学位論文要旨



No 124491
著者(漢字) 坂上,史佳
著者(英字)
著者(カナ) サカウエ,フミカ
標題(和) RhoGAPタンパク質RICS/PX-RICSの機能解析
標題(洋) Functional Analysis of Rho Family GTPase-activating Protein RICS/PX-RICS
報告番号 124491
報告番号 甲24491
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5389号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 黒田,真也
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 秋山,徹
内容要旨 要旨を表示する

当研究室においてβ-cateninのアルマジロリピートに結合する新規タンパク質として同定されたRICS (Rho GAP involved in the fA-catenin-N-cadherin and NMDA receptor signaling)は1738アミノ酸からなるRhoGAPタンパク質で、N末端側にGAPドメイン、中央に3つのプロリンリッチドメイン、さらにそのC末端側にβ-catenin結合領域を持つ。そのGAP活性の生理的なターゲットはCdc42であることがわかっている。さらに、RICSの研究過程で、そのスプライシングバリアントが存在していることも明らかとなり、PX-RICSと名付けられた。PX-RICSはRICSのN末端側に、リン脂質結合ドメインであるphox homology(PX)ドメインとSH3ドメインが付加された2087アミノ酸からなるタンパク質である。RICSが脳に多く発現しているのに対してPX-RICSは脳の他にも多くの組織で幅広く発現している。

PX-RICSには、PI4P(小胞の出芽や融合に関与することが知られている)に高親和性を持つPXドメインと、膜輸送関連タンパク質に多く見出されているグラニンモチーフが存在する。また、PX-RICSのGAPドメインのターゲットであるCdc42は膜輸送に関与することが知られている。さらに本研究では、PX-RICSの結合因子としてGABARAPを同定した。GABARAPは微小管結合能を持ち、小胞体・ゴルジに局在することから、細胞内輸送に関与すると考えられている。以上の事実からPX-RICSの細胞内輸送における役割に焦点をあて、これを解析した。PX-RICSとGABARAPの結合をin vitroプルダウンアッセイによって調べたところ、両者が直接結合することが確認された。また、HeLa細胞におけるPX-RICSとGABARAPの局在を調べたところ、両者の局在は良く一致していた。次に、PX-RICSがβ-catenin・N-cadherinと複合体を形成することから、β-catenin・N-cadherinの細胞内輸送にPX-RICSが関与するのか解析を行った。PX-RICSノックアウトマウス由来と野性型由来のMEF細胞におけるβ-catenin,N-cadherinの局在を調べたところ、ノックアウトマウス由来のMEF細胞では、細胞間接着領域におけるβ-catenin・N-cadherinの量が減少しており、これらが小胞体に蓄積していた。そこで、ノックアウトマウス由来MEF細胞に様々な変異型PX-RICSを導入し、PX-RICSのどのような機能が必須であるのか、レスキュー実験を行った。その結果、この輸送には「PX-RICSとPI4Pの結合」・「PX-RICSのGAP活1性」・「PX-RICSとGABARAPの結合」が必須であることがわかった。さらにマススペクトロメトリーによって、PX-RICSの新たな結合因子として、14-3-3θおよびζを同定した。14-3-3θ・ζはHeLa細胞でPX-RICSと共局在していた。そこで、14-3-30とζがβ-catenin'N-cadherinの細胞内輸送に必須であるのかどうかを確認するため、RNAiにより14-3-3θとζをノックダウンし、β-catenin・N-cadherinの細胞内局在の変化の有無を調べた。14-3-3θ及びζをノックダウンした細胞ではβ-catenin・N-cadherinは核周辺に留まっており、細胞間接着領域ではその量が減少していた。さらに、これまで14-3-3の結合因子として同定されている多くのタンパク質の中から、細胞内輸送に関連する可能性のあるものをピックアップし、免疫沈降実験によりPX-RICS-14-3-3複合体と結合するか調べた。その結果、PX-RICS-14-3-3複合体は、dynein-dynactin複合体の構成因子(dynein heavy chain,dynein intermediate chain,p150(glued))と結合した。次に、これらdynein-dynactin複合体の構成因子のHeLa細胞における局在を、免疫蛍光染色によって確認した。その結果、これらのタンパク質はPX-RICSとも、14-3-3とも、強く共局在することがわかった。よってPX-RICSが14-3-3を介してモータータンパク質であるdynein-dynactinと巨大な複合体を形成することを示唆した。以上の結果から、PX-RICSが小胞体-ゴルジ間においてβ-catenin-N-cadherin複合体の輸送を担っている可能性を示した。

