No | 124495 | |
著者(漢字) | 倉谷,光央 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クラタニ,ミツオ | |
標題(和) | tRNA修飾酵素群の立体構造および正確な翻訳を保障する機構 | |
標題(洋) | Structures of tRNA modification enzymes and their mechanisms ensuring accurate translation | |
報告番号 | 124495 | |
報告番号 | 甲24495 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5393号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | tRNAはコドン配列に従ってアミノ酸を対応付ける分子で、転写後修飾を受ける。一般的にアンチコドンループ上の修飾塩基は機能面で、D、T両ループ上などL字型三次構造の内部に埋もれるものは構造面で重要である。コドン3文字目と対合するtRNA34位には最も多種類の修飾塩基が存在する。幾つかの修飾は対合するコドンを変える性質を持ち、例えばコドン3文字目のAとGの区別は遺伝暗号を維持するために必須であるが、イノシン、リシジン、シュードウリジンなどの修飾塩基導入により達成される。他にも修飾塩基は、正確なアミノアシル化を保障したり、フレームシフトを防止したりすることで正確な翻訳を維持する。そのため修飾が未完了のtRNAが翻訳系に入ると遺伝暗号を乱しうる。生体内で酵素がtRNA修飾を完結する過程を解明するため、tRNA修飾酵素の立体構造と、tRNA構造が酵素活性に与える影響とを解析した。 真性細菌において、TadAはtRNA(Arg)234位のアデノシン残基を脱アミノ化してイノシンを導入する。Aquifex aeolicus由来TadAのX線結晶構造を1.8A分解能で決定した。TadAはα/β/αの三層構造をした1つのドメインから構成され、二量体を形成していた。構造既知のヌクレオチド類に働く脱アミノ化酵素と活性中心の構造は同一であり、亜鉛を用いた脱アミノ化機構を用いると考えられた。一方、TadAではより大きな活性ポケットが二量体面に作られていた。酵母由来のシトシン脱アミノ化酵素では3本のヘリックス同士の相互作用によって二量体が形成されていたのに対し、TadAではそのうち1本がループに置換しており、活性ポケットが広がっていた。活性ポケットの中には保存された残基が集まっており、これらがtRNA結合に関わると推定してtRNA結合モデルを作成した。 真性細菌型の遺伝暗号を持つ真性細菌、ミトコンドリア等では、tRNA(Ile)234位のシチジン残基はリシジンに修飾される。修飾酵素であるTilsはN型ATP加水分解酵素ファミリーに属し、一段階目のATPを用いたシチジン残基のアデニリル化、二段階目のリシン付加によりリシジンを合成する。TilSの単体構造と、変異体実験に基づく保存残基の役割が既に報告されていた。本研究でTilSと基質ATP、Mg(2+)、及びリシンとの複合体のx線結晶構造を2.5A分解能で決定した。TilSのN端ドメインに活性部位があり2つの入り口を持つ。AfP、リシンはそれぞれ別々の入り口に結合していた。N型ATP加水分解酵素間で共通のPPモチーフ内にあって、保存性の高いアスパラギン酸残基はMg(2+)配位に関わることを示した。ATPのアデノシン部分の識別は他のN型ATP加水分解酵素と同様であった。ATPのリン酸部分がMg(2+)とは相互作用できない位置にあるなど、基質同士は離れて結合していたため、本構造はTilSによる基質の初期結合状態を表すと考えた。TilSの単体構造、及び他のN型ATP加水分解酵素との構造比較に基づき、tRNAが結合するとATPのβ-及びγ-リン酸部分がtRNAとぶつかって反対側に移動する構造変化が起こり、Mg(2+)との相互作用が引き起こされる結果リシジン合成の一段階目が開始すると考察した。二段階目のリシン付加反応に伴う構造変化についても推定した。 TilSの構造中、C253とC312との間にジスルフィド結合が存在していた。近年、A.aeolicusなど高温で生育する幾つかの生物に限り、還元的な細胞質環境でもジスルフィド結合が維持され、タンパク質の構造安定化に寄与すると考えられつつある。C312A変異体、C312S変異体と野生型について、タンパク質の熱変性過程を示差走査型熱量計で測定した結果、野生型の変性中点は両変異体に比べて18度高かった。ジスルフィド結合による安定化のおかげで、TilSはA.aeolicusの最高生育温度である95度でも変性しないと考えられる。 