本論文第2章および第3章は、黒田玲子、錦織紳一との、第4章は松永拓郎、柴山充弘、岡本芳浩、錦織紳一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24460