また我々はこれまで、RICS/PX-RICSは脳に多く発現していること、Cdc42に対してGAP活性を発揮すること、神経細胞のPSD(postsynaptic density)画分に多く含まれていること、NMDA受容体やN-cadherinと複合体を形成していること、CaMKIIによってリン酸化を受けそのGAP活性が抑制されることを見出している。これらの知見はRICS/PX-RICSが脳神経系において記憶・情動などの高次機能に関与している可能性が高いことを示している。しかし、個体レベルでのRICSIPX-RICSの生理的役割に関しては未だ報告がない。そこで本研究では、当研究室で初めて作製されたRICS/PX-RICSノックアウトマウスを用いて、神経活動のファイナルアウトプットのひとつである行動に着目し、RICS/PX-RICSの生理機能を解析した。情動に関する試験である明暗往来試験を行った結果、不安の指標となる「明箱への移動時間」が、RICS/PX-RICSノックアウトマウスで顕著に短くなっていた。また、オープンフィールド試験では、RICS/PX-RICSノックアウトマウスにおいて、中央領域における滞在時間がやや長く、高架式十字迷路試験では、オープンアームへ入った回数が多くなっており、オープンアーム滞在時間も有意に長くなっていた。よって、情動に関する3種の実験によりRICSIPX-RICSノックアウトマウスは低不安状態にあることが明らかになった。さらにうつモデル試験である、強制水泳試験、尾懸垂試験を行った。その結果、両試験においてうつ傾向の指標である「無動時間」がRICS/PX-RICSノックアウトマウスで有意に短くなっていた。さらに強制水泳試験においては水泳距離が長くなっていたことから、RICS/PX-RICSノックアウトマウスは抗うつ様行動を示すことがわかった。以上のことから、RICS/PX-RICSの欠損が不安の減少・抗うつ効果をもたらすことが初めて明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「背景と目的」「実験材料と方法」「結果」「考察」「結論」の項よりなる。

「背景と目的」の項では、本論文で解析を行ったRhoGAPタンパク質RICS/PX-RICSの、これまでに明らかとなっている知見や、RICSとそのスプライシングバリアントPX-RICSの分子的特徴と機能が述べられている。また、PX-RICSの機能解明を目指してPX-RICS結合分子を探索し、細胞内輸送関連タンパク質であるGABARAPを同定したこと、またPX-RICSがPXドメイン(小胞体やゴルジに局在するPI4Pと結合するドメイン)を持つこと、さらに、PX-RICSには小胞輸送関連タンパク質に多く見出されているグラニンモチーフが存在することから、細胞内輸送における役割に着目してPX-RICSの機能解析を行ったことについて言及し、本研究の目的を示している。

「結果」の項では、本研究から得られた結果が述べられている。PX-RICSとGABARAPの特異的な結合を免疫沈降実験により確認し、さらに両者が小胞体に強く局在することを示してPX-RICSとGABARAPの機能的関連を示唆している。また、PX-RICSがβ-cateninと結合することから、β-catenin・N-cadherinの細胞内輸送について解析したことが述べられている。PX-RICSノックアウトマウス由来のMEF細胞と野性型マウス由来のMEF細胞で、β-cateninおよびN-cadherinの細胞内局在を比較し、ノックアウトマウス由来のMEF細胞においては細胞間接着領域のβ-catenin・N-cadherinの量が減少し、小胞体に蓄積していることを示している。さらにこのβ-catenin・N-cadherinの局在にはPX-RICSの持つ、どのような機能が関与するのかを、各ドメインの変異型・欠損型ミュータントを用いてレスキュー実験を行っている。その結果、β-catenin・N-cadherinの輸送にはPX-RICSの「GABARAPとの結合」「PI4Pとの結合」「GAP活性」が必須であることを明らかにしている。さらにβ-catenin・N-cadherin輸送の分子メカニズムを明らかにするため、マススペクトロメトリーの手法を用いてPX-RICSの新規結合タンパク質を探索し、14-3-3タンパク質を同定している。また、PX-RICSと14-3-3との特異的な結合を免疫沈降実験により確認し、さらに両者がHeLa細胞で共局在していることを示している。14-3-3をノックダウンするとβ-catenin・N-cadherinが小胞体に蓄積することを確認し、β-catenin・N-cadherinの輸送における14-3-3の必要性について言及している。さらにPX-RICS-14-3-3複合体がdynein-dynactin複合体と結合することを免疫沈降実験によって示し、両者が共局在することも明らかにしている。小胞体からゴルジへの小胞輸送に主要な役割を果たすdynein-dynactin複合体との結合を示したことで、PX-RICS-14-3-3複合体の細胞内輸送における重要性を強く示唆している。これまでに知られていなかったβ-catenin・N-cadherinの小胞体-ゴルジ輸送の分子メカニズムを明らかにしたことに大きな意義がある。

また本研究ではRICS/PX-RICSノックアウトマウスの表現型の解析についても述べられている。RICS/PX-RICSは脳で強く発現していることや、シナプス後肥厚部に多く局在すること、NMDA受容体と結合することから脳高次機能に関与する可能性が示唆されているが、その生理機能については全くわかっていなかった。本研究ではRICS/PX-RICSのノックアウトマウスの行動に着目し、複数の行動解析を行っている。明暗往来、オープンフィールド、高架式十字迷路の各試験ではRICS/PX-RICSのノックアウトマウスが低不安を示すことを明らかにしている。さらに、うつモデル試験の強制水泳、尾懸垂試験において、RICS/PX-RICSのノックアウトマウスの無動時間(うつ傾向の指標)が顕著に減少していることを示し、RICS/PX-RICSの欠損が抗うつ効果をもつことを明らかにしている。これらの解析により、RICS/PX-RICSの生理機能を初めて明らかにしたことが大きな成果である。

なお、本論文は、西村 教子・林 寛敦・松浦 憲・秋山 徹・中村 勉との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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