学位論文要旨



No 124490
著者(漢字) 鬼塚,和泉
著者(英字)
著者(カナ) オニツカ,イズミ
標題(和) 肝非実質細胞の発生・分化機構と臓器形成における機能
標題(洋) Development and differentiation of hepatic non-parenchymal cells and their roles in organogenesis
報告番号 124490
報告番号 甲24490
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5388号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 講師 名川,文清
 東京医科歯科大学 教授 仁科,博史
 東京大学 特任教授 渡辺,すみ子
 東京大学 教授 宮島,篤
内容要旨 要旨を表示する

序論

高等動物の脈管系組織と中皮組織はいずれも結合組織に分類され、血液細胞と同じく側板中胚葉に由来する。これらの中胚葉性組織は、臓器の実質的機能を担う実質細胞に対する栄養、酸素供給、老廃物の排出、免疫による生体防御、臓器内外の形態維持など、いずれも生理的あるいは物理的に様々な局面から実質臓器を支持/保護している。また、成体臓器に限らず臓器発生過程においても、内胚葉性の実質細胞群と中胚葉性の非実質細胞群が相互作用することが正常発生に重要であることが知られている。マウス肝臓の場合は、胎生8.5日頃に前腸領域の内胚葉性細胞群が近隣に存在する中胚葉性細胞群からシグナルを受容する事で肝臓への分化が運命づけられ、肝発生が始まる。その後、未分化な肝芽細胞は横中隔領域に存在する血管内皮細胞からのシグナルにより増殖・分化しつつ前腸領域から出芽し、肝芽を形成する。したがって、中胚葉性細胞群は肝臓の運命決定から機能獲得に至るまで一貫して肝発生に重要な役割を担うと考えられる。しかしながら、胎生後期から出生後の後期肝発生の調節機構に関しては、中胚葉性細胞群の関与の有無も含めて不明な点が多い。また、肝臓を構成する多様な中胚葉性細胞群の多くは、その発生、分化過程、および機能を含めた総合的理解には至っていないばかりか起源についてはほとんど明らかではない。

哺乳類の成体肝臓は中心的な消化器官であるが、胎児期には主要な造血器官として機能する。E9.5頃Aorta-gonad-mesonephros (AGM)領域あるいは胎盤で発生した成体型造血幹細胞は、胎児肝臓へ移行し増幅する。胎児期の肝臓は造血と同時に代謝器官としての機能を獲得しつつ、その体積を急速に増していく。従って、肝臓内の種々の結合組織を構成する細胞群も胎児期から新生児期にかけて急速に増幅する必要があり、この時期の肝臓には増殖性の高い中胚葉性前駆細胞が存在する可能性があるが、その実体は明らかではない。

成体肝臓は腹腔内に位置し、臓器表面は他の体腔内臓器と同様中皮組織に覆われている。成体の中皮組織は臓器/体壁表面の保護、腹腔液の調節、物質の輸送、免疫的監視等に関わる。しかしながら、中皮組織の発生過程はこれまでほとんど解析の対象とされておらず、臓器形成への関与についても報告がない。肝臓においても、肝臓中皮細胞は他の非実質細胞に比して著しく知見が乏しく、その性状や肝発生への関与はこれまでほとんど解析されてこなかった。

本研究は、内胚葉性の実質細胞に加え、中胚葉性の非実質細胞群、すなわち血液細胞、脈管壁細胞、間葉系細胞、中皮細胞の全てを含むマウス肝臓をモデル臓器とし、これらの細胞群の相互作用ならびに非実質細胞の発生・分化機構と臓器形成における機能を解明することを目的とした。具体的には、胎児期の肝臓細胞の約90%を占める中胚葉性細胞群をヘマンジオブラストのマーカー分子として同定されたPodocalyxin-like proteinl (PCLPl)の発現強度により四細胞集団に分画し、それぞれの分画について詳細な性状解析を行った。