転写直後の未修飾tRNAの三次構造は崩れやすく、L字型とほどけた構造を行き来しているが、成熟後に内部に埋もれるべき位置への修飾が蓄積するに伴いL字型が安定化する。そのため崩れた状態のtRNAをよりよい基質とする修飾酵素は修飾過程の初期に、L字型構造に効率よく修飾導入する酵素は後期に働くと考えられる。従ってtRNA構造が酵素活性に及ぼす影響を調べることで修飾過程を明らかにできると考えた。tRNA構造変化の例としてArcTGTに結合した状態のラムダ型tRNAが知られている。ラムダ型tRNAへの構造変化はTループを露出させるため、Tループ上の残基に働く酵素の活性が影響を受ける可能性がある。TrmU54とaTrm56は、ともにSadenosyl-L-methionine(AdoMet)を供与体として、Tループ上のU54とC56をそれぞれメチル化する。L字型tRNAと、ArcTGTの存在下におけるラムダ型tRNAを基質として活性測定した結果、ArcTGTによりTrmU54の活性は促進され、aTrm56の活性は抑制された。aTrm56とArcTGTとを混合してゲル濾過にかけたところ両者は別々のピークとして溶出されたため、相互作用はaTrm56の実効酵素濃度を低下させるほど強くなく、ArcTGTによる活性抑制はtRNAの構造変化による間接的な影響であることが示唆された。一方、TrmU54はゲル濾過の結果から、tRNA存在下でArcTGTと3者複合体を形成することが示された。これらの結果からTrmU54は修飾初期に、aTrm56は修飾後期に働くと考えられる。 aTrm56はSpoUファミリーに属する。SpoUファミリーには3つの保存されたモチーフがあり、TrmHを用いた研究によりモチーフ内の幾つかの残基は活性に必須であることが示されているが、aTrm56では一部分しか保存されていない。触媒機構について構造的な知見を得ることを目的として、aTrm56と基質AdoMetとの複合体のX線結晶構造を2.48A分解能で決定した。aTrm56はノット構造を含むSPOUTドメインとそのC端に付加されたβヘアピン構造とからなり、二量体を形成していた。AdoMetはノット構造の上に結合していた。AdoMetを含む活性ポケットは露出したTループ全体を包みこむように結合するには浅すぎ、むしろG19とC56塩基対があるL字型の肩への結合に都合がよい深さだと考えられた。TrmHと構造を重ね合わせた結果、モチーフIのアルギニン残基がaTrm56では保存されていなかった。AdoMetの近傍に存在するaTrm56の保存残基について、アラニン置換体を作成して活性測定を行なった。その結果TrmHのアルギニン残基の位置と比較して、対応するαヘリックス上で3残基分上流にあるアルギニン残基が活性に必須であることが分かった。これらのアルギニン残基の側鎖は立体構造上類似した位置に存在するので、TrmHでもaTrm56でも同様に働くと示唆される。 総合して、tRNA修飾酵素間の協調性、順序だった修飾過程がtRNA修飾を完了させるために大事であることが示唆される。 図1:TadAの結晶構造(a)単量体の構造。αヘリックスを水色、βシートを茶色で示す。(b)二量体の構造、各サブユニットを水色と桃色で表した。(c、d)単量体の構造比較。TadA(c)と酵母由来シトシン脱アミノ化酵素(d)。アミノ酸配列相同性が低いC端部分を緑色で、相同性が高いN端部分を桃色で表した。(e)活性中心における亜鉛配位様式。水素結合を点線で表し、距離を併記した。(f)活性ポケット内に存在する保存された残基。(g)tRNA(リボンモデルで示す)と、TadA(表面電荷モデルで示す)とのドッキングモデル。 図2:TilSと基質ATP、Mg2+、及びリシンとの複合体の立体構造 (a)TilSの二量体構造、各サブユニットを水色と桃色で表す。(b)単量体構造。ドメイン毎に色分けした。ATP及びリシンはスティックモデルで表記した。(c)ATP(青、5.5δ)、Mg(2+)(茶、4σ)のオミット電子密度。Mg(2+)とAsp36、Asp137の電子密度(黄、3σ)は連続していた。 図3:ジスルフィド結合によるA、aeolicus TilS構造の安定化 (a)C端ドメインのC253とC312との間に存在するジスルフィド結合を緑で示す。(b)示差走査型熱量計による野生型、C312A、C312S両変異体の熱変性曲線。変性中点の値も表示した。 図4:aTrm56の立体構造(a)単量体構造、αヘリックスを緑色、βシートを青色で示す。(b)ノット構造と、その上でのAdoMetの結合。AdoMetはスティックモデルで、aTrm56はチューブモデルで示した。ノットの輪部分を桃色で、SpoUファミリーで保存されたモチーフIIを緑色で示す。(c)二量体構造。両サブユニットを青色と桃色で示す。 