学位論文要旨



No 124489
著者(漢字) 石川,健
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ケン
標題(和) 制限酵素の新しい機能
標題(洋) Novel functions of restriction endonucleases
報告番号 124489
報告番号 甲24489
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5387号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 小林,一三
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 講師 名川,文清
内容要旨 要旨を表示する

1.複製フォーク型DNAのI型制限酵素による切断。

複製フォークの切断は、停止した複製を組換え修復によって再開するための反応であると考えられて来た。私は、フォークの切断が、このようなゲノムの「修復」とゲノムの「破壊」との選択に関わる事を示唆する結果を得た。

DNAメチル化低下のために、複製直後の染色体は原核生物では制限酵素により切断される可能性がある。in vivoの観察から、DNA複製とI型制限酵素による切断には何らかの関係が考えられる。I型制限酵素は、未メチル認識配列に結合し、DNAをたぐり寄せ、数百から数千塩基離れた位置でDNAを切断するという奇妙な反応で知られていた。

私は、in vitroでI型制限酵素EcoR124Iが複製フォークを模したDNAを分岐点付近で切断する事を発見した。解析結果は、この酵素が複製フォーク通過後の娘DNA上にある未メチル認識配列からDNAをたぐり寄せ、分岐点にぶつかると切断するというモデルを支持する。

I型制限酵素によるフォーク切断は、ゲノムが不安定になった細胞を排除する事により、正常なゲノムの維持に関与する可能性がある。

2. ゲノム比較と無細胞発現系による新しい機能と構造を持つ制限酵素の発見

全く新しい立体構造と機能を持つDNA結合タンパク質を発見するには、どうしたらよいだろうか?ゲノム配列を比較し、メチル化酵素遺伝子ホモログと共にゲノムを動いている遺伝子で、構造が予測できないものは、新しい基本立体構造(フォールド)と機能をもつ制限酵素である可能性がある。私は、この考え方と小麦胚芽無細胞タンパク質合成系を用いた活性スクリーニングにより、新しい構造と機能の制限酵素を発見する方法を確立した。超好熱古細菌Pyrococcus abyssi由来のII型制限酵素PabIは、Mg2+非要求、TA3'突出の断端の生成など新しい性質を示し、新しいフォールドを持っていた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなる。第1章は「複製フォーク型DNAのI型制限酵素による切断」について、第2章では「ゲノム比較と無細胞発現系による新しい機能と構造を持つ制限酵素の発見」についての研究成果が述べられている。第3章はディスカッションであり「反制限酵素としてのクロマチン構造」という仮説が提案されている。

第1章について、申請者はI型制限酵素EcoR124Iが複製フォークを模したDNAを分岐点近くで切断する事を、試験管内実験で発見した。従来、生体内の現象から制限酵素によるDNA切断と複製には何らかの関係があると示唆されて来たが、制限酵素と分岐型DNAとの生化学的な相互作用は明らかになっていなかった。I型制限酵素は、未メチル認識配列に結合し、DNAをたぐり寄せ、数百から数千塩基離れた位置でDNAを切断するという奇妙な反応で知られていた。申請者は長い複製フォーク型DNAを調製する独自の手法を確立し、これを基質に用いて上記の反応を発見した。さらに、基質の構造を変化させる事により、この切断の性質を明らかにした。実験は先行研究の情報に基づき、注意深くデザインされており、1)切断は認識配列に依存する、2)片方の腕のみで切断が起きる、3)分岐構造に依存して切断する、4)認識配列と分岐点が近すぎると切れない、5)分岐点の移動性は影響しない、6)メチル化により切断が抑制される、7)分岐点の極近傍で切断する、といった性質を明らかにするのに十分な結果を示している。

この現象の生物学的な意義に関する考察として、1)侵入DNAの増殖過程への攻撃2)不安定な染色体を持つ細胞の排除による正常な染色体の維持、という可能性について論じられている。特に2)については、バクテリアに置ける制限酵素という枠組みに限定されず、複製フォークの切断が損傷を受けた染色体の「修復」と「破壊」の選択に関わる可能性を問題提起しており、高等生物を含む生物一般の関係する現象の理解に繋がると評価できる。

第2章について、申請者は新しい基本立体構造と機能をもつ制限酵素を探索する方法を確立し、発見された新奇制限酵素の機能を明らかにした。制限酵素は立体構造の多様性が大きいと考えられて来たが、従来は新しい基本立体構造を持つ制限酵素を探すための手法は確立されていなかった。申請者は、アミノ酸配列相同性に依存しない新しいアプローチでこの方法を確立した。これは動く遺伝子としての制限修飾遺伝子に注目したもので、近縁種のゲノム比較からゲノム多型を探し、修飾酵素遺伝子と挙動を共にする機能未知遺伝子を制限酵素候補として選ぶ方法である。また、従来困難であった制限酵素の発現を無細胞タンパク質合成で行う新しい方法を活性の検出及び機能解析に用いている。

その結果、発見された制限酵素PabIの機能を申請者は明らかにした。この酵素はMg2+非要求、TA3'突出の断端の生成という新しい機能を持つ事が示されている。また共同研究者により、この酵素が新しいフォールド(基本立体構造)を持つ事が示されており、この探索方法が新しい機能と構造をもつ制限酵素を発見するのに有用であると評価できる。(ただし、立体構造解析に関しては、この論文中では述べられていない。)

申請者の制限酵素の探索方法は、他の微生物に応用することにより、さらに新しい機能と基本立体構造を持つ酵素が発見されると期待される。これはDNA結合タンパク質の立体構造多様性の理解に貢献すると期待される。

第3章について、真正細菌、古細菌、真核生物のクロマチン構造と制限酵素の関係について、仮説が提案されている。真正細菌では制限酵素遺伝子を持つ種のゲノム配列からその制限酵素の認識配列が排除される傾向が知られている。これは、制限酵素による染色体切断の頻度を減らすための適応と考えられている。PabI遺伝子を持つ古細菌P. abyssiでは、PabIの認識配列はゲノムから排除されていないが、PabIホモログを持つ真正細菌H. pyloriの株では、認識配列の排除が見られる。この結果から、クロマチン構造を持つ古細菌と真核生物は制限酵素による染色体切断を受けにくいという可能性を述べている。申請者はクロマチン構造が制限酵素による染色体切断に対する防御機構として、獲得されたという仮説を提案し、「なぜクロマチン構造を持つ生物がいるのか」という問題について、制限酵素との相互作用という新しい視点で述べている。

なお、第1章は半田直史・小林一三、第2章は渡部美紀・黒板敏弘・内山郁夫・川上文清・宮園健一・Jan Kosinski・加茂昌之・澤崎達也・永田宏次・Janusz M. Bujnicki・遠藤弥重太・田之倉優・小林一三、第3章は小林一三との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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