結果と考察

PCLP1の発現を指標とした胎児肝臓細胞の分画

胎児造血の最盛期に相当するE14.5の肝臓細胞は、肝芽細胞以外にPLCPlの発現強度の違いから四つの細胞集団に分画可能であった。各種細胞表面マーカー分子との多重染色によるFCM解析、in vitro血球前駆細胞活性、およびin vivo長期骨髄再構築活性の検討結果から、PCLPl(neg)細胞はCD45+の白血球集団であり、KSL細胞など既知の造血幹細胞活性も主にこの細胞集団に検出された。PCLPl(dull)細胞はTER-119+であり、分化の進んだ赤血球集団であった。PCLPl(med)細胞は未分化な赤血球やPECAMl+血管内皮細胞を含む不均一な細胞集団であった。PLCPl(high)細胞は血液細胞と血管内皮細胞のいずれにも属さない細胞集団であった。OP9ストローマ細胞との共培養の結果、PCLPl(med)細胞はPCLPl(neg)細胞より数日遅れて血球を生じ、生じた血球は造血前駆細胞活性を獲得していた。新生児肝移植法においてPCLPl(neg)細胞はOP9共培養前後のいずれもレシピエントの造血に寄与したが、PCLPl(med)細胞はOP9共培養を経なければ寄与できなかった。したがって、PCLPl(med)細胞には既存の造血前駆細胞検出法では検出されない未分化な造血幹細胞が含まれていると考えられた。一方、PCLPl(high)細胞はOP9共培養において増殖性の高い敷石状のコロニーを生じ、複数の脈管内皮細胞マーカー遺伝子の発現誘導が見られた。したがって、PCLPl(high)細胞には脈管壁細胞への分可能を有する未分化な中胚葉性前駆細胞が含まれていると考えられた。

肝臓中皮細胞の分化と肝発生における機能

胎児肝臓切片の免疫染色の結果、PCLPl強陽性の細胞が肝ローブ表面に一層に並んでいるのを認めた。中皮細胞マーカーMesothelin(Msln)との共染色およびFCM解析より、PCLPl(high)細胞は肝ローブ表面を覆う中皮細胞群であることを明らかにした。肝発生初期の未分化な肝中皮前駆細胞の表現型はPCLPl(high)Mslnであり、この細胞群はin vitroおよびin vivoの双方でPCLPl+Msln+を経てPCLPI Msln+へと分化し、この間増殖活性も著しく変化した(図)。さらにマイクロアレイを用いた胎児と成体の肝臓中皮細胞の遺伝子発現解析の結果、胎児期の肝臓中皮細胞は肝実質細胞に対する複数の増殖因子を発現していた。実際に、中皮細胞と肝細胞の共培養実験の結果、中皮細胞は液性因子を分泌することで肝細胞の増殖を促進した。定量PCRの結果、胎児期および新生児期の肝中皮細胞は種々の肝細胞増殖因子を高発現していた。さらに、新生児期には中皮組織直下の肝細胞層が主に増殖しており、この時期には中皮細胞が主な増殖因子の供給源として肝臓の体積増大に寄与している可能性が示された(図)。成体肝臓の部分肝切除による肝再生モデルにおいては増殖中の肝細胞はローブ全域に散在しており、中皮細胞の増殖因子発現の増大も見られなかった。したがって、発生と再生では肝細胞増殖の調節機構が異なると考えられた。

胎児肝臓中皮細胞のin vitro増幅系の構築と分化誘導

胎児肝臓中皮細胞のストローマ細胞非依存的in vitro増幅系を構築した。タイプIVコラーゲンコートディッシュを使用し、かつbasic fibroblast growth factor (bFGF)、Oncostatin M (OSM)存在下では敷石状の形態を呈する細胞が活発に増殖し、40代以上の継代培養が可能であった。サイトカインを除去すると増殖は速やかに停止し、細胞の形態も変化した。FCM解析の結果、増殖中の細胞では一部PCLPl+細胞が維持されており、サイトカインの除去により増殖を停止した細胞では、PCLPl+細胞が消失しMslnの発現強度が上昇していた。したがって、PCLPlの発現と増殖活性は相関関係があると考えられた。また、サイトカイン存在下で3回継代した後にも、PCLPl+細胞はPCLPl-Msln+への分化活性を保持していた。これらの結果から、bFGF、OSM存在下では胎児肝臓中皮細胞は最終分化に至らず増殖フェーズにとどまり、bFGF、OSM非存在下では増殖を停止し、最終分化に移行すると考えられた。

さらに、培養液中からOSMを除去すると、一部CD45-Stab2+細胞が生じたことから、Flk-1-PCLPl(high)細胞はStab2+類洞内皮細胞を含む中皮細胞以外の細胞系譜への分化能を有している可能性が示された。したがって、OSMは中皮細胞の最終分化とその他の細胞系譜への分化の双方に抑制的に働いていると考えられた。