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなる。第1章は、イントロダクションであり、tRNA、tRNA修飾塩基、修飾酵素の性質、及び修飾酵素の立体構造に関するこれまでの研究について網羅的に説明されている。 第2章では、細菌Aquifex aeolicus 由来TadAタンパク質のX線結晶構造解析について述べられている。TadAの構造は高分子核酸に特異的に働く脱アミノ化酵素として初めての構造である。既に構造が決定されている塩基の代謝系に働く脱アミノ化酵素との構造比較が行われ、三次構造、及び四次構造に基づいて分類されている。TadAの基質結合部位に存在する保存性の高いアミノ酸残基がtRNAに結合すると推定され、tRNA結合時における役割が議論されている。 第3章では、細菌A. aeolicus 由来TilSと基質であるATP、マグネシウムイオン、及びL-リジンとの複合体のX線結晶構造解析について述べられている。当研究以前にTilSの単体構造は既に発表されていたが、複合体構造として新規である。構造に基づいて基質の結合様式が解明され、アラニン変異体の活性測定結果が明快に説明されている。L-リジンの認識はTilS特有である一方、ATP、マグネシウムイオンの結合様式、および推定されるそれらの構造変化に関する知見は同じN型ATP加水分解酵素ファミリーに属する他の酵素でも普遍的であると考えられる。さらに、A. aeolicus TilSにはジスルフィド結合が含まれることが見出され、その構造安定化効果がDSC測定により定量されている。生理的条件で細菌A. aeolicus 由来の細胞質タンパク質中に含まれるジスルフィド結合の構造安定化効果を見積もった例は初めてである。 第4章では、古細菌Pyrococcus horikoshii由来の修飾酵素群を用いて、Tループに存在する2つのメチル化塩基の修飾効率とtRNA構造変化との関連について解析されている。メチル基転移酵素TrmU54、aTrm56はS-アデノシル-L-メチオニン(AdoMet)を基質として、それぞれ54位のウリジン残基を5-メチルウリジン(m5U54)に、56位のシチジン残基を2'-O-メチルシチジン(Cm56)に修飾する。tRNA構造をラムダ型に変換する働きを持つ酵素であるArcTGTの存在化と非存在化でTrmU54とaTrm56の活性測定が行われ、tRNAがL字型構造からラムダ型構造へ構造変化を起こすと、m5U54とCm56の修飾効率はそれぞれ促進、抑制されることが明らかにされている。 第5章では、aTrm56と基質AdoMetとの複合体のX線結晶構造解析、及び変異体の活性測定について述べられている。構造に基づいて、AdoMetの近傍にある幾つかの保存性の高いアミノ酸残基をアラニンに置換した変異体が作成され、それらの活性測定からaTrm56の反応を触媒するのに重要な残基が同定されている。aTrm56はSpoUファミリーに属するが他の酵素との配列相同性が低く、構造に基づいたアミノ酸配列のアラインメントによりSpoUファミリーで高度に保存されていると思われていたモチーフIの残基は別の位置に置き換わっていることが報告されている。 第6章では、tRNAアクセプターステム部位に結合するThiIの存在化と非存在化におけるTilSの活性測定について述べられている。第7章では、総合討論がされている。 第2章、第3章、及び第5章では、それぞれX線結晶構造に基づいた新規な発見と実験結果に基づく妥当な生物学的な解釈がなされている。第4章及び第6章では、tRNA修飾過程で同一カスケード上に無く一見無関係である二つの酵素間の協調性、競争性が調べられている。一つのtRNA基質の構造変化が、間接的に2つの修飾酵素の活性に及ぼす影響を解析した例はこれまでに報告されておらず、独自の着眼点であると言える。第1章及び第7章の内容から当該分野における全般的知識を十分に有していると判断できる。全章にわたり明瞭に記述されている。 なお、本論文第2章は石井亮平、別所義隆、福永流也、仙石徹、白水美香子、関根俊一、横山茂之との、第3章は吉川由香、別所義隆、東島今日子、石井健、柴田理恵、高橋征三、油谷克英、横山茂之との、また第4章は、別所義隆、西本まどか、Henri Grosjean、横山茂之との共同研究であるが、各章の内容に関しては、論文提出者が主体となって実験計画の策定、遂行、分析、検証及び論文執筆を行っていることから論文提出者の寄与が十分であり、論文提出者は独自に研究を遂行できる能力を有していると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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