結論

胎児肝臓の非実質細胞群は、シアロムチン糖タンパク質PCLPIの発現強度を指標として性状の異なる4つの細胞集団に分画可能であった。PCLPl(neg)細胞は白血球集団であり、既知の造血幹細胞活性もこの細胞集団に認められた。PCLPI(dull)細胞は分化の進んだ赤血球集団であった。PCLPl(med)は未分化な赤芽球系細胞や血管内皮細胞などを含む不均一な細胞集団であり、既存の造血前駆細胞検出法では検出されない未分化な造血幹細胞を含んでいた。PCLPl(high)細胞は肝臓中皮前駆細胞であり、肝発生初期から肝葉表面を一層に覆っていた。肝臓中皮細胞は、肝発生にともないPCLPl(high)Msln-からPLCP1+Msln+を経てPCLP1-Msln+へ分化し、この間に増殖活性も著しく変動することを示した。また、肝臓中皮細胞は胎児期から新生児期にかけて肝実質細胞に対する複数の増殖因子を分泌し、肝実質細胞の増殖を促進することを明らかにした。さらに、胎児肝臓中皮細胞のin vitro増幅系を構築し、これを用いて肝中皮細胞の増殖・分化制御機構を明らかにするとともに、近年他のモデル動物/臓器で示されているのと同様に、マウス胎児肝臓中皮細胞も類洞内皮細胞を含む他の細胞系譜への分化能を有する可能性を示した。中胚葉性非実質細胞群の重要性は複数の臓器の発生において広く知られてはいたが、本研究は、肝臓中皮細胞は単なる成体肝臓の保護膜であるばかりか、分化とともに性状をダイナミックに変化させ、かつ肝発生に積極的に関わることを初めて示した。

(図)肝臓中皮細胞の分化と臓器形成における機能

審査要旨 要旨を表示する

本論文は六章からなる。第一章は序論であり、脊椎動物における血液の発生、内胚葉組織からの肝臓の発生、造血器官としての胎仔肝臓、肝臓の分化、さらに臓器と体腔壁を覆う中皮組織に関するこれまでの知見について概説されている。第二章では本研究で用いられた材料と実験手法が説明されている。第三章から第五章までは本研究の結果とその考察が述べられている。まず第三章では、マウスの胎仔肝臓を構成する細胞群を膜タンパク質PCLPlの発現レベルを指標として複数の亜集団に分画する試みと、各集団の性状解析およびその結果が述べられている。この中で論文提出者はPLCPIを中等度に発現する細胞群に特に注目し、この細胞群には類洞内皮細胞群と既存の血球前駆細胞検出法では検出不可能な未分化な造血前駆細胞が含まれることを示している。第四章では、第三章で見出された肝臓構成細胞集団のうち未知細胞を含むPCLPI分子を強く発現する細胞集団について詳細に解析し、これが未分化な肝臓の中皮細胞群であること、これらが成熟中皮細胞へと分化する過程ならびに肝臓の発生における機能についての解析結果が述べられている。第五章では、第四章までに得られた結果を基に、胎仔肝臓の未分化中皮細胞の培養系を確立し、これを用いてその増殖および分化機構を解析し、さらに未分化中皮細胞が類洞内皮細胞など中皮細胞以外の細胞系譜へと分化しうる可能性を示している。第六章では、第三章から第五章までの結果を総括した結論が述べられている。

本論文は、哺乳類の肝臓を構成する非実質細胞群のうち、これまでほとんど解析の対象とされて来なかった中皮細胞に着目し、異なる分化段階の中皮細胞集団を細胞膜抗原の発現を指標にして識別・分離する方法を確立した。これらの細胞集団の性状に関する詳細な解析から、中皮細胞が肝実質細胞の増殖を強く促進することを明らかにした。すなわち、肝中皮細胞は単なる肝臓の皮膜ではなく、肝臓の発生に積極的に関与する重要な細胞群であることを初めて明確に示した。これは、高等動物の臓器発生における新しい知見を与えるものであり、十分に意義のある報告であると認められる。

なお、本論文の一部は田中稔特任講師、宮島篤教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。したがって、論文提出者には博士(理学)の学位を授与できると認める